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第一章

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結婚式というのは、素晴らしいものだろう。
だが、わたしの結婚式は、その中でも『最高に素晴らしいものだった』と断言出来る!

町で一番の大きな礼拝堂は、この日の為に、特別に飾り付けられている。
そして、集まった招待客の豪華さ!
横を見ても、後ろを見ても、皆、貴族ばかりだ。
荘厳で華々しい、その中心が、わたし、あの地味で出来損ないのエレノアなのだ!

平凡な顔を濃い化粧で華やかにし、
豪華な純白のドレスを身の纏い、煌びやかな宝飾品で飾られたわたしは、
この場を尤も華やかにする存在に違いない!
式に出席してくれている、兄や姉、ノークス伯爵家の者たちの美貌の事は、
この際、忘れてしまおう!

ドレスは重いものだが、今日のドレスはいつも以上に重い。
だが、これは幸せの重みだ。
わたしはそれを噛みしめながら、ヴァージンロードを粛々と歩いた。

その先に待ち受けているのは、誰もが羨む素敵な男性___

ああ、とても信じられないわ!

教育係の教えでは、笑みは厳禁だが、式の間中、口元を引き締めるのは難しかった。
誓いの言葉を述べ、金色の指輪を交換し、キスを受ける___

式が終わった今でも、わたしはうっとりし、夢心地だった。


礼拝堂を出たわたしとネイサンは、馬車で披露パーティの会場である、
ボーフォート侯爵家に向かった。
馬車の中で、ネイサンはわたしの手を握り、甘く微笑み掛けた。

「君と結婚出来て、僕は幸せだよ」

ああ!そんな!それはわたしの台詞よ!
わたしを世界で一番の幸せな花嫁にしてくれてありがとう!ネイサン!!
溢れそうになる想いだったが、わたしはそれを外には出さなかった。
はしたない!との、教育係の教えだ。
わたしは教育係の教えに従い、慎ましい笑みを返した。

「わたしこそ、あなたの妻になれて、幸せです…」

この先、わたしはあなたの妻として生きるのね…
実感はまだ無かったが、期待に胸は膨らんだ。


「客が揃うまで、少し休むといいよ、疲れただろう」

ネイサンが気遣ってくれ、わたしは会場に程近い個室で休ませて貰う事にした。
正直、痩せた体に重量級のドレスは甲冑の様で、助かった。

「ああ、やっぱり、ネイサンは理想の夫だわ…」

わたしはソファ椅子に座り寛いだ。

侯爵家の厳しい規律や礼儀にはうんざりだったが、
理想の夫、ネイサンの妻でいられるなら、この先もきっと耐えられる。
いえ、耐えてみせるわ!

「それに、両親も望んでいるもの…」

出来の悪い娘を、いつも目を眇めて見ていた両親が、
ネイサンとの縁談を機に、一変した。

『それでこそ、ノークス伯爵家の娘だ!』
『エレノアが侯爵夫人になるなんて!夢かしら!しっかり務めるのよ!』

幼い頃から、両親や周囲から期待された事が無かったわたしは、
最初はそれを喜んだ。
だが、少しすると、それが重荷になった。

「そう、まるで、この鉛の甲冑みたい…!」

わたしは自分の声で浅い眠りから覚めた。
やはり疲れている様だ。
だが、このままでは眠ってしまう…
この後は披露パーティで多くの招待客を迎えるというのに、それではいけない。
わたしは自分を奮い立たせ、椅子から立ち上がった。

「エレノア様、そろそろお時間です」

部屋を出た所で、メイドから伝えられた。

「ネイサンはもう行っている?」
「いえ、これから呼びに参ります」
「そう、それなら、わたしが行きます、夫婦揃っていた方がいいでしょう」
「はい、お任せ致します」

わたしはツンと顎を上げ、重いドレスを抱えながら、階段を上がって行く。
ネイサン用に用意された控室は二階で、わたしは申し出た事を早くも後悔する事となった。

何て、重いドレスなの!いえ、これは幸せの重みよ、エレノア!
それに、三階じゃなくて助かったじゃないの!

わたしは自分を鼓舞し、何とか階段を上り切った。
そして、控室に向かおうとした時だ、思い掛けず、その扉からネイサンが出て来た。
だが、ネイサンは一人ではなく、ドレス姿の女性を連れていた。
わたしは咄嗟に、壁に身を隠していた。

隠れるなんて!
これでは、ネイサンを…夫を信用していないのも同然じゃない!
結婚式を挙げたばかりだというのに、恥ずべき行為だわ!!

わたしは思い直し、二人の前に姿を現そうとした。
だが、それよりも早く、二人の会話が聞こえて来た。

「ネイサン、もう少し一緒に居てよ…」
「僕も君とずっとこうしていたいさ、だけど、もう行かないと…」

その会話に、わたしはギクリとした。
それに、耳に届く、濡れた音も…

「うぅん…ネイサン!」
「ベリンダ…ん…君は最高の女性だよ…ん!!」
「結婚なんてしなければいいのに…」
「仕方ないだろう、侯爵には逆らえないよ…」
「あんな、平凡で地味で馬鹿な女と結婚させられるなんて、気の毒な人…」
「ああ、死ぬ程退屈させられるよ、だから、慰めが必要なんだ…」
「ふふ、いいわ、私が慰めてあげる…」

わたしは愕然となった。
とても信じられなかった。
いや、信じたくなかった!

これが、彼の本音だというの?
わたしに愛想良く、優しくしてくれたのは、誰だというの?
愛してくれていると思っていたのに___!!

「ひっく…」

わたしは胸を押さえた。

「エレノア様、皆様お揃いですので、お早くお願い致します」

メイドの声にギクリとしたのは、わたしだけでは無かった。
ネイサンとベリンダは「はっ」とし、体を離した。
そんな事で、誤魔化せる筈なんて無いというのに…

「エレノア?その、誤解だよ!説明させて貰えるかい?」

ネイサンが取り繕った笑みを浮かべ、こちらに歩いて来る。
わたしはショックを通り越し、今や激しい怒りに襲われていた。

「説明なんて必要ないわ!この事は、侯爵にお話させて頂きます!」

侯爵からキツクお叱りを受ければ良いのよ!
わたしは非情な表情で、重いドレスを翻す。
ここぞとばかりに、教育の成果を見せ付け、階段へと向かった。

「待ってくれよ!エレノア!僕の可愛い奥さん!」

そんな言葉で騙されると思っているのだろうか?
いや、先の会話を聞かなければ、簡単に騙されていただろ。
それに憎々しく、わたしの怒りに油を注いだ。

「あなたの最高の女は彼女でしょう!
わたしはどうせ、平凡で地味で馬鹿で死ぬ程退屈な女よ!
だけど、結婚したのよ、責任は果たして頂きます!」

これまで抑えてきた不満が爆発していた。

「勿論、責任は果たすよ!だから、落ち着いて、父には話さないでくれ…」

「いいえ、侯爵にはお知りになる権利があるわ!」

侯爵夫人はネイサンに甘い。
ネイサンを厳しく叱れるのは、侯爵しかいない。

「この…糞女が!」

何処から出したのか分からない、いつものネイサンからは想像も付かない、
低く恐ろしい声だった。
だが、それを気にする暇など無かった。
強く背中を押されたからだ。

「きゃ!?」

「エレノアーー!!」

ネイサンの悲鳴の様な声と共に、わたしは階段から転がり落ちた。

「キャーーーーーーーー!!」

周囲からも悲鳴があがる。
わたしは転がり落ちていく自分の体を止めようも無かった。
強く頭を打ち、目の前が暗転し、わたしは意識を失った。


これが、わたしの最期だ。

なんと、悲しい女なのだろうか?

自分でも情けなく、そして、憐れに思う。
自分の人生は一体何だったのか?
今度生まれ変わったら、男に振り回されない人生を歩もう。

愛なんて無い方が長く生きられると、身を持って知ってしまったもの…


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