16 / 27
16
しおりを挟むわたしたちは町にある大きな宝飾店を訪ねた。
店主が様々な指輪を見せてくれ、説明してくれた。
型通りの指輪を買うだけだと、わたしは簡単に考えていたが、
思いの外、オーウェンは真剣に店主の話を聞いていた。
「こちらのお石はいかがですか?滅多に手に入らない品ですよ」
「宝石か…あまり邪魔にならない物の方がいい」
オーウェンは渋い顔をした。
オーウェンは騎士団長だ、危険で荒々しい仕事だろう。
いつも館に居て、優雅に過ごす貴族とは違うわ。
「シンプルな物をお求めでしたら、こちらはいかがですか?
この細工は、一生添い遂げると言われる鳥がモチーフになっております…」
オーウェンの目が、吸い寄せられる様に、指輪を見た。
心惹かれた様だ___
「これにしよう、いいか?ロザリーン」
「はい、とても素敵です」
わたしは即座に賛成した。
「日にちを頂けるのでしたら、内側に名をお入れ致しましょうか?」
「いえ!」
気を利かせてくれた店員に、わたしは咄嗟に強く返していた。
彼の指輪に《ロザリーン》と刻まれるなんて、嫌だと思ってしまったのだ…
だが、気まずい空気になってしまい、わたしは苦し紛れに、言葉を継いだ。
「その…急いでいますので…」
「明日から仕事でね、館に届けて貰うというのも、味気ない」
オーウェンがフォローしてくれ、わたしは胸を撫で下ろした。
だが、続きがあった…
「それに、妻には、直ぐにでも指輪を嵌めておきたい」
オーウェンが意味深な目でわたしを見つめ、わたしは「カッ」と赤くなった。
「ええ、理解出来ますよ、それでは、直ぐにご用意致します___」
店主が店の奥に消え、オーウェンが「上手くいった」と、悪戯っ子の様な顔をした。
店主に怪しまれない為の演技…
それに気付き、気が抜けた。
オーウェンは、夫婦の象徴である鳥の細工を選んだ。
それも、《円満な夫婦》と見せる為の道具だろうか?
疑うと喜びは消えていく…
だけど、指輪を見た時のオーウェンの目は…
純粋に見えたわ…
彼の一生添い遂げたい相手が、わたしならいいのに…
オーウェンが指輪を嵌めてくれ、わたしも彼の指にそれを嵌めた。
周囲から見れば、普通の夫婦に映っただろう。
わたしたちは店員たちの祝福を受け、店を後にした。
「ジャスティンを独りにしてしまったので、何かお土産を買ってはいかがですか?」
「ああ、そうしよう、何がいいだろうか?」
わたしたちは周辺の店を覗いて周り、用紙とパステルに決めた。
それから、瓶に入った、彩豊なキャンディ。
「きっと喜びますわ!」
わたしたちは、良い買い物が出来た事を喜び合いながら、館まで馬車を飛ばした。
◇◇
ジャスティンは、パステルを気に入った様で、独り部屋で過ごす時間は、
絵を描いている事が多くなった。
ブランコに乗る自分とクマの人形とオーウェン、剣を持ったオーウェンの絵も多く、
ジャスティンが、如何にオーウェンに憧れているかが分かる。
オーウェンに絵を見せる様に勧めたが、ジャスティンは嫌がり、
描いた物は全て、クローゼットの奥に隠してしまった。
「ジャスティンが描く絵には、いつもあなたがいます。
でも、見せるのは恥ずかしいらしくて…無理に見ようとはしないで下さいね?」
オーウェンは不満気に唸った。
「ジャスティンを説得してくれないか?」
「無理ですわ、ジャスティンは父親に似て、頑固ですから」
わたしが言うと、オーウェンは小さく吹いた。
「そうか、ならば、仕方ないな、私が見たがっていたと伝えてくれるか?」
「それでしたら、毎日言っておりますわ」
遂に、オーウェンは大きく笑った。
「ははは、我が息子ながら、頑固な様だ!」
オーウェンは良く笑う様になった。
最初は驚いたが、今では彼の笑顔が見られないと、物足りなくなっていた。
これは、何としても、オーウェンに絵を見せてあげなくては!
彼を喜ばせたい。
今や、オーウェンの幸せが、わたしの幸せとなっていた。
◇
「ジャスティン、わたしの部屋に飾る絵を描いてくれないかしら?」
わたしが頼んでみると、ジャスティンは頷き、用紙に向かい、パステルを走らせた。
わたしは仕上がるまで見ない事にし、隣で編み物をしていた。
オリーブグリーン色の毛糸で、小さなマフラーを編んだ。
クマの人形用だ。
「まだ少し早いけど、クマの人形にどうかしら?」
わたしがそれを差し出すと、ジャスティンは頷き、クマの人形の首に巻いた。
それから、再び、用紙に向かう。
わたしは新しい毛糸を取り出し、マフラーを編み始めた。
青色の毛糸…これは、ジャスティン用のマフラーだ。
幾らかして、ジャスティンがパステルを置き、わたしを振り返った。
「描けたのね?見てもいい?」
ジャスティンが大きく頷いたので、わたしは体を寄せ、覗き込んだ。
「まぁ!」
ブランコに乗るジャスティン、その膝にはクマの人形。
そして、隣にはオーウェンが立ち、その隣には女性の姿があった。
「素敵だわ…」
家族の絵だ。
「これは、あなたね、ジャスティン、クマの人形もいるわ!
マフラーも描いてくれたのね!」
ジャスティンはにこやかに、何処か得意気に頷いた。
「それから、お父様と…」
わたしは最初、その女性を自分だと思ったが、アラベラである可能性もある事に気付いた。
いや、寧ろ、アラベラだろう…
「お母様ね…」
すると、ジャスティンが頭を振り、わたしの袖を引いた。
「わたし…で、いいの?」
ジャスティンは恥ずかしそうな笑みを見せ、頷いた。
ジャスティンがわたしを描いてくれたのは、これが初めてだった。
「ありがとう、ジャスティン!とってもうれしいわ…」
初めて、家族として認められた気がした。
わたしは生まれた時からずっと、あの家で、家族として認められたかった。
叶う事は無いと、諦めていたが、それでも、羨ましかった…
どれ程、温かいだろう?
どれ程、幸せだろう?
想像していた通り、それは、優しく、わたしを幸せで包んでくれた___
思わず泣いてしまうと、ジャスティンがキャンディを分けてくれた。
わたしはそれを握り締め、「ありがとう!」と、また泣いていた。
◇
その夜、わたしはオーウェンの帰りを待っていた。
三階に上がって来た彼に、わたしは声を掛けた。
「オーウェン、お疲れの所すみません、良かったら、お付き合い頂けますか?」
「ああ、何かあったのか?」
オーウェンの顔に緊張が走った。
いつもであれば、オーウェンに会うのは朝なので、不審に思うのも仕方が無い。
だが、一刻も早く、絵を見せてあげたかったのだ___
「悪い事ではありません、ジャスティンから、絵を貰いました」
案の定、オーウェンは態度を一変させた。
「行こう!絵は何処に?」
「わたしの部屋です、部屋に飾りたいと言って、描いて頂きました」
「うん、良い作戦だな、君が男ならば、我が騎士団に入れたい処だ」
オーウェンが真剣な顔で言うので、真面目に言っているのか、軽口なのか、
判断が難しかった。
「こちらです___」
わたしは部屋に入り、壁に飾った絵に、ランプを近付けた。
オーウェンは顔を近付け、それを見た。
パッと、彼の顔が明るくなった。
「ブランコに座っているのは、ジャスティンだ!人形もいる、これは、私か?」
「はい、その通りですわ」
「それから、君も居る…」
「はい、初めて描いてくれたんです、きっと、わたしの部屋に飾ると言ったからでしょう」
「良い絵だ…」
オーウェンが感嘆の息を吐いた。
それから、わたしに視線を移し、ニヤリと笑った。
「ジャスティンから絵を貰えるとは、君が羨ましい、ロザリーン」
「そんな!わたしは、どの絵にも描いて貰える、あなたが羨ましいですわ、オーウェン」
オーウェンは「ははは」と、楽しそうに笑った。
その笑いが消えると、今度は小さく息を吐いた。
「ジャスティンはこれまで、部屋に閉じ籠り、誰にも心を開かなかった。
あの子にあるのは、憤り、そして、失望、諦め…生きる事を望んでいない様に見えた。
私は何もしてやれなかった…私では駄目だった。
君が来てから、ジャスティンは変わった。
君は、あの子に生きる光を与えてくれた…私には、君が聖女に見える___」
オーウェンの優しい眼差しが、わたしを捕らえる。
その大きな手がわたしの頬を、するりと撫でた。
!!
ぞくり、反射的に身を震わせると、それは離れていった。
「すまない、こんな時間に二人になるべきでは無かった…
私は少し疲れている様だ、君も早く休みなさい」
オーウェンは部屋を出て行ったが、わたしはぼんやりと立ち尽くしていた。
今のは、何だったのかしら?
わたしに触れた事を後悔している様だった。
何故、触れたのだろう?
疲れていると言っていた…
わたしの脳裏に、夫婦の営みが浮かび、わたしは赤くなった。
「まさか!そんなの、思い違いだわ!オーウェンはわたしなんて、相手にしないわ…」
【君が恐れる様な事は何もしないと約束する】
彼ははっきりとそう言ったのだ。
キスも、必要に迫られて、一度だけだ。
だが、あのキスを思い出すと、わたしの胸は疼く…
「もし、オーウェンがわたしを求めてくれたら…」
わたしはオーウェンに全てを捧げるだろう___
「そんな事、起こる筈無いわ…」
わたしは冷たいベッドに入り、体を丸めた。
21
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる