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ついに地下9000階へ
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地下8999階にたどり着くと思わず口が間抜けに開く。
「湖か?」
階段を下りると水平線が永遠と彼方まで続く。目を凝らしても陸は見えない。間隔を研ぎ澄ませても水だけが広がっている。
「この水しょっぱい」
ローズが水を掬って口に含むとすぐに吐き出す。
「底が見えないな」
「光が底に届かないようですね」
チュリップは特製の松明に火をつけると水の中に放り投げる。
「水の中でも燃える特別性です。しばらく待てば底に着くでしょう」
しかしいくら待っても松明は底に着かない。待てば待つほど松明は小さくなっていく。
固唾をのんで見守っていると、ついに暗黒の水の中に消えた。
「何か居たぞ」
リリーが水の中に目を凝らす。
「おそらくこの階層の門番だ」
「でも、水の中に松明を入れたのに襲ってこないね? 気づいていないのかな?」
ローズはちゃぷちゃぷと穏やかに波打つ水の中に手を突っ込んで敵を挑発する。
「俺たちが水の中に入るのを待っている」
「なら空を飛んでいこう。私が皆を運ぶ」
「それは無理だ。おそらくこの湖の底に階段がある」
「だから襲ってこないのか」
ローズたちと一緒に顔をしかめる。
「ここで考えても仕方ないな。チュリップ、加護魔法をかけてくれ」
「分かりました。加護魔法、神よ我らを水から守りたまえ」
光が体中を包む。
「水をちんたら潜るのも面倒だ。リリー、水を割ってくれ」
「任せてくれ」
リリーが剣を構える。
「剛剣! 一刀両断!」
リリーが剣を振り下ろすと剣圧で水が水平線の向こう側まで割れる。
「下りよう」
天に届くほどの津波が広がる中、深淵の底を目指すために、足場から飛び降りた。
「まだ底に着かないな」
十年以上落ちているが未だに底に着かない。想像以上に深い。
「あと1000年したら水に飲まれてしまうな」
落下の豪風で髪が靡く中、リリーは遥か彼方、永遠とも思えるほど遠くにある水壁を見る。その中には巨大な人影が何千も蠢く。
「天まで届くほどの巨人ですね。顔が魚に似ていますから、巨魚人でしょうか」
チュリップはうっとおし気に顔に纏わりつく髪を払う。
「水の中で戦うのは面倒だな」
「じゃ先手必勝しよう。空間魔法、グラビティレーザー」
暗黒の光線が大量の水ごと巨魚人たちを飲み込む。
「うーん。キリがない」
ローズがぐへっと顔をしかめる。吸い込んでも後から湧き出してくる。
「どうやら、門番を倒さない限り無意味なようだ」
「なら寝て待つぞ。水に飲まれるか底に着けば衝撃で目覚める」
「そうですね。1000年ほど起きっぱなしでしたし、ぐっすり寝ますか」
落ちながらの不安定な体勢だが、全員横になって目を瞑る。
「ベッドか布団で眠りたいな」
地下5001階を過ぎてから地面で寝たことがない。一番真面な寝床は溶岩の中だった。あそこも眩しいやら熱いやら息苦しいやらで寝心地は最悪だったが、静かで敵に襲われない点を考えるとマシだった。
その階層を過ぎると溶岩の中でも襲ってくる敵が出てきたが。
「寝よう」
目を瞑ると睡魔に包まれる。数百万の敵の視線を感じるが、この程度で怯えていてはやってられない。
ドドドと水が迫る音で目が覚める。
「水の壁が押し寄せてきた」
未だに落ちっぱなしで底が見えない。真っ暗闇でも目が見えるし、何より慣れてしまったから問題ないが、地下十一階に来たばかりの時なら発狂していただろう。
「お前ら起きろ。そろそろ襲ってくるぞ」
「はぁーい」
ローズたちが目を擦って体を起こす。
潮風が肌に纏わりついて痒くなる。
「デカいな」
「そうですね」
水壁の中で蠢く巨魚人の口は、地下十二階の門番である超巨大クモ数千匹も一飲みできるくらいに大きい。下を見ても胸元までしか見えない。
「タイタンと同じくらいかそれよりも大きいかな?」
「ヨルムンガンドよりかは大きいでしょうね」
「ヨルムンガンドか。また食べたいね」
ローズたちはのんびりと巨魚人を観察する。
「魚だし、美味しいかな?」
「俺は食いたくない」
「でも3000年くらい何も食べてないんだよ? そろそろ何か食べたい!」
「俺たちの最高絶食期間は5000年だっただろ。後2000年くらい我慢しろ」
ローズが頬を膨らませているうちに、水壁が目前に迫る。
「ぐだぐだ言うのは後だ。来るぞ」
頭上から土砂崩れのように水が押し寄せる。同時に巨魚人の張り手が飛んできた。
「汚い手ですね。藻だらけです」
チュリップは張り手を受け止めると巨魚人を睨む。
「大人しく私たちを底へ運べ」
巨魚人は突如動きを止める。そしてチュリップの命に従い、俺たちを手のひらで包む。
「いつか底に着くでしょう」
チュリップは一仕事終えると横になる。水の中だが、空中や溶岩に比べればずっと寝やすい。
「俺も寝るか」
横になってローズを抱きしめる。
「不味い」
ローズは腕の中で巨魚人の手に付いた藻をもぐもぐ咀嚼する。すぐに苦虫をかみ潰したような顔になってペッと唾を吐く。
「食うな。ここを過ぎたら地下9000階だ。そこで何か食べよう」
「あー。お腹空いた」
腕の中で丸くなったので暇つぶしに頭を撫でる。
「少し運動してくる」
リリーは首をコキコキ鳴らすと外に泳いで出る。少し経つと化け物の悲鳴と血で溢れかえる。
「俺も少ししたら外に出て暴れるか」
ローズをギュッと抱きしめて目を瞑る。柔らかく、温かくて気持ちいい。
「あら? この子死にそう」
一万年後、暇つぶしに皆でジャンケンをやっているとチュリップが呟いた。
「敵はこいつ以外全滅させたはずだが?」
ジャンケンしながら聞く。666億勝の777億敗なのでもう少し勝負したい。
「そうなんですけど、心音が弱まっています。どうも発狂しているようです」
グラグラと巨魚人の手が震える。
「ダメそうだ。外に出よう」
皆が外に出たところで巨魚人は悶えながら泡となって消えた。
「現実改変能力か?」
「存在抹消系かもしれません。いずれにしろ、人間の形では危険ですね」
「仕方がねえ。全員概念形態に変身しろ」
ぐちゃぐちゃと人間の姿からレイという概念に体を変化させる。敵によってはこうしないと存在が抹消されてしまい、戦う前に消滅してしまう。
「星空みたいな敵だな」
はるか下に広大な不定形の物体が広がる。それを数億の羽を生やした化け物が楽器を吹いて取り囲む。音楽のセンスは悪く、吐き気がする。物体はブツブツと何か呟いている。理解できない言葉だが、耳障りなことは確かだ。
「今までで一番強い精神汚染能力だ。目と耳が疲れる」
「じゃさっさと始末しよう。空間魔法、ギガスグラビティホール」
大きな重力弾が敵に当たる。重力弾はあっけなく消えた。
「空間魔法が通じないから空間系の化け物だね」
「時間魔法はどうだ?」
「やってみる。時間魔法、ギガスタイムボム」
フワフワと時間の流れを加速させる爆弾が発射される。時間軸の上に存在するなら、空間でも時間軸の外にはじき出されて消滅する。
しかし、予想通りと言うべきか、空間の化け物はビクともしなかった。
「時間軸の外に居る化け物だよ。あの化け物は時間と空間を自分で生み出せる存在だよ」
「となると、光っているのは本当の星々、迷宮の中に存在する別世界の王か」
皆と一緒に空間系の化け物を見る。
「すべての命、すべての力を吸いつくす」
周囲を包む水、水の中に潜む化け物、化け物を取り囲む大小無数の化け物、そして別世界を定義する化け物の力と命をはぎ取る。
化け物たちはボコボコともがき苦しむが、最後は綺麗さっぱり、俺たちの命と同化した。
「これで終わりだな。階段はどこだ?」
水も重力も化け物も吸いつくした無の空間で欠伸をする。
「見つけた」
リリーが指さした方向に目を凝らす。暗黒世界にぽっかりと、階段が浮いていた。
「さすがルシーが作った迷宮だ。上も下も消滅したのに、階段はビクともしない」
「やっぱり凄い奴だったね。空間魔法、空間定義」
ローズが空間を生み出し、階段までの道を作る。
「飛んで十万年って距離だな。急ぐぞ」
「はーい」
「次はどんなところだろうな」
「空間と時間が定義されている場所なら楽なんですけどね。いちいち定義するのも面倒です」
皆で空間を飛ぶ。
一万年も飛ぶと暇になった。
「暇だな」
「そうだねー」
「暇つぶしに食事でもしないか」
「でしたら、紅茶でも飲みましょう」
ぐちゃぐちゃとチュリップが通常状態に戻る。
俺たちもそれに合わせて通常状態に戻る。
「どうぞ」
チュリップが手のひらにカップと紅茶と砂糖を生み出し、俺たちに手渡す。
「ありがとう」
ズズッと一口。美味しい。そしてしみじみと思う。
「俺たちっていつの間にか化け物になってないか?」
「そうだねー。地上に戻ったらどうしよ?」
「人間では到底勝てない化け物や進めないところが盛り沢山だったからな。仕方ないことだ」
「ですが、もう概念形態になりたくないですね。人間だと忘れてしまいます」
チュリップと一緒にため息を吐く。
「全く、化け物と同じ姿にならないといけないとは、気が滅入る話だ」
空間系の化け物や現実改変を行う敵が相手だと、同じく空間や存在を定義できる概念形態に体を作り替えないといけない。さもないと存在が抹消してしまう。まあ、存在が抹消されたら再度存在を生み出せばよいだけだが。
「頭が変になる」
言葉にすると意味が分からない。すべては感覚だ。
「ようやくついた」
十万年かけてようやく階段にたどり着く。
「行こう。次はルシーたちが警告した階層、全王の腹の中だ」
ゆっくりと階段を下りる。
すぐに入り口が見えた。それどころかここは!
「光だ!」
「久々の通路だ! 空間もある!」
ローズと一緒に喜ぶ。
「明るいな。これは何だ?」
リリーは光る天井を見つめる。
「皆さん、上り階段が無くなっています」
チュリップの視線を追うと、確かに上り階段は無くなっていた。あるのはただの壁だ。
「空間湾曲だね。戻るのはちょっと無理そう」
「戻る必要はない。さあ! 進もう! 久々に人間形態で進めるぞ!」
嬉しくて地面を蹴る。突然足場が抜けた!
「何だ何だ! 罠か!」
「レイ! 手を掴んで!」
ローズの手を掴む!
「げ!」
ローズの足場も崩れた!
「もろい足場ともろい壁だ」
「何かの建物に居るみたいですね? 今までと比べて随分と柔らかいですが」
リリーとチュリップは冷静に分析しながら落ちる。
まあ今更慌てるような状況でもないが。
すぐに下の階層に着いたが、柔らかすぎてまた抜ける。
「これいつまで続くんだ?」
とにかくすべてがもろい。今までの迷宮とは訳が違う。
「やっと止まった」
瓦礫を押しのけて辺りを見渡す。
「……人間?」
真っ白な壁、透明な箱に入った宝石が展示してある。そして俺たちを人間が目をパチパチさせて取り囲んでいる。
「まさか……人間と会えるとは」
リリーは言葉を失う。
「どうも私たちと違う人種ですね。言葉が分かりません」
チュリップは冷静に周りを見渡す。
「まあ! 同じ人間だ! 何とかなるだろ! そこの人! ここはどこだ!」
近づくと突然人間たちがクモの子を散らすように逃げる。
「どうしたんだ?」
「さあ?」
俺たちは首をかしげる。今までの迷宮と全然違う。
レイたちが首をかしげている最中、とある男がとある場所で煙草を吸っていた。
「来たな。待たせやがって」
男は逃げ惑う人々の唇に目を凝らす。
「神奈川県川崎市の武蔵溝ノ口駅前のマルイデパートで宝石泥棒が剣を持って押し入った。明日のニュースの一面を飾るな」
男は武蔵溝ノ口駅の喫煙エリアで煙草を吸っている。
レイたちが現れたのは、現代の日本であった。
「警官隊が突入するだろうから、しばらく見物するか」
男はニヤニヤと戸惑うレイたちを見物する。
「湖か?」
階段を下りると水平線が永遠と彼方まで続く。目を凝らしても陸は見えない。間隔を研ぎ澄ませても水だけが広がっている。
「この水しょっぱい」
ローズが水を掬って口に含むとすぐに吐き出す。
「底が見えないな」
「光が底に届かないようですね」
チュリップは特製の松明に火をつけると水の中に放り投げる。
「水の中でも燃える特別性です。しばらく待てば底に着くでしょう」
しかしいくら待っても松明は底に着かない。待てば待つほど松明は小さくなっていく。
固唾をのんで見守っていると、ついに暗黒の水の中に消えた。
「何か居たぞ」
リリーが水の中に目を凝らす。
「おそらくこの階層の門番だ」
「でも、水の中に松明を入れたのに襲ってこないね? 気づいていないのかな?」
ローズはちゃぷちゃぷと穏やかに波打つ水の中に手を突っ込んで敵を挑発する。
「俺たちが水の中に入るのを待っている」
「なら空を飛んでいこう。私が皆を運ぶ」
「それは無理だ。おそらくこの湖の底に階段がある」
「だから襲ってこないのか」
ローズたちと一緒に顔をしかめる。
「ここで考えても仕方ないな。チュリップ、加護魔法をかけてくれ」
「分かりました。加護魔法、神よ我らを水から守りたまえ」
光が体中を包む。
「水をちんたら潜るのも面倒だ。リリー、水を割ってくれ」
「任せてくれ」
リリーが剣を構える。
「剛剣! 一刀両断!」
リリーが剣を振り下ろすと剣圧で水が水平線の向こう側まで割れる。
「下りよう」
天に届くほどの津波が広がる中、深淵の底を目指すために、足場から飛び降りた。
「まだ底に着かないな」
十年以上落ちているが未だに底に着かない。想像以上に深い。
「あと1000年したら水に飲まれてしまうな」
落下の豪風で髪が靡く中、リリーは遥か彼方、永遠とも思えるほど遠くにある水壁を見る。その中には巨大な人影が何千も蠢く。
「天まで届くほどの巨人ですね。顔が魚に似ていますから、巨魚人でしょうか」
チュリップはうっとおし気に顔に纏わりつく髪を払う。
「水の中で戦うのは面倒だな」
「じゃ先手必勝しよう。空間魔法、グラビティレーザー」
暗黒の光線が大量の水ごと巨魚人たちを飲み込む。
「うーん。キリがない」
ローズがぐへっと顔をしかめる。吸い込んでも後から湧き出してくる。
「どうやら、門番を倒さない限り無意味なようだ」
「なら寝て待つぞ。水に飲まれるか底に着けば衝撃で目覚める」
「そうですね。1000年ほど起きっぱなしでしたし、ぐっすり寝ますか」
落ちながらの不安定な体勢だが、全員横になって目を瞑る。
「ベッドか布団で眠りたいな」
地下5001階を過ぎてから地面で寝たことがない。一番真面な寝床は溶岩の中だった。あそこも眩しいやら熱いやら息苦しいやらで寝心地は最悪だったが、静かで敵に襲われない点を考えるとマシだった。
その階層を過ぎると溶岩の中でも襲ってくる敵が出てきたが。
「寝よう」
目を瞑ると睡魔に包まれる。数百万の敵の視線を感じるが、この程度で怯えていてはやってられない。
ドドドと水が迫る音で目が覚める。
「水の壁が押し寄せてきた」
未だに落ちっぱなしで底が見えない。真っ暗闇でも目が見えるし、何より慣れてしまったから問題ないが、地下十一階に来たばかりの時なら発狂していただろう。
「お前ら起きろ。そろそろ襲ってくるぞ」
「はぁーい」
ローズたちが目を擦って体を起こす。
潮風が肌に纏わりついて痒くなる。
「デカいな」
「そうですね」
水壁の中で蠢く巨魚人の口は、地下十二階の門番である超巨大クモ数千匹も一飲みできるくらいに大きい。下を見ても胸元までしか見えない。
「タイタンと同じくらいかそれよりも大きいかな?」
「ヨルムンガンドよりかは大きいでしょうね」
「ヨルムンガンドか。また食べたいね」
ローズたちはのんびりと巨魚人を観察する。
「魚だし、美味しいかな?」
「俺は食いたくない」
「でも3000年くらい何も食べてないんだよ? そろそろ何か食べたい!」
「俺たちの最高絶食期間は5000年だっただろ。後2000年くらい我慢しろ」
ローズが頬を膨らませているうちに、水壁が目前に迫る。
「ぐだぐだ言うのは後だ。来るぞ」
頭上から土砂崩れのように水が押し寄せる。同時に巨魚人の張り手が飛んできた。
「汚い手ですね。藻だらけです」
チュリップは張り手を受け止めると巨魚人を睨む。
「大人しく私たちを底へ運べ」
巨魚人は突如動きを止める。そしてチュリップの命に従い、俺たちを手のひらで包む。
「いつか底に着くでしょう」
チュリップは一仕事終えると横になる。水の中だが、空中や溶岩に比べればずっと寝やすい。
「俺も寝るか」
横になってローズを抱きしめる。
「不味い」
ローズは腕の中で巨魚人の手に付いた藻をもぐもぐ咀嚼する。すぐに苦虫をかみ潰したような顔になってペッと唾を吐く。
「食うな。ここを過ぎたら地下9000階だ。そこで何か食べよう」
「あー。お腹空いた」
腕の中で丸くなったので暇つぶしに頭を撫でる。
「少し運動してくる」
リリーは首をコキコキ鳴らすと外に泳いで出る。少し経つと化け物の悲鳴と血で溢れかえる。
「俺も少ししたら外に出て暴れるか」
ローズをギュッと抱きしめて目を瞑る。柔らかく、温かくて気持ちいい。
「あら? この子死にそう」
一万年後、暇つぶしに皆でジャンケンをやっているとチュリップが呟いた。
「敵はこいつ以外全滅させたはずだが?」
ジャンケンしながら聞く。666億勝の777億敗なのでもう少し勝負したい。
「そうなんですけど、心音が弱まっています。どうも発狂しているようです」
グラグラと巨魚人の手が震える。
「ダメそうだ。外に出よう」
皆が外に出たところで巨魚人は悶えながら泡となって消えた。
「現実改変能力か?」
「存在抹消系かもしれません。いずれにしろ、人間の形では危険ですね」
「仕方がねえ。全員概念形態に変身しろ」
ぐちゃぐちゃと人間の姿からレイという概念に体を変化させる。敵によってはこうしないと存在が抹消されてしまい、戦う前に消滅してしまう。
「星空みたいな敵だな」
はるか下に広大な不定形の物体が広がる。それを数億の羽を生やした化け物が楽器を吹いて取り囲む。音楽のセンスは悪く、吐き気がする。物体はブツブツと何か呟いている。理解できない言葉だが、耳障りなことは確かだ。
「今までで一番強い精神汚染能力だ。目と耳が疲れる」
「じゃさっさと始末しよう。空間魔法、ギガスグラビティホール」
大きな重力弾が敵に当たる。重力弾はあっけなく消えた。
「空間魔法が通じないから空間系の化け物だね」
「時間魔法はどうだ?」
「やってみる。時間魔法、ギガスタイムボム」
フワフワと時間の流れを加速させる爆弾が発射される。時間軸の上に存在するなら、空間でも時間軸の外にはじき出されて消滅する。
しかし、予想通りと言うべきか、空間の化け物はビクともしなかった。
「時間軸の外に居る化け物だよ。あの化け物は時間と空間を自分で生み出せる存在だよ」
「となると、光っているのは本当の星々、迷宮の中に存在する別世界の王か」
皆と一緒に空間系の化け物を見る。
「すべての命、すべての力を吸いつくす」
周囲を包む水、水の中に潜む化け物、化け物を取り囲む大小無数の化け物、そして別世界を定義する化け物の力と命をはぎ取る。
化け物たちはボコボコともがき苦しむが、最後は綺麗さっぱり、俺たちの命と同化した。
「これで終わりだな。階段はどこだ?」
水も重力も化け物も吸いつくした無の空間で欠伸をする。
「見つけた」
リリーが指さした方向に目を凝らす。暗黒世界にぽっかりと、階段が浮いていた。
「さすがルシーが作った迷宮だ。上も下も消滅したのに、階段はビクともしない」
「やっぱり凄い奴だったね。空間魔法、空間定義」
ローズが空間を生み出し、階段までの道を作る。
「飛んで十万年って距離だな。急ぐぞ」
「はーい」
「次はどんなところだろうな」
「空間と時間が定義されている場所なら楽なんですけどね。いちいち定義するのも面倒です」
皆で空間を飛ぶ。
一万年も飛ぶと暇になった。
「暇だな」
「そうだねー」
「暇つぶしに食事でもしないか」
「でしたら、紅茶でも飲みましょう」
ぐちゃぐちゃとチュリップが通常状態に戻る。
俺たちもそれに合わせて通常状態に戻る。
「どうぞ」
チュリップが手のひらにカップと紅茶と砂糖を生み出し、俺たちに手渡す。
「ありがとう」
ズズッと一口。美味しい。そしてしみじみと思う。
「俺たちっていつの間にか化け物になってないか?」
「そうだねー。地上に戻ったらどうしよ?」
「人間では到底勝てない化け物や進めないところが盛り沢山だったからな。仕方ないことだ」
「ですが、もう概念形態になりたくないですね。人間だと忘れてしまいます」
チュリップと一緒にため息を吐く。
「全く、化け物と同じ姿にならないといけないとは、気が滅入る話だ」
空間系の化け物や現実改変を行う敵が相手だと、同じく空間や存在を定義できる概念形態に体を作り替えないといけない。さもないと存在が抹消してしまう。まあ、存在が抹消されたら再度存在を生み出せばよいだけだが。
「頭が変になる」
言葉にすると意味が分からない。すべては感覚だ。
「ようやくついた」
十万年かけてようやく階段にたどり着く。
「行こう。次はルシーたちが警告した階層、全王の腹の中だ」
ゆっくりと階段を下りる。
すぐに入り口が見えた。それどころかここは!
「光だ!」
「久々の通路だ! 空間もある!」
ローズと一緒に喜ぶ。
「明るいな。これは何だ?」
リリーは光る天井を見つめる。
「皆さん、上り階段が無くなっています」
チュリップの視線を追うと、確かに上り階段は無くなっていた。あるのはただの壁だ。
「空間湾曲だね。戻るのはちょっと無理そう」
「戻る必要はない。さあ! 進もう! 久々に人間形態で進めるぞ!」
嬉しくて地面を蹴る。突然足場が抜けた!
「何だ何だ! 罠か!」
「レイ! 手を掴んで!」
ローズの手を掴む!
「げ!」
ローズの足場も崩れた!
「もろい足場ともろい壁だ」
「何かの建物に居るみたいですね? 今までと比べて随分と柔らかいですが」
リリーとチュリップは冷静に分析しながら落ちる。
まあ今更慌てるような状況でもないが。
すぐに下の階層に着いたが、柔らかすぎてまた抜ける。
「これいつまで続くんだ?」
とにかくすべてがもろい。今までの迷宮とは訳が違う。
「やっと止まった」
瓦礫を押しのけて辺りを見渡す。
「……人間?」
真っ白な壁、透明な箱に入った宝石が展示してある。そして俺たちを人間が目をパチパチさせて取り囲んでいる。
「まさか……人間と会えるとは」
リリーは言葉を失う。
「どうも私たちと違う人種ですね。言葉が分かりません」
チュリップは冷静に周りを見渡す。
「まあ! 同じ人間だ! 何とかなるだろ! そこの人! ここはどこだ!」
近づくと突然人間たちがクモの子を散らすように逃げる。
「どうしたんだ?」
「さあ?」
俺たちは首をかしげる。今までの迷宮と全然違う。
レイたちが首をかしげている最中、とある男がとある場所で煙草を吸っていた。
「来たな。待たせやがって」
男は逃げ惑う人々の唇に目を凝らす。
「神奈川県川崎市の武蔵溝ノ口駅前のマルイデパートで宝石泥棒が剣を持って押し入った。明日のニュースの一面を飾るな」
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