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しおりを挟むジャスティンに少し変化が見られた。
お茶の時間に現れる様になり、話し掛けると、僅かだが、反応してくれる。
頷いたり、頭を振ったり…わたしの様子を伺っている事もある。
ジャスティンが少しでも、わたしを認め、受け入れてくれている様で、うれしかった。
わたしはそれを嬉々として、オーウェンに話した。
「ジャスティンと少し仲良くなれた気がして、うれしいです」
「そうか、良かった…ジャスティンにも、君が良い人だと分かったのだろう」
オーウェンは驚きながらも、やはり、うれしさを隠せない様だった。
ジャスティンの事では安堵出来たが、結婚披露パーティの方は問題が残っていた。
「パーティの事ですが、わたしはこういったパーティの経験が無く、どうしたら良いのか…」
「準備は執事とメイド長に任せている、二人が仕切ってくれるから、
君は当日までは、いつも通りに過ごしてくれていい」
「それでは、メイド長に相談して、わたしに出来る事はやらせて頂きます」
「ありがとう、これは招待する親戚のリストだ、当日紹介するが、知っておきたいだろう」
名前がズラリと並ぶ用紙を渡された。
事前に名を覚えておけば、顔も覚え易いだろう。
「ありがとうございます、助かります。
それから…」
恥ずかしさで言い淀んだわたしに、
オーウェンは「構わない、何でも言って欲しい」と促してくれた。
「わたしは、神殿で育ちましたので、貴族の方々の作法を知りません…
何か無作法をしてしまわないか、不安です…」
修道女や聖女の事は分かるが、貴族社会のルールは全く見当が付かない。
「誰か付けよう、大丈夫、君なら直ぐに覚えられる。
それから、当日は、私の側にいるといい。
大人だけのパーティにした、ジャスティンには、一度顔を見せるだけと伝えている」
オーウェンはテキパキと説明すると、席を立ち、執事を呼んだ。
いつの間にか朝食は食べ終わっていた。
「それでは、私は仕事に行く、すまないが、後は頼む、ロザリーン」
すまないなんて…
彼の力になれる、それはわたしにとっては、喜びでしかないが、
オーウェンにはきっと、想像も付かないだろう…
そんな内心は隠し、わたしは控えめな笑みを返した。
「はい、お気を付けて、オーウェン」
◇◇
昼には、オーウェンが頼んでくれていた、作法の教師が着いた。
エラ・タリス夫人。
彼女は六十歳近く、今は隠居の身だが、
長年、貴族の館に勤め、作法等を教えてきていた。
無表情で、ツンとしていて、厳しそうに見える。
普段であれば、委縮してしまう様な相手だが、今はそんな事に構ってはいられない。
オーウェンに恥を掻かせない為にも、頑張らなくては!
わたしは自分を鼓舞した。
「タリス先生、よろしくお願いします」
「4日しかありません、厳しくしますよ」
彼女の鼻眼鏡がキラリと光り、わたしは内心で震え上がったが、
「はい、頑張ります」と頭を低くした。
それから4日間、昼前の一時間、午後からの二時間、
わたしは彼女から、作法や貴族社会の事を習ったのだった。
わたしが作法を習っていると知った、一部のメイドたちは、噂をしていた。
「作法の先生が来てるわ」
「旦那様が呼んだのよ、奥様が変な事をしたら、伯爵家の名に傷が付くものね」
「それじゃ、やっぱり、奥様は貴族じゃないのね」
「どうして旦那様と結婚出来たのかしら?」
「旦那様は騙されているのよ…」
わたしは彼女たちに気付かれない様、その場を後にした。
何を言われても、仕方ないわ…
真実はそれ以上に、残酷だもの…
◇◇
結局、わたしはパーティの準備には携われなかったが、
執事とメイド長は、滞りなく、全てを取り仕切り、やり遂げた。
パーティの日は、朝から続々と馬車が門を通り、入って来た。
執事が招待客を迎え、メイドたちが部屋へ案内していく。
招待客たちは、部屋で寛いだり、パーラーでお茶をしたり、庭園を散策したりしていた。
その間に、わたしはパーティの為に、メイドに手伝って貰い、着替えをした。
ドレスは胸元の浅い物を選んだ、古風ではあるが、上手く傷を隠してくれる。
だが、着替えの途中は別で、相変らず傷を目にしたメイドは怖がり、
わたしは申し訳なさと、惨めさに襲われた。
わたしに、オーウェンの妻として相応しい所は、一つも無い気がした。
準備が整い、わたしはジャスティンの部屋を訪ねた。
館は朝から騒々しいので、ジャスティンが落ち着かないのでは?と気になった。
「ジャスティン、ロザリーンよ」
声を掛けると、幾らかして、扉が開いた。
ジャスティンは、さっと踵を返すとソファの方へ走って行ったが、
最近では、ジャスティン自身が、扉を開けてくれる様になった。
それに、ジャスティンはいつもクマの人形を持っている。
気に入ってくれているのだ___
ジャスティンはソファに座り、クマの人形を抱いて俯いている。
いつもの装いで、パーティに相応しいとはいえない。
「ジャスティン、着替えましょうか、パーティに顔を出す様に、お父様も言っていたわ」
ジャスティンは金色の髪を振った。
「パーティには出たくない?」
頷く。
困った事になったわ…
わたしは内心で焦りながらも、ジャスティンの向かいに座った。
「パーティは嫌い?」
ジャスティンは思案している様だ。
パーティが嫌いというよりも…
「人に会いたくない?」
ジャスティンが頷いた。
「少しだけ、顔を見せるだけでいいの。
ジャスティンが居ないと、お父様はきっと寂しいわ。
心配しなくていいの、何があっても、お父様が必ず、あなたを守って下さるわ。
お父様が居ない時は、わたしがあなたを助ける、約束するわ、ジャスティン」
ジャスティンは迷っていたが、ややあって、頷いた。
「ありがとう!それじゃ、着替えましょう!」
わたしはジャスティンの着替えを手伝い、その柔らかい髪を梳かした。
ジャスティンは繊細で綺麗な顔立ちをしていて、オーウェンの面影は薄い。
体つきも細く、金色の髪に碧眼…きっと、母親似なのだろう。
「とっても素敵よ、ジャスティン!」
わたしが褒めると、ジャスティンは恥ずかしいのか、口を結び、俯いた。
その表情は、オーウェンに似ているわ!
わたしが「くすくす」と笑うと、ジャスティンはキョトンとした。
「ごめんなさい、今の表情、お父様とそっくりだったから」
ジャスティンは顔を赤くし、クマの人形で顔を隠した。
「お友達は置いて行きましょうね」
わたしは言ったが、ジャスティンは嫌がった。
ジャスティンにとっては、大切な存在なのだろう、取り上げるのも可哀想で、
わたしは無理には言わずにおいた。
わたしは本を何冊か取り、ジャスティンを連れ、階下へ降りた。
パーティまでは、控室に居る事になるので、ジャスティンを退屈させない為だ。
ソファに座り、本を読んでやっていると、オーウェンが入って来た。
いつもとは違い、黒色の髪は綺麗に撫で付けられている。
それに、堂々とした肢体に、礼服が良く似合っている。
つい、見惚れてしまっていた。
「ロザリーン、ジャスティン、行こう」
わたしは「はっ」とし、本を閉じると、ジャスティンを促し、ソファを立った。
オーウェンはジャスティンの背に手を当て、一緒に歩く。
わたしは一歩下がり、付いて行った。
パーティ会場である、大広間に入ると、皆が一斉にこちらを振り向いた。
「まぁ…あれが?」
「息子じゃない?」
「ああ…あれか…」
「見ない内に、大きくなったわね」
「人形なんか持って、伯爵はどういう躾をしているのかしら?」
「新しい奥さんを貰ったというのにね…」
「あれが新しい伯爵夫人か…」
「随分、若いじゃないか」
ざわざわと声が波の様に広がる。
足が竦みそうになる。
ジャスティンは?
わたしがジャスティンを見ると、ジャスティンは足を止めていた。
「ジャスティン」
オーウェンが促したが、ジャスティンは今にも逃げ出しそうだった。
わたしはジャスティンの側へ周ると、その手を握った。
「大丈夫よ、お父様もわたしも居るわ」
声を掛けると、ジャスティンは顔を上げ、歩き出した。
オーウェンは驚いた様にわたしを見て、それから、小さく頷くと、ジャスティンの背に手を当てた。
オーウェンが挨拶をし、わたしとジャスティンを紹介した。
「ジャスティンを部屋に送って来ます」
わたしはオーウェンに小声で言うと、ジャスティンを連れ、近くの扉から大広間を出た。
人気が無くなると、一気に緊張が解かれた。
「ジャスティン、良く頑張ったわね!凄いわ!」
わたしはその頭を優しく撫でた。
ジャスティンはクマの人形を抱きしめ、顔を隠した。
「部屋に戻って、お茶にする?
わたしは直ぐにパーティに戻る事になるけど…独りで大丈夫?」
ジャスティンは、わたしにクマの人形を向けた。
「そう、彼が居れば大丈夫ね、ジャスティンをお願いね」
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