男装騎士と好色王子の私設団

浅見 景

文字の大きさ
3 / 17
第二話

いざ戦場(王都)へ

しおりを挟む
 広大な国土と豊かな資源で急速に発展したクロムガンス王国は、別名を万宝国と呼ばれていた。国内各地に点在する鉱山から採掘される鉱物の数は凡そ数千。
 その中には学者も唸る珍貴な鉱物も多く、其れ等をクロムガンス国で独自に編み出した加工技術によって宝飾品などに変えて他国へと送り出す。
 クロムガンス王国の宝飾品は他国の貴族が挙って買い付けに来る程美しいと評判で、宝飾師による繊細で美しい飾り彫りと一風変わった宝石の切断、研磨技術により他の追随を許さない。
 海に浮かぶ島国としても有名なこの国は、現王であるエリファレット=ローゼンクロイツ国王へと代変わりしてから他国との貿易に力を入れた事で、閉鎖的で貧困に喘いでいたこの国を一代で豊かな暮らしへと変えた。
 国民人気も高い素晴らしい賢王の世に生を受ける事が出来て、クロムガンス王国の民としては勿論感謝の意を表せずにはいられない訳だが、ヴェロニカからすればひ弱な義弟までをも強制的に兵役させる徴兵制度だけはどうしても納得行かなかった。

「……でも、お父様が賛成してくれたのは意外だったわ」

 クロムガンス王国の中心に位置する首都ローヴェルトへと向かう道すがら、父親が手配してくれた一頭立ての軽装馬車に揺られながらヴェロニカは数日前に我が家で開かれた家族会議を思い出す。

『絶対絶対反対だからね!僕は義姉さんにそんな危ない橋渡らせる気ないから!』

 何時になく強気なクリスがテーブルの上に並べられた夕食を食べる事も忘れ、食卓を両手でバンッと叩いて抗議する。

『だーかーらー、危ない橋も何も要はバレなきゃ良いんでしょ?私は女にしては身長もある方だし、残念ながら胸も…ほら、こんなだし?…ってコラ、何笑ってんのよ?!…フン、まぁとにかく髪さえ切れば男に見えんじゃないの?』

 義弟の斜交いの席に座るヴェロニカは彼とは対照的にマイペースにちぎったパンをスープに浸けては口に運び、咀嚼しながら上目でチラリとクリスへ視線を戻した。

『義姉さんは分かってないんだ。……そりゃあ義姉さんはその辺の女の子より身長が高くて胸が真っ平らで筋肉に固執する余りに女性らしい曲線美は皆無になりつつあるし、口が悪くてガサツで乱暴者で男みたいっていうより既に男を軽く超越しつつあるけれど』
『ちょっとケンカ売ってんの?!』
『でも男じゃない。自覚がないみたいだから言うけど黙ってたら美人なんだからね、義姉さんは。黙ってたらの話だけど』
『褒めてんのか貶してんのかどっちなのよ?!』
『だから心配なんだ。万が一適性試験に合格しちゃって、騎士になってから女だってバレたら?誰かに弱味を握られたら?「自分の女になるなら黙っててやるよ」とか何とか言われたりして無理矢理手篭めにされちゃうんだ…!』
『貴方、何処でそんな乙女手記読んで来たのよ…』

 義弟の逞しい想像力に驚きつつも、そういった方面に疎すぎる余りに全く心配していないヴェロニカは有り得ない妄想だと聞く耳を持たず、ひたすら夕食を食べ進める。

『義姉さんは男を甘く見すぎているんだ!男がその気になったら義姉さんなんて為す術もないまま身体の自由を奪われちゃうんだからね!』
『はいはい、私の自由を無理矢理奪える命知らずがいるものなら見てみたいわよ』
『そんな事言って…!本当にどうなっても良いんだね?!それはもうとにかく強い、怪物だって素手で倒しちゃうような達人芸を繰り出す壮年の騎士に無理矢理奪われても…!』

 相変わらず眼前の食事には目も向けずに蒼白になった面をあぁっと嘆きながら覆うクリスが力説する極端な騎士像に、流石のヴェロニカも目を剥く。

『…っ、怪物を素手で倒す達人?!オジサマ騎士?!やだ、そんな人いたらときめいちゃうじゃないの…?!』

 自分より弱い男は男ではない。そう公言するヴェロニカだが、それは言い換えれば自分より強い男は男の中の男であり、そんな人が存在するのならば勿論彼女にとって尊敬すべき男性。即ち理想の男性像へと繋がるのだ。

『そうだよ!そんなオジサン騎士に言い寄られたらどうするつもり?!』
『言い寄られたら、って…それは困るわ…!私より強くて鉄拳制裁の効かないオジサマ騎士だなんて、どんな風に突き放したら良いか分からない…っ!』

 思わず頬を赤らめたヴェロニカを説得すべく妄想が激化して行くクリス。既に話が脱線しかけている事に気付かない程白熱した舌戦を繰り広げる義姉弟二人は、家の扉が開く音にさえ気付けない所か、ただいまー!とよく見知った声の人物が来訪して来た事にも気付かなかった。

『そうさ!義姉さんが突き放せないのをいい事に「俺が女にしてやるよ」とか迫る訳だよ、ソイツは!!』
『ちょっと待って!俺が女にしてやる…って、そもそも私は元から女なんだけど、それは具体的にどういう風に迫る訳…?』
『え…?えー…っと、その、あの、それは……まぁ、普通に…』

 ヴェロニカにとっては至極真面目な疑問だったのだが、それまでは珍しく饒舌だった彼のいやに歯切れの悪い態度に怪訝なものを覚えて眉を顰める。

『普通にって?』
『だ、だから普通に迫るんだよ…!』
『その普通が分からないから聞いてるんじゃないっ?!』
『ふ、普通に寝室へ連れ込んだりっ、ベッドへ押し倒したりするんじゃないのっ?迫るっていうのは!』
『な…っ?!あ、あ、あ、貴方って子は…っ、いつの間にそんな、嫌らしいことを考えるようになったの…っ?!』
『義姉さんが考えなさすぎなんだよ!男だったらそれくらいの事、四六時中考えてるんだからね!』
『なんですって?!け、ケダモノ…!!信じられない…っ!!』
『ふん、義姉さんもこれに懲りたら僕の代わりに騎士になるだなんて言い出すのは止めて大人しくここで暮らす事だね!』
『それとこれとは話が別でしょ?!私が家に残るよりもクリスが居てくれた方がお父様だって助かるでしょうし!』
『えーと、何の話だ?』
『『えっ?!!!!!!!!!』』

 良く通る聞き慣れた声が唐突に割って入った所で、ヴェロニカ達は漸く彼女達の家族であり一家の大黒柱でもある父親が帰宅していた事に気付いた。

『ただいまーって言ったんだけど誰も気付いてくれなくてさぁ、ちょっぴり寂しかったな。久し振りに会えた我が子達は「俺が女にしてやる!」とかで真面目に話し合ってるし……いやはや、子供の成長は早いなぁ。あんなに小さかったお前達が女を押し倒す話で盛り上がるだなんてねぇ。あぁ、俺は別に止めたりはしないからね?合意なら良いんだよ。時として強引な方が喜ばれる時もあるけど、そういう駆け引きはお前達にはまだ早いかなーなんて。…って、え?もう経験済み?なんてこった。暫く家を留守にしている間に我が子達が既に大人の階段を登っていただなんて…』

『お父様!一人で勝手に盛り上がらないで下さい!まだ何も言ってないですから!大人の階段とか登ってないですから!』
『あぁ、ヴェロニカ、恥ずかしがる事はないんだよ?誰しもが通る道なんだからね?可愛い可愛い俺の愛娘が選んだ人ならそれはきっと素晴らしい人間なんだろう』

 帰って来て早々に、久し振りの再開だと言うのに相変わらず暴走気味のヴェロニカ達の父であるブライアン=リーデルは、彼女と同じ煌びやかな黄金色の瞳を細めては穏やかな笑みを浮かべながら娘を宥めたが。

『恥ずかしがってませんし、私はまだ生娘です…!!』

 見当違いな彼の励ましに恥じらいも忘れて怒鳴りつけるように乙女にあるまじき告白を投じたヴェロニカに、次に目を剥くのはブライアンの方だった。

『なんだって?!ヴェロニカ程の美人を前にこの町の男共はまだ手も付けてなかったのか?!なんて意気地無し共ばかりなんだ…!!』

 本気で信じられないと言った顔で拳を握って憤りを露わにする彼をそろそろ強引にでも軌道修正しないと、永遠に真面目に語り合う事は出来ないだろう。

『そ、そんな事よりお父様、お家の中なんですから外套を脱がれたら?』

 夕食を食べ終え立ち上がったヴェロニカは、父の防寒着である飾り気のない外套を彼の背後へと回って脱ぐのを手伝いつつ受け取った時に、飴色のボサボサに乱れた髪や、隣町にある鉱石場の責任者である彼の藍色の作業衣が所々解れ薄汚れている事に気付いて慰労の気持ちでいっぱいになった。数ヶ月もの間、家へ帰れない程忙しい日々を過ごして来たのだが、ブライアンはその疲労感も何のその。

『ははは、お前達に会えたのが嬉しくて脱ぐのも忘れていたよ』

 何時だって明るく朗らかな笑顔でそんな風に言ってくれる彼の事が大好きだし、父として男として一人の人間としてブライアンを尊敬している。それは義弟も同じ気持ちだろう。

『えぇ……私も嬉しいですわ、お父様。お帰りなさいませ。そしてお疲れ様です』

 久し振りに会えた彼への感謝と敬意の滲む声で、ヴェロニカは素直な気持ちを口にするも、帰って来て直ぐにお帰りなさいと言ってあげられなかった事が悔やまれた。

『ただいま、ヴェロニカ、クリス…って、なんだなんだどうしたんだ?俺の可愛い息子は魂が抜けてしまったのかな?』

 テーブルを挟んだクリスの真向かいの椅子に漸く腰を下ろしたブライアンは、息子の様子が可笑しい事に気付いて心配そうに彼を見つめる。
 父が帰って来てから呆けたように「全部聞かれた」「大人の階段」がどうのと呟いては青くなったり赤くなったりする思春期の義弟を、ヴェロニカはからかうように一瞥しながら先程まで夕食をとっていた椅子へ、ブライアンの隣へと再度腰掛けた。

『お父様に恥ずかしいお話を聞かれてしまって打ちひしかれているんですわ、きっと』

 彼女の視線で漸く気を取り直したクリスは、父が乱入する前にしていた話題を思い出しフンと鼻を鳴らしながら腕を組む。

『あぁちょうど良かった。おかえり、義父さん。で、帰って来て早々で悪いんだけど義姉さんを止めてくれない?この人、僕の代わりに兵役適性試験を受けて騎士になるだなんて言い出したんだ』
『ク、クリス…!!』

 ヴェロニカ自身が口にした事だったが、なんて突飛な宣言だろうと人事のように思った。
 それに義弟一人だったら強引に押し切って何とか出来たものを、ブライアンまで敵に回すとなるとヴェロニカは諦めざるを得ない。
 ブライアンが知らない内に試験会場へ向かってしまえば、クリスは何だかんだで父へ心配かけまいと適当な嘘でヴェロニカの目的を秘しただろう。

 しかしブライアンと真っ向から対立するとなってはヴェロニカに勝ち目はない。父親なのだからヴェロニカを心配するのは分かっていたし反対しない親はいない。
 それに本当は心身共に疲れ果てているであろう父へ無駄な心配をかける訳には行かなかった。
 クリスの事は本当に心配で、ひ弱な彼に騎士が勤まるとは思えない。それでも義弟が戦地(兵役適性試験)に赴く様をみすみす黙って見送るしかないのだろうか───。
 ヴェロニカが泣く泣く腹を括ろうとした時。

『あぁ、良いんじゃないか?』

 ブライアンは何時もの軽い調子で賛成の意を示したのだから、義姉弟は聞き間違えただろうかと目を瞬いた。

『ヴェロニカは女にして置くには勿体ない!と常々思ってたんだよなぁ。良い機会じゃないか』
(聞き間違いじゃない…!)
『ちょっ、義父さん…?!』
『クリスはまず体力が無さすぎるからなぁ。試験会場に着く前に絶命しかねないし……うん、俺は可愛い息子を死なせたくはない。その点ヴェロニカだったら体力は勿論有り余ってて怖いくらい元気だし、男と対等に渡り合える力もある』
『…っ、で、でも、義姉さんは女なんだよ?!バレたら不敬罪で罰せられるかも知れないんだよ?!心配じゃないの?!』

 クリスの心配は最もである。彼と入れ代わって兵役適性試験を受けた事が露見すれば、王族への軽視と取られ、不敬の罪で処罰を受ける事になるかも知れないのだ。
 それはヴェロニカだけでなく家族までをも巻き込むものとなるかも知れない。義弟を心配する余りにそこまで考えが至らなかったヴェロニカは父の支持を得られた事に喜ぶばかりではいられなくなる。それでも───。

『……絶対にバレたりしないって貴方に誓うわ。クリスが私を心配するように、私も貴方が心配なの。私は義姉なんだから貴方を守る義務があるし守らせて欲しい。世界で一番クリスが大切なんだから!』

 義弟との入れ代わりが露見すれば一族郎党島流しでは済まないかも知れない。それでも体の弱いクリスが無理矢理兵役させられるのを黙って見過ごす事は出来ないし、ヴェロニカが代わりに勤めあげれば良いだけの話なのだ。誰にも彼女が女だと悟らせる事をせずに。

『だからクリス、貴方が気に病む事ないのよ。適材適所ってやつなんだから!貴方が家を守って私が働きに出る!ちょっと義弟に成り済ますくらい何よ!バレなきゃ良いのよ、バレなきゃ!』

 バレさえしなければ良いのだから!と根拠のない自信に満ち満ちて来たヴェロニカは、拳を握って宮廷で待ち構えているであろう敵(同僚になるであろう騎士団員)へと黄金色の瞳に闘士を滾らせながら、クリスの手をがっしりと握り締める。

『そうそう、ヴェロニカの言う通りクリスが家を守ってくれなきゃ俺も困るぞ。クリスが兵役しちゃったら一月の休暇を勝ち取った俺はどうやって生活してけば良いんだ?お前がいないとご飯も作れなければ掃除も洗濯も出来ない…ダメなバパを助けると思って諦めてくれ、な?』

 ヴェロニカの勢いに乗っかるような形で、ブライアンは彼なりの死活問題を口にしながら娘の手の甲を覆うようにして息子の手へと掌を重ねると。

『……もう、勝手にしたら?』

 能天気だが酷く家族思いで突っ走る節のある義父と義姉を前に、ついに折れたクリスが頬を赤くしながらそっぽを向いて呟いたのだった───。

「クリスには心配かけちゃうだろうけど、私が家に残ってもお父様と二人じゃ共倒れだったでしょうし」

 暫し回想に耽っていたヴェロニカは、クリスの心情を憚りながらも有り得た未来を思い描いて苦笑する。

 自慢じゃないがヴェロニカは料理、洗濯、掃除といった嫁入り道具と同等の価値があるだろう三大家事が大の苦手だ。
 家事の出来ない、生活能力の乏しい筋肉バカ二人(言うまでもなくヴェロニカとその父であるのだが)に代わって幼い頃よりクリスが家事全般を担ってきた。
 そんな一家の大主婦柱様が家を出るとあれば本気で死活問題だっただろう。

「ま、何はともあれ無理言って出て来ちゃったんだからあの子に心配させないくらい頑張らなきゃね!」

 義弟へと立てた誓を守る為にも拳を握って自身を奮い立たせたヴェロニカは、短く切り揃えた白金色の髪をサラリと靡かせながら開け放たれている窓の外へと目を向けると、まだまだ山並みが多く民家もポツポツと見えるだけの長閑な風景が映った。

 彼女の住んでいたクロムガンス王国の中でも最南端に位置するパリスから出て来て五日が経過したが、国の中心部である王都へ到着するまでには後十日程はかかるだろう。
 だが言い換えればたったの十日で気の抜けない替え玉生活が始まるのだ。

(王都に着いたら私はヴェロニカ=リーデルじゃなくて、クリストファー=リーデル。ちょちょいっと手柄を立てて家計の足しにしてやるんだからっ!)

 ヴェロニカは勇ましい決意を心に秘め、メラメラと燃える瞳で来るべき日々を見据えた。


 ***


 王都ローヴェルトは、ヴェロニカが想像していたよりも格段に美しく活気づいていた。

 パリスとは比べ物にならないくらい堅牢な家々や店が数え切れない程に建ち並び、街道を埋め尽くすような馬車の行列。
 催し物でも開かれているのだろうかと不思議に思う程、紳士淑女や店主に大将、曲芸団の一行に行商や神父など───様々な職種や立場の老若男女でごった返すその光景は田舎から出て来たばかりの長旅で疲れたヴェロニカを一気に元気付け、彼女の目を楽しませるものだった。

 長い長い街道を抜けて目的地であるローヴェルト宮殿に到着した時に、思わず唇を開け放したまま呆けたように立ち尽くしてしまったのは淑女に有るまじき大失態だが、ヴェロニカが尻込みしてしまうのも無理はないくらいに、どっしりと構えられた宮門。

 この国の国旗にも描かれている正十字の紋章が大きく彫られたそこを突き抜けるように、高く聳え立つ白い宮殿や生い茂った木々が遠くに見えて、目的地には無事到着したものの、まだ入れ代わり計画のスタート地点に立ったばかりなのだと再認識させられ観光気分の頭を切り替えた。

 気を取り直して、しかし義弟であるクリストファーの替え玉である事がバレやしないかとドキドキしながら、門番へと兵役適性試験を受けに来た旨と王宮から届いた手紙を見せれば、意外とあっさり通されてしまった事に驚いた。

 直ぐに連絡を受けてやって来たらしい案内係の騎士に、王宮内部の闘技場控え室まで誘導されて時間まで待機するよう命じられ、一時間が経過した今もまだ何も知らされる事のない現状にやきもきしながら壁へと凭れてその時を待っていた。

「兵役適性試験って一体何をやらせるつもりなのかしら。……試験って言うくらいだからテストとか?猛獣と戦え!とかなら問題ないけど、筆記試験とかだったらちょっと自信ないわね。勉強は苦手な方だし……そういうのはクリスの専門なのよね」

 腕を組みながら思案に耽る彼女は、同じく試験を受けに来たであろう室内で蠢く汗に塗れた男達───こんな時でさえ筋力トレーニングを欠かさない気合いの入った受験者達を見渡しては、今年十六となる年の少年を国中から集めたのだから多くて当然だろうが、尋常じゃないくらいに広い筈の控え室が埋め尽くされつつある人の多さに、息苦しさを覚えて思わず眉を顰める。

「なんだか人も増えて来たし……っていうかむさ苦し過ぎじゃない?!あの胸毛の人とか泥棒髭の人とか、明らかに幾つも修羅場を潜って来ました!みたいな顔中傷だらけの人とか本当に同じ年なの…?!」

 信じられない!と唇を開け放したまま驚愕するヴェロニカは、ククッと小さく喉を鳴らす声が側で聞こえてハッとする。

「…っ!!」
「君、面白いな!ははっ、でも確かにあの人相はビックリするよなぁ、とても同い年には見えない……って俺は別に怪しい者じゃないからそんなに身構えないでくれ?!」

 足音も立てずにいつの間にか自身の傍らへと接近していた長身の男に、ヴェロニカは思わず身構える。

 もう敵地へと潜入しているのだからもっと周りに気を配らなければ行けなかった。自分はもうクリストファー=リーデルなのだから、今もこれからもそういう風に振る舞わなければならない。女言葉なんて以ての外───。

 まだまだ考えの甘かった自分自身に失望するヴェロニカの動揺を別の意味にとったらしい彼は、すぐに両手を上げて敵意がない事を示す。

「変な事とか考えてないから、本当に!俺は君が『奇跡の美少年』だろうと男は絶対有り得ないし対象外だから安心してくれ!」

 訳の分からない事を連ねてあたふたと慌てふためく小豆色の髪の貴族風の男に、ヴェロニカは益々警戒心を強めては聞き間違いかと思ったワードを恐る恐る繰り返す。

「き、奇跡の美少年…?」
「あぁ、あそこにいる奴等が頻りにそう呼んでたぞ?『奇跡の美少年現る…!』とか『珍しい白金色の髪が宛ら天使のようだ』とかなんとか」

 男が指を指し示す方向へ促されるままに視線を向ければ、そこには良家の子息と思しき仕立ての良い背広を着込む五人が、室内に数十箇所と設置されたテーブル席の一つへ着いて菓子を摘んでは、頬を染めながらチラチラとヴェロニカを窺っていた事に気付いて、ヒッと悲鳴が漏れ掛けたのを気合いで飲み込む。男は女みたいにすぐに悲鳴なんて上げないだろうと思ったからだ。

「ははは、男になんか好かれたって迷惑だよな!その点、俺は恋人がいるから安全だ!あ、そういえばまだ名乗って無かったな。俺の名前はデーヴィット=ブロワー。ブロワー伯爵家の三男坊で、この度第二王子の騎士として仕えるべく喜び勇んでここまで来た!ってな訳で宜しく!」
「僕はクリストファー=リーデル。パリスっていう田舎町から出て来た」

 朗らかに差し出されたその手に毒気を抜かれ「宜しく」と警戒心を解きつつ重ねれば、デーヴィットは「ん?」と怪訝そうに首を傾げてヴェロニカの手を確かめるように握った。

「なんか……妙に……柔らかいな。色も白いし……指も細くて、随分……綺麗な……」
(ゲッ!!早速怪しまれてる…!!)
「…っ、あ、のさぁ!デーヴィットはさっき第二王子の騎士になりたいって言ってたよね?それはどうして?」

 色が白いだとか指が細いだとかそんな些細な事で怪しまれるとは夢にも思わなかったヴェロニカは、強引に話を切り替えつつ素早く友好の握手を切り上げ、デーヴィットを見上げた。

「あ……悪いっ、えーと、あぁ、俺の事はデイヴで良いぞ!俺もクリスって呼ぶし!で、どーして第二王子の騎士になりたいかだって?当然、殿下の騎士になるのはこの国に生を受けた者の名誉だからだ!」

 余りにふわりとした、だがクロムガンス王国に生まれた者としてそう言われてみればそういうものなのだろうかとポカンとしているヴェロニカへ彼は重ねて熱い気持ちを吐露する。

「俺は王都で育ち、運良く伯爵家の生まれだから幼い頃はよく殿下を拝見する機会に恵まれて来たんだ。初めて夜会であの方を目にした瞬間、あぁ俺はこの方に仕える為に生まれて来たんだ…!って使命感に震えたのさ!」
「……あのー、だから何で第二王子なの?この国には第一王子もいるよね?」
「それは愚問だぞ、クリス!君は第二王子であらせられる『オースティン=ローゼンクロイツ』様をお目に掛かった事がないのか?」
「田舎育ちなもので。お名前だけは存じ上げてるけど、実物をお目にかかった事はないなぁ……あ!『禁断の果実の君』とか呼ばれてるんだっけ?」

『オースティン=ローゼンクロイツ』と言えばエリファレット国王の血を引く正統な王位継承権第二位の地位にあたる人間であり、次期国王となる可能性のある男だ。

 そんな雲の上のような存在の人だが、町の女の子達が   そんな風に呼んではよく噂していたような気がする。ヴェロニカがそう付け足すとデイヴは満足そうな笑みを浮かべる。

「通り名の御方でお間違いない!人知を超えた殿下の麗しさから、淑女達からそう呼ばれるようになったそうだが……まぁそれは置いといて、君もあの方を一目見れば分かる。見る者全てを虜にするその類まれなる美貌と溢れ出す気品…王族としての御覚悟…天賦の才…下賎の者にまでお気を配られるその懐の深さ…」

 柔和だが長身で筋骨隆々の男が第二王子愛を永遠に口にする様は何処か異様で、この時はまだ恋情に似たその忠誠心を理解出来る日が来ようとは夢にも思わないヴェロニカの耳にタコが出来そうになる程語られ続けた後で。

「これより闘技場で開会式を執り行う。こちらに目を通した者から速やかに隊列するように」

 ヴェロニカが闘技場控え室へと通されてから二時間余り経ってから漸く戻って来た案内係の騎士は二人に増えていて、短く指示を出すなり闘技場への扉を開け放ったのは彼女を初めに此処まで案内してくれた黒髪の騎士だった。
 寡黙で如何にも勤勉そうな、不正など決して許さなそうなお堅い雰囲気の彼とは対照的に、もう一人の男は騎士と呼ぶには余りに華やかな金髪に水宝玉を彷彿とさせる碧い瞳、加えて彫刻の様に整い過ぎた面。
 細く吊り上がった眉は自信に溢れ、切れ長の双眸を覆う睫毛の長さが一応は乙女の心も持ち合わせるヴェロニカにも只者ではないと感じさせた。

(うわぁ…っ、すっごい綺麗な人…!)

 今までに見たどの女性よりも美しい男を惚ける様に見詰めていた彼女の視線を敏感に感じとったのか、紺色の地味な隊服も夜会服に見えるくらい存在自体が煌びやかな男が数メートル先からヴェロニカを捕える。

(え…っ、もしかして目合ってる…?!)

 気のせいだったら良かったのだが、濡れ羽色の髪の騎士の指示通り目を通せと言われた物を窺うべく中央のテーブルへと群がる受験者達。
 騎士よりも王子様といった美貌の男の視線の先には、未だに壁へと凭れたままでいるヴェロニカしかいないのだ。

 男は一瞬驚いたような顔をしたかと思えば形の良い唇にすぐ様女好きのする艶っぽい笑みを浮かべて、ヴェロニカへヒラヒラと優雅に手を振って見せた。

「へ…?えー…っと…」

 突然の行動にどうしたら良いか分からず、また少し軽薄そうにも見える相手の真意も読めないまま手を上げかけたところで、ヴェロニカは肩を叩かれ振り返る。

「ほら、持って来てやったぞー!」

 デイヴに渡された紙には「日程表」と記載されていた。美貌の騎士へと一先ず会釈をして、熱い視線がヴェロニカの横顔へ注がれ続けていることにはもう気付かない振りをしながらしげしげとそれを見詰める。

「十時から開会式、十一時から適性試験の説明、試験開始、十二時に休憩が入って一時から試験再開……五時に閉会式。閉会式後、結果発表……ねぇデイヴ、試験って一体何をするんだろうね?」

 肝心の試験の内容が記載されていない事にガッカリしつつ、一時間余り友好を深めすっかり友人と呼べる仲になった長身の男へ日程表から目を逸らさないまま独り言のように問う。

「え?何だ、クリスは知らなかったのか!ははは、そうならそうとさっさと言ってくれれば教えられたのに!そうそう、何をするってシンプルに戦うだけだ!此処に集まった受験者同士で」
「え?!だって何人集まってると思ってんの?!今日一日じゃ絶対終わんないでしょ?!」

 数百人は集まっているであろう受験者達を見渡し、一日で終わる数の戦いではないと目を剥くヴェロニカ。

「いや、だからトーナメント組と筆記試験組に別れるんだよ」
「筆記試験…?!え、じゃあ勉強が出来れば戦わなくて良いって事?!」
「そりゃそうだろ?」
 「え、じゃあ勉強も試合もしたくないって人は…」
「そんなやつはそもそも徴兵を辞退してるだろうなぁ。俺の上の兄貴二人も『繊細な僕達に兵役なんて無理!』とかなんとか言って辞退してたし…」
「じ、辞退なんて出来たのっ?!」
「あぁ、強制じゃないからな。全く、殿下に仕える又と無い機会を自分から棒に振るなんて信じられないよな!……ってクリス、本当に何も知らなかったのか?誰も教えてくれないなんて…君はもしかして苛められていたのか?!それともとてつもない山奥から出て来たとか……。そもそも辞退する奴がいなかったら何万人、何億人って数の人間が今ここに押し寄せている筈だろ?それがたったの……三百人強、くらいか?少な過ぎて気付くだろ、普通」
「パリスは数えるくらいしか若者がいないから…」

 そして圧倒的に女性が多い。

(え、じゃあクリスの替え玉しなくても最初から徴兵を辞退すれば良かったって事?!ていうかそんな事出来たの?!じゃあ私が今此処にいる意味って…?!)

 決して口には出せない叫びを心の中に留め、呆然と立ち尽くすヴェロニカを不憫に思ったらしいデイヴが彼女の肩を掴んで真摯な眼差しで見詰める。

「何も知らなかったんだな、可哀想に……クリスはどう見ても武闘派じゃないし勉強が得意そうにも見えない。だが此処まで来たんだから諦めるしかないんだ……でも大丈夫!君はもう俺の親友だ!俺がずっと守ってやる!!」
「なんか、何の取得もないみたいに失礼な事言われた気がするけど、有難う……デイヴ」
「いいって事よ!よし、じゃあそろそろ闘技場に行こうぜ!殿下が首を長くしてお待ちしているぞ…!!」

 打ちひしがれたヴェロニカはデイヴに手を引かれながら、金髪碧眼の騎士の視線を背に控え室を後にした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...