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しおりを挟む「私は暫くここに居るから、一番良い部屋を用意させなさい!
いつまでかって?私の気が済むまでよ!
安心してよ、その内、出て行ってあげるから___」
ロザリーンに言われ、わたしは彼女が暫く館に滞在する事を執事に伝え、
部屋を用意して貰った。
「仕立て屋を呼んで、直ぐに服を作らせなさい!」
「無理よ、そんな勝手は出来ないわ…」
「どうしてよ、あなた、女主人でしょう?
そんな権限も無いなんて、あなた、余程信用されてないのね」
「輿入れの時に国から送られて来た衣装があるから、それを使って…」
「偉そうに言わないで!花嫁の衣装なら、それは私の物よ!
全部返して貰いたい位だわ!」
ロザリーンはわたしの部屋のクローゼットを漁り、目ぼしいドレスをごっそり抜き出し、
メイドたちに運ばせた。メイドたちは怪訝な顔をしていたが、黙って従った。
「ああ、私の事は《聖女》と紹介しておいて、もっと敬って貰わなくちゃ!」
「ロザリーン、この国には聖女はいないの、ラッドセラーム王国の時の様にはいかないわ」
「馬鹿ね、いないから貴重なんでしょう?王様が結婚を申し込む位だもの!
それから、ロザリーンなんて呼んだら、直ぐに正体がバレるわよ、
呼ぶときは《クレア》と呼んで」
ロザリーンの様子から、わたしは先行きが不安になった。
そして、それは見事に的中する事になる___
◇
「ロザリーン、ぼくにもお姉さんを紹介して!」
晩餐の席に着いたジャスティンは、目を輝かせ楽しみにしていたが、
遅れて現れたロザリーンは、ジャスティンを見るなり、顔を顰めた。
「その子供は何?」
「紹介するわね、オーウェンの息子のジャスティンよ、八歳なの」
「嫌だ、子持ちだったの?あなた、よく結婚したわね!信じられない!
私なら、絶対に結婚なんてしないわ」
酷い言葉に、ジャスティンは当然、ショックを受けた。
小さな肩を落とし、俯いてしまった。
わたしは励ます様に、明るく言った。
「ジャスティンはオーウェンの自慢の息子なの!
可愛いし、賢くて、素直なのよ、わたしは大好きよ!」
「あなた、子供にまで謙ってるの?最悪な結婚をしたわね!」
「最高の結婚よ」
わたしが言い換えると、ロザリーンは恐ろしい目をし、わたしを睨んだ。
ロザリーンの席は、わたしの隣に用意されていたが、彼女はわたしの後ろを通り、
上座…オーウェンの席に座った。
「ロザ…あなたの席は、わたしの隣よ」
わたしは慌てたが、ロザリーンには全く通じなかった。
「あら、私は《聖女》なのよ?あなたたちと同列にしないで頂戴。
早く用意しなさいよ!席に着いたら直ぐに料理を出すのよ!そんな事も出来ないの?
この国のメイドはなってないわね」
メイドは表情を固くし、さっと踵を返した。
わたしは恥ずかしさと居たたまれなさに、消えたくなった。
「そんな風に言わないで、ここは神殿じゃないし、あなたは主人じゃないのよ」
「私は《聖女》なの、あなたと違ってね、《聖女》は神の使いよ?
神様にも、そんな事が言えて?」
「でも、この国の人にとっては違うのよ…」
「そう、だったら、私がオーウェンの妻になろうかしら?」
ロザリーンのこの発言に、わたしもジャスティンも息を飲んだ。
直後、ロザリーンは大きく笑った。
「いやだ!冗談に決まってるでしょう!
騎士団長なんて、野蛮でむさ苦しい男、私の好みじゃないわ!
彼、怖い人なんですってね?それに、邪魔な子供だっている、
良いのは金持ちって事位じゃない?」
「違うわ、素敵な人よ、それに、子供は邪魔じゃない。
ジャスティンが居てくれて、わたしはうれしいわ、助けられているの…」
「フン!偽善者ぶって!」
ロザリーンは運ばれてきたスープに、早速手を付けた。
「この国の伯爵家では、どんな料理が出て来るのかと期待したけど、
大した事無いわね…」
その後も、ロザリーンは、あれこれと文句ばかりを付け、料理の大半を残したのだった。
「騎士団長じゃ、一流の料理長は雇えないのかしら?
メイドも下の下だし、私が女主人だったら、全員首にしてやる所よ!」
そんな事を言い放ち、食堂を出て行った。
わたしは、ジャスティン、メイド、料理長に謝って周った。
皆、立場もあり、不満を言ったりはしなかったが、怒っている事は確かだった。
数人は、こそこそと悪口を言っていた。
「ぼく、ロザリーンのお姉さんに、嫌われた…」
ジャスティンは酷く気落ちし、食事も手に付かず、とうとう泣き出してしまった。
わたしはジャスティンを抱きしめ、その体を撫でた。
「泣かないで、あなたは何も悪くないわ、彼女は子供が苦手だったみたい、
ごめんなさいね…」
「ロザリーンは悪くないよ!謝らないで」
いいえ、わたしが悪かったのよ…
ロザリーンの話に乗り、彼女をこの館に入れてしまった…
わたしが、オーウェンとジャスティンの家族でいたいばかりに…
◇◇
ロザリーンは起きてから寝るまで、我儘ばかりを言い、使用人を困らせるので、
使用人に代わり、わたしがロザリーンの用事を聞く事にした。
「お茶を持って来て」
「爪を磨いて」
「湯あみがしたいの」
「退屈ね、客は来ないの?」
「庭を散歩するのはどう?気持ちがいいわよ」
「庭の散歩ですって!?あなたって、呆れる程退屈な女ね!
買い物に行って来るわ、お金なら持ってるわよ、どうせあなたは持ってないんでしょう」
ロザリーンが館の馬車に乗り、出て行くのを眺め、わたしは安堵の息を吐いていた。
だが、明日にはオーウェンが戻って来る。
ロザリーンはきっと、オーウェンを不快にさせるだろう…
それを想像すると、恐ろしかった。
「やっぱり、本当の事を話すべきだわ…」
ロザリーンに、これ以上好き勝手をさせる訳にはいかない…
わたしはロザリーンに話そうと、彼女が帰って来るのを待っていたが、
ロザリーンは晩餐の時間にも戻って来ず、館の馬車だけが戻って来た。
「男に誘われて付いて行きました。
私は帰る様に言われたので…しかし、若い娘だというのに、奔放ですね、
ありゃ、朝まで帰って来ませんよ」
御者が「信じられない」という風に頭を振った。
わたしも同じ気持ちだが、それ以上に、心配もあった。
「大丈夫でしょうか…どんな男性でした?」
「身形は良かったですよ、貴族でしょう」
貴族…
リチャードが迎えに来たのだろうか?
それならば、安心だが…
わたしはロザリーンの無事を祈ったが、御者が言っていた通り、
その夜、彼女は戻って来なかった。
翌昼前になり、漸く馬車で帰って来たが、酒を飲んだのだろう、
「気持ち悪い」と言い、部屋に入り、寝てしまった。
ロザリーンが姿を見せないので、使用人たちは喜び、ジャスティンも機嫌が良かった。
「ロザリーン、今日はぼくと遊んでね!」
「ええ、でも、今日は、お父様が帰って来られるかもしれないわよ?
それに、昼からはお勉強もあるわよ?」
「ロザリーンも一緒に勉強して!」
「んー、先生を怒らせない自信は無いわ。
ジャスティンが勉強をしている間に、わたしはビスケットを焼くというのはどう?」
ジャスティンが目を輝かせた。
「ロザリーンは、ビスケットが焼けるの!?」
「ええ、食べてみたくない?」
「食べたい!」
「それじゃ、あなたは勉強を頑張ってね、わたしはビスケット作りを頑張るわ!」
ジャスティンを部屋へ送り、わたしは調理場を借りて、ビスケットを作り始めた。
ジャスティンの為に…
オーウェンが帰って来たら、彼にも食べて貰いたい…
わたしはロザリーンの事は忘れ、幸せに浸り、ビスケットを作った。
ビスケットはお茶の時間に間に合い、ジャスティンと一緒に、テラスで食べた。
「美味しい!これ、本当に、ロザリーンが焼いたの!?」
「ええ、そうよ、気に入った?」
「うん!また焼いてね!ぼく、毎日でもいいよ!」
「毎日だと飽きちゃうから、時々ね?」
「うん!約束だよ!」
ジャスティンと話していた時だ…
「約束?それは二人だけの秘密かな?」
オーウェンの声にドキリとした。
顔を上げると、オーウェンがテラスの入り口に寄り掛かり、こちらを眺めていた。
「お父様!お帰りなさい!」
ジャスティンがパッと顔を明るくし、飛んで行った。
オーウェンは息子を抱擁し、その頭にキスを落とした。
「ジャスティン、ただいま、長く留守にして悪かった」
「ぼくね、お父様に話したい事が沢山あるよ!日記に書いたんだ!
後で見せてあげるね!」
ジャスティンが明るく言い、オーウェンは目を丸くしていた。
「日記を書いたのか?凄いな、是非読ませて貰おう、
だが、先にお茶を貰ってもいいかな?」
「うん!来て!ロザリーンがビスケットを焼いたんだよ!とっても、美味しいの!」
「それは凄い、私の分もあるかな?」
「あるよ!お父様が帰って来るから、沢山焼いたって!」
ジャスティンにバラされ、わたしは赤くなった。
オーウェンの熱っぽい目が、わたしを捕らえる。
「それは、お礼を言わなければいけないな、ありがとう、ロザリーン」
オーウェンがわたしに覆い被さる様に、キスをした。
ジャスティンの前だというのに!
「あの、ジャスティンが…」
「大丈夫だ、仲が良い位の方がいい」
そうだろうか?
母親の事を思い、嫌悪するのではないかと心配したが、
ジャスティンは楽しそうに笑っていた。
「ただいま、ロザリーン」
「おかえりなさい、オーウェン…」
もう一度、軽いキスをしてから、オーウェンは空いている椅子に座った。
わたしは紅茶を淹れ、彼の前に置いた。
「ありがとう、これがロザリーンの焼いたビスケットだな、頂くよ…」
オーウェンはそれを一つ取り、口に入れた。
「うん、ジャスティンの言う通りだ、美味しい!」
オーウェンが明るく言い、わたしは「ほっ」と胸を撫で下ろした。
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