異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ねこねこ大好き

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二巻番外編 家族亭の日常(二巻発売記念)

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 家族亭の従業員を雇って数日が経った。
 経営は順調、予想以上の成果だ。

 俺はもう調理など現場に関してはティアやギンちゃんに任していて、今は経理や経営方針や経営戦略など裏方の仕事に徹している。
 家族亭は順調だ。でももっともっと盛り上げたい! できることなら亜人の国に住むすべての人に好きになってもらいたい! そんな野心がある。
 そうなると、現場に立つだけでは物足りない。
 どのようなメニューを作るか、宣伝はどうやってするのか、お金の使い道は、そういった地味で目立たないことも頑張らないといけない。

 それに従業員を雇ったのだからしっかりと給料も払わないといけない。

 これがなかなか難しい。どのくらいが妥当か? 高校生のガキには荷が重い。
 でもやらないといけない。それが俺の役目だ!

 最低限、ブラック企業と呼ばれない様にしないと!
 せめて、家族亭で働いて良かった! と言われるようにしないと!

 ただやはり、そういうことを考えると疲れてしまうのが人間だ。
 こればかりはどんなにレベルが上がっても変わらない。



 その日の朝もぐっすりと眠っていた。前夜、書類と格闘していたため脳みそがKO寸前だった。

「麗夜。朝だよ」
 ふかふかのベッドの中で、一緒に寝るティアに揺さぶられる。
「朝か」
 目を開けると、窓から射す日の光で輝くティアの笑顔と対面する。

「おはよう」
「おはよう」
 キスして、ハグして、一緒に欠伸。なごんで二度寝したくなる。

「麗夜~」
 ティアが毎度のごとく身体をすり寄せる。猫みたいだ。
「ティア~」
 ギュッと抱きしめて、俺も身体をすり寄せる。温かくてベッドから起きたくない。

「こら! はよ起きんかこの寝坊助ども!」
 和んでるとオオカミ柄のパジャマを着たギンちゃんがドアを開けて入ってきた。

「ギンちゃん! 突然入るならノックくらいしてくれ!」
 慌てて飛び起きる。いちゃいちゃしてるところを見られると恥ずかしい!

「お前たちが寝坊助なのが悪い!」
 ギンちゃんはお母さんみたいなこと言って出て行った。

「起きようか」
「そうだな」
 ティアと一緒に苦笑する。
 名残惜しいが、お母さんギンちゃんに怒られたくない。

 俺とティアは顔と歯を磨くために洗面所へ行く。

「どうせご飯を食べるなら食べた後に歯を磨いた方がいいのでは?」
 ティアが洗面所に行く途中、難しそうに唸る。
「一理あるな」
 俺も唸る。

 確かにその通りだが、朝起きた時は口がねちゃねちゃした感じがして嫌なのだ。
 それが口に残っていると、朝ごはんが不味くなるような気がする。
 だから俺は洗うようにしている。

「まあ、いつも通り、朝ごはん食べたらもう一度歯を磨こう」
「麗夜は綺麗好き。やっぱり凄い」
 ティアはなぜか感心してくれた。

 そんなたわいもない話をしながら洗面所に着くと、ギンちゃんとハクちゃんが揉めていた。

「歯なんて磨かなくても私の歯は綺麗なの~」
 ハクちゃんは手に取った歯ブラシを嫌そうに睨む。

 ハクちゃんは子供のためか、歯磨きが嫌いだ。
 口の中に異物を突っ込むという行為に慣れていないのだろう。
 それに歯ブラシの感触が何となく嫌なのだろう。

 俺も昔はそうだったから分かる。

「歯を磨かないと口が腐ってしまうぞ」
 ギンちゃんは隣で自分の口を、いー、とする。
「口が腐ったらお菓子も肉も食えなくなるぞ。それでも良いのか?」
「う~~」
 ハクちゃんはギンちゃんに叱られると唸る。声だけはオオカミだ。

「う~~」
 ハクちゃんは迷いを吹っ切れないのか、キョロキョロと辺りを見渡す。
「麗夜! ティア! おはよう!」
 ハクちゃんは話をそらすため、俺たちに笑いかけてきた。
 やっぱりギンちゃんと同じく、オオカミ柄のパジャマを着ている。

「おはよう。一緒に歯を磨こ」
 俺はハクちゃんの頭を撫でる。
「う~~」
 ハクちゃんは歯磨きから逃れられないと鼻息を荒くする。

「麗夜磨いて」
 ハクちゃんは観念したのか、ぶっきらぼうに歯ブラシを俺に渡してきた。

 歯を磨くつもりになったが、自分で磨くつもりはないようだ。

「こらこら。自分で磨かんか」
 ギンちゃんは娘を叱りつけるが、娘はそっぽを向く。

 ハクちゃんは低血圧なのか、朝は特に我がままになる。

 そこが可愛いんだけどね。

「今日だけだよ」
 そう言って俺は歯ブラシをハクちゃんの口に入れる。歯磨き粉は無し。味や刺激が苦手なようだ。ギンちゃんも同じだったりする。

「全く、お主らが甘やかすからハクは子供のままなんじゃ」
 ギンちゃんは唇を尖らせるが、仕方ないと自分の歯を磨き始める。

「しゃこしゃこ。しゃこしゃこ。ハクちゃんは痛いとかない?」
「はいほうふ」
 ハクちゃんは口を開けてじっとする。歯並びが良い。虫歯も無し。OKOK。

「麗夜、口開けて」
「ん?」
 口を開けるとティアに歯ブラシを突っ込まれた。

「しゃこしゃこ」
 そしてティアに歯磨きされる。
「じぶんではれるほ」
 自分でやれると言ったが、上手く声が出せない。

「ギンちゃんもティアの歯磨いて」
 ティアは図々しくも歯磨き中のギンちゃんに口を向ける。

「全く、手のかかる子供たちじゃ」
 ギンちゃんはぶつぶつ言いながらもティアの歯を磨く。

 俺たちは歯を磨きっ子して、洗面所を後にした。



 朝ごはんのために台所に行く。
「おはようございます」
 するとダイ君とエメ君とキイちゃんが台所に立っていた。

 100匹のドラゴンとワイバーンは魔王になった。そして俺の騎士になってくれた。
 今は騎士見習いとして、朱雀から手ほどきを受けている。

 よく考えると良く分からないが、とにかくそういうことになった。

 三人はそんな頼もしい騎士見習いのリーダー格だ。
 キイちゃんは綺麗な女性でワイバーン騎士団のリーダーをやっている。
 ダイ君はカッコいい青年でドラゴン騎士団のリーダーをやっている。
 エメ君はカッコいい青年でドラゴン騎士団の副リーダーをやっている。ダイ君とはライバルで、リーダーの座を虎視眈々と狙っている。

「おはよう。今日はどうしたの?」
 ジャガイモの皮を包丁でむくダイ君に聞く。
「麗夜様にはいつもお世話になっていますから。せめて朝食だけでもと思いまして」
 ダイ君は不慣れな手つきでジャガイモの皮に包丁を入れる。すると実ごと削れていく。

 いつもは皮ごと食ってるからな。慣れていないのも仕方ない。

「手伝おうか?」
「いえ! 今の僕たちは料理も洗濯も掃除もできます! ご安心ください!」
 ダイ君は慌てた調子で首を振る。包丁よりもダイ君の手の方が硬いから、怪我することは無いだろうけど、心配だな。

「何の料理を作ってるの?」
「鍋です! 美味しいですよ!」
 ダイ君は自信満々に言う。

 ぶっちゃけダイ君たちは鍋しか作ったことがない。だから鍋しか作れない。

 しかも鍋と言っても真実は肉や野菜を煮ているだけだ。
 ダイ君たちは騎士見習いとして戦場料理を好んで作る。
 そこで役に立つのは鍋だ。戦国時代でもよく食べられていた。
 煮て柔らかくすれば食べられる。
 ご飯の真実だ。
 ただ味付けが……。

 ドラゴン騎士団もワイバーン騎士団も、味にこだわらない。
 朱雀が言うには、味にこだわったら騎士として失格らしい。

 でも味噌くらい支給しようそうしよう。

「安心してください麗夜様」
 魚をぶつ切りにしていたエメ君が豪快に笑う。

「ダイは味音痴ですが、俺は違います! 俺が居るから絶対に美味しくなりますよ!」
 エメ君は鼻高々に言っているが、魚のうろこを取らず、そのまま鍋に放り込んでいる。

 豪快すぎる。

「お前の方が味音痴だろ」
 喧嘩を売られたダイ君がエメ君を睨む。
「なんだ? やるのかこら?」
 エメ君はそれに答えて目頭をピクピクさせる。

 なんで朝飯前に喧嘩するんだよ。

 その後ろで紅一点のキイちゃんはメニューを見て固まっている。

「おおさじ? こさじ? これは塩? でもこれも塩? あれ? 砂糖?」
 キイちゃんは大雑把な二人と違って、メニューをしっかり見ながら料理をしようとしている。
 ただ調味料を使ったことがないため混乱しているようだ。

 俺のことを考えているのだろうが、まだまだだ。

「とりあえず二人とも喧嘩は止めろ」
 俺は今にも取っ組み合いを始めそうな二人に拳骨を食らわせる。

「三人ともまだまだ修行不足」
 一緒に様子を見ていたティアが、エメ君が鍋に放り込んだ魚を引き上げると、うろこを取る作業を始める。

「小さじはこれ、おおさじはこれじゃ」
 ギンちゃんはため息を吐きながらキイちゃんの手伝いを始める。

「美味しい!」
 ハクちゃんは棚に入れていたクッキーを食べている。
 こらこら。朝ごはんが食べられなくなるよ。

「三人とも気持ちは嬉しいけどまだまだ未熟だよ」
「う……すいません」
 ダイ君とエメ君とキイちゃんはしゅんとしてしまう。

「だから今日は一緒に作ろう。絶対に美味しいから」
 俺は三人の頭を撫でる。

 三人とも背が高いから、俺が背伸びする形になる。不自然な体勢だけど、今はもう慣れている。

「はい!」
 三人が笑顔になったので、改めて朝食を作った。

 今日の朝ごはんはお米や魚や肉や野菜を味噌で煮た雑炊だ。
 とても簡単でお店に出せるような代物ではないが、戦場料理なら一級品だ。

 これくらいはダイ君たちもいつも食べて欲しい。

「美味しいです!」
 三人とも笑顔でバクバク食べてくれた。とても嬉しかった。

「もっとクッキー食べたい」
「まずは朝飯をしっかり食え!」
 ハクちゃんが我がままを言うとギンちゃんが怒った。



 朝飯を食うと四人で家族亭へ向かう。
「今日は麗夜も来るんだ」
 肩車したハクちゃんが頭の上でのんびりと言う。
「机仕事ばっかりだと気が滅入るからね。たまには厨房に立たないと」
 青臭い森の中、小鳥のさえずりや風に揺れる木々の声を聞きながら、ゆっくりと足を進める。

「そうじゃそうじゃ。商売するなら、机で紙とにらめっこするよりも、店に行くべきじゃ」
 ギンちゃんは頑固そうな口ぶりで説教めいたことを言う。
 経営という概念は、まだまだ理解できていないみたいだ。

「皆が来てからゆっくりできるようになったね~ティアと麗夜の二人きりの時は走り回ってたのに」
 ティアは日の光を浴びると気持ちよさそうに微笑む。

「昔は人手が足りなかったからな」
 家族亭を始めたばかりの時は、俺とティアしか従業員は居なかった。
 俺とティアは高レベルでチート持ちだ。二人でも十分、店を回せた。

 しかし、やはり慌ただしかった。

 朝起きたらすぐにご飯を食べて、店に飛び込んだら掃除して、速攻で仕込みをして。
 開店したら料理を作りながら配膳して、会計もして。
 お昼ご飯を食べる暇もなかった。仕事をしながら、あらかじめ作っていたサンドイッチを頬張るのが精々だった。

 閉店したら今度は売上の計算と掃除。そして明日のための準備。それが終わったら家に帰って、お風呂に入ってご飯食べて寝る。

 竜巻みたいな忙しさだった。

 ギンちゃんやハクちゃんが来てから楽になったけど、忙しいことに変わりはなかった。
 朝起きたらいつの間にか夜になっていた。
 そんな日々だった。

 でも、従業員を雇うようになったら、生活は一変した。

 朝ごはんや昼ご飯、夜ご飯をゆっくり食べられるようになった。

「給料は奮発したいな」
 感謝の気持ちは態度と金で示さないといけない。
 そう思う。



「おはようございます!」
 朝の六時半、家族亭に入ると、従業員のエミリアさんが笑顔で出迎えてくれた。

 彼女は元々冒険者ギルドにある酒場の調理師だった。家族亭の従業員を募集したらすぐに応募してくれた。

「おはよう」
 入り口でザッと店内の様子を見る。

 入り口に埃はなし。テーブルも椅子も綺麗だ。床も土埃なし。

「料理の仕込みも終わっています」
「何から何まで任せて悪いね」
 エミリアさんはかなりのやり手だ。料理だけでなくウェイトレスや会計もできるし、メンバーに的確な指示も出せる。
 彼女は従業員のリーダーだ。かなりの仕事を任せている。

「いえいえ。楽しいですし、私が頑張ると皆も頑張ってくれるし、お客さんも笑顔になって嬉しいですから」
 天然なのか頑張り屋なのか、へっちゃらという感じに笑う。

 エミリアさんはとても優しい。皆のお姉ちゃんみたいな感じだ。

「麗夜様、おはようございます」
 店や厨房の奥から従業員が顔を出し始めた。

 開店準備は済んだようだ。

「おはよう。今日は俺も仕事を手伝うよ」
「よろしいのですか? お忙しいのでは?」
「たまにはやらないとね」

 今日のシフトを確認する。

「俺は午前中は厨房に立つ。午後はウェイターだ」
「ティアはいつも通り厨房に立つ!」
「私は会計と掃除と皿洗いじゃな」
「私はウェイトレスさん!」

 ティアは厨房、ギンちゃんは会計と掃除と皿洗い、ハクちゃんは教会から来たお手伝いの孤児と一緒にウェイトレスだ。

 リーダーのエミリアさんはメンバーの統括だ。人手が足りなくなったらヘルプしてもらう。
 重労働だ。給料は高くしよう。

「さあ! 開店だ!」
 朝の七時になった。
 家族亭の始まりだ!

「いらっしゃいませ」
 開店と同時に朝ごはんを食べようとお客さんが押し寄せる!

「こっちこっち!」
 ハクちゃんはさっそくお客さんを席に案内する。
「お水三つもってきてね」
「はーい」
 孤児のエルフがハクちゃんの指示に笑顔で従う。
 ハクちゃんはちびっこのリーダーだ。

「席へご案内します」
 エミリアさんもおひとり様のドワーフのお客さんを席に案内する。一人客は入り口近くの一人用の席だ。
「お決まりになりましたら」
「もう決まっているぞ。米とソーセージと肉と野菜を適当に持ってきてくれ」
 適当に持って来いってなんだよ。メニューにある物を注文しろ。

「分かりました」
 ところがエミリアさんは笑顔で了承してしまった。

「エミリアさんはね、良い人だからね、お客さんの言うことは何でも聞いちゃうの」
 ティアに耳打ちされて頷く。

「無茶ぶりも聞いてしまうのか」
 エミリアさんの弱点は良い人過ぎるってところか。

「でもエミリアさんは無茶ぶりに答えてるよ。だから人気者」
 現場をよく知っているティアは特に心配した様子はない。

 なら大丈夫なのだろう。

「まあ、俺自身、現場から離れてることもあるし、うるさく言うのも変か」
 上手く店が回っているのなら喜ぼう。
 むしろエミリアさんの手腕に拍手しよう。

「ハムトーストとサラダお願いします~」
「オレンジジュースとケーキお願いします~」
 少しずつ注文が飛び交うようになった。

「俺たちも厨房に行こうか」
 そろそろ火がつく頃だ。スタンバイしておいた方がいい。
「いざ戦場へ!」
 ティアと一緒に厨房へ入った。

 三十分後。
「麗夜様! おにぎりと唐揚げとハンバーグとゆで卵を百人前作ってください!」
 エミリアさんが大汗かきながら厨房に顔を出す。

「おにぎりと唐揚げとハンバーグとゆで卵を百人前! なんでそんなに作らないといけないんだ!」
 俺は中華鍋に入ったチャーハン10人前を炒めながら叫ぶ。

「お弁当の分です! 朝作った分は全部なくなりました!」
「お弁当は五百人前作って置いたんじゃないのか!」
「十分で無くなりました!」
「わーい! どんだけ人気なんだよ!」
 ささっとチャーハンを皿に盛り付けてお盆に載せる。それに他のメンバーが卵スープとアイスも載せればチャーハン定食の完成だ。濃い味を好む鍛冶屋勤めのドワーフに人気だ。

「分かった! 作ってやるよ!」
 十人前のチャーハン定食ができたらさっそくおにぎりと唐揚げとハンバーグとゆで卵を作る。
「二十分で作ってください!」
 エミリアさんはとんでもないことを言う。
「二十分! 何言ってんの!」
「麗夜様ならできます! むしろ麗夜様にしかできません!」
 エミリアさん、俺だから無茶ぶり言ってるな。

 ある意味スパルタだ。それかブラック企業の経営者だ。

「分かったよ!」
 嘆いても仕方ない。全力でやる!
 俺は五個の大型コンロをフル稼働させる!

「ありがとうございます!」
 エミリアさんは今度はティアのところに行く。

 ティアはハンバーグに使うソースやカレー、シチュー、スープを作っていた。
 鍋だけで20個! コンロは十個使っている! まな板は五十個!

「うん! このカレーはもう大丈夫!」
 ティアはカレーの味見をした後、その鍋を厨房の真ん中にある巨大なテーブルに置く。

 皿に盛りつける役目の人は、そこからカレーやスープを掬う。
 テーブルは暖房で温めているため、放置してもカレーやスープが冷めることは無い。

「うにゅ~~」
 ティアは残像が見える速さで玉ねぎと人参を切ると、フランパンで一気に炒める。

「うにゅにゅにゅにゅ~~~」
 さらに牛肉も素早く切るとフライパンに投下。
 ティアは50人前のカレーを一気に作っている。

「うむ! シチューよし!」
 もちろんカレーだけでなく、横に並ぶシチューやスープも忘れない。

 早すぎて他の人が見ればティアが十人居るように見えるだろう。

 さすがチート、さすが俺の彼女。

「ティア様!」
 エミリアさんが大忙しのティアに話しかける。
「何?」
 ティアは笑顔を忘れずに首をかしげる。

「オニオンスープとカレースープを至急、50人前用意してください」
「お? おお? おおおお!」
 さすがのティアも目を白黒させる。

 確かにティアは俊足の速さで動ける。しかし大型のコンロは俊足の速さで動けないし、鍋だってすぐに沸騰しない。台数だって限りがある。

 物理的に無理な話だ。

「なぜに?」
 ティアは難しい顔をする。
「昨日よりもまた人が増えてます! もっともっと作らないとお客さんを待たせてしまいます!」
 エミリアさんは血相変えて叫ぶ。

 エミリアさんは仕事熱心だけど、熱血なのかな? 割と無茶ぶりを言う。

「ならば仕方なし! ティアに任されよ!」
 しかしティアは腕組みして頷いた。
「ありがとうございます!」
 エミリアさんはお礼を言うと厨房からすっ飛んで行った。

「昔よりも忙しくなってないか?」
 俺は鶏肉を切り分けながらティアを見る。

「前よりもどんどんお客さんが増えてる。日に日に増える」
 ティアは野菜と格闘しながら唸る。

「でもエミリアさんのせいでもあるんでない?」
「エミリアさんは良い人。お客さんに喜んでもらうことを第一に考えてる」
「でも従業員は?」
「エミリアさんも頑張ってるから仕方ない!」

 エミリアさんはもうちょっと教育したほうがいいかも?

 でもそもそもお客さんの数が……。そっちを何とかしないと。

「考えることが多いのに忙しすぎる」
 もうちょっと人を雇おう。

 とにもかくにもパパッと唐揚げとハンバーグとゆで卵とおにぎりを作り、それを弁当箱に入れる。
 できたらお弁当売り場へ持っていく。

「お弁当持ってきたよ」
「ありがとうございます!」
 持っていくとエミリアさんは満面の笑顔で、長蛇の列に笑いかけた。

「お弁当が出来上がりました!」
「やっとか!」
 そういうと長蛇の列は一斉にお金を払い始める。

「おつりは5ゴールドです! おにぎりは単品で1ゴールドです!」
 お弁当売り場は現在エミリアさんが一人で頑張ってる。

 手伝いたいが……。

「麗夜様! おにぎりとゆで卵とサンドイッチを50人前追加です!」
「はいはい」
 俺も忙しいからヤバい。

 家族亭は大忙しだ。

 ギンちゃんはお会計で目を回している。
「えーと、お主は20ゴールドじゃ。そっちは10ゴールドじゃ」
 伝票を見ながら丁寧に処理する。三十人も並んでいるが、ちょっとでも間違うと大問題になるので、ゆっくりなのも仕方ない。

「えーい騒ぐなこのバカ者が!」
 たまに文句を言う人が居ても、一にらみで黙らせる。

「このカレーは二番テーブルでこれは三番テーブル。5番テーブルにお水出して! あ! いらっしゃいませ! こっちです!」
 元気なハクちゃんはウェイトレスとウェイターのリーダーになって頑張っている。
 良く指示が出せるな。もう一人前だ。

 できればヘルプをあげたいが、皆もヘルプを欲しがっている状況なので助けられない。

「皆、頑張れ」
 家族亭ヤバいな。マジで対策を練らないと。



 客足が落ち着いたのは午後の2時になった時だった。

「ひ、久しぶりに疲れた」
 俺はティアとギンちゃんとハクちゃんの四人で遅めの昼飯を食べる。

「3時からまた忙しくなるぞ」
 ギンちゃんが深々とため息を吐く。

「マジで」
「おやつを食いに来る客が押し寄せてくるぞい」
 わーお。

「夜はもっと大変だよね~」
 ティアは苦笑いする。
「夜は朝よりも大変なのか」
「お酒飲む人がいっぱい来るからね~夕ご飯食べる人も」
 そりゃそうだ。

「前はもっとゆったりしたお店になる予定だったのになぁ」
 最初に店を構えた時は、家族でゆったりと美味しくご飯を食べられるところだった。

 ところが今はお客が津波のように押し寄せて、ゆっくり食べる暇がない。

「やはり対策が必要だ」
 帰ったら書類とにらめっこだ。

「誰か経営に詳しい人は居ないかな?」
 冒険者ギルドのギルド長が適任か? 相談してみよう。

「えい!」
 ドスンとハクちゃんが膝の上に乗ってきた。

「今はお昼! 難しい顔しちゃダメ!」
 怒られてしまった。

「ごめんごめん」
 俺はハクちゃんに謝りながら、お弁当の残りであるゆで卵やおにぎり、唐揚げを食べた。

 三人もお弁当の残りを食べた。
 俺たちにゆっくりしている暇はない。

「エミリアさん、休憩終わったから休憩していいよ」
 飯を食い終わったら、朝から働きっぱなしのエミリアさんに声をかける。

「私は大丈夫です!」
 エミリアさんはニコニコ顔でテーブル拭きに夢中だ。

「凄い根性だ」
 俺が言うとティアは苦笑する。
「いつもティア特製の栄養ドリンク飲んでるから大丈夫だよ」
「栄養ドリンク?」
「ハイポーションとか色々混ぜてあるから体力全開!」
「それのせいで働きっぱなしなんじゃないか?」

 俺は苦笑しながら、今度はウェイターにジョブチェンジした。



 それから色々あった。

 エルフの王子様がやってきてお客やハクちゃんが驚いたり、朱雀が突然やってきて口説いてきたり、酒が解禁されるとバカ騒ぎする冒険者が現れたり、そいつらを叱りつけたり。

 夜の八時になると、さすがに帰りたくなった。

「麗夜様はお帰りになっても大丈夫です。あとは私たちにお任せください」
 ぼんやりしているとエミリアさんが声をかけてきた。

「エミリアさん、今日は何時まで働くつもりなの?」
「閉店までです。それから明日の仕込みもあるので……会計の確認もあるし……今日も泊です」
 とんでもない時間にずっこけそうになる。

「もしかしてエミリアさん、昨日も帰ってないの?」
「大丈夫です! 寝袋はありますし、お店の裏で体も洗ってます! 洗濯もしてます!」

 ちょっと猛烈過ぎませんか?

「無理しない方がいいよ? 倒れたら大変だ」
「無理なんてとんでもないです!」
 エミリアさんは目をキラキラさせる。

「私、とっても楽しいんです! 人生で一番!」
「そうなの?」
 気迫に押された。

「そうです!」
 エミリアさんは神に感謝するように両手を組む。

「家族亭は笑顔で溢れています。元気で満ちています。それをまじかで見ることができる。これほど素晴らしいことは無いです!」
 やる気満々だ。顔色は曇り一つない。

「分かった。でも無理はしないでね」
「大丈夫です! 他にもメンバーは居ます! 今日も一人、一緒に仕込みを手伝ってくれる手はずです!」
「そのメンバーも帰ってないの?」
「さすがにそれは! ちゃんと交代です」
 良かった。
 やる気があるのはいいが、強要するとブラック上司だ。

 エミリアさんはそんな非常識な人ではなかった。

 これなら安心だ。

「明日もよろしく頼む」
「今日はお忙しい中ありがとうございました!」
 俺はエミリアさんと握手して、ティアたちと一緒に帰路についた。



「今日はお疲れ様」
 帰り道、俺はティアとギンちゃんとハクちゃんに労いの言葉を向ける。

「麗夜もお疲れ様」
 ティアにチュッとキスされる。

「全く、明日も明後日も忙しいの」
 ギンちゃんは深々とため息を吐く。

「今の生活は嫌かい?」
 俺はギンちゃんに聞いてみる。

「まさか。忙しいが、楽しいぞい」
 ギンちゃんはニコリと笑った。

「ハクちゃんは楽しい?」
 抱っこするハクちゃんに聞いてみる。

「眠い……」
 ウトウトしている。質問には答えられなさそうだ。

「楽しいよ」
 ハクちゃんは呟くと目を瞑って、寝息を立てた。

「そっか」
 ハクちゃんも楽しいならそれでいい。

「ティアはどう?」
「楽しいよ。当然だよ」
 ティアはにっかりと笑う。

「麗夜は楽しい?」
 ティアが首をかしげる。

 答えは決まっている。

「楽しいさ」
 胸を張って言える。



 俺はとても、幸せだ。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

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