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しおりを挟むジャスティンを部屋まで送り、メイドにお茶と菓子を頼むと、わたしは再び大広間に向かった。
大広間の手前では、三人の夫人たちが話をしていた。
「伯爵夫人は、随分とオーウェンの子に懐かれているみたいですわね」
「きっと、オーウェンは乳母を探していたのよ!」
「子供に取り入るなんて、私なら恥ずかしくて出来ませんわ!」
「ええ、貴族なら___」
自分の事を言われているのだと直ぐに分かったが、引き返すには遅かった。
夫人たちは「くすくす」と笑いながら、わたしの方をチラチラと見ている。
わたしは恐々としつつ、彼女たちの脇を通った。
「あら、カーライト伯爵夫人じゃありません?ご結婚、おめでとうございます」
何食わぬ顔で声を掛けられ、わたしは内心で怯えつつも、
「ありがとうございます」と返した。
わたしが通り過ぎると、彼女たちはまた話を始めた。
「まぁ、随分、大人しい方ね!」
「あんな方が伯爵夫人で、オーウェンは大丈夫なのかしら?」
「あら、子供を使って、オーウェンに取り入った位ですもの!」
「きっと、したたかなのよ」
「あの顔は、きっと何か企んでいるわよ!」
わたしはその声から逃げる様に、大広間に入った。
オーウェン…
大勢の招待客の中、彼の姿を探す。
それは、直ぐに見つかった。
自然と、目が引き寄せられたのだ。
わたしは、「ほう」と安堵の息を吐いていた。
オーウェンの姿を見るだけで、安心出来る…
わたしはオーウェンを見つめたまま、足を進めた。
だが、近付くと、オーウェンの周りには、若い女性たちが居て、わたしは足を止めた。
急に目が覚めた思いだった。
『狙っている女性は多い』
ハスクリー男爵夫人も言っていた。
オーウェン程、素敵な男性ならば、当然だ___
わたしが切なくオーウェンを見つめていると、横からシャンパングラスを差し出された。
「どうぞ、新しい伯爵夫人」
招待客の男性だ。
わたしは「ありがとうございます」とそれを受け取った。
「どう?オーウェンとは上手くやってる?あいつ、堅物でつまんないだろう?」
不躾な物言いに、わたしは驚いた。
「すみません、あなたは…」
改めて彼を見たわたしは、その身体つきに驚いた。
オーウェン同様に、大柄だ___
「オーウェンの従弟、ロバート、あいつより五歳若くて、独身」
ロバートがニヤリと笑う。
騎士の家系と言っていたし、彼も騎士だろうか?
「あなたも、騎士をされているのですか?」
「ああ、俺は隊長止まりだけどな、剣の腕じゃ、負けねーぞ」
オーウェンに対し、随分競争心を持っている様だ。
「それにしても、オーウェンがまた結婚するとはなー、
アラベラがあんな死に方をして以来、オーウェンは女性不審になってたんだぜ?
あんた、どうやって奴に取り入ったんだ?」
あんな死に方…女性不審?
オーウェンの前妻、アラベラの事はずっと気になっていた。
知りたいけど…
「あれ?もしかして、アラベラの事、知らねーの?」
わたしはギクリとした。
それが伝わってしまったのか、ロバートが嫌な笑みを浮かべた。
「教えてやろうか?」
「いえ…必要であれば、オーウェンから聞きますので…」
「オーウェンは、どうせ自分に都合の良い事しか言わないぜ?」
それでも、話を聞くなら、本人の口から聞きたい。
わたしは小さく頭を振った。
「オーウェンはまた、随分都合のいい女を捕まえたもんだな!
それに、あんた、男慣れしてないだろう?」
ロバートが顔を寄せて来て、わたしは咄嗟に、
手に持っていたシャンパングラスの事を忘れ、後退った。
グラスが手から離れ、床で「ガシャン!」と音を立てた。
「!!」
演奏家たちが奏でる、綺麗な音楽の中、それは異質だっただろう、
周囲の目がこちらに集まった。
「まぁ、どうしたのかしら?」
「なんだ?」
「グラスを落としたんだな…」
「全く、これだから若い娘は…」
ロバートは、『自分は関係無い』とばかりに背を向け、人混みに姿を消した。
わたしは動揺し、茫然と立ち尽くしていた。
「ロザリーン!」
オーウェンの声に、わたしは我に返った。
「どうした、大丈夫か?」
オーウェンがわたしの肩を抱き、顔を覗き込んでくる。
わたしは安堵のあまり、感情が高ぶり、涙が溢れた。
いけないわ!
理性の声に、わたしはそれを必死で耐えた。
「あの、すみません…その、グラスを落としてしまいました…」
「ああ、それなら心配しなくていい___」
オーウェンはわたしの肩を抱いたまま、メイドを呼ぶと、処理を指示した。
オーウェンはわたしを連れて場を離れると、宥める様に肩を擦ってくれた。
わたしは息を吐き、心を落ち着けた。
「すみませんでした…もう、大丈夫です」
「いや、随分動揺していたな、ロバートと一緒に居た様だが…
ロバートから、何か言われたのでは?」
この場で言うのは憚られ、わたしは「いいえ」と頭を振った。
今は、アラベラの事よりも、このパーティを無事に終わらせる事が肝心だ。
オーウェンは納得していない様だったが、頷くと、「皆を紹介しよう…」と、
わたしの腰に手を回し、促した。
動揺は収まったというのに、胸がドキドキとしている。
顔が酷く熱い…
こうして、腰に手を回されていると、自分が、彼のものになった気がした。
錯覚でしかないけど…
それでも、彼の傍に居られて、うれしい…
彼の傍に居られるだけで、十分だわ…
わたしはチラリとオーウェンを盗み見た。
精悍な横顔に見惚れそうになる。
だが、目の端に、ロバートの嘲る様な顔が映り、華やいでいたものが消えた。
ロバートはわたしを『男慣れしていない』と言った。
わたしがオーウェンに恋をしていると、気付かれないだろうか?
わたしは息を詰めた。
「ロザリーン?大丈夫か?」
オーウェンが訝し気にわたしを覗く。
わたしは笑みを作った。
「はい、大丈夫です」
オーウェンは親族たちを紹介してくれた。
事前に名前は憶えていたので、後は顔とどういう人かを知る事だ。
勿論、相手もわたしがどういう者かを探っていて、当然だが、疑惑の目で見られた。
「オーウェン、彼女はどういう家の出なんだ?伯爵夫人なんだ、素性の知れない者では困る」
「彼女の素性は確かです、我が一族よりも、ずっと高貴な方からの紹介です」
これには、周囲がざわめいた。
「そ、その、高貴な方というのは、どなたなのだ、オーウェン?」
「恐れ多く、口には出来ません」
オーウェンが神妙に言うと、周囲は口を噤み、顔を見合わせた。
知りたいが、恐ろしくて聞けないのだ。
「しかし、その…伯爵夫人の素性を、私たちが知らないというのも、変だろう?
親戚になったのだからな」
「素性など知る必要は無いでしょう。私の妻という事以外、必要の無い事です」
「何か、話せない理由でもあるのか?」
「下手な噂が広まれば、然る御仁の不興を買うでしょう。
そうなった場合、私は責任を持つ気はないと申しておきましょう。
彼女に失礼を働いた場合も同じです、心しておいて下さい___」
オーウェンの強い眼光に、周囲はゴクリと唾を飲んだ。
以降、親戚たちの態度は一変した。
妙に愛想が良くなり、型どおりの挨拶だけをして、さっと立ち去る。
ジロジロと疑惑の目で見る事は無くなり、皆、目を合わせまいとしている様だった。
あからさまな会話も聞こえて来なくなった。
オーウェンの言った事は、強ち嘘ではないが…
わたしに失礼を働いたからと言って、王は気分を害したりはしない。
目的は、親族たちを怖がらせ、口を閉じさせる事だったのだろう。
本当の事なんて、とても言えないもの…
だが、これで、余計な詮索を避けられる事が出来る。
わたしは隣に立つオーウェンに、そっと、感謝の目を向けた。
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