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38 陰

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意識が遠退いたかと思うと、わたしは学園に居た。
だが、わたしの肉体がある訳ではない。
ふわふわとして気持ちが悪い…
夢の様に、何処からか、ただ見ている感じだ。

◆◆

「凄いわ!またエリー・ハートが首席よ!」
「エリーは女子生徒の希望の星よ!」
「首席なんて、カッコイイよなー」
「男子は何やってんだ!」
「仕方ないさ、エリーは俺らとは出来が違うんだ、天才だよ!」

貼り出された順位表を前に、生徒たちが騒いでいる中、
一歩離れ、眺めているエリーの姿があった。

エリーは声を掛けられると、恥ずかしそうに、「ありがとう」と返していたが、
人気が無くなると、態度を豹変させた。
瞼を半分下ろし、ニヤリと口の端を引き上げた。
そのヒロインらしからぬ表情に、わたしは呆気に取られた。

「フン、当然よ!誰だろうと、あたしに敵う訳無い!
あたしこそ、この世界のヒロインだもの!」

ヒロイン___!?

まさか、彼女も転生者?
前世の記憶を持っている?

わたしはその可能性に気付き、愕然とした。

◆◆

「まぁ!何て薄汚いのかしら!まるで鼠ね!
あなたみたいな薄汚い平民娘が、この由緒ある王立魔法学園に居ると思うと、
虫唾が走りますわ!さっさと、田舎の下水にお帰りなさい!
この、汚らわしい、売女___!!」

これは、わたしも知っている場面だ。

アラベラが勢い良く腕を振り上げると、エリーは悲鳴を上げた。

「きゃーーーーーー!!」

だが、アラベラの手は空を切り、彼女は勢いのまま、階段から転がり落ちていった。
エリーはそれを冷たい目で眺めていたが、さっと踵を返した。

「あら、いけない、つい、避けてしまったわ!
でも、いいわよね?
あたしは《ヒロイン》、彼女は《悪役令嬢》、
『階段から突き落とされた』って言えば、皆信じるわ!
それにしても、あの無様な転がり方!可笑しいったらないわ!あっはっははは!」

エリーが笑い飛ばし、去って行くのを、わたしは茫然と見ていた。

◆◆

「変だわ…何か変…」

エリーは胡乱な目で、手元の用紙を見ていた。
そこには、【席替え希望の嘆願書】と書かれている。

席替えを終えた後も、エリーはぶつぶつと呟き、憎々しく爪を噛んでいたが、
パトリックとブランドンが来ると、しおらしい態度になった。

「二人と離れるなんて、不安だわ…」
「大丈夫だよ、僕たちが見張っているよ」
「そうそう、何かされたら、直ぐに言えよ!どつき回してやっからよ!」

ブランドンが、エリーの隣の席のジャネットと、後ろの席のドロシアを威嚇すると、
彼女たちは顔を顰めた。

◆◆

「悲しい顔をしてどうしたんだ?エリー」

廊下に居たエリーに声を掛けて来たのは、アンドリューだった。
エリーは目に涙を浮かべ、取り縋った。

「ああ!アンドリュー様!
アラベラ様が、急に皆に署名をさせ、席替えをなさったんです!
あたしの席の隣は、あの方の取り巻きなんです!きっと、アラベラ様の謀略だわ!
あたし、何かされそうで、怖くて…!」

「可哀想に!あの女の事だ、エリーを苦しめる為に決まっている!」

二人は散々に、アラベラの悪口を言い合い、スッキリしたのか、
甘く見つめ合い、別れた。

「アンドリューは攻略出来たと言っていいわね、チョロい王子!」


わたしはこれまでの事から、確信を深めた。

やっぱり、エリーも転生者で、前世の記憶を持っていた!
きっと、わたしと同じく、【白竜と予言の乙女】のゲームをしていたのだろう…

◆◆

「どうしてよ!パトリックもブランドンも、何で、あんな女に入れ込んでるのよ!
あいつは、《悪役令嬢》なのに!
ゲームでは悪役令嬢と仲良くなったりはしなかったのに!」

「変な女まで出て来たわ!
クララ?誰だったかしら…あたしのパトリックに近付いて!何て邪魔な女!!」

「パトリックもブランドンも、ヒロインのあたしにもっと気を遣うべきでしょう?
何を、悪役令嬢にデレデレしてんのよ!離れなさいってば!!」

「あの女、どういうつもりよ!邪魔ばかりして!
あの女の所為で、パトリックもブランドンも、ジェローム様まで、
あたしから離れて行ったじゃない!
お陰で逆ハーレムルートが無くなったじゃないの!」

「まさか、あの女にも、前世の記憶があるの?
ヒロインに取って変わる気?
悪役令嬢なんて、どの道、バッドエンドしかないものね!」

「そっちがその気なら、あたしも黙っていないわよ!」

「あたしには、アンドリューがいるもの!」

「あの女にアンドリューを攻略するのは無理ね、アンドリューはあの女が嫌いだもの!
あたしがある事無い事吹き込んであげたから!ふふ、残念ね!」

◆◆

「週末の《ラピッドシュート》だけどさー、パトリックとドレイパーがチーム作って、
参加するって言ってんだよ。でさー、エリーは俺らのチームに入らねー?
ただ見てるだけじゃつまんねーだろ?」

ブランドンに誘われ、エリーは可愛い笑みを見せた。

「あたしもチームに入れてくれるの?うれしい!
でも、あたし、出来るかしら?自信ないわ…」

「大丈夫だって!一年の時にやったけど、めっちゃ上手かったぜ!」

「ブランドンが助けてくれるなら、いいわよ」

「やったー!じゃ、放課後、練習な!」

ブランドンが去ると、エリーは笑みを消した。

「フン!何であたしが放課後まで球遊びしなきゃいけないのよ!
けど、ブランドンを手懐けるには良い機会かもね…」

◆◆

「皆上手だし、あたしは見てるだけでいいわ、皆の応援をするね!」

試合の日、エリーは可愛らしく言い、皆にエールを送った。

「いやー、女子いると良いよなー!」
「何か、めっちゃ元気出る!」
「俺ら、絶対優勝すっから!」
「エリーを誘った俺に感謝しろよ!」
「感謝する、感謝する!流石、チームリーダー!」

士気は上がり、チームは順当に勝ち進んだ。
そして、決勝戦、アラベラのチームとの対決だ___

「最後だけでも出ようかなぁ」

エリーが言うと、皆が賛成した。
ここまで圧勝していた事もあり、決勝戦も余裕と見ていたのだ。
尤も、ブランドンだけは警戒していた。

「あいつらの作戦は読めないからな、皆、気を抜くなよ!」

「ブランドン、頑張るね☆」

エリーは可愛く言うと、コートに入った。
その時から、エリーの視線の先には、アラベラが居た。

ボールを持ったエリーがアラベラを狙う。
分裂魔法により、ボールは揺れながら数個に別れ、飛んで行く。
だが、アラベラが容易く防御したのを見て、エリーは舌打ちした。

「忌々しい!それなら…」

アラベラの投げたボールを目で追う。
魔力を使い、ボールの向きを自分に向けると、その容量を超えさせた。

「キャー!」

パン!!

エリーの目の前でボールが爆発し、彼女は尻もちをついた。

「エリー!大丈夫か!?」

チームメイトたちが集まり、エリーを心配する。
エリーは震えながら、「怖かったわ…」と上目に見た。

「くそ!あいつら、わざとやったんだ!」
「汚い奴等め!」
「あんな奴等に優勝はさせねーぞ!!」

チームメイトたちが盛り上がる中、エリーはニヤリと笑っていた。
その後、アラベラが憎悪の標的とされ、執拗に狙われる姿を見て、エリーは殊更喜んでいた。
二回目に同じ事をした時には、アラベラは警告を受け、ショックを露わにしていた。

「ふふ、そうでなくちゃ!あんたは、あたしの引き立て役だもの!
イイ気味だわ!ヒロインより目立とうとした罰よ!」

試合は波の乗ったエリーのチームが勝ち、優勝した。
チームが優勝に沸く中、アラベラがこちらにやって来るのが見えた。
ブランドンもそれに気付き、エリーを守る様に前に出た。

『ふふ、流石、あたしの攻略対象!頼りになるわ!』

ブランドンの背中で、エリーはほくそ笑む。
そんな事に気付きもしないブランドンは、厳しくアラベラを責めた。

「ドレイパー!エリーを傷つける為に、試合を利用するなんて、おまえを見損なったぜ!」
「わたしはそんな事、していないわよ」
「図々しいんだよ!エリーには二度と近付くんじゃねーぞ!!」
「あなたは関係ないでしょう、ブランドン!わたしはエリーに謝りに来たのよ!」

エリーは、二人の言い合いに喜んでいたが、自分の名が出て、演技に入った。
エリーは「いや…あたし、怖い!」とブランドンの背中に抱き着いた。

「ほらみろ!エリーが怖がってるだろ!
あんな事しておいて、謝って済まそうとか、虫が良すぎるんだよ!」

「エリー!あれは、わたしの魔法ではないわ!
だけど、ボールが怖いなら、試合には出るべきではなかったわね!
わたしなら、どんな危険球でも防御出来たけど、あなたは見てただけ?
首席なのに、ガッカリだわ」

「お、おまえっ!」

「そうそう、ブランドン、あなたも見てただけだったわね!
わたしなら、簡単に撃ち落としたわよ?ボールが破裂する前にね!」

アラベラは言うだけ言うと、立ち去った。
エリーはギリギリと歯噛みした。

「あの女!あたしを馬鹿にしたわね!!」
「あたしはヒロインよ!」
「ヒロインを馬鹿にしておいて、無事に済むと思わないで!」
「地獄に突き落としてやるわ!!」

エリーの激しい憎しみに、わたしは息を飲んだ。

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