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第二章 籠の中の鳥は優しい光を浴びる
第3話
しおりを挟む次の日曜日、颯希と静也は合流するとパトロールに出かけた。今日は若干空が曇っているが、雨が降るという予報ではなかったので傘を持たずに出かける。今日のパトロール場所はこの前と同じ桜地区だ。住宅街の中を清掃活動しながらパトロールしていく。
その時だった。
ゴロゴロゴロ……。
雷が鳴りだし、ポツンポツンと雨が降り出してきた。
「わっ!雨が降ってきたのです!」
「天気予報じゃ、今日は曇りのままじゃなかったのかよ!」
そう言いながら、近くのスーパーに駆け込み、雨が止むまでそこで雨宿りをする。そこへ、声がした。
「あら!颯希ちゃんに静也くんじゃない!」
二人がその声の方に振り向くと、そこには買い物に来ていた道明と由美子がいる。
「あらまぁ、濡れているじゃない!良かったら車に乗って!このままじゃ風邪を引いちゃうわ!」
由美子の言葉に甘えて、二人は車に乗せてもらうことにした。
笹井家に着くと、颯希と静也は由美子が用意してくれた服に着替える。二人が来ていた服は由美子が乾燥機にかけてくれている。お礼を言い、由美子が用意してくれたお茶とお菓子を頂く。
「すみません、なんだかお手間を取らせてしまって……」
颯希が恐縮するように由美子に詫びる。由美子は朗らかに笑いながら言葉を綴った。
「いいのよ。また会えて嬉しいわ。乾くまでゆっくりしていってね」
「あの日以来お婆さん、また来てくれないかなって何度も言っていたんだよ。なにせ、颯希ちゃんは凛花に雰囲気が似ているから嬉しいのだろう……。お婆さん、あの日から少しづつ笑うようになったんだ」
大切な孫の凛花が通り魔に襲われて以来、由美子は毎日泣いて暮らしていたという。たまに庭に出て花に水をやるのは、凛花が花たちがたくさん植えられているこの庭が好きで、よく由美子と凛花は庭で花のことを語り合っていたらしい。なので、またそんな日が過ごせるのを祈って花に水をやり、手入れを欠かさない……ということだった。
「……凛花ちゃんは本当によく笑う明るい子でね。庭の花たちみたいに優しく可愛い子だったのよ」
庭の花に目を向けながら、由美子が懐かしむように言葉を綴る。
「良かったら、凛花ちゃんの写真見せてくれませんか?」
颯希が写真を見てみたいと言ったら、由美子は「いいわよ」と言って、奥の部屋に入っていった。暫くして戻ってくると、手に一枚の写真を持っている。
「左に映っているのが凛花ちゃんよ」
颯希と静也が写真を覗き込む。
「あれ?みゅーちゃん?」
凛花と手を繋ぎながら一緒に微笑んでいるのは美優だった。
「あら、美優ちゃんのこと知っているの?」
由美子が穏やかに聞く。
「はい、私の友達なのです」
颯希が美優とは小学生の頃からの友達だということを伝えると、由美子が嬉しそうに話し始めた。
「凛花ちゃんと美優ちゃんはね、お母さん同士が仲良くて小さい頃から仲良かったのよ。二人とも一人っ子だったから姉妹みたいな関係でね。よく二人で遊んでいたわ。だから、美優ちゃんも凛花ちゃんにあんなことがあったって聞いてすごくショックだったみたい……。美優ちゃんもその事件の後、ショックのあまり学校も休んだって聞いたわ……」
「じゃあ、あの時休んでいたのって……」
「ショックでしばらく何も喉を通らなかったんですって……」
颯希たちがまだ中学一年生の頃、美優が一週間ほど学校を休んだことがあった。そして、ようやく学校に出てきて、颯希と亜里沙が理由を聞いたのだが美優は「もう、大丈夫」というだけで何も教えてくれなかった。颯希も亜里沙もそれ以上は聞かずに、美優が学校に来たことを喜んだ。
(まさか、このことが原因だったなんて……)
ひょんなきっかけで美優が休んだ時の話を聞くことになるとは思わなかったので、颯希の中で知ってしまって良かったのかと考えてしまう。
乾燥機が終わり、颯希たちは着ていた服に着替えると、笹井家を出た。雨はもう止んでおり、僅かだが光が差している。
「一時的な通り雨だったみたいで良かったのです」
「止まなかったらどうしようかと思ったよ」
「その時はその時で考えるのですよ!」
「お気楽能天気な思考だな」
「酷いです!今何気に私のことを馬鹿にしたのです!」
「颯希の頭の中っていつも晴れていて雨の時がなさそうだもんな」
「それは、ある意味馬鹿にしているのですか?」
「さぁ、どうだろうな」
「静也くんはいじめっ子なのです!」
「だって、颯希ってなんだかいじりたくなるタイプだからな」
「私で遊ばないでくださいよ~!!」
「あははっ!」
二人でふざけ合いながら歩く。
「それにしても、みゅーちゃんと凛花ちゃんがお知り合いだったとは驚きなのです」
「まぁ、世間は狭いっていうからな」
「あっ……、そういえば……」
「どうした?」
颯希があることを思い出す。
「えっと、記憶違いかもしれませんが、みゅーちゃんがよく言う『世界が本当に平和になったらいいのに』という言葉はその辺りから言い出したような気がするのです。まぁ、思い違いかもしれないのですが……」
考えてみれば、美優はその事件後辺りから『世界が本当の平和になればいいのに』というのが口癖になっているような感じがする。確信があるわけじゃないが、もしかしたら、この通り魔事件のヒントが隠されているかもしれない。でも、そのことを美優に聞いていいものかどうかが悩む。このことを聞くということは美優がまたつらい記憶を掘り起こすことになるのだから……。
いろいろ考えを巡らせながら、静也と帰り道を歩く。
その時だった。
颯希が「何か」を感じて後ろを振り返る。
「颯希、どうしたんだ?」
急に後ろを振り返り、立ち止まった颯希に静也が言葉を発する。
「なんか、視線を感じたように思ったのですが……」
「気のせいじゃないのか?」
「……ですよね」
一瞬、とても強い憎しみのような視線が颯希に向けられたように感じた。でも、振り返った時、誰かが見ていたような感じはない。気のせいだろうと思い、考えないことにした。
静也が家に帰ると、拓哉は夕飯の準備をしていた。出来上がると、一緒に食卓を囲んで食べ始める。
「パトロールの方はどうだい?楽しいかい?」
「まぁ、フツーかな」
拓哉の問いに静也が淡々と答える。
「いいねぇ……、パトロールしながらデートかぁ~」
拓哉の言葉に静也が食べていたものを吹く。
「デ……デートじゃねーよ!ただのパトロールだ!」
「照れなくてもいいんだよ?父さん、颯希ちゃんなら大歓迎だ」
「そんな関係じゃねぇよ!」
「いや~、結婚式は何処が良いかなぁ~」
「気が早すぎるわ!!」
その後も拓哉は「ウエディングドレスはどんなものが良いのかな?」とか、「静也のタキシード姿楽しみだなぁ~」とか言いながら将来のことを楽しそうに話す。静也はその言葉に顔を真っ赤にしながら突っ込んでいた。
その頃、颯希は家の夕飯が食べ終わると、警察署長の父親である誠に『通り魔事件』のことを聞いてみた。
「あぁ、あの事件か……」
誠はそう言うと、事件の内容を話し始めた。
去年の十二月に起きた事件で、被害者の名前は「笹井凛花」。学校の担任に話を聞いたところ、とても明るく元気な子で誰にも恨まれることはないと言っていたという。近所の聞き込みもしたが、やはり恨まれるようなことがないはずだと言っていた。
事件が起こったのは、凛花が通っている塾の帰り道に起きる。その日は期末テストを控えていたので塾の授業がいつもより長引いたのだった。そして、授業が終わったのが遅かったので暗がりの道を一人で帰っている時、人の気配がして後ろを振り返った。振り返ったときとほぼ同時に石のようなもので頭を強打される。その場に倒れると、犯人は走り去っていったらしい。時刻が人通りの少ない時だったので目撃者はいない。発見したのは犬の散歩中だった男性で、急いで救急車と警察を呼ぶ。病院に搬送されて、処置を行なったところ、頭を強く強打されていたが、幸い一命は取り留めた。しかし、未だに意識不明で入院中という。
「その犯人の目星も全くついていなくてね……。捜査は難航しているんだよ。意識が戻れば犯人の手掛かりがつかめると思うのだが……」
「じゃあ、犯人に繫がる目星は何もないってことなのですか?」
「うん。特に恨まれるような性格の子ではないみたいで、学校でも全く問題がない生徒だったと聞いている。だから、一応『無差別殺人未遂事件』として捜査しているんだよ」
誠の話でも何もヒントになるようなことが掴めない。凛花が目を覚ませば犯人に辿り着く手がかりが得られるかもしれないが、未だに目を覚まさないので事件は進展していないということだった。
「嫌い……あんな子……大っ嫌い……」
理恵は部屋に入ると、刺し過ぎてボロボロになっている人形を握りながらカッターナイフで何度も刺していく。
「あんな子……いなくなっちゃえばいい……そして……私はヒーローになるのよ……」
薄暗い部屋で呪うように言葉を吐き続ける。その眼には「狂気」が宿っていた……。
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