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Merle

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元課金チーターと淫魔帝の祝福 3/5

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 ユータたち四人はダンジョン探索を打ち切って、宿に戻った。
 このゲームでは街中など特定の場所で休息していれば自動で体力HP気力SPが回復するのだけど、宿でログアウトした場合には、ログアウトしていても自動回復が行われる。そのため、次にログインしたときすぐにダンジョン探索などがしたいのなら、宿を取ってログアウトすることが望ましいのだ。

「ふぁー、大きなベッドぉ」

 個室に入るなり、サラダは歓声を上げながらベッドに飛び込む。
 宿の各部屋は街中とは別サーバーになっていて、部屋の広さはかなりの範囲で自由だ。内装や調度品の質に関しては、宿の品位グレードで固定されているため、いま四人がいるのは、四人で雑魚寝しても余裕がある大きなベッドがあるだけの簡素な大部屋だ。
 これが現実だったら男女四人で一部屋なんて有り得ないところだが、どうせゲームだ。それに、どうせ宿を取ってもすぐにログアウトするだけなので、宿代を浮かせるために一部屋で済ますのは、何の下心もない当然の思考だった。これまでもそうしてきたのだから、今日もそうであるはずだった。

「ね、ねっ。今日はさ、落ちる前に反省会しません?」

 綺麗なシーツに顔を埋めていたサラダが突然、顔を上げつつそんなことを言い出した。

「反省会?」
「そう!」

 鸚鵡返ししたヴルストに、サラダは食い気味で答える。

「ほら、予定より早くダンジョン探索を切り上げたから、みんな時間まだあるでしょ。だから、明日からどう動くかーとか、呪い(?)の影響でユータさんが動けなくなったときのカバーの仕方とか、打ち合わせしておきたいなーと思いましてっ」
「それ、反省会じゃなくて打ち合わせじゃねぇかい」
「打ち合わせですよ。それが!?」

 ヴルストの失笑に、憮然として言い返すサラダ。そこへラムチョップが、うむうむと鷹揚に頷きながら割って入る。

「うむ、サラダにしては良い提案だ。クエストを進めるにしても、差し当たって何をするか決めねばならないのである」
「でしょでしょ、ですよねっ」
「俺も別に異論はねぇよ」
「異論がないなら、ヴルストさんは最初から文句言わなきゃいいと思いますっ」
「あー、はいはい。……ってことなんだけど、ユータも時間は問題ないかい?」

 サラダの文句を適当にあしらったヴルストが、ユータに尋ねる。

「うん、大丈夫」

 ユータは言葉少なに頷いた。
 その硬い表情は、彼が受けてしまった【淫魔帝の祝福】を解くというこのクエストを進めていくと、仲間たちに自分がこの【祝福】を受けてしまった原因であろうを知られてしまうかもしれないことに思い至っていたからだ。
 幼き賢女ワシリーサをチートすれすれの方法で肉奴隷にしようとしたことを知ったら、三人は離れていくかもしれない。いや、この九割方エロで出来ているこのゲームをしているのが不思議なくらい善良で健全な三人が知ったら、間違いなく離れていくに決まっている。
 知られたくない。でも、このクエストは闇堕ちしたワシリーサともう一度会わないと進められないという確信がある。

 ――それならば、このクエストを進めるのは止めてしまおう。普通のクエストならいざ知らず、これは行動指針ヒントの出ない隠しクエストだ。自分がワシリーサのことを打ち明けなければ、進めることはできないだろう。べつにクリアする必要はないのだから、放置でいい。しばらく右往左往していれば、三人もクエスト進行を諦めるだろう。

 ……ユータは大きなベッドの縁に腰掛けながら、いつの間にか自分の思考に没頭してしまっていた。だから、気づくのが遅れてしまった。
 いつの間にか三人が話すのを止めて、ユータを熱っぽい瞳で見つめていたことに。

 ●

 ベートーベンのような髪を赤、黄、緑の三色に染めた長身の魔術師ラムチョップ。
 中背で痩せぎす、寝癖みたいな髪型の茶髪が特徴の冒険者ヴルスト。
 内巻きボブの髪は金色がかった緑色で、見た目だけなら小柄で可憐な美少女と言えなくもない女神官のサラダ。
 彼ら三人の名前が共通して食べ物だというのは、偶然ではない。彼ら三人が、このゲームを一緒に始めたリアル友人同士だからだった。
 そんなリアルでもネトゲでも仲良しな三人があるとき、敵に囲まれて全滅の危機に瀕する。そこを助けたのが、たまたま通りかかった課金造形の美少年デザインドビューティーのユータだった。
 それから何度かの偶然と、サラダの強引さ、ラムチョップのとりあえず訳知り顔で頷いておくキャラ付けロールプレイ、ヴルストの諦観とが重なって、ユータと三人は固定パーティを組む仲になったのだった。
 四人は三人パーティだった頃から、ログアウト前の投宿は全員で一部屋を通してきた。
 男女の別なくパーティ全員で一部屋というのは、このゲームでは常識だ。宿代を浮かすためにも、どこのパーティでもやっていることだ。
 無論、そういうゲームだから、そういうことをしているパーティもあるだろう。でも、彼ら四人がをしたことはなかった。リアル友人であることもブレーキになっていたのだろう。
 ユータもそっち方面を仲間に求めることはなかったので、四人は今日まで、このゲームには珍しいを続けていた。
 そう――今日までは。


 どん、とシーツが籠もった音を立てた。
 ベッドに座っていたユータの肩が、正面から不意に押されて、背中からシーツに落とされたのだ。

「うわっ……なんだよ?」

 ユータは自分を突き倒したサラダに向かって文句を言いながら、身体を起こそうとする。だけど、横手から伸びてきた手がユータの肩を掴んで、それを邪魔した。
 手を伸してきたのはヴルストだった。筋力はアバターの体格にほとんど左右されないけれど、突然のこともあって、ユータはされるままに押し倒されてしまった。

「うわっ……だからなんだよ!?」

 ユータが身動ぎすれば、筋力STRより敏捷AGIを上げているヴルストの腕は簡単に振り払われそうになる。だけど、さらに反対側から伸びてきた手が、ユータのもう一方の肩を押さえた。

「ラムまで!?」

 魔術師のラムチョップは筋力なんてほとんど上げていないけれど、三人がかりで寄って集って押さえつけにかかられているという事実が、ユータに抵抗することを忘れさせた。

「ごめんなさい、ユータさん」

 サラダが悲しげに柳眉を顰める。そして、でもね、と続けながら仰向けのユータに跨がった。

「でも……でもねっ、悪いのはユータさんなんですよ。さっきから、やたらキラキラしちゃって、もう……もうっ!」
「な、なんだよ、それ――」
「サラダの言う通りだよ、まったく」

 ユータの反論ともつかない声を、ヴルストの苦々しげな声が断ち切る。

「まったく……含羞んだり、目を潤ませたり、そんなエロい顔を見せつけてこられたら、誘ってんのかよっ、となるに決まってるわな」
「そんな顔してな――あ……」

 確かにさっき、三人が呪われた自分と一緒にいてくれると知って、このゲームで初めて泣いた。でも、あれはもっと感動的な涙だったはずだ。とかとか、そんな低俗な涙ではなかったはずだ。

「というか、なんでヴルスト!? おっ、おまえ、男! 俺も男!」

 ユータは思わず片言になるほど焦り、戸惑い、混乱していた。対するヴルストは至って冷静に答えた。

「ああ、俺もユータも男だな。で、それがどうかしたか?」
「どうかしているッ!!」

 叫んだユータは、ヴルストの反対側から自分の肩を押さえつけてきているラムチョップに助けを求めた――理性は、どうせ同じ答えが返ってくるだけだ、と諦めていたけれど、それでも声をかけずにはいられなかった。

「ラム! ヴルスト、おかしい! おまえ、止めろよ!」

 だけど当然、返ってきたのはユータが求めるものとは違う答えだ。

「おかしいのは、ほいほい宿についてきておきながら、今更そんなぶった演技をしているユータであるな」
「演技じゃない! いや、それより――男だ! 俺、おまえ、おまえら――男! お、と、こッ!!」

 ユータは必死に訴えた。
 そんなユータを押さえつけるヴルストとラムチョップは顔を見合わせて笑い合い、腰に跨がっているサラダは不服げに唇を尖らせる。

「男、男って、ユータさんはそんなに男が欲しいんですか? あっ、ひょっとして、女の子はNGなひとでしたか!?」
「ひょっとしないよ! 男がNGだよ!」
「ああっ、良かったです!」
「よっ……良くない!」
「だよな、ユータ。食わず嫌いは良くないぜ」
「食わないよ!」

 サラダとの会話に混ざってきたヴルストに、ユータは真っ赤な顔で言い返す。顔の火照りが憤りのせいなのか羞恥のせいなのか、ユータ自身もよく分からない。思考が千々に乱れて、まともにものが考えられなくなっていた。
 さっきまで仲間だと思っていた三人に、ベッドで押さえつけられ、跨がられている。そのうち二人は男なのに、そのことを三人揃って、まるで気にしていない。
 本当に最初の最初だけは、ユータもこれが冗談なのかと思ったけれど、三人の目に宿る粘々とした光を見てしまってからは、とても冗談だとは思えなかった。また同時に、ヴルストとラムチョップの二人が、ただ自分を押さえつけるためだけの役回りなのだとも思えなくなっていた。

 ――犯られる。三人に輪姦まわされる……!

 ユータはその確信に絶望した。
 筋力ステータスに任せて暴れれば逃れることはできるかもしれないけれど、信じていた仲間に裏切られた絶望感は、ユータの四肢からその力を奪ってしまった。

「……なんでさ」

 口から出た声は、ユータ自身が思っていた以上に頼りなく震えていた。

「なんで、どうして……こんなことをするんだよ……」

 目元から耳へと転がっていくくすぐったさで、ユータは自分が泣いているのだと知った。
 昨日まで一度も――ゲーム内では一度も泣いたことがなかったのに、今日はもう二度も泣いている。泣き方を一度覚えてしまったら癖になるのかね、と唇の片端で自嘲が跳ねる。

「ユータさん……」

 サラダが切なげに呟く。でもそれは、涙するユータへの罪悪感から零れた言葉ではなかった。

「あぁ……ユータさんってば、もぉ、そんな……そんなっ、そそる顔、しちゃあ、駄目じゃないですっかぁ♥」

 熱い吐息を絡めるように言ったサラダの顔は赤くなるのを通り越して、隠しようのない劣情でそれはもうテカテカと照り輝いていた。
 そして、顔を上気させているのは左右に侍る男二人も同様だった。

「まったくだよ、まったく。ユータはただでさえ美少年だってのに、そんな雨に降られた仔猫みたいな顔しやがってよぅ。そしたらもう、抱くしかないじゃねぇかよぉ」
「うむうむ、まったくだ。そも、アバターに性別を問うなど愚問。美しければそれで良いのである」

 二人の声に冗談を言っているような響きはないし、締まりなく歪んだ口元と獣欲にぎらつく瞳が嘘だとは思いがたい。
 彼らが自分をからかっているのでないらしいことの再確認は、ユータを改めて絶望に落とすと同時に、一筋の光の如き天啓を閃かせた。

「――あっ、これが呪いの効果!?」

 ユータに付与された解除不能イベント属性の状態異常【淫魔帝の祝福】。その名称に含まれるからしても、サラダたち三人がユータに対しておかしなくらい発情しているのは、この状態異常のせいに違いあるまい!
 ……が、そこまで考えて、ユータはもうひとつ気がついてしまった。
 サラダたちの暴挙が状態異常のせいなのだとしたら、三人はイベントクリアするまで、ずっとこのままなのか――!?

「もし、そうだとしたら……もう、パーティは……」

 パーティは解散するしかない――その想像に、またも涙が込み上げてくる。

「うあぁ、ユータさんの涙、すっごい綺麗です……舐めちゃいたいっていうか舐めますけどいいですよね、ねっ?」

 サラダが腰を屈めてユータの目尻を舐めようとすれば、ヴルストとラムチョップが邪魔しにかかる。でも、それはユータをセクハラから守るためではない。

「おい、待てや。サラダ、なにおまえ勝手にユータを舐めようとしてんだよ」
「ヴルストに許可取る必要ないじゃないですか。邪魔しないでくださいっ」
「邪魔するわ、ぼけ! ユータはおまえのもんじゃねぇぞ」
「うむうむ、その通りであるぞ。サラダはユータの腰に跨がっているだけでも狡いのだから、ここは遠慮するべきである」
「おっ、ラム。いいこというじゃん!」
「二人とも馬っ鹿じゃないですか? こういうのは早い者勝ちなんですよぅ……んぁー♥」
「あっ! だから舐めんなって……あぁ! サラダ、おい!」
「んあぁーっ!」
「サラダ、止めるのである……舌を伸すな、この痴女めが!」

 ……美少年ユータの目尻を必死で舐めようとするサラダと、それを止めつつも、隙あらば自分が涙を舐め取ろうとして互いに牽制し合っているヴルストとラムチョップ。
 自分の涙を巡って争う三人の姿を、ユータは胸が張り裂ける思いで見上げていた。
 このゲームで、いや人生で初めて手にした大切な仲間たちが、こんなことで争っている姿は見たくなかった。

 ――もういいや。
 胸の内で、形のない何かがぷつんと切れ……

 ポィン。

 場違いな通知音が、いま当に諦めるところだったユータの意識を引き寄せた。その通知はクエストが進行したことを示すものだった。
 音声と文章で二重案内された内容に、ユータは瞠目した。そして――

「――ヴルスト、ラム、サラダ」

 ユータが三人に呼びかけると、三人は醜い争いを止めて、一斉にユータを見つめた。ユータは一瞬、怖じ気づいたように喉を鳴らしたけれど、決意の顔で言い切った。

「いいよ、なってやる……おまえたちの肉便器に……!」


 クエスト進行の通知が告げたのは、【淫魔帝の祝福】の効果と、その対処法だった。
 曰く――祝福の効果は、対象者の近くにいる者に対しての、微弱ながら防御も解除も不能な魅了である。この効果は累積される。また、この効果は対象者と性行為に及ぶ度に、効果が減退する。
 要するに、ユータの傍のいると慢性的にムラムラが溜まっていくことになるけれど、我慢できなくなったらユータとエッチすれば正気に戻れる――ということだ。
 それが分かったから、ユータは身体を張って三人を正気に戻すと決めたのだ。

「ふっ……犯られればパーティでいられるのなら、悩む余地なしさ」

 ユータは精々強がって笑ってみせた。
 その笑顔は、覆い被さってキスをしてきたサラダの顔で隠された。

「ん――」
「んんっ♥ んっ、んむっ、むっふぅ……ッ♥」

 じゅるっじゅずぼぼっ――と、麺を啜って、咀嚼し、飲み干すようなキスだった。
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