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「無駄話はこのくらいでいいだろう」
クダンがそう言うと、女たちはぴたりと黙る。そして互いに目配せすると、代表らしき一人が前に出てきて、咳払いをひとつ。
「んっ……クダン様、本日はようこそお越しくださいました。差し支えなければ、ご来訪の用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか」
先ほどとは打って変わって落ち着いた物腰を見せるこの娘は、名前をビアンカという。女衆の中では若いほうになる彼女が他の年長者を差し置いてクダンに応対しているのは、彼女がじつは貴族の生まれで、村で一番の教養人だからだ。
「用件はふたつだ。ひとつは、薬が出来たから持ってきた。まだ備蓄分があると思うけど、多いに越したことはねぇだろ」
「ありがとうございます」
お辞儀したビアンカから目配せを受けた女性が進み出てきて、クダンが腰に提げていた袋から取り出した包みを受け取って下がる。それを確認して、ビアンカはクダンに尋ねた。
「ふたつ目の用件というのは……」
「この前、ディスプレイビーストの毛皮を外套にするよう依頼していただろ。そろそろ出来ているんじゃねぇかと思って、様子を見に来たんだ」
「それでしたら、確かに出来ております。いつ取りに来られてもいいように用意しておりました。いますぐ持ってこさせます――ちょうど、お召しになる方もいらっしゃっておられるようですし」
ビアンカはカガチを見やって頬笑んだ。
「はぅ……」
反射的にクダンの影に隠れようとしたカガチだったが、その肩をクダンの手がぐいっと押して、前に出させた。
「カガチ、おまえ用に仕立ててもらったんだ。おまえが受け取って確認しろ」
「わ、ったし……の?」
「そうだ。おまえのだ……って、言ってなかったか?」
「ん……」
宙を睨んで記憶を手繰るクダンに、カガチはこくんと頷くと、続けて疑問を発した。
「あ、のっ……わ、わたし、ま、魔術師じゃなっ、ない……よ?」
つまり、カガチはこう言いたいのだ。
ディスプレイビーストの毛皮を鏡面化させるには、魔力を流さなくてはならない。それができるのは【魔術師】だけ。そして、自分はまだ【魔術師】の才能があるのか、それとも【魔人】止まりなのか分かっていないのですが――と。
それを聞いたクダンの反応は、
「あっ」
……だった。
「……」
「クダン様……」
隣からカガチが、正面からビアンカが、呆れた視線をクダンに注ぐ。
「ま、まあ、あれだ。仮に魔力を流せなかったとしても、そんときゃ普通に着ればいいだけだ……あっ、そうかそうか。魔力を流す訓練用の服だと思えばいいんだ。それならおかしくねぇだろ? な?」
誤魔化し笑いの言い訳がましい早口に、二人の視線はますます白けていく。
「あっ……と、そうだそうだ。カガチに村を案内してやるんだった。なっ、カガチもこの村、見て回りたいよな? な?」
「……ん」
カガチは、師匠のそんな媚びた笑顔は見たくない、と言わんばかりに目を伏せながら頷いたのだった。
● ● ●
村の見学にはビアンカも一緒に行くことになった。
先ほどはクダンが案内する、というようなことを言っていたけれど、クダンだってこの村の住人ではない。村の成り立ちに深く関わっていることは確かだけど、細かいことまで説明できるかと言われたら自信がなかった。だから、ビアンカが案内を申し出たとき、クダンは二つ返事で了承したのだった。
「……と言いましても、見て楽しいようなところはまったくないんですけどね」
家並みと畑を見てまわると、あとはもう広場に戻ってくるしかなくて、ビアンカは冗談めかして肩を竦めてみせた。
実際、この村は村と呼んでこそいるけれど、実情に沿って言い表すのなら集落のほうが正しいだろう。この村には、自分たちの力だけで村を維持および存続させていく力が、少なくとも今のところは無い。クダンとスースの助力があるから、綱渡りながらも共同体としての形を保っていられるのだ。
だが、【混沌の森】という魔境で、外苑(森の外縁部をそう呼ぶ)でとはいえ一年間も存続してきた村が、長閑な平地の村と全く同じであるはずがない。
「――クダン殿、来てなすったか!」
【混沌の森】でおそらく唯一の、そしてそれがために名前がない村ならではの、平地の村ではけしてありえない非常識が姿を現す。
村の外から帰ってきて、門番が職務放棄している開けっぱなしの門を通って広場にやってきたのは、ゴブリンたちの集団だった。
クダンがそう言うと、女たちはぴたりと黙る。そして互いに目配せすると、代表らしき一人が前に出てきて、咳払いをひとつ。
「んっ……クダン様、本日はようこそお越しくださいました。差し支えなければ、ご来訪の用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか」
先ほどとは打って変わって落ち着いた物腰を見せるこの娘は、名前をビアンカという。女衆の中では若いほうになる彼女が他の年長者を差し置いてクダンに応対しているのは、彼女がじつは貴族の生まれで、村で一番の教養人だからだ。
「用件はふたつだ。ひとつは、薬が出来たから持ってきた。まだ備蓄分があると思うけど、多いに越したことはねぇだろ」
「ありがとうございます」
お辞儀したビアンカから目配せを受けた女性が進み出てきて、クダンが腰に提げていた袋から取り出した包みを受け取って下がる。それを確認して、ビアンカはクダンに尋ねた。
「ふたつ目の用件というのは……」
「この前、ディスプレイビーストの毛皮を外套にするよう依頼していただろ。そろそろ出来ているんじゃねぇかと思って、様子を見に来たんだ」
「それでしたら、確かに出来ております。いつ取りに来られてもいいように用意しておりました。いますぐ持ってこさせます――ちょうど、お召しになる方もいらっしゃっておられるようですし」
ビアンカはカガチを見やって頬笑んだ。
「はぅ……」
反射的にクダンの影に隠れようとしたカガチだったが、その肩をクダンの手がぐいっと押して、前に出させた。
「カガチ、おまえ用に仕立ててもらったんだ。おまえが受け取って確認しろ」
「わ、ったし……の?」
「そうだ。おまえのだ……って、言ってなかったか?」
「ん……」
宙を睨んで記憶を手繰るクダンに、カガチはこくんと頷くと、続けて疑問を発した。
「あ、のっ……わ、わたし、ま、魔術師じゃなっ、ない……よ?」
つまり、カガチはこう言いたいのだ。
ディスプレイビーストの毛皮を鏡面化させるには、魔力を流さなくてはならない。それができるのは【魔術師】だけ。そして、自分はまだ【魔術師】の才能があるのか、それとも【魔人】止まりなのか分かっていないのですが――と。
それを聞いたクダンの反応は、
「あっ」
……だった。
「……」
「クダン様……」
隣からカガチが、正面からビアンカが、呆れた視線をクダンに注ぐ。
「ま、まあ、あれだ。仮に魔力を流せなかったとしても、そんときゃ普通に着ればいいだけだ……あっ、そうかそうか。魔力を流す訓練用の服だと思えばいいんだ。それならおかしくねぇだろ? な?」
誤魔化し笑いの言い訳がましい早口に、二人の視線はますます白けていく。
「あっ……と、そうだそうだ。カガチに村を案内してやるんだった。なっ、カガチもこの村、見て回りたいよな? な?」
「……ん」
カガチは、師匠のそんな媚びた笑顔は見たくない、と言わんばかりに目を伏せながら頷いたのだった。
● ● ●
村の見学にはビアンカも一緒に行くことになった。
先ほどはクダンが案内する、というようなことを言っていたけれど、クダンだってこの村の住人ではない。村の成り立ちに深く関わっていることは確かだけど、細かいことまで説明できるかと言われたら自信がなかった。だから、ビアンカが案内を申し出たとき、クダンは二つ返事で了承したのだった。
「……と言いましても、見て楽しいようなところはまったくないんですけどね」
家並みと畑を見てまわると、あとはもう広場に戻ってくるしかなくて、ビアンカは冗談めかして肩を竦めてみせた。
実際、この村は村と呼んでこそいるけれど、実情に沿って言い表すのなら集落のほうが正しいだろう。この村には、自分たちの力だけで村を維持および存続させていく力が、少なくとも今のところは無い。クダンとスースの助力があるから、綱渡りながらも共同体としての形を保っていられるのだ。
だが、【混沌の森】という魔境で、外苑(森の外縁部をそう呼ぶ)でとはいえ一年間も存続してきた村が、長閑な平地の村と全く同じであるはずがない。
「――クダン殿、来てなすったか!」
【混沌の森】でおそらく唯一の、そしてそれがために名前がない村ならではの、平地の村ではけしてありえない非常識が姿を現す。
村の外から帰ってきて、門番が職務放棄している開けっぱなしの門を通って広場にやってきたのは、ゴブリンたちの集団だった。
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