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しおりを挟むわたしの名は、クレア・モード。
ラッドセラーム王国の民であれば、モード家を知らぬ者はいないだろう。
モード家は古から代々、神に仕える一族で、男ならば司教、司祭、神父に、
女ならば、聖女、修道女、聖職者の妻となる者が多い。
直系に近ければ近い程、聖女の証である《聖女の光》は大きく現れ、
力も大きいと言われている。
わたしの母は、直系の娘で、強い力を持つ聖女だった。
五歳上の姉は、強い《聖女の光》を持って生まれ、その誕生に国中が祝福に沸いたという。
だけど、そう、わたしは違っていた。
次女のわたしは、一欠けらの《聖女の光》も持たずに生まれてしまった___
何故、わたしだけが違うのか…
両親は混乱し、困惑し、互いを責め合った。
周囲は様々な憶測をし、中には面白おかしく、下世話な噂を流す者もいた。
わたしの誕生は、混乱を生んだだけで、誰からも祝福されなかった。
それから二年後、三女が生まれ、《聖女の光》を持っていた事から、
両親の溜飲も下がった様だが、わたしは依然として厄介者だった。
「取り違えられたのさ」
「誰かが毒を飲ませたのよ」
「いつすり替わったんだ?」
誰も発言に注意を払う者はいない。
幼い頃から、わたしは『いつか両親に捨てられる』という恐怖に苛まれていた。
その為、わたしは常に周囲の顔色を伺い、周囲を怒らせない様にする事に必死になった。
いつの頃からか、二歳年下の妹ロザリーンの世話をするのが、わたしの役目になっていた。
ロザリーンは強い《聖女の光》を持ち、生命力に満ち、皆から期待されていた。
《聖女》は尊い存在であり、《聖女の光》をより強く長く保つ為には、
満足感や幸福感を与え続ける事が大事だと言われている。
その為もあってか、周囲は皆、ロザリーンを祭り上げ、持て囃し、甘やかした。
ロザリーンは小さな女王様だった。
彼女はいつも綺麗なドレスを着て、輝く宝石を纏っていた。
時間を掛けて梳かされる白金色の髪は、豊で美しく波打った。
それに引き換え、わたしはまるで小間使いで、
飾り気の無い質素なエプロンドレスに、くたびれた靴を履き、
誰にも梳かして貰えない髪を自分でおさげに結っていた。
わたしたちを見て、誰が姉妹と思うだろう?
髪色と目の色、肌の色は似ているが、それだけで、わたしたちはまるで違っている。
ロザリーンは目が大きく、いつも活き活きとしている。
わたしは、誰も気付かない程、存在感が無い。
ロザリーンは、姉のアンジェラの事は「お姉様」と呼ぶが、
わたしの事は「お姉様」ではなく、「クレア」と呼んだ。
家族として認めて貰えていない…いつもそんな気にさせられた。
ロザリーンに遠慮などなく、わたしを侍女の様に使った。
「クレア、髪を梳かして!」
「今日は赤い靴がいいの、早く持って来て!」
「クレア、片付けておいて!」
ロザリーンは面倒事を全てわたしに押し付けた。
それでも、ロザリーンの側で侍女の様に控えている事は、良い事もある。
ロザリーンには、十歳から、家庭教師が付いていた。
《聖女》となる事が決まっていたので、必要な勉強をさせて貰えたのだ。
わたしは、両親が「修道女にする」と言っていたので、家庭教師など付けて貰えなかった。
《ロザリーンの侍女》という顔をし、同じ部屋に居るわたしは、
そこで色々な事を見聞きし、知識や作法を身に着けていった。
ロザリーンは勉強を嫌がり、復習や課題等はわたしにやらせるのが常だったので、
それもわたしにはうれしいものだった。
だが、それよりも、わたしの助けになったのは、ロザリーンの侍女でいる事で、
修道院行を免れた事だった。
わたしが十六歳になった年、両親がわたしを書斎に呼んだ。
「おまえも十六歳だ、そろそろ修道院に入れる年だな___」
父がそう話出した時、わたしはとうとうこの日が来たのだと、絶望に目の前が暗くなった。
両親は早くからわたしを修道院に入れたがっていたし、
「《聖女の光》を持たないモード家の娘は、修道女になるしかない」と言われてきた為、
自分で本を読み、《修道院》や《修道女》の事を調べていた。
修道院の厳しい規律や生活の事。
それに、修道女となれば、結婚は出来ない、子供も持てない…
全てを神に捧げ、神に仕える者なのだ___
だけど、わたしは、その《神》を恨んでいる!
姉妹の内、わたしにだけ《聖女の光》を持たせてくれなかったからだ。
その為に、わたしがどれ程孤独で惨めだったか…
それなのに、全てを諦め、奉仕しろというのだ。
理不尽だわ…
そう思ってみても、やはり両親に向かって、それを言う事は憚られた。
お父様もお母様も、きっと、わたしを詰るだけだわ…
わたしは十六歳で、修道院に入る年齢としては早いが、それも大した問題にはならない。
一族の内、修道女長に就いている者が、何人かいるからだ。
「《聖女の光》を持たないおまえは、《修道女》になるしか生きる術は無い」
それは違うわ!
いいえ、違わないかしら?
結婚相手がいなければ、家を出る事は難しい。
家に居て、ロザリーンの世話ばかりをしているわたしには、出会いの場などなく、
親しい男性はいなかった。
娘が一人で生きていくには、両親の援助が必要だが、両親にその気は無い。
両親は、わたしを修道院に入れ、わたしの存在を忘れたいのだ___
《聖女の光》が無い、たった、それだけで、わたしは家族として認めて貰えない___
絶望の波に飲まれそうになった時、父が嘆息した。
「だが、今度、ロザリーンが神殿に上がる事になった。
あの子はまだ十四歳だが、将来を有望されている、これは大変に名誉な事だ。
おまえがロザリーンの侍女になり、尽くすというなら、それもいいだろう。
おまえに選ばせてやる」
母は聖女だったが、力が衰え、三年前に引退していた。
両親は、神殿でロザリーンが独りになるのを心配し、わたしを側に付けたいのだろう。
わたしは両親にとって、その程度の存在なのだ。
だが、ロザリーンの侍女になれば、修道女にはならずに済む___
失望、諦めの中で、その光は強く、わたしを照らしていた。
わたしはその提案に飛びつくも、興奮は隠した。
わたしが喜んだと知れば、ロザリーンが意地悪をするかもしれない。
ロザリーンは人が苦しんだり、悲しんだりするのを見るのが好きなのだ。
わたしは、平静を装い、静かに答えた。
「わたしは、ロザリーンの侍女をします、ロザリーン一人では、心細い筈ですから…」
「うむ、いいだろう、一週間に一度は、手紙でロザリーンの様子を知らせるんだぞ。
それから、今後は『ロザリーン様』と呼ぶんだ、ロザリーンは聖女として行くのだからな、
おまえは立場を弁え、しっかりロザリーンに尽くすんだぞ!」
妹を《様》付きで呼ぶ事に、抵抗が無い訳ではなかった。
だが、《聖女の光》を持てる者がどれ程特別か、わたしは嫌という程知っていた。
「はい、承知致しました」
わたしが恭しく礼をすると、両親は満足し、大きく頷いた。
それから一年後、わたしはロザリーンに付き添い、王都にある大神殿に上がった。
『ここから抜け出せば…』、『新しい場所に行けば…』、
わたしは何かが開ける気がしていた。
期待していたのだ。
だが、神殿に入ってみると、想像は悪い方に裏切られた。
わたしは荷物を全て没収され、修道女服を押し付けられた。
神と王と聖女への忠誠を誓わされ、ロザリーンの世話をする…
修道院行を免れ、修道女の仕事を免れただけで、わたしは《修道女》にされたのだ。
わたしは自分の人生に落胆した。
もう、一生、わたしはここから抜け出せないのだと…
そして、三年が経った。
わたしは二十歳を迎えたが、祝ってくれる者など、一人も居ない。
両親への手紙は続けていたが、返事が来る事は稀だった。
その返事も、指示ばかりで、愛のある言葉などは一つも無かった。
「誕生日に、祝いの言葉一つ貰えない…」
わたしは手の中で揺れる、蝋燭の灯を見つめ、嘆息した。
「誰でもいい、わたしを愛して欲しい…」
「誕生日の願い事よ…」
石造りの小さな部屋で一人呟き、わたしはその灯を吹き消した。
わたしは神様にも愛されなかった娘だ。
きっと、叶えられる事はない…
その予感は当たり、翌日、わたしではなく、ロザリーンに縁談が持ち上がった。
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