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1章
11. 作業 ロイド
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有瓜たちが捕らわれていた少女――たぶんシャーリーの妹アンを連れて、住処に帰っていった。
それを見送って、俺はこの場に残したゴブリンたちに次の仕事を告げた。
「さてと。じゃあ……まずは脱がせようか」
俺たちは山賊の衣服を脱がせにかかった。
いつか有瓜に言ったこともあったけれど、この山中生活において布は重要物資だ。服として使えなくとも、風呂敷が何枚かあるだけで食料採取の効率が跳ね上がる。
……山賊たちの体臭が染みついた風呂敷に包んだ食料を食いたいかは別にして、だが。
そんなことを考えながら、山賊たちの死体をひん剥いていく。死体から衣服を剥ぐというのは、まったく楽しくない経験だった。
最初の一人から剥ぐときは、吐きそうになっては手を止めるということを何度か繰り返したけれど、二人目からは淡々と進められた。そういう作業だと思えば、殺すよりもずっと楽だった。
薄汚れた男たちの全裸死体がずらりと並んだところで、次の作業をみんなに指示する。
「じゃあ……刎ねようか」
死体の首をひとつひとつ刎ね落としていった。
山賊たちが持っていた山刀の試し斬りも兼ねて、一人一人……ひとつひとつ、首に山刀を押しつけてゴリゴリと……。
吐いた。嘔吐した。胃袋の中身がすっかり綺麗になってキラキラした液しか吐けなくなるまで、吐いた。
これを作業と思い込むのは無理だった。
山賊たちが持っていた山刀なんて、半分錆びたり刃毀れしているような鋸まがいのものばかりだ。そんなもので人間の首に斬りつけても、骨に当たって止まってしまうどころか、腱や筋肉を断つことすらままならなかった。
そもそも、首を一刀両断するなんて芸当、剣の達人がよく研いだ名刀を振るって初めてできることなんじゃないのか? 達人でも何でもないどころか、今日初めて剣を持った俺たちにできないのは、むしろ当然だ。
それに加えて、死体を適度な高さに置くための机もない。地面に寝かせたところで首に刃を落とそうとすると、座って斬らなくてはならず、上手く力を入れることができない。
で、結局、地面に片膝をついて、鋸で木材を断つ要領でギーコギーコと切っていくことになったわけだ。
実際はギコギコなんて小気味よい音でなく、血と肉と脂の絡み合うグチョグチョ粘った音と手応えだったから、まあ控え目に言って……最悪だった。
一方でゴブリンたちは、面倒な作業だとは思っているようだけど、とくに吐いたり呻いたりすることなく、淡々と首切り作業に従事していた。
とくに戦士ゴブリンは俺よりも太めで腕力があるから、鋸を挽くようにするのではなく、首に山刀を押し当てて体重をぐいぐいとかけ、西瓜を押し切るようにして作業していた。
焚き火用に集めた枯れ木を石斧で叩き切って適当な大きさにするような感覚で作業していくゴブリンたち――。
久々に、彼らと自分は違う生き物なのだと感じてしまった。
「なんで俺、こんなことしてるんだっけ……」
首切り死体を量産することは、俺の計画にとって必ずしも必要な行為ではない。なのにどうして、やっているのか……。
たぶん、初めての殺人で込み上げた恐怖を誤魔化すためにアドレナリンか何かが過剰分泌されていたんだと思う。その勢いでうっかり始めてしまったのだ。
ああ、こんなことするんじゃなかった……俺はどうかしていた……。
「……って、全部する必要はないか」
山賊たちの数は十四人。そんなに多くの首は要らない。いまある数で十分だ。
「みんな、作業終了。撤収準備だ」
立ち上がってゴブリンたちにそう号令した途端、胸がすっと軽くなった。ずっと止めていた息をようやく再開できた心持ちだった。
こんなことは絶対に二度とやらないぞ――俺はそう固く誓った。
それから諸々の後始末を終えて住処の洞窟に帰ると、有瓜とアンの姿がなかった。
地べたに胡座を掻いている神官を見つけたので、どうしたんだ、と尋ねてみた。
「へぇ。巫女様ば、連れてきた女子さ驚かせちゃなんねぇ言われますて、わしらぁしばらく離れとぅよう言われたんですだ」
「なるほど……で、有瓜たちはどこに?」
「川さ行ってますだ。目ぇさ覚ましたば、すんぐ身体さ洗えるように、だそうだす。あぁ、小っこいのさ何人か行かせて、隠れて見張っとるよう言っときますただ」
「うん、それは助かった。それで、いまは……」
「猪ぃ肉ば焼くんに、焚き火の準備さしてますただ」
「……それも助かった」
神官が最近どんどん有能になってきている気がする。いや、神官だけに限らず、ゴブリンたち全員に言えることか。
「助かったけど、おまえは休んでろよ。まだ顔が青っぽいし」
「大丈夫だす。みなもそう言ってくれで、こぅして座らせてもろぅてますただ」
「うん、そうか」
ゴブリンたちの仲も良好のようで何よりだ。
それにしても、
「焼き肉か……」
「従者様?」
「ああ、いや。焼き肉、美味そうだなって」
「きっと美味ぇだす。わしらもすっかり、火ぃ使って料理すねぇと満足できねくなっつまいますただぁ」
「ははは」
「けんど、まぁだ従者様さ焼き方ばぁ真似できんだすよ。シェフさ言うんば、すげぇもんだすなぁ」
「はは……シェフね」
神官が素直に褒めてくれているのは分かっているけれど、シェフが揶揄の意味で使われている場合が多いのを知っていると、ついつい嫌味に受け取ってしまう。
もっとも、火を通した食べ物の味を覚えたゴブリンたちが、いまだに自分たちだけでは食材を生焼けや丸焦げにしないで上手に焼き上げることができず、料理を俺に頼り切っているのも事実だ。
「料理ばシェフさ任せとけばええだ」
という者も多いけれど、
「おらもシェフと呼ばれるくれぇ料理上手さなりてぇだ」
という者も少しずつ増えてきている。
いつか完璧な焼き加減の蒸し焼きを作れる者が現れたら、そいつにシェフの称号を譲ってやるのも一興だ――なんてことも考えている。まあ、だいぶ先の話になりそうだが。
しかし、それにしても……。
「焼き肉か……」
先ほどと同じ呟きが、溜め息と一緒に口を衝いた。
俺はいま、ゴブリンたちと同じように、焼き肉に心を躍らせてる。さっきまで胃袋が空になるほど吐きまくっていたのに、なんという切り替えの速さだ。
いや……胃袋が空だからこそ、食欲が勝つのか? ……って、それで納得できる話じゃないだろ。普通、こういう場合は「しばらく肉は見たくもない」だろ。
あのときは、淡々と作業を続けられるゴブリンたちとの間に距離を感じたけれど、いまは逆に、これまで培ってきた倫理や道徳観念に距離を感じてしまっている。
つまり俺の意識や倫理観というものは、人間の側から離れて、少しずつゴブリンの側に寄っていく途上にあるということなのだろう。
ゴブリンたちと暮らしている以上、それは当然のことなのかもしれないけれど、不安を感じてしまう。俺はこの先、いまの俺とは別の価値観を持った、別の生き物になってしまうのだろうか……?
「従者様、お疲れだすか?」
神官にまた心配させてしまった。
「いや、大丈夫。なんでもないんだ」
「そうだすか? へば、川さ行ってきてくだせぇだ」
「川?」
「んだす。従者様らぁ、ちぃと血生臭ぇですだ」
「あ……」
山賊たちの首切り作業で、俺たちは気をつけていたものの、けっこうな返り血を浴びてしまっていた。言われるまで忘れていたのは、とっくに鼻が馬鹿になっていたからだ。
「すまん。いまからみんなで行って、洗い流してくるよ」
「ですたら、いつもよか下流さ行ってくだせぇ。いつもんとこさ、巫女様と女子ば使っとりますだで」
「ああ、そうだった。忘れてたよ、ありがとう」
「なんもなんも」
神官は分厚い唇をにたりと歪めて笑った。
相変わらず邪悪な笑顔だ。
最初の頃は、この笑顔には確実に裏があると思って身構えていたものだけど、いまはこれがゴブリンにとっての普通の笑顔なのだと分かっている。彼らに笑顔を向けられれば、つられて俺まで笑顔になるくらい、この生活に順応していた。
「……俺、やっぱりどんどんゴブリン化していってるのかもな」
そのうち髪の毛が抜け落ちて、肌が緑色になったりして……。
「ははは……」
笑ってみたけれど、乾いた笑いにしかならなかった。
それを見送って、俺はこの場に残したゴブリンたちに次の仕事を告げた。
「さてと。じゃあ……まずは脱がせようか」
俺たちは山賊の衣服を脱がせにかかった。
いつか有瓜に言ったこともあったけれど、この山中生活において布は重要物資だ。服として使えなくとも、風呂敷が何枚かあるだけで食料採取の効率が跳ね上がる。
……山賊たちの体臭が染みついた風呂敷に包んだ食料を食いたいかは別にして、だが。
そんなことを考えながら、山賊たちの死体をひん剥いていく。死体から衣服を剥ぐというのは、まったく楽しくない経験だった。
最初の一人から剥ぐときは、吐きそうになっては手を止めるということを何度か繰り返したけれど、二人目からは淡々と進められた。そういう作業だと思えば、殺すよりもずっと楽だった。
薄汚れた男たちの全裸死体がずらりと並んだところで、次の作業をみんなに指示する。
「じゃあ……刎ねようか」
死体の首をひとつひとつ刎ね落としていった。
山賊たちが持っていた山刀の試し斬りも兼ねて、一人一人……ひとつひとつ、首に山刀を押しつけてゴリゴリと……。
吐いた。嘔吐した。胃袋の中身がすっかり綺麗になってキラキラした液しか吐けなくなるまで、吐いた。
これを作業と思い込むのは無理だった。
山賊たちが持っていた山刀なんて、半分錆びたり刃毀れしているような鋸まがいのものばかりだ。そんなもので人間の首に斬りつけても、骨に当たって止まってしまうどころか、腱や筋肉を断つことすらままならなかった。
そもそも、首を一刀両断するなんて芸当、剣の達人がよく研いだ名刀を振るって初めてできることなんじゃないのか? 達人でも何でもないどころか、今日初めて剣を持った俺たちにできないのは、むしろ当然だ。
それに加えて、死体を適度な高さに置くための机もない。地面に寝かせたところで首に刃を落とそうとすると、座って斬らなくてはならず、上手く力を入れることができない。
で、結局、地面に片膝をついて、鋸で木材を断つ要領でギーコギーコと切っていくことになったわけだ。
実際はギコギコなんて小気味よい音でなく、血と肉と脂の絡み合うグチョグチョ粘った音と手応えだったから、まあ控え目に言って……最悪だった。
一方でゴブリンたちは、面倒な作業だとは思っているようだけど、とくに吐いたり呻いたりすることなく、淡々と首切り作業に従事していた。
とくに戦士ゴブリンは俺よりも太めで腕力があるから、鋸を挽くようにするのではなく、首に山刀を押し当てて体重をぐいぐいとかけ、西瓜を押し切るようにして作業していた。
焚き火用に集めた枯れ木を石斧で叩き切って適当な大きさにするような感覚で作業していくゴブリンたち――。
久々に、彼らと自分は違う生き物なのだと感じてしまった。
「なんで俺、こんなことしてるんだっけ……」
首切り死体を量産することは、俺の計画にとって必ずしも必要な行為ではない。なのにどうして、やっているのか……。
たぶん、初めての殺人で込み上げた恐怖を誤魔化すためにアドレナリンか何かが過剰分泌されていたんだと思う。その勢いでうっかり始めてしまったのだ。
ああ、こんなことするんじゃなかった……俺はどうかしていた……。
「……って、全部する必要はないか」
山賊たちの数は十四人。そんなに多くの首は要らない。いまある数で十分だ。
「みんな、作業終了。撤収準備だ」
立ち上がってゴブリンたちにそう号令した途端、胸がすっと軽くなった。ずっと止めていた息をようやく再開できた心持ちだった。
こんなことは絶対に二度とやらないぞ――俺はそう固く誓った。
それから諸々の後始末を終えて住処の洞窟に帰ると、有瓜とアンの姿がなかった。
地べたに胡座を掻いている神官を見つけたので、どうしたんだ、と尋ねてみた。
「へぇ。巫女様ば、連れてきた女子さ驚かせちゃなんねぇ言われますて、わしらぁしばらく離れとぅよう言われたんですだ」
「なるほど……で、有瓜たちはどこに?」
「川さ行ってますだ。目ぇさ覚ましたば、すんぐ身体さ洗えるように、だそうだす。あぁ、小っこいのさ何人か行かせて、隠れて見張っとるよう言っときますただ」
「うん、それは助かった。それで、いまは……」
「猪ぃ肉ば焼くんに、焚き火の準備さしてますただ」
「……それも助かった」
神官が最近どんどん有能になってきている気がする。いや、神官だけに限らず、ゴブリンたち全員に言えることか。
「助かったけど、おまえは休んでろよ。まだ顔が青っぽいし」
「大丈夫だす。みなもそう言ってくれで、こぅして座らせてもろぅてますただ」
「うん、そうか」
ゴブリンたちの仲も良好のようで何よりだ。
それにしても、
「焼き肉か……」
「従者様?」
「ああ、いや。焼き肉、美味そうだなって」
「きっと美味ぇだす。わしらもすっかり、火ぃ使って料理すねぇと満足できねくなっつまいますただぁ」
「ははは」
「けんど、まぁだ従者様さ焼き方ばぁ真似できんだすよ。シェフさ言うんば、すげぇもんだすなぁ」
「はは……シェフね」
神官が素直に褒めてくれているのは分かっているけれど、シェフが揶揄の意味で使われている場合が多いのを知っていると、ついつい嫌味に受け取ってしまう。
もっとも、火を通した食べ物の味を覚えたゴブリンたちが、いまだに自分たちだけでは食材を生焼けや丸焦げにしないで上手に焼き上げることができず、料理を俺に頼り切っているのも事実だ。
「料理ばシェフさ任せとけばええだ」
という者も多いけれど、
「おらもシェフと呼ばれるくれぇ料理上手さなりてぇだ」
という者も少しずつ増えてきている。
いつか完璧な焼き加減の蒸し焼きを作れる者が現れたら、そいつにシェフの称号を譲ってやるのも一興だ――なんてことも考えている。まあ、だいぶ先の話になりそうだが。
しかし、それにしても……。
「焼き肉か……」
先ほどと同じ呟きが、溜め息と一緒に口を衝いた。
俺はいま、ゴブリンたちと同じように、焼き肉に心を躍らせてる。さっきまで胃袋が空になるほど吐きまくっていたのに、なんという切り替えの速さだ。
いや……胃袋が空だからこそ、食欲が勝つのか? ……って、それで納得できる話じゃないだろ。普通、こういう場合は「しばらく肉は見たくもない」だろ。
あのときは、淡々と作業を続けられるゴブリンたちとの間に距離を感じたけれど、いまは逆に、これまで培ってきた倫理や道徳観念に距離を感じてしまっている。
つまり俺の意識や倫理観というものは、人間の側から離れて、少しずつゴブリンの側に寄っていく途上にあるということなのだろう。
ゴブリンたちと暮らしている以上、それは当然のことなのかもしれないけれど、不安を感じてしまう。俺はこの先、いまの俺とは別の価値観を持った、別の生き物になってしまうのだろうか……?
「従者様、お疲れだすか?」
神官にまた心配させてしまった。
「いや、大丈夫。なんでもないんだ」
「そうだすか? へば、川さ行ってきてくだせぇだ」
「川?」
「んだす。従者様らぁ、ちぃと血生臭ぇですだ」
「あ……」
山賊たちの首切り作業で、俺たちは気をつけていたものの、けっこうな返り血を浴びてしまっていた。言われるまで忘れていたのは、とっくに鼻が馬鹿になっていたからだ。
「すまん。いまからみんなで行って、洗い流してくるよ」
「ですたら、いつもよか下流さ行ってくだせぇ。いつもんとこさ、巫女様と女子ば使っとりますだで」
「ああ、そうだった。忘れてたよ、ありがとう」
「なんもなんも」
神官は分厚い唇をにたりと歪めて笑った。
相変わらず邪悪な笑顔だ。
最初の頃は、この笑顔には確実に裏があると思って身構えていたものだけど、いまはこれがゴブリンにとっての普通の笑顔なのだと分かっている。彼らに笑顔を向けられれば、つられて俺まで笑顔になるくらい、この生活に順応していた。
「……俺、やっぱりどんどんゴブリン化していってるのかもな」
そのうち髪の毛が抜け落ちて、肌が緑色になったりして……。
「ははは……」
笑ってみたけれど、乾いた笑いにしかならなかった。
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