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しおりを挟む翌日の昼前になり、王宮から荷物が届けられ、部屋に運ばれた。
格調高い家具や調度品が置かれ、部屋は更に豪華さを増した。
クローゼットには、高価なドレスがズラリと並び、チェストにはレースが多く、
生地の少ない下着…
一体、どう使うのか…化粧品の数にも圧倒された。
鏡台の引き出しには、目映い宝飾品が詰められた宝石箱まであった。
それらは全て、花嫁であるロザリーンの為に用意された物だ。
わたしは後ろめたく、気持ちが沈んだ。
それでも、同じ衣を着て過ごす訳にもいかず、
わたしは一番質素で飾り気の無いドレスを選び、着替える事にした。
メイドに手伝って貰ったのだが、彼女は突然悲鳴を上げた。
「どうなさったのですか!?その傷…痛くないんですか?」
自分で見る事は無いので、傷の事をすっかり忘れていた…
メイドの顔が恐怖に歪むのを見て、わたしは傷付いたが、笑みを作った。
「ええ、もう、大丈夫です」
「でも、肌にそんな傷があるなんて…旦那様はご承知なのですか?」
「ええ…」
オーウェンは知っている筈だ。
王がわたしの包帯を毟り取った時、彼が助けてくれたのだから…
「旦那様はどうして…いいえ、何でもございません、奥様」
メイドは表情を消し、ドレスのボタンを留めた。
「寸法が少し合っていない様ですが…直された方がよろしいのではありませんか?」
ロザリーンと背格好は似ているが、彼女の方が肉付きも良く、
彼女の為に作られたドレスは、ピッタリとはいかなかった。
「ええ…でも、きっとまた太るでしょう…ここの料理は美味しいですから」
わたしは何とか誤魔化した。
わたしの物ではないのだから、寸法を直す事は出来ない。
詰め物をするか、体を合わせるしかない。
だが、それより問題なのは、ロザリーンは若く、胸元を強調するドレスが多い為、
胸の傷が見えてしまう恐れがある事だ。
レースを継ぎ足そうかしら…
メイドは髪を丁寧に梳かしてくれ、綺麗に結い上げてくれた。
化粧をしてくれたが、厚く塗られそうになり、やんわりと断った。
「化粧は濃くない方が良いのですが…」
メイドは不満そうな顔をしたが、手を下ろした。
宝飾品で飾られそうになったので、それも断った。
「宝飾品は好きではないので…」
メイドはとうとう口を開き、当て付けの様に言った。
「そうですか?お若いのに、珍しいですね!アラベラ様はお好きでしたよ!」
オーウェンの好みなのだろうか?
だが、派手な宝飾品など、美人には似合うが、わたしでは不釣り合いだ。
それに、ロザリーンの事を思い出す。
あの朝、ロザリーンはわたしを着飾ってくれた。
だが、それは、わたしを自分の身代わりにする為だった___
「お好きになさって下さい」
黙っていると、メイドは宝飾品を乱暴に箱に片付け、引き出しに仕舞った。
駄目ね、わたしったら…
わたしは周囲を不機嫌にさせてしまうらしい。
わたしは内心で嘆息し、部屋を出た。
昼食は食堂で、オーウェン、ジャスティンと一緒に摂った。
ジャスティンは顔を上げようともしなかった。
昼食の後で、オーウェンが庭を案内してくれた。
広い庭で、何処も美しく、この時ばかりは全てを忘れ、楽しむ事が出来た。
「素敵なお庭ですね、一人で散歩に来ても構いませんか?」
「ああ、勿論、好きに来るといい」
大きな樹が並ぶ並木道を歩いていた時、ふと、視線を感じ、顔だけでそちらを振り返った。
樹に隠れ、こちらを見ている青色の目と出会い、お互いに目を丸くした。
一瞬後、ジャスティンはさっと、樹の陰に隠れた。
わたしたちの事が気になっているのかしら…
勿論、気になるわよね…父親の事だもの…
「家を空けられる事は、よくあるのですか?」
わたしはそれとなく聞いてみた。
「ああ、遠征も多い…数日前まで、王都にはいなかった。
君の事は気になっていたが、助けになれず、すまなかった」
『お願い…助けて…』
『安心していい、私は君の味方だ』
やはり、あの約束をしたのは、オーウェンだった!
それから、姿を見なかったが、王都にいなかったのなら、それも仕方は無い。
見捨てられたのでは無かったのだ…
わたしは安堵した。
「いえ、お忙しい方なのに、甘えてしまい、すみませんでした…」
「いや、君には頼れる者がいなかった、それを知っていながら、放置してしまった…」
責任感の強い方なのね…
だからこそ、王の命を受け、わたしを妻にしてくれたのだ…
わたしは頭を振った。
「ジャスティンとも、久しぶりに会ったのですね?
きっと、寂しい思いをしていたでしょう…」
「ああ…」
オーウェンの表情が一段と暗くなった。
オーウェンをここまで悩ませる事が出来るのは、ジャスティンだけではないか?
その愛の深さが羨ましく思えた。
「それでは、休暇の間は、なるべくジャスティンと一緒に居てあげて下さい」
「ああ、そうしたいが…ジャスティンは喜ばないのではないか…
私はあの子にどう接してやればいいのか、分からない…」
「何もしなくても、何も話さなくても、一緒に居てあげるだけでいいんです。
ただ、手を握り、肩を抱いて…それだけで、子供は落ち着けるものです」
オーウェンの目が問う様にわたしを見る。
「それは、君の体験か?」
「はい、わたしの父は聖職に就いていましたし、母は数年前まで聖女としての
勤めがありました。家族が揃う事はあまりない事で、わたしたち三姉妹は
寂しい思いをしました。
両親の仕事の大切さは勿論、分かっていましたが、それでも、寂しいと思うものです…」
父は帰って来ると、笑顔でロザリーンを抱き上げた。
それから、姉のアンジェラの頭を撫で、褒めた。
わたしの名は、いつまでも呼ばれず、遠くからそれを眺めるだけ…
それを思い出し、涙が零れた。
「すみません!」
わたしは慌てて顔を背け、ハンカチを探した。
「謝らなくていい…私の父も家にはあまり居なかった。
その分、私には母や祖母が居たが、それでも、寂しいと思う事はあった。
そんな私を、父は《軟弱者》と詰った、私はいけない事だと思った…」
「お父様は、厳しい方だったのですね…」
「ああ、十年前に戦で亡くなったが…立派な騎士だった。
父からは、『カーライト家の男は、強くなくてはいけない』と言われて来た…」
「あなたは、その期待に応えたのですね」
寂しさに耐え、強く育った。
心の強い方だわ…
「ああ…私はジャスティンに、同じものを求めていたのかもしれない…」
「あなたは、ジャスティンを強い子になさりたかったのでしょう?
きっと、お父様も同じです」
厳しさの中に、愛情があったのだろう。
だからこそ、オーウェンは期待に応え、強く育ったのだ。
「だが、今のあの子に必要なのは、突き放す事ではない…
君の言葉で気付かされた。
ありがとう、ロザリーン、君の助言に従ってみよう」
オーウェンが眼光を強くし、口を引き結ぶのを、
わたしは頬に当てたハンカチ越しに、そっと見つめた。
◇◇
あれからオーウェンは、ジャスティンと一緒に過ごす時間を持つ様にしていた。
昼間は、散歩や乗馬、釣りをして過ごし、夜は部屋を訪れ、「お休み」を言う。
オーウェンはジャスティンを喜ばせ様と、努力をしている。
ジャスティンは喋ろうとはしないが、オーウェンの誘いは断らない。
お互いに愛があるのは確かだ。
だが、二人の間には、何処か重い空気が流れている様に見えた。
昼食、お茶、晩餐はわたしも一緒にしていた。
「ジャスティン、今日はお父様と釣りに行ったのね、楽しかった?」
ジャスティンはわたしを見ない。
まるで聞こえていないかの様に、わたしを無視している。
「ジャスティン、ロザリーンが訊いているだろう、顔を上げなさい」
オーウェンが叱ると、ジャスティンは直ぐに椅子を降り、逃げてしまう。
オーウェンはそれを暗い表情で眺めるだけだ。
そして、わたしに謝る…
「すまない、ロザリーン」
「いいえ、悪いのはわたしの方です。
ジャスティンはあなたと二人で過ごしたいんです」
父子の間に、わたしは邪魔な存在だ。
ジャスティンを不安にさせるだろう。
それは重々承知していたが、それでも、わたしがこうして一緒に居ようとするのは、
ジャスティンと仲良くなりたいからだ。
「ジャスティンに謝って来ます」
わたしはビスケットを何枚かハンカチに包むと、席を立った。
「私も一緒に行こう…」と、オーウェンが言ってくれたが、わたしはやんわりと断った。
「いえ、わたし一人で話してみます」
ジャスティンの部屋へ行き、扉を叩く。
「ジャスティン、ロザリーンよ、入ってもいい?」
耳を澄ましたが、返事は無く、物音もしなかった。
わたしは「入るわね」と声を掛け、そっと扉を開けた。
部屋は鎮まり返っている。
大きな本棚には、本がズラリと並び、机と椅子、ソファ…
子供部屋だというのに、まるで大人の部屋の様に、飾り気が無い。
ジャスティンの姿は無く、わたしは奥の扉へ向かった。
コンコンと叩き、「ジャスティン、入るわね?」と声を掛け、扉を開けた。
ここは寝室で、中央に天蓋付のベッドが置かれ、壁際には、チェストやクローゼットが見えた。
ベッドを覗いてみたが、やはり、ジャスティンの姿は無かった。
「ジャスティン?」
声を掛け、気配を伺う。
すると、僅かにベッドの下で何かが動いた気がした。
「居ないみたいね、ジャスティンと話したかったけど、残念だわ」
わたしは独り言を始めた。
「お父様は怒っていないと教えてあげたかったんだけど…
きっと、ジャスティンも分かっているわね、お父様がどれだけジャスティンを大切に思っているか…
大好きなお父様との時間を邪魔してしまって、悪い事をしたわ、
でも、わたしもあなたと仲良くなりたい…
机にビスケットを置いて行くわね」
わたしは寝室を出ると、机にハンカチに包んだビスケットを置いた。
ジャスティンの部屋を出ると、そこには、オーウェンが立っていた。
「まぁ!驚きました」
オーウェンはばつが悪いのか、気まずそうに首の後ろを擦った。
「すまない、気になったので、来てしまった…
ジャスティンはどうだっただろうか?」
「部屋には居ない様でしたので、ビスケットだけ置いて出て来ました」
「居ない!?ジャスティンは何処に行ったんだ」
オーウェンが血相を変え、心配し始めたので、わたしは小声で言葉を継いだ。
「恐らく、ベッドの下です。隠れたくなる時って、ありますでしょう?」
「そうか…それなら、いい…」
「心配でしたら、見て来ましょうか?」
「いや、それには及ばない、私が行こう」
オーウェンは背を正し、部屋に入って行った。
わたしは気になりつつも、『二人にした方が良い』と、自分の部屋へ戻った。
凄く心配していたわ…
オーウェンの反応は過剰に思えたが、羨ましくもあった。
わたしは誰からも心配して貰えないもの…
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