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しおりを挟むオーウェンの休暇が終わり、ジャスティンはやはり寂しそうだった。
昼食とお茶、晩餐は一緒にする事にしたが、ジャスティンはわたしを見ない。
話し掛けても、何の反応も無かった。
ジャスティンが、お茶の時間に現れなかった為、
わたしはそれをジャスティンの部屋へ運ぶ事にした。
メイドは「奥様にその様な事はさせられません」と渋ったが、
わたしは「お願します」と頼み、お茶のワゴンを預かった。
「奥様はジャスティンに気に入られたくて必死なのよ!」
「旦那様の気を惹きたいんでしょうよ」
「ベッドは共にしていないみたいよ…」
「そりゃ、旦那様だって、手を出さないわよ…」
「あの傷、あなたも見てみなさいよ、恐ろしかったわ!」
「旦那様は何故あんな娘と結婚したのかしら?」
「貴族のご令嬢という訳でも無いでしょう?」
「裏があるのよ、そうじゃなきゃ、あんな娘と結婚なんか!」
メイドの一部は、わたしの事を良く思っていない様で、そんな会話が耳に入ってきた。
悪意に満ちているが、彼女たちの憶測は正しい。
わたしは押し付けられた花嫁で、オーウェンはわたしに手を出す気など無い。
それ処か、時期を見て、国に帰されるのだ…
わたしは「そんな事、考えては駄目!」と頭を振った。
わたしが落ち込んでいては、ジャスティンも不安になるだろう…
今は、ジャスティンの事を考えるのよ!
わたしはジャスティンの部屋の扉を叩いた。
「ジャスティン、入ってもいい?」
返事を待ったが、気配が無かったので、わたしは「入るわね」と声を掛け、中に入った。
ジャスティンはソファに座り、緑色のクッションを抱いていた。
俯いていて顔は見えないが、寂しがっている事は分かる。
「ジャスティン、お茶にしましょう、
温かい紅茶と、ハムとチーズのサンドイッチ、小さなケーキもあるわ。
ジャスティンはショコラのケーキが好きでしょう?」
わたしは紅茶を淹れ、ジャスティンの前に置いた。
それから、ショコラのケーキを皿に乗せ、前に置く。
だが、ジャスティンから反応は無かった。
わたしは向かいの椅子に座り、自分用に淹れた紅茶を飲んだ。
「美味しい!ジャスティンも飲んでみて」
「サンドイッチも食べる?」
「今日はどんな勉強をしたの?」
「本を読んであげましょうか?」
ジャスティンからの反応は無い。
わたしは椅子を立ち、本棚に向かった。
子供部屋だが、難しそうな本が並んでいる。
「難しい本が多いのね…」
本棚の下の段には、薄い本が並び、それは子供向けのものらしく、
挿絵が多く、文字も少なかった。
わたしは一冊を取り、椅子に戻った。
「ジャスティン、この本は知っている?
わたしは知らないから、読ませてね…」
わたしはそれを開き、声に出して読み始めた。
だが、悪い事に、冒頭で、小さな男の子の母親が亡くなってしまった。
「まぁ…」
この本は止めた方が良いかと迷ったが、きっと救いはあるだろうと、読み進めた。
母親を亡くした男の子は、母親を探しに行く。
森に入り、罠に掛かっていた子熊と出会う。
男の子は子熊を罠から助け出す。
男の子に感謝した子熊は、一緒に母親を探す事にする。
途中、男の子は、子熊にも母親がいない事を知る。
子熊の母親も探そうと言う男の子に、子熊は「あえない」と言う。
「ぼくのおかあさんは、てんごくにいったから。
きみはいいね、まだおかあさんとあえる」
「てんごくにいけばあえるよ」
「てんごくにはいけないよ、ぼくはまだいきているから」
「いきているものは、いきなきゃいけないんだって」
「そうしないと、おかあさんにはえいえんにあえなくなるんだ」
「どうしたら、おかあさんにあえるの?」
「まっていたら、じゅんばんがくるんだ。
そのとき、ぼくをみて、よろこんでくれたらいいな…」
そこまで読んだ時、ジャスティンがソファから勢いよく立ち上がり、
部屋を飛び出して行った。
「やっぱり、良く無かったわね…」
わたしは本を閉じ、元の場所に戻した。
ジャスティンに紅茶とケーキを残し、お茶のセットを片付けた。
二階の廊下の窓から、下を見る。
ブランコにはジャスティンの姿があった。
ジャスティンは、そこにただ座っているだけ…
わたしは部屋に戻り、クローゼットの奥からクマの人形を取り出すと、
ジャスティンの部屋の寝室に入り、ベッドの中に忍ばせた。
「あなたは、ジャスティンのお友達になってね」
◇
ジャスティンは陽が落ちる頃まで、ブランコに座っていたが、
その後は部屋に戻り、晩餐にも現れた。
話し掛けても返事は無かったが、こうして、晩餐の席にいるのだから、良い方だろう。
母親を亡くしたのだ、新しい母親など、受け入れられないだろう。
父親の心が新しい妻に向かうのも、子供には嫌な筈だ。
尤も、わたしは、普通の妻ではないのだけど…
寝支度を終え、わたしはガウンを羽織り、ジャスティンの部屋へ行った。
寝室を覗くと、灯りは無く、ジャスティンは眠っている様だった。
足音を忍ばせ、ベッドに近付く…
ジャスティンはわたしの方に背を向けていた。
だが、クマの人形を抱いているのが分かり、わたしは安堵した。
「ジャスティン、わたしはあなたと仲良くなりたいわ。
わたしたち、似ていると思わない?
わたしたちはお互いに、お父様の事が好きだわ。
それに、お互いに、寂しい心を持っている…」
「お父様から愛されているあなたが羨ましいわ…」
「おやすみなさい、ジャスティン」
わたしはその柔らかい金色の髪をそっと撫で、キスを落とした。
◇◇
わたしは朝早くに目を覚ます。
神殿でロザリーンに仕えていたので、自然とそうなったのだ。
わたしは急いで身支度を済ませると、オーウェンの部屋を訪ねた。
「少し、お話し出来ますか?ジャスティンの様子をお伝えしておきたくて…」
「ああ、まだ時間はある、入ってくれ」
直ぐに扉は開き、中に促された。
オーウェンは夜遅くに帰って来たらしいが、既に起きていて、身支度を終えた所だった。
「お疲れの所、すみません」
「いや、来てくれて助かった、実は気になっていた…朝食を一緒にどう?」
「わたしは紅茶だけにします」
オーウェンがベルを鳴らすと、幾らも経たない内に、朝食が運ばれて来た。
わたしは二人分の紅茶を淹れ、彼の向かいの椅子に座る。
「ありがとう、それで、ジャスティンの様子は?」
オーウェンに緊張が見えた。
「朝食、昼食はいつも通り、食べていました。
午前中は部屋で過ごし、午後は家庭教師が来られ、勉強をしていました。
家庭教師は、ジャスティンは理解力が高く、真面目だとおっしゃっていました。
お茶の時間に、ジャスティンの部屋へ行き、本を読んであげたのですが…
あまり内容が良く無かったので…ジャスティンは部屋を出てしまいました」
「どんな本だ?」
「それが…母親を亡くした男の子の話で…内容を確認して読むべきでした」
「ああ…すまないが、その本は隠してくれ」
「はい…それで、ジャスティンは陽が落ちるまで、ブランコに座っていました。
可哀想な事をしました…
晩餐には現れ、いつも通り食べていました」
「そうか、だったら、問題は無い」
オーウェンは息を吐いた。
次に顔を上げた時、彼の目は優しく、その口元には微笑があった。
「私からも一つある。
昨夜、ジャスティンにおやすみのキスをしに行ったんだが、あの子の側には人形があった。
あれは、君か?」
「はい、彼にジャスティンの心を癒して貰おうと…
わたしでは今の所、力になれませんから…」
「君は十分に力になってくれている、ジャスティンを見ていてくれてありがとう」
この日から、わたしはオーウェンと一緒に朝食を摂り、
ジャスティンの事を報告するのが日課になった。
オーウェンもそれを聞きたがった。
オーウェンがジャスティンに会えるのは、夜だけだ。
だが、その頃には、ジャスティンは寝てしまっている。
寂しいのは、オーウェンも同じなのだ。
その分、休日は、ジャスティンの為に時間を使う事にしていた。
その休日、オーウェンの叔父夫婦が訪ねて来た。
オーウェンが結婚したと聞き、やって来たのだ___
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