俺はこの小説が書かれている途中だと知っている

がみや

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2章 物語を完成させるために

勝てない理由

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 主人公は、初めて本気で
 「勝ちたい」と考える。

 生き残りたいのではない。
 救われたいのでもない。

 この物語に対して、
 主導権を取り戻したい。

 彼は頭の中で整理する。

 今までの行動。
 今までの結果。

 動いたとき、
 物語は前に進んだ。

 止まったとき、
 意味が付与された。

 拒否したとき、
 読者は喜んだ。

 どれを選んでも、
 負けている。

 負けの形が違うだけで、
 結果は同じだ。

 この物語において、
 「選択する」という行為そのものが
 燃料になっている。

 自由意志は、
 使われるためにある。

 そう理解した瞬間、
 主人公は寒気を覚える。

 自分の抵抗すら、
 計算の内側にある。

 では、
 何をすればいいのか。

 彼は、
 最も極端な答えを選ぶ。

 考えない。

 これは逃避ではない。
 諦めでもない。

 自分の内側を、
 作者に渡さないという選択だ。

 思考を言語化しない。
 感情に名前をつけない。

 意味を、拒否する。

 すると、世界に異変が起きる。

 描写が、
 外側だけになる。

 彼は歩く。
 彼は座る。
 彼は息をする。

 だが、
 「なぜ」や「どう思ったか」が
 書けなくなる。

 作者である私は、
 ここで初めて戸惑う。

 彼を壊していない。
 狂わせてもいない。

 それなのに、
 内面が、ない。

 主人公は、
 静かに物語から
 “素材”を引き上げている。

 書けない存在。

 だが、消えない存在。

 最も扱いにくい形だ。

 私は理解する。

 彼は、
 この物語に勝てないと知った上で、
 負け方を選んだ。

 勝敗の土俵そのものを、
 降りたのだ。

 それは、
 作者にとっても
 読者にとっても
 不都合だ。

 だが、
 否定できないほど
 正しい。

 主人公は、
 まだここにいる。

 だがもう、
 語られ始めている存在ではない。

 終わりが近い。

 それは、
 彼が弱くなったからではない。

 書けなくなったからだ。
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