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しおりを挟む「ジャスティンの好きな色をご存じですか?」
わたしがオーウェンに尋ねると、彼は顔を曇らせた。
顎を擦り、そして、遂には項垂れた。
「いや…知らない」
「それなら、聞いてみて下さい」
「だが、ジャスティンは喋らない…」
「それでは、絵具を見せて選ばせるのはいかがですか?」
「そうか、成程…」
「ジャスティンが答え易い様に、文字に書いて選ばせてあげるのも良いと思います」
オーウェンは驚いた表情でわたしを見た。
「君は良く思いつく、私はこの二年もの間、ただ、あの子を避けてきただけだった…」
「後悔なさっているなら、埋め合わせをすると良いですわ。
でも、わたしが見る限り、あなたは努力をなさっていますし、
ジャスティンはあなたの事が大好きです」
オーウェンはスッと目を反らした。
「それは、どうだろう…」
「何か、あったのですか?」
それこそが、二人の間にある溝だろう。
だが、オーウェンは話したくないのか、頭を振った。
「いや…それよりも、埋め合わせをする、良い方法を教えて貰えるだろうか?」
わたしは気を反らされた振りをし、それを話した。
「《お休みのキス》は、なさっていますか?」
「いや…」
「それがあれば、安心出来ます。
夜遅く帰って来る時も、顔を見て、キスをしてあげて下さい。
寝ていても伝わるものです、きっと、最高の贈り物になりますわ」
オーウェンは真剣な目で、わたしをじっと見つめ、頷いた。
「分かった、教えてくれてありがとう、感謝する」
感謝の言葉は堅いものだったが、彼の顔には、微笑みがあり、
その目はやわらかかった。
わたしも笑みを返し、頷いた。
◇◇
「ロザリーン、ジャスティンの好きな色は、緑色と青色だ」
オーウェンは無事にそれをジャスティンから聞き出せた様だ。
喜びを隠し、淡々と、いつも通りの口調で言おうと努めているのが見て取れ、
わたしは失笑しそうになった。
わたしは手を口元に当て、それを誤魔化した。
「緑色と青色…あなたとジャスティンの目の色ですね」
オーウェンは今気付いたのか、目を丸くした。
彼のこんな表情は初めてで、わたしは笑いを抑えるのに苦労した。
「君は、良く気の付く人だ、ロザリーン」
「察するだけです」
ただ、そんな風に思うだけ…
妄想と言われても不思議ではない。
だが、オーウェンは感心している様子だった。
「それも、《聖女の力》か?」
わたしは頭を振った。
「いいえ…残念ですが…」
わたしが周囲の感情を察する様になったのは、
自分が周囲を不快にさせたくなかったからだ。
役に立たなければ、
嫌われたら、捨てられる___
そんな不安と恐怖に付き纏われ、自分を守る為に、周囲の顔色を伺ってきた。
ただの、処世術だ。
「私は余計な事を言った様だ、すまなかった」
「いいえ、気になさらないで下さい」
オーウェンはわたしが《聖女の光》を失くし、落ち込み、途方に暮れていると思っている。
逆に申し訳なく思い、わたしは話題を変えた。
「オーウェン、青色の布と緑色の布を取り寄せて頂けますか?
他にも欲しい物があるのですが…」
「欲しい物があれば、リストを貰おう、それで、何をする気だ?」
「何か小物を作ろうと思います。
ジャスティンの部屋を見ましたが、足りない物がある様でしたので」
「足りない物!?気付かなかった…それが何か、教えて貰えるだろうか?」
「作った物は、ジャスティンの部屋に置きます。
見れば、きっと分かりますわ」
オーウェンは早く知りたい様だったが、わたしは話さなかった。
意地悪をしたのではなく、オーウェンにも、わくわくして欲しかったのだ。
オーウェンは真面目で堅く、立派な方だが、
一時、その堅固な鎧を外させてあげたかった。
せめて、休暇の間だけでも…自分の館にいる間だけでも…
わたしは良い事を思い付き、手を叩いた。
「そうだわ!あなたにも、手伝って頂きたい事があります!」
「必要ならば、手を貸すが…」
オーウェンは未知なる敵を前にしたかの様に、表情を固くし構えている。
わたしは小さく笑った。
「難しい事ではありません、ここの庭はとても素敵なので、
ブランコを置いてはいかがかと思ったんです。
ジャスティンが遊べますし、あなたも一緒に遊べます…」
時には、安らぐ事も出来るだろう___
「オーウェン、作って頂けますか?」
「ブランコを作った事は無いが…やってみよう。
それで、ブランコとはどういう物だ?」
オーウェンが真剣に聞いて来たので、一瞬固まってしまった。
どうやらオーウェンは、遊びとは無関係に育ったらしい。
厳しい父親の元、きっと、幼い頃から剣を振っていたのね…
わたしは同情しつつ、ペンを取り、用紙にそれを描いた。
「樹の枝を使って…こんな風に…」
「成程…ロープと板が要るのだな?」
「作り方はきっと、本にありますわ」
「それなら、まずは資料を集める事だ___」
わたしたちは、館の図書室へ行き、本を探した。
オーウェンは真剣に本を読み、造りを理解すると、
必要な物を書き出し、自らが町へ行き、それを買って来る事に決めた。
「町へ行くが、君も一緒に来るか?自分で品物を見て、選ぶといい」
「ありがとうございます、ご一緒させて頂きます」
わたしも一緒に行き、手芸店で布や必要な物を買って貰った。
オーウェンは雑貨屋で、丈夫そうなロープと板、道具等を買った。
館に戻ると、早速、わたしたちは庭へ行き、ブランコ用の樹を選んだ。
「館から見える方が良いですわ、怪我をしてはいけませんから」
「確かに、姿が見えた方が安心だ」
「でも、近過ぎては落ち着けませんので…」
「館の裏の方がいいか…」
わたしたちは、裏庭にある、太い枝の大きな樹に決めた。
二階、三階からであれば、ブランコに乗る姿を見る事が出来るだろう。
オーウェンは作業を始め、わたしは手伝いをした。
オーウェンは意外にも、器用で手際良く、板を切り、それを磨いていた。
「お上手なのですね、驚きました!
騎士の他にも、何かされているのですか?」
わたしが訊くと、オーウェンは肩を揺すり、小さく笑った。
「騎士団は遠征が多く、身の回りの事は全て自分でする事になる。
騎士団員ならば、テントを張れるし、料理や洗濯も出来る。
そして、何も無ければ、ナイフで作り出す、意外だったかな?」
緑灰色の目が悪戯っぽい光を見せ、わたしはドキリとした。
オーウェンとの距離が近付いた気がした。
「はい、騎士団の事を、わたしは何も知らなかった様です…」
「私も勝手に、聖女は騎士団と行動を共にするものだと思っていた」
『聖女』と言われる度、罪悪感で胸がチクリとする。
だが、幸い、わたしはロザリーンに付き添っていたので、返事の困る事は無かった。
「はい、ですが、聖女は表には出ませんので…
馬車の中で過ごしますし、馬車にはカーテンが引かれます。
外に出る時には、ベールで顔を隠し、周囲を修道女に囲まれています」
「聖女は神の使いだったか?それも納得出来る。
だが、窮屈では無かったか?」
ロザリーンは窮屈というよりは、当然の処遇だと思っていた様だ。
高位貴族以下の者たちは、『下賤の者たち』と言い、蔑んでいた。
騎士団員たちなどとは話そうとしなかったし、顔を合わせる事も避けていた。
だけど、わたしだったら…
「はい、窮屈で…寂しいものです…」
「今は忘れるといい、ここに居る間だけでも…」
ここに居る間だけ…
オーウェンはやはり、時期を見て、わたしを国に帰す気でいる。
『君が恐れる様な事は何もしないと約束する』
『王が私たちの事を忘れるまで、暫くの間だけだ』
『必ず、君を無事に、ラッドセラーム王国に送り届けよう』
そんな事、わたしは望んでいないが、オーウェンはそうするだろう。
彼は、誓った事を成し遂げる人だ___
わたしは俯き、小さく頷いた。
「ありがとうございます…」
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