7 / 27
7
しおりを挟む石造りの長い塀が続き、それは大きな門へと続いていた。
馬車は当然の様に、その門を潜って行く…
前庭から、大きな噴水の脇を通り、馬車は歩みを止めた。
オーウェンは馬車を降りると、わたしに手を差し出した。
今まで、こんな事をして貰った事は無い___
わたしは気恥ずかしさと緊張で震える手を、その手に乗せた。
馬車を降り、わたしは目の前に聳え立つ、荘厳な館を見上げた。
三階建てで、頑丈そうな造りをしている。
白塗りの壁に屋根は暗黒色、彼の様に凛とし、威厳と気品が見えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
執事に迎えられ、オーウェンはわたしの背に手を当てた。
「セバス、こちらは、ロザリーン、私の妻だ」
主人が突然妻を連れて来たのだ、驚いても不思議ではなかったが、
老年の執事は一縷の動揺も見せずに、「奥様、執事のセバスです」と挨拶をした。
「ロザリーンの部屋を用意してくれ、私の部屋の近くがいいだろう、
だが、アラベラの部屋は止めてくれ___」
アラベラ…
きっと、前妻の名だろう。
「荷物は明日にでも届くだろう」
花嫁道具等は、一行とは別に、一足早く届けられていたので、無事だった。
これまでは王宮に置かれていたが、こちらに送ってくれるらしい。
ロザリーン用の荷物ではあるが、わたし自身は何も持ち合わせが無かったので、
正直な所、助かった。
「ロザリーン、部屋が用意出来るまで、お茶にしよう」
オーウェンはパーラーに促したが、わたしは引き止めた。
「ジャスティンはお部屋ですか?挨拶に行ってもよろしいですか?」
挨拶をするなら、早い方がいいだろう。
わたしは家族から何も話して貰えず、傷ついてきた。
そんな気持ちを、誰にも味合わせたくなかった。
「ああ…そうだな、そうすべきだろう…」
オーウェンは表情を固くしたが、さっと、踵を返し、階段に向かった。
「ジャスティンの部屋も、私たちと同じ、三階だ」
階段を上がり、廊下を左に曲がり、その先を曲がり、扉の前に立った。
オーウェンが扉を叩く。
「ジャスティン、私だ」
暫くして、扉がゆっくりと開いた。
痩せた、小さな男の子が、不審そうな顔をし、立っている。
オーウェンとは違い、金髪に濃い碧眼をしているが、
オーウェンの様に口を固く結んでいた。
その目が、チラリとわたしを見た。
「ジャスティン、二週間、休暇が貰えた、暫く一緒にいられる。
何処か行きたい処やしたい事があれば、言ってくれ。
それから、彼女だが…」
オーウェンは言い淀んだ。
突然、結婚し、今日から一緒に暮らすなど、息子が知れば、どう反応するか…
わたしも緊張に息を詰めた。
「彼女は、ロザリーン、今日から一緒に暮らす事になった、私の新しい妻だ」
ジャスティンは目を見開き、オーウェンを見た。
それから、わたしを見て…くるりと踵を返し、部屋の奥へ走って行ってしまった。
オーウェンはショックだったのだろう、声も無く、ただ、沈んだ顔をしていた。
ややあって、オーウェンは「行こう」と、わたしを促した。
「少し、お話をされてはいかがですか?」
「いや、今は止めておこう…」
オーウェンは、まるで幽霊の様に、生気を失くし、歩いて行く。
オーウェンにとっては、王からわたしとの結婚を命じられた事より、
ジャスティンの方が大事なのだ。
当然だわ、愛する息子だもの…
◇◇
部屋は直ぐに用意された。
花嫁道具や荷は明日には届くが、オーウェンが気を回してくれた。
「必要な物があれば何でも言ってくれ、直ぐに揃えさせる」
事も無げに言う。
気前も良い。
きっと、生まれも育ちも良い方なのだろう…
わたしの家も立派だったが、聖職者の家だ。
贅沢が許されるのは、《聖女の光》を持つ母と姉と妹だけだった。
《聖女の光》を維持する為に、幸せな気持ちでいる事が必要だとか…
わたしは贅沢など縁が無く、恐れ多い気がしたが、気持ちはうれしかった。
それに、彼の気を害したくは無かったので、丁寧に礼を言った。
「ありがとうございます、感謝します」
「いや、当然の事だ、それから、晩餐にも出て欲しい」
「今日の所は、この衣装しかありませんので…」
「それで構わない、この館には、私とジャスティンしか居ない、気を遣う必要は無い」
「それでは、伺います…」
オーウェンは頷くと、部屋を立ち去った。
晩餐は、オーウェンが言っていた通り、三人だけだった。
大勢でない方が、わたしには良かったが、オーウェンは違ったかもしれない。
オーウェンは無口らしく、ジャスティンに至っては喋る事が出来ない。
わたしが入って行くと、食堂には重い空気が漂っていた。
「お待たせして、すみません」
「いや、時間通りだ」
わたしは席に着くと、身に付いた習慣から、指を合わせ、祈りに入っていた。
オーウェンが気付き、手にしたスプーンを置くと、わたしに習った。
普段は食前の祈りをしていないのかもしれない。
それを指摘しては、更に気まずくなると思い、わたしは気付かない振りをし、祈りを続けた。
「ジャスティン」とオーウェンが促したので、ジャスティンもそれに習った。
「失礼しました、神殿での生活が身に付いていて…」
「いや、良い事だ。我が国では、残念ながら、あまり神は尊重されていない。
だが、私たちも習った方がいいだろう」
寛容な方だわ…
わたしは安堵し、スプーンを取った。
「あの…とても美味しいです」
重い空気を消したくて、わたしは感想を言ってみた。
オーウェンが手を止め、顔をこちらに向けた。
何処か安堵している様に見えた。
「口に合って良かった、君の国とは、料理も違うのでは?」
「然程違いはないと思います…
わたしは神殿で暮らしていましたので、普通とは少し違うので…」
「神殿では、どの様な食事を?」
「スープとパン…簡単な物です、肉や魚はほとんど食べませんので…」
わたしは出された肉の塊に圧倒されていた。
「慣れないなら、残してくれ、だが、君はもっと食べた方がいい。
それとも、肉や魚を食べないのには、理由があるのか?」
「聖職ですので…」
修道女の食事は質素なものだ。
尤も、ロザリーンは好きな物を、好きなだけ食べていたが…
「神殿にはいつから?」
「十七…いえ、十五歳からです」
危うく、自分の年齢を言いそうになり、慌てて言い換えた。
いけないわ!気を付けないと…
「十五歳か、小さい頃から苦労しているんだな…」
神殿での、ロザリーンの仕事は、神への祈りの他は、書物の研鑽、
書類に目を通し、サインをする事…
瘴気祓いや治癒は、要請により出向く。
催事に呼ばれ祈祷を行ったり、国賓や重鎮たちとの食事会に呼ばれる事もある。
日常の疎ましい事は、全てわたしや修道女が行う。
それでも、窮屈に感じる事は多い筈だ___
わたしは小さく頷いた。
「オーウェン、あなたが騎士になろうと思ったのは、いつ頃からですか?」
オーウェンは小さく笑った。
「覚えていない、代々、騎士の家系でね、
私が騎士になるのは、生まれた時から決まっていた、想像出来ないだろう?」
わたしは頭を振った。
「いいえ、わたしの家も代々、聖職の家系ですから、良く分かります…」
「生まれた時から、《聖女》になると決まっていたのか、共通点があって良かった」
オーウェンの声には明るさがあったが、わたしは無理に笑みを作った。
彼とわたしとでは、全く違うわ…
騎士になると決められていて、その期待に応え、騎士団長になったオーウェン。
だけど、わたしは…
《聖女》になれないと決まっていた…
ガチャン!
音がし、そちらを見ると、ジャスティンが椅子から降りる所だった。
「ジャスティン、まだ残っているだろう」
オーウェンは咎める様に言ったが、ジャスティンは怒った様に睨み付けると、
走って出て行ってしまった。
「すまない、ロザリーン…」
「いえ、何か、気に障ったのでしょうか…」
オーウェンは重い息を吐いた。
「あの子は、騎士になりたくないのだろう…」
そうだろうか?
こんなに、立派な父親がいて、その背中を追わない息子がいるだろうか?
立派過ぎて、委縮するという事もあるだろうか?
それに、今のジャスティンは問題を抱えている…
不安になったのかもしれない…
「まだ、八歳ですもの、決めるには早いかもしれません。
あなたは、ジャスティンを騎士にしたいのですか?」
「ああ、だが、今は私にも分からない…」
「まだ、時間はありますわ」
「そうだな…ありがとう、君は、食後のコーヒーまで付き合ってくれるかな?」
こんな風に誘われるのは初めてで、わたしの胸に喜びが広がった。
思わず口元が緩んでしまう。
「はい、よろしければ」
「君は、そうして笑っている方がいい」
わたしは「はっ」と息を飲んだ。
だが、特別な意味は無かったのか、彼は料理を食べ進めていた。
わたしの胸は不自然に高鳴り、頬は真っ赤だというのに…
21
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
世界一美しい妹にせがまれるので婚約破棄される前に諦めます~辺境暮らしも悪くない~
tartan321
恋愛
美しさにかけては恐らく世界一……私の妹は自慢の妹なのです。そして、誰もがそれを認め、私は正直言って邪魔者なのです。でも、私は長女なので、王子様と婚約することになる運命……なのですが、やはり、ここは辞退すべきなのでしょうね。
そもそも、私にとって、王子様との婚約はそれほど意味がありません。私はもう少し静かに、そして、慎ましく生活できればいいのです。
完結いたしました。今後は後日談を書きます。
ですから、一度は婚約が決まっているのですけど……ごたごたが生じて婚約破棄になる前に、私の方から、婚約を取り下げます!!!!!!
修道院パラダイス
羊
恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。
『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』
でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。
◇・◇・◇・・・・・・・・・・
優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。
なろうでも連載しています。
魔女の私と聖女と呼ばれる妹〜隣国の王子様は魔女の方がお好きみたいです?!〜
海空里和
恋愛
エルダーはオスタシス王国の第二王子に婚約を破棄された。義妹のティナが聖女の力に目覚めてから、婚約者を乗り換えられたのだ。それから、家も追い出され、王宮での仕事も解雇された。
それでも母が残したハーブのお店がある!
ハーブの仕事さえ出来れば幸せなエルダーは、義妹の幸せマウントも気にせず、自由気ままに生きていた。
しかしある日、父親から隣国のロズイエ王国へ嫁ぐように言われてしまう。しかも、そのお相手には想い人がいるようで?!
聖女の力に頼りきりでハーブを蔑ろにしていた自国に限界を感じていたエルダーは、ハーブを大切にしているロズイエに希望を感じた。「じゃあ、王子様には想い人と幸せになってもらって、私はロズイエで平民としてお店をやらせてもらえば良いじゃない?!」
かくして、エルダーの仮初めの妻計画が始まった。
王子様もその計画に甘えることにしたけど……?
これは、ハーブが大好きで一人でも強く生きていきたい女の子と、相手が好きすぎてポンコツになってしまったヒーローのお話。
※こちらのお話は、小説家になろうで投稿していたものです。
悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜
abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。
シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。
元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。
現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。
"容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。
皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。
そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時……
「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」
突然思い出した自らの未来の展開。
このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。
「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」
全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!?
「リヒト、婚約を解消しましょう。」
「姉様は僕から逃げられない。」
(お願いだから皆もう放っておいて!)
【完結】貶められた緑の聖女の妹~姉はクズ王子に捨てられたので王族はお断りです~
魯恒凛
恋愛
薬師である『緑の聖女』と呼ばれたエリスは、王子に見初められ強引に連れていかれたものの、学園でも王宮でもつらく当たられていた。それなのに聖魔法を持つ侯爵令嬢が現れた途端、都合よく冤罪を着せられた上、クズ王子に純潔まで奪われてしまう。
辺境に戻されたものの、心が壊れてしまったエリス。そこへ、聖女の侍女にしたいと連絡してきたクズ王子。
後見人である領主一家に相談しようとした妹のカルナだったが……
「エリスもカルナと一緒なら大丈夫ではないでしょうか……。カルナは14歳になったばかりであの美貌だし、コンラッド殿下はきっと気に入るはずです。ケアードのためだと言えば、あの子もエリスのようにその身を捧げてくれるでしょう」
偶然耳にした領主一家の本音。幼い頃から育ててもらったけど、もう頼れない。
カルナは姉を連れ、国を出ることを決意する。
【完結】レイハート公爵夫人の時戻し
風見ゆうみ
恋愛
公爵夫人である母が亡くなったのは、私、ソラリアが二歳になり、妹のソレイユが生まれてすぐのことだ。だから、母の記憶はないに等しい。
そんな母が私宛に残していたものがあった。
青色の押し花付きの白い封筒に入った便箋が三枚。
一枚目には【愛するソラリアへ】三枚目に【母より】それ以外、何も書かれていなかった。
父の死後、女性は爵位を継ぐことができないため、私は公爵代理として、領民のために尽くした。
十九歳になった私は、婚約者に婿入りしてもらい、彼に公爵の爵位を継いでもらった。幸せな日々が続くかと思ったが、彼との子供を授かったとわかった数日後、私は夫と実の妹に殺されてしまう。
けれど、気がついた時には、ちょうど一年前になる初夜の晩に戻っており、空白だったはずの母からの手紙が読めるようになっていた。
殺されたことで羊の形をした使い魔が見えるようになっただけでなく『時戻しの魔法』を使えるようになった私は、爵位を取り返し、妹と夫を家から追い出すことに決める。だが、気弱な夫は「ソラリアを愛している。別れたくない」と泣くばかりで、離婚を認めてくれず――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる