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第一章

21(一章:終)

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アッシュゼファーを川から取り除いた事で、領地では様々な変化が生まれていた。

牧場の牛の乳の出が良くなり、しかも、そのミルクは美味しくなったと評判だ。
牛に限らず、動物たちは元気になり、鶏も張り切って卵を産んだ。
そして、料理や飲み物、水が美味しくなったと、町でも騒ぎになっていた。

アッシュゼファーの引き上げを手伝った者たちは、意気揚々とそれを話した。

「川の上流に、毒を持つ水草が繁殖してたんだよ!」
「エレノアっていう娘がそれを見つけたとかで…」
「そういや、コルボーン卿が娘を連れて、農園に来ていたよ」
「あの娘は、植物の専門家だってさ!」
「それを、コルボーン卿が雇って下さったのかい?この町の為に…」
「コルボーン卿のお陰だよ!」
「コルボーン卿の様な方が領主様で良かったな…」
「ああ、これで、町も良くなるね!」

わたしもそれなりに称えられているが、やはり、一番は《コルボーン卿》だ。
彼等にとっての神は、正しく《コルボーン卿》なのだ!

「まぁ、いいけど」

神様などと奉られるのは、思った程良いものでは無いと、わたしも身を持って知ってしまった。

町の人たちは、『毒を持つ水草を川から取り除く作業で、コルボーン卿が熱を出した』と
知るや否や、見舞いの品を持ち、コルボーン卿の館に押し掛けたのだった。

それで、ここ二日程、随分と表が騒がしかった。

熱が下がったウィルは、何事も無かったかの様に、呑気にやって来た。

「エレノア!今日は何を手伝いましょうか?」

「あなたは、当分、館から外出禁止です!大人しくしていて下さい」

追い返そうとしたが、ウィルには通じなかった。

「僕ならもう大丈夫ですよ!あなたから頂いた桃のお陰で、直ぐに熱も下がったんですが、
皆が煩く言うので、昨日はベッドを出ませんでした。
これだけ我慢したのだから、いいでしょう?」

わたしは「困った人ね」と、肩を竦めた。

「ウィル、町の噂は聞いている?」

「はい!ミルクが美味しくなったそうですね!
僕も頂きましたが、とても美味しかったです!
鶏も卵を良く産むそうです、それに美味しいと評判ですよ!
全て、あなたのお陰ですよ、エレノア!」

「確かにね、でも、皆の力よ」

アッシュゼファーを見つけたのはわたしだし、知っていたのもわたしなので、
わたしの功績が大きい事は確かだが、『全て』とは言えない。
そもそも、館の図鑑を見ていなければ、知り得なかった事だ。
それに、一緒に作業を手伝ってくれた町の人たちや、
人手を呼び、一緒に作業してくれたウィルも、同じく功労者だ。

「あなたも熱を出した甲斐があったわね、ウィル」

「僕はあなたのお手伝いが出来るだけで、光栄ですよ!」

本当に、善い人だ。
だから、町の人たちも、《コルボーン卿》を手放しに褒め称えるのだろう。
人徳かしら?
流石、領主様だ。

「これから農園の方を見に行くつもりだけど、ウィル、一緒に来る?」

「勿論、ご一緒します!案内しますよ!」

わたしたちは近くの農園へと向かった。
わたしとウィルを目にした者は、皆がお礼を口にした。
農園に着いてからも同じだ。

「コルボーン卿!この様な所にお越し下さり、有難うございます」
「コルボーン卿、お加減はよろしいのですか?」
「はい、すっかり良くなりました!」

ウィルはにこやかに答えている。
だが、その脇でわたしは、「このお方に無理をさせちゃ駄目だよ!」と忠告された。

わたしがウィルに無理をさせてるみたいじゃない!
ウィルの方がわたしに付き纏っているのよ!
それに、ウィルは断りたければ、いつでも断れるのだ___
わたしは内心で舌を出してやった。


農園の方を見せて貰ったが、やはり栄養不足の様だ。
肥料を増やす様に言ったのだが、農場主は老年で頑固だった。

「祖父さんの代から、この方法でやっとるんじゃ!
ここに来たばかりの余所者が、わしの畑に口を出すな!」

「土地は生き物です、毎年気候も違いますし、調子を伺いながら、
手を入れてあげなくては、土地は痩せていくばかりですわ」

「わしの祖先を馬鹿にする気か!」

「馬鹿になんてしていないでしょう!お祖父さんの時代はそれで良かったのよ!
だけど、百年経てば、変わるって言ってるの!今はあなたが農場主でしょう?
あなたが変えなきゃいけないのよ!」

売り言葉に買い言葉で、わたしもムキになっていた。
隣でウィルが「まぁまぁ」と言っていたが、わたしはそれを振り切り、捲し立てた。
尤も、老年の農場主には「フン!」と鼻であしらわれた。

「小娘が!幾ら、コルボーン卿の頼みでも、わしはこんな小娘の命令なんか聞けませんよ!」

「帰った帰った!」と、追い払われたわたしは、馬を飛ばし、オースグリーン館に戻った。
そして、畑の野菜を籠に収穫すると、それを背負い、再び農園に戻って来た。

「あなた方に、これを差し上げるわ!わたしが育てた野菜よ!
この野菜より、立派な野菜を作る事が出来れば、
わたしが間違っていたと、謝罪してあげるわ!
だけど、出来なかった時には、わたしに従って貰うわよ!」

「上等じゃ!!」

挑戦状を送り付け、満足したわたしは、ウィルを促した。

「それじゃ、次に行きましょう」


各農園を周った所、大半の農園は、わたしの意見を取り入れてくれた。
わたしはやり方を教え、作業を手伝った。
ウィルも手伝いたがったが、農場の人たちは「畏れ多い」と椅子を持って来て、
ウィルに高みの見物をさせていた。

「全く、過保護過ぎて、呆れるわ!」

「エレノア!頑張って下さーい!」

呑気に笑顔で手を振るウィルに、わたしは引き攣った笑みで手を振り返した。


◇◇


午前中は、自分の畑の作業をし、午後からは農園を見回り、手伝いをする様になった。
ウィルもいつの間にか、作業に加わる様になった。
農園の人たちは、最初ウィルを腫れ物の様に扱っていたが、毎日なので、慣れた様だ。

「コルボーン卿は畑仕事までなさるのか…」
「我が領主様は凄い方だ…」

何やら、また尊敬の念を集めている。
全く、徳のある人だ。
実務は弟のクレイブがやっていて、ウィルは畑仕事しかしていないというのに…
そういえば、内職で作曲もしていたわね…
働き者の領主兄弟である事は確かだ。


結果は直ぐに現れ、わたしが手を入れた農園の小麦は、みるみる元気になった。
そして立派な実を付けた。

「これは、上等な小麦です!これ程の物は見た事がありませんよ!」

農園の人たちも大喜びだ。

「良い小麦と悪い小麦とに分けて売る様にしてね!」

わたしはウィルに言ったが、ウィルは困った顔をした。

「それでは、出来の悪い小麦が売れ残りませんか?
小麦が売れなくては、農園の人たちは飢えてしまいますので…」

わたしは『自業自得よ!』と、言い放ちたかったが、
ウィルがこちらを伺う様に見ているので、何とか飲み込んだ。

「手間暇が掛かっている事は、ウィルも知っているでしょう?
肥料代も掛かるし、同じには出来ないわ。
出来の悪い小麦は、値段を下げて、牧場に肥料として売ってもいいんじゃないかしら?」

それで話は進んでいたのだが、
小麦にランクを付けられると聞き、怒り出したのが、出来の悪かった農場主たちだ。

「わしの作った小麦の何処が悪い!同じじゃないか!」
「粒が少し小さいだけじゃ!」
「牧場の肥料にするだと!馬鹿にしてるのか!!」

その農場主たちを納得させるべく、試食会が行われる事になった。
良い小麦だけを使ったパン、それから、悪い小麦だけを使ったパン。
結果は明らかで、誰も悪い小麦のパンを「美味しい」とは言わなかった。

農場主たちもお互いの小麦で焼かれたパンを試食した。
味の違いは農場主たちにも分かっていただろうが、彼等は涙を我慢し、
「美味い!最高のパンじゃ!」と、自分たちの小麦で焼かれたパンを褒め称えた。

ここまで頑固だと、もう何も言う事は無い。
それで、あっさりと見放したのだが…

翌日になり、農場主たちはコルボーン卿の館を訪れ、わたしに謝罪をした。

「あんたが作った野菜は、大きいし、美味かった…」
「わしが間違っていたかもしれん…」
「一度、あんたのやり方でやってみてもいいと思ってな…」

素直とは言い難いが、やる気になったのなら、良いだろう。
わたしは頷いた。

「それなら、あなたたちの小麦は肥料にしてもいいのね?」
「こ、今回だけじゃぞ!」
「でも、出来の良い小麦を食べさせたら、きっと良い肉になるわよ?」
「うむ…それなら、ええか」
「ふふ、それじゃ、早速始めましょう!小麦の後は土地を耕して、豆を植えなきゃ!」
「それはいいが、他の野菜も見てくれるんじゃろ?」
「いいわ!行きましょう!」


◇◇


この秋、コルボーン辺境伯の領地では、見事な実りがあった。
冬に向けて、十分な食料を確保する事も出来た。
この豊作の喜びに、町は沸き返った。
誰が言い出したのか、町では皆が料理を持ち合い、食べるという、祭りも開催された。

「こんな楽しい祭りは初めてだ!」
「コルボーン卿のお陰だよ!」
「エレノアも大した娘だ!」
「生意気な娘だと思ったが、生意気なだけはある!」
「生意気だなんて、失礼ですよ!罰が当たるわよ!」

また、少し、人間離れしてきた様だけど…
称賛は素直に受け入れる事にした。

「見て下さい!皆が、あなたを称賛していますよ!エレノア!
僕はこうなると、最初から分かっていましたけどね!」

ウィルが屈託の無い笑顔で言う。
わたしは肩を竦めて、アップルパイを頬張った。

「美味しいわ!でも、林檎はオースグリーン館のものの方が美味しいわよね?」

「あなたが作るものには、誰も敵いませんよ!」

ウィルが気持ち良く笑い、わたしも一緒になって笑った。


ウィルは『最初から分かっていた』と言ったが、わたし自身は、思いもしなかった。
巻き戻りの人生を、自分らしく生きたいと必死だった。
曾祖母の遺言で、オースグリーン館を相続する事になり、ここに来て、
流されていた気もするが、わたしなりに頑張ってきた。

そして、今、わたしは《わたし》に、満足している___

コルボーン卿の館の皆がいて、町の人たちに受け入れて貰え、毎日が充実している。
大変な事もあるが、楽しいと感じられる。
わたしは自分の居場所を見つけた気がしていた。


だが、そんなわたしの平穏と幸せを脅かす者が、冬と共にやって来た。

冷たい風が吹き始めた頃、姉のルシンダが、オースグリーン館を訪ねて来たのだ___


《第一章:終》
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