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1章
6. お留守番(全裸) アルカ
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義兄さんをちょろっと甘えてみたら、ころっと落ちました。うちの義兄さんはこんなにチョロくて可愛いです。
でも……これが他の男性相手だったら、ついムラムラっときて、わたしを押し倒してくるように仕向けるところなんですけど、義兄さんには不思議と、そういうふうに発情しないんですよね。
愛がないというわけじゃなく、むしろ愛があるからこそなのだ――と思いたいところです。実際のところ、自分でもよく分かってませんけど。
さてさて、話を戻しましょう。
人間の村のことです。
ゴブさんたちに、「人間に会ってみたいの」と言ったら、近くに村があることをあっさり教えてくれました。もっとも、近いと言っても、山の中を数時間ほど歩いたところ、みたいですけど。
道ですらない山中を徒歩で数時間だなんて、ゴブさんたちに混ざって食料集めに精を出している義兄さんならともかく、ゴブさんたちに精を出させている(エロ的な意味でも、比喩的な意味でも)だけのわたしには、まず間違いなく無理な道程です。途中で動けなくなると断言できます。
「ということで、村に行くのは義兄さんたちに任せます。わたしはお留守番してます!」
わたしは早々に、そう宣言しました。
「おまえが言い出したことなのに……」
義兄さんは最初こそ、渋い顔でそんなことを言っていましたけど、本当に最初だけでした。
「まあ、おまえがついてきても足手まといになるのは、確かにそうだろうし……村人と交渉するなら、ゴブリン任せにはいかないだろうし……仕方ないか」
ぶつくさ言いつつも、結局は納得してくれました。やっぱり、ちょろいと思います。
ともかく、人里偵察チームのメンバーは、義兄さんと神官さん、その他には身体の小さなゴブリン数名に決まりました。そして翌朝、偵察チームは洞窟を出発したのでした。
● ● ●
義兄さんたちを見送った後の洞窟は、いつになく閑散としています。いつもなら、朝からわたしとエッチしにやってくるゴブリンが何人かはいるのですが、今朝は一人もいません。
もしかして、ここで暮らすようになってから初めての、一人で過ごす朝かも……。
「そっか。今日はみんな忙しいから……」
いつもはローテーションを組んで食料班とエッチ班に分かれているところが、今日は偵察班と狩り班に分かれている、といったところなのでしょう。
わたしと義兄さんに関しては、わたしが常にエッチ班で、義兄さんは常に食料班というわけですか。なんだか、わたしが常にエッチしかしていないみたいですね。
……あれ? それで合ってる? わたし、エッチしてるだけ?
「うわぁ……」
さすがに自分で自分に呆れてしまいました。
「……ちょっと働こう」
わたしは決意を固めて、義兄さんたちを見送ってからまだ戻ってきた寝床で出ました。
昨夜もエッチしたまま寝たので身体がベトベトしていたから、服は着ないで全裸のままです。服の有無を気にするような人は、この洞窟には住んでいないからいいのです。全裸、最高。
洞窟の入り口まで行くと、見張り担当のゴブさんが胡座を掻いて地面に落書きしていました。何を書いているのか見てみると、義兄さんが教えた五目並べを一人でやっているみたいでした。
ゴブさんたち、最初はマルバツゲームを教えてもらって喜んでいたんですけど、数日もすると、マルバツゲームはミスしなければ絶対引き分けになることを理解してしまって、以来、五目並べもどきを遊ぶようになっているのです。
いまのところ、まだわたしのほうが強いですけど、ゴブリンの中で一番頭の良い神官さんには、たぶんそろそろ負けます。
……いいんですー。わたしの取り柄は勉強じゃありませんしー。
そんな取り留めのない考えをとりあえず振り払って、たしは見張りをしていたゴブさんに声をかけた。
「おはよう」
「へ……あ、巫女様でねか。おはようごぜぇっすだ」
しかし、訛りの酷さはいつまで経っても直りませんね。まあ、言葉が通じているだけでも、ありがたいんですけど。
「突然なんですけど、わたしと一緒に森へ行ってみません?」
ちょっと考えたけれど、直球で誘ってみました。
わたし、いちおう愛され巫女ですし、はっきり言ったら断れるわけがない――と思っていたんですけど……。
「巫女様のお誘いば、ありがてぇだす。けんど、おらぁ、ここの見張りば頼まれてっし、離れるわけぇいかねぇだよ」
……断られてしまいました。
ゴブさんたち、最初の頃は単なる「群れ」とか「烏合の衆」という感じでしたけど、最近はみんな、組織の一員としての義務感、責任感みたいなものに目覚めたようです。何よりです。
「あー……そっか、うん。分かりました。じゃあ、森へ行くのは止めて、川で洗濯してくることにしますね。それなら、わたし一人でも出来そうですし」
「分かっただ。すまねぇだな、巫女様」
「ううん、いいですよ」
ぺこぺこ頭を下げるゴブさんに笑顔で手を振って、わたしは河原へ向かうことにしました。もちろん、一着ずつしかない制服と下着を持って、です。
川で身体を洗うついでにじゃぶじゃぶ洗濯した後は、義兄さんが木の枝を使って作った簡易物干し台に濡れた衣服を掛けて、全裸で日光浴です。
「はぁ……剃刀が欲しい」
大きな俎板みたいな岩に寝そべって空を仰いだら、思わず溜め息が漏れました。
剃刀……欲しいです。この際、贅沢は言わないので、百円ショップで売っているような三本一組の男性用でも構いません。理想を言えば電動の脱毛器なんですけど、電気がないですからね。
ともかく、毛なんです。毛。ゴブさんたちは気にしないけど、わたしが気にしちゃうんです。年頃の女子ですもん。
薄暗い洞窟内でひたすら気持よくなっているときは気にする余裕もないから良いんですけど、こうして太陽の下で全裸を晒していると、自分で気になってしまうのです。
わたしが毛のことで悩んでいる一方で、ゴブリンにはほとんど体毛がありません。ごつごつした角質層が体毛の代わりみたいです。下の毛の手入れが要らないのは素直に羨ましいです。
「村の人なら、剃刀、持ってるかなぁ」
むだ毛処理の必要がないゴブさんたちと違って、普通の人間なら剃刀を持っているはず……。
「……あっ、処理してないかも?」
その可能性に思い至ってしまいました。
ゴブさんたちが話してくれた人里の様子からして、人間の文明レベルは中世から近世あたりだと思います。そこに魔法が入ってくるわけですが、文明、技術、社会形態といった諸処の事柄は地球よりずっと後進的だと思われます。
……って、義兄さんの受け売りなので、自分ではよく分かっていませんけれど。
ですが要するに、電気がなかった時代、ということですよね? 途方もなく大昔で、しかもここは山奥……ド田舎です。そんなところに住んでいる人が、むだ毛処理に気を遣うでしょうか? みんな、ぼーぼーに生やしっぱなしが普通だから、むだ毛用の剃刀なんてないんじゃないでしょうか?
男性が髭を剃るために使う剃刀はあると思うのですが、それは安全剃刀なんかじゃなくて、バターナイフを大きくしたようなものでしょう。そんな大雑把な剃刀で脇毛処理ができるのか、甚だ不安です。
「剃刀、服、包丁、小麦粉、砂糖、お肉……」
欲しいものを思いつくまま口にしてみました。これ全部が手に入るとは思っていませんけど、せめて三つくらいはなんとかならないでしょうか……。
「義兄さん、頼みますよ」
わたしは風に向かって呟きました。
朝の川辺で空を見上げて、アンニュイに呟く全裸の乙女――我ながら絵になる光景です。絵画です。ファレロの裸婦画です。あ、ファレロだなんて教養が滲み出てしまいました。ふふっ。
……なんて、顎をくいっと引いたキメ顔をしてみたら、洗濯物の掛かった物干し台が視界に入って、一気に現実へと引き戻されました。ああ、空しいです……。
「はぁ……暇……」
結局この日は、自分の服の洗濯しかしなかったのでした。
でも……これが他の男性相手だったら、ついムラムラっときて、わたしを押し倒してくるように仕向けるところなんですけど、義兄さんには不思議と、そういうふうに発情しないんですよね。
愛がないというわけじゃなく、むしろ愛があるからこそなのだ――と思いたいところです。実際のところ、自分でもよく分かってませんけど。
さてさて、話を戻しましょう。
人間の村のことです。
ゴブさんたちに、「人間に会ってみたいの」と言ったら、近くに村があることをあっさり教えてくれました。もっとも、近いと言っても、山の中を数時間ほど歩いたところ、みたいですけど。
道ですらない山中を徒歩で数時間だなんて、ゴブさんたちに混ざって食料集めに精を出している義兄さんならともかく、ゴブさんたちに精を出させている(エロ的な意味でも、比喩的な意味でも)だけのわたしには、まず間違いなく無理な道程です。途中で動けなくなると断言できます。
「ということで、村に行くのは義兄さんたちに任せます。わたしはお留守番してます!」
わたしは早々に、そう宣言しました。
「おまえが言い出したことなのに……」
義兄さんは最初こそ、渋い顔でそんなことを言っていましたけど、本当に最初だけでした。
「まあ、おまえがついてきても足手まといになるのは、確かにそうだろうし……村人と交渉するなら、ゴブリン任せにはいかないだろうし……仕方ないか」
ぶつくさ言いつつも、結局は納得してくれました。やっぱり、ちょろいと思います。
ともかく、人里偵察チームのメンバーは、義兄さんと神官さん、その他には身体の小さなゴブリン数名に決まりました。そして翌朝、偵察チームは洞窟を出発したのでした。
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義兄さんたちを見送った後の洞窟は、いつになく閑散としています。いつもなら、朝からわたしとエッチしにやってくるゴブリンが何人かはいるのですが、今朝は一人もいません。
もしかして、ここで暮らすようになってから初めての、一人で過ごす朝かも……。
「そっか。今日はみんな忙しいから……」
いつもはローテーションを組んで食料班とエッチ班に分かれているところが、今日は偵察班と狩り班に分かれている、といったところなのでしょう。
わたしと義兄さんに関しては、わたしが常にエッチ班で、義兄さんは常に食料班というわけですか。なんだか、わたしが常にエッチしかしていないみたいですね。
……あれ? それで合ってる? わたし、エッチしてるだけ?
「うわぁ……」
さすがに自分で自分に呆れてしまいました。
「……ちょっと働こう」
わたしは決意を固めて、義兄さんたちを見送ってからまだ戻ってきた寝床で出ました。
昨夜もエッチしたまま寝たので身体がベトベトしていたから、服は着ないで全裸のままです。服の有無を気にするような人は、この洞窟には住んでいないからいいのです。全裸、最高。
洞窟の入り口まで行くと、見張り担当のゴブさんが胡座を掻いて地面に落書きしていました。何を書いているのか見てみると、義兄さんが教えた五目並べを一人でやっているみたいでした。
ゴブさんたち、最初はマルバツゲームを教えてもらって喜んでいたんですけど、数日もすると、マルバツゲームはミスしなければ絶対引き分けになることを理解してしまって、以来、五目並べもどきを遊ぶようになっているのです。
いまのところ、まだわたしのほうが強いですけど、ゴブリンの中で一番頭の良い神官さんには、たぶんそろそろ負けます。
……いいんですー。わたしの取り柄は勉強じゃありませんしー。
そんな取り留めのない考えをとりあえず振り払って、たしは見張りをしていたゴブさんに声をかけた。
「おはよう」
「へ……あ、巫女様でねか。おはようごぜぇっすだ」
しかし、訛りの酷さはいつまで経っても直りませんね。まあ、言葉が通じているだけでも、ありがたいんですけど。
「突然なんですけど、わたしと一緒に森へ行ってみません?」
ちょっと考えたけれど、直球で誘ってみました。
わたし、いちおう愛され巫女ですし、はっきり言ったら断れるわけがない――と思っていたんですけど……。
「巫女様のお誘いば、ありがてぇだす。けんど、おらぁ、ここの見張りば頼まれてっし、離れるわけぇいかねぇだよ」
……断られてしまいました。
ゴブさんたち、最初の頃は単なる「群れ」とか「烏合の衆」という感じでしたけど、最近はみんな、組織の一員としての義務感、責任感みたいなものに目覚めたようです。何よりです。
「あー……そっか、うん。分かりました。じゃあ、森へ行くのは止めて、川で洗濯してくることにしますね。それなら、わたし一人でも出来そうですし」
「分かっただ。すまねぇだな、巫女様」
「ううん、いいですよ」
ぺこぺこ頭を下げるゴブさんに笑顔で手を振って、わたしは河原へ向かうことにしました。もちろん、一着ずつしかない制服と下着を持って、です。
川で身体を洗うついでにじゃぶじゃぶ洗濯した後は、義兄さんが木の枝を使って作った簡易物干し台に濡れた衣服を掛けて、全裸で日光浴です。
「はぁ……剃刀が欲しい」
大きな俎板みたいな岩に寝そべって空を仰いだら、思わず溜め息が漏れました。
剃刀……欲しいです。この際、贅沢は言わないので、百円ショップで売っているような三本一組の男性用でも構いません。理想を言えば電動の脱毛器なんですけど、電気がないですからね。
ともかく、毛なんです。毛。ゴブさんたちは気にしないけど、わたしが気にしちゃうんです。年頃の女子ですもん。
薄暗い洞窟内でひたすら気持よくなっているときは気にする余裕もないから良いんですけど、こうして太陽の下で全裸を晒していると、自分で気になってしまうのです。
わたしが毛のことで悩んでいる一方で、ゴブリンにはほとんど体毛がありません。ごつごつした角質層が体毛の代わりみたいです。下の毛の手入れが要らないのは素直に羨ましいです。
「村の人なら、剃刀、持ってるかなぁ」
むだ毛処理の必要がないゴブさんたちと違って、普通の人間なら剃刀を持っているはず……。
「……あっ、処理してないかも?」
その可能性に思い至ってしまいました。
ゴブさんたちが話してくれた人里の様子からして、人間の文明レベルは中世から近世あたりだと思います。そこに魔法が入ってくるわけですが、文明、技術、社会形態といった諸処の事柄は地球よりずっと後進的だと思われます。
……って、義兄さんの受け売りなので、自分ではよく分かっていませんけれど。
ですが要するに、電気がなかった時代、ということですよね? 途方もなく大昔で、しかもここは山奥……ド田舎です。そんなところに住んでいる人が、むだ毛処理に気を遣うでしょうか? みんな、ぼーぼーに生やしっぱなしが普通だから、むだ毛用の剃刀なんてないんじゃないでしょうか?
男性が髭を剃るために使う剃刀はあると思うのですが、それは安全剃刀なんかじゃなくて、バターナイフを大きくしたようなものでしょう。そんな大雑把な剃刀で脇毛処理ができるのか、甚だ不安です。
「剃刀、服、包丁、小麦粉、砂糖、お肉……」
欲しいものを思いつくまま口にしてみました。これ全部が手に入るとは思っていませんけど、せめて三つくらいはなんとかならないでしょうか……。
「義兄さん、頼みますよ」
わたしは風に向かって呟きました。
朝の川辺で空を見上げて、アンニュイに呟く全裸の乙女――我ながら絵になる光景です。絵画です。ファレロの裸婦画です。あ、ファレロだなんて教養が滲み出てしまいました。ふふっ。
……なんて、顎をくいっと引いたキメ顔をしてみたら、洗濯物の掛かった物干し台が視界に入って、一気に現実へと引き戻されました。ああ、空しいです……。
「はぁ……暇……」
結局この日は、自分の服の洗濯しかしなかったのでした。
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