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第一章
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しおりを挟む「そうよ、結婚なんて、もう、絶対にしないわ…」
呟きと共に目を覚ましたわたしは、明るい陽の光に、自然、瞬きをした。
「嫌だ、死んだとばかり思っていたのに…」
わたしの最悪な人生は、まだ続いていた!
わたしは枕に頭を埋めて、生きていた事を嘆いた。
だが、それに気付いた。
「これ、わたしの枕よ?」
侯爵家の枕はもっと、大きく、そして、ふっかふかだった。
だが、今、手にしているこの枕は…
「懐かしい匂い!」
わたしは「はっ」とし、ベッドから降りた。
そして、見慣れた、懐かしい部屋に安堵の息を漏らしていた。
「ああ、家に帰って来れたのね…!」
でも、どうして?
侯爵にネイサンの浮気が知られて、離縁されたのかしら?
浮気したのはネイサンの方だというのに、酷い話だ!
「いいえ、あのネイサンだもの!わたしが気を失っている間に、
わたしが不貞を働いた事にしたんだわ!あの男、口だけは上手いんだから!!」
断固として抗議をしてやるわ!!
わたしは着替えをしようとして、それに気付いた。
「わたし、痩せたと思っていたのに…」
侯爵家で教育係から、食事制限をされた事で、十キロ以上、痩せ細り、血色も悪くなった。
だが、自分で見ても分かるが、この肌は丸みがあり、血色も良い。
「一夜にして太るなんて、どういう事かしら?」
鏡に映った自分をまじまじと見ていたわたしは、それに気付いた。
「ペンダントの花が消えている?」
曾祖母から貰ったペンダントを、わたしは肌身離さず身に着けている。
「結婚式のドレスには似合わない」と言われても、これだけは譲らなかった。
わたしを唯一愛してくれ、可愛がってくれた、大好きな曾祖母の遺言だったからだ。
そのペンダントトップは、小さな花の金細工だった筈だ。
それが、今は小さな金の粒になっている。
「どういう事かしら?何処かに落としたとか…?」
その時、不意に、曾祖母の言葉を思い出した。
『秘密が隠されたネックレスだからね』
『凄い秘密だよ』
『小さなエレノア、いつか、おまえにあげるからね…』
「秘密…」
ポツリと呟いた時、扉がノックされ、メイドが入って来た。
「失礼致します、エレノア様…ああ、起きていらっしゃいましたか、
エレノア様、十九歳のお誕生日、おめでとうございます!」
十九歳の誕生日___?
◇
時が戻った___
そういう事なのだろう。
わたしは今、ノークス伯爵家に居て、
家族から形ばかりの十九歳の誕生日を祝って貰っている。
恐らくは、曾祖母のペンダントの力だ。
そうでなければ、ペンダントトップだけが変わっている事の説明にならない。
ペンダントトップは花の金細工だったもの…
肌身離さず着けているものなので、間違える筈がない。
それが、今は、小さな粒になっている。
ネイサンに突き飛ばされ、階段を転がり落ちながら、わたしは死を覚悟した。
わたしはこのペンダントのお陰で、助かったのかしら?
そして、二度目の人生、やり直しの機会を与えられた___
ああ!曾祖母様、ありがとう!!
ペンダントもありがとう!!
わたしは想いが溢れ、ペンダントトップの小さな金色の粒に、熱い感謝のキスを落とした。
ん~~!!大好き!!愛しているわ!!
だが、周囲では、何やら不景気な話がされていた。
「十九歳か、おまえもそろそろ結婚しなければな…」
「そうですよ、若さだけが取り得なんですからね、今年こそは良い縁談が来るといいけど…」
「エレノアには無理だろう、頭も悪いし、美しくもない、誰が結婚したがるっていうんだよ」
「私は公爵子息に見初められたけど、あなたは分相応、高望みはしない事よ!」
ああ、そういえば、誕生日祝いに、こんな言葉を貰ったかしら。
いつもの事なので、一度目の時は聞き流していたので、良く覚えていなかった。
これから一月後に、ボーフォート侯爵家から結婚の打診が来ると知っていれば、
言い返してやれたのに…
いえ、そうよ、わたしは知っているわ!
一月後に、ボーフォート侯爵家からわたしに結婚の打診が来る事を!
そして、両親は歓喜し、兄と姉は悔しがるのよね…
わたしは良い事を思い出し、胸を張り、ニヤリと笑った。
「皆さん、どうぞ、わたしの事はご心配なく…」
一度目の教育係に仕込まれた事がまだ抜けておらず、妙に仰々しい言葉が口から出てしまい、
家族から顔を顰められた。
「何を呑気な事を言っている!心配せずに、どうなると言うんだ!」
「そうですよ、待っていて縁談が来るのは、ルシンダ位ですよ!」
「そうそう、頼み込んでも、おまえに縁談なんか来るものか!」
「全く、あなたは世間知らずの馬鹿娘ね…」
更に小言を言われる羽目になってしまい、わたしは口を閉じた。
いいわ、一月後を見ていなさい!
わたしを嘲笑った事を、後悔する事になるんだから!
何と言っても、相手は侯爵子息!
公爵子息には及ばないものの、ノークス伯爵家よりもずっと格上なんだから!
頭の中で満足していたわたしだったが、ふと、それに気付いた。
「わたし、結婚なんてしないわ…」
あんな嘘吐きの浮気男と結婚するなど、吐き気がする!
ネイサンは愛人と一緒になり、わたしを笑っていたのだ!
平凡で地味で馬鹿で、死ぬ程退屈させられると!!
わたしはあの屈辱を思い出し、怒りに震えたが、
事情を知らない家族には、怒りの燃料になるだけだった。
「おまえは、何て馬鹿なんだ!!」
あまりの暴言の為、わたしは耳を塞いだ。
それよりも、ネイサンと結婚せずに済む方法を考えなければ…
◇
ネイサンと結婚せずに済む方法は、わたしの父が結婚の打診を断る事だが…
あの様子では、断るなど考えもしないだろう。
「一応は粘ってみるけど…」
ノークス伯爵家で、わたしの発言力は無いも同然だ。
ネイサンはネイサンで、父親のボーフォート侯爵に逆らえない様だった。
逆らえていたら、結婚処か、婚約までも至っていなかっただろう。
「だからって、浮気は駄目よ!
それに、結婚したばかりの花嫁を階段から突き落とすなんて、許せないわ!!」
ペンダントをしていなければ、わたしは命を落としていただろう。
ネイサンだけではない、ボーフォート侯爵に逆らえる者は、あの家には居ない。
ボーフォート侯爵を説得するしかない。
「それなら、ボーフォート侯爵に嫌われてしまえばいいのよ」
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