上 下
16 / 34

16

しおりを挟む

◇◇ メロディ ◇◇

その朝、目を開けると、至近距離に美しい顔があり、メロディは思わず息を飲んだ。

「!?」

目にも眩しい金色の髪、透き通る様な白い肌、長い睫毛、すっと通った鼻筋、
少し開いた赤い唇…
どれも現実離れした美しさで、まるで人形か妖精に思えた。
見惚れずにいられなかったが、一瞬後、彼女の脳内に昨夜の事が蘇った。

昨夜、魔法で猫に変えられた、ド・ブロイ公爵令嬢、ヴィオレットの魔法を解いたのだ。

「元の姿に戻してあげられて、良かった…」

薬が失敗だったら…呪文を間違えていたら…と、気が気では無かった。
静かな寝息を耳にし、メロディは「大丈夫そう!」と安堵した。
メロディは自分の体に掛かる細長い腕から、そっと抜け出し、ベッドを下りた。
そして、首元まで寝具を掛けてあげる。
自然、メロディは笑みを零していた。

これまで、散々嫌な思いをさせられてきたというのに、それが遠い昔の事の様に思える。
いや、夢だったのではないか?とさえ思えた。
だが、メロディは確かに、あのパーティの日までは、ヴィオレットを恐れていた。
彼女は傲慢で冷たく、加虐的で、人を人とも思わない圧倒的な支配者…
メロディにとっては、ただただ、恐ろしい存在だった。

だが、あのパーティの日、ヴィオレットの告白を聞いた時から、彼女に対し、
恐れ以外のものが芽生えた。
自分たちは分かり合えるのでは___
こんな風に思った相手は、今まで一人も居なかった。
それを、何故か、彼女に対し抱いたのだ。

そして、彼女に強く惹かれた。
ヴィオレットはいつも堂々とし、自信に満ち溢れている。
それは、自分とは正反対で、惹かれずにおれないのだ。

その上、美しく、気さくで、可愛い…

「ああ…魅力的過ぎるわ!」

昨夜は、ヴィオレットに押されるまま、一緒のベッドで寝てしまった…
それだけでは無い、彼女の裸も見てしまった!
猫の姿から戻った時、彼女は裸だったのだ___
メロディは赤くなり、手で顔を覆った。

「美し過ぎるわ…」

自分の質素な夜着など着せてしまい、申し訳ない程だ。

「良く寝ていらっしゃるし、起こさない様にしないと…」

メロディはなるべく静かに着替えると、彼女の為に食事を運び、
学園に行く際にはメモ書きをしておいた。
メロディは元々、人の役に立つのが好きだが、ヴィオレットに対してはそれ以上に、世話を焼きたくなる。
猫の姿の時の癖か、若しくは、ヴィオレットの存在が、他人をそうさせるのかもしれない。
跪きたくなるオーラがあるのだ。

「それでは、ヴィオレット様、あたしは学園に行って参ります」

メロディは、寝ているヴィオレットに向かい、カーテシーをした。

楽しい気分でいたが、帰って来た時には、きっとヴィオレットは居ないだろう…
それに気付き、急に寂しさに襲われた。
折角仲良くなれたのに、また、疎遠になってしまうのだろうか?
メロディは肩を落とし、顔だけで振り返りながら、寮を出た。


メロディ自身が、ヴィオレットの事であれこれ気を取られていたので、
彼女が義兄の事を思い出したのは、放課後になってからだった。

ヴィオレットは、メロディの義兄イレールの事が好きで、猫になった折は彼に飼われていた。
その行動力にも、メロディは頭が下がった。
自分であれば、アランの処に行けただろうか?
そうしたいと思うだろうが…想像すると心臓が破裂しそうだった。

イレールは恵まれない生い立ちという事もあり、表面には出さないが、かなりの寂しがり屋だ。
そして、いつも愛に飢えている。
彼が幾らそれを望んでも、いつも別れは訪れ、気の毒な彼は、満たされる事が無かった。
だから、せめて、メロディやデジー家の者たちは、彼を愛し、いつまでも彼の家族でいようと誓った。
それでも、きっと別れは来るだろう…
それを思うと、イレールの事が心配だった。
だが、メロディはヴィオレットと出会い、《それ》に気付いたのだ。

イレールに無償の愛を与えてくれる存在___

今まで、それは自分たち家族以外にはいないと思っていた。
だが、それは間違いだった。
イレールに必要だったのは、家族よりももっと身近な存在、恋人であり、妻となる者だ。

メロディは目が覚めた気持ちだった。
そして、その《誰か》が、ヴィオレットであれば良いと願った。

だが、今直面している問題も、無視は出来ない。

イレールは、動物が好きでありながらも、飼う事は避けてきた。
ただただ、別れが辛いからだ。
そのイレールが猫を飼い始め、可愛がり…
そして、その猫は、突然、彼の元を去ったのだ。
彼の元を去った猫…ヴィオレットでさえ、大号泣していたのだから、
イレールはどれ程落ち込んでいる事か…

「ああ、気の毒なお義兄様…」

メロディはヴィオレットの代わりに、イレールの様子を見て来ようと思い立った。
イレールは放課後、図書室で勉強している事が多い。
猫を飼い始めてからは、部屋で過ごす事が多かったが、今日は居るかもしれないと、
図書室へ向かった。

図書室の隅の机に、イレールの姿があった。
メロディはそっと近付くと、声を掛けた。

「お義兄様…大丈夫?」
「ああ、問題はない」

問題があったとしても、イレールの性格では、そうとは言わないだろう。
メロディは前の席に座り、イレールを眺めた。
そこまで落ち込んでいる様には見えない。

「辛い時は遠慮しないで言ってね?あたしたち家族だもの…」
「ああ、ありがとう、メロディ」

言葉が続かない。
頼って欲しいと思いながらも、猫がヴィオレットだったとは言えない。
悶々としていると、イレールが勉強の手を止め、顔を上げた。

「心配するな、ションテからは手紙を貰った」

イレールがカバンからそれを取り出し、メロディの方へ向けた。
メロディが書く様に勧めたのだ。
代筆をしたので、内容も知っていたが、一応、中身を見た。

【イレール】
【ありがとう、大好きよ】
【あなたの事は忘れないわ】
【また会いましょう】
【あなたの猫ションテ】

「驚かないのか?」

イレールに指摘され、メロディはギクリとし、「驚いた!ビックリ!」と声を上げた。
イレールは苦笑する。

「おまえの字に似ているな」

メロディは更にギクリとした。
手紙を封筒に戻し、イレールの方へ返す。

「気の所為よ!」
「それならそれでいい、色々考えていたら、気も紛れた」
「寂しいなんて思う必要は無いわ、また会えるもの!」
「そうらしいな…」

イレールが「ふっ」と笑う。

本当よ、直ぐに会えるわ。
今度会えば、きっと彼女は、お義兄様から離れない___
そう伝えたかったが、やはり言ってはいけないだろうと、メロディは口を噤んだ。


心配していたイレールが大丈夫そうなので、メロディは寮に帰る事にした。
寮の玄関を入り、階段を上がろうとした処で、管理人からそれを聞かされた。

「メロディ、今日からルームメイトが入りますので、良くしてあげて下さいね」

この時期にルームメイトが入るなど、考え難い。
もしかして…と、その考えに至った時、管理人がそれを告げた。

「ド・ブロイ公爵令嬢、ヴィオレット様よ、驚くでしょう?
あの方の希望なのよ、あなたと同じ部屋が良いのですって、良かったかしら?メロディ」

「は、はい!勿論です!彼女がルームメイトだなんて!ああ、夢みたい!
ありがとう、管理人さん!」

メロディは制服のスカートを翻し、軽やかに階段を上がった。
メロディの部屋は三階の端だ。
扉を開けると共同の居間があり、そこから各部屋への扉がある。
空いている部屋は一つなので、ヴィオレットの部屋は直ぐに分かった。
メロディは深呼吸をし、扉を叩いた。
だが、暫く待つも、返事は無かった。
「ヴィオレット様?」声を掛け、もう一度叩き、耳を澄ませた。
物音は聞こえず、人の気配も無かった。

「休まれているのかも…」

家に帰り、それから寮に来たのだろう。
引っ越しには労力を使うものだ…メロディはそれを察し、そっとしておく事にした。

ルームメイトのジェーンとクララが学園から帰って来たので、メロディはそれを話した。

「二人共、聞いて!今日からルームメイトが増えるの!」
「メロディ、嘘は止めてよ、こんな時期に、あり得ないわよ」

眼鏡の奥の目を眇めたのは、ジェーン=マイヤー男爵令嬢。
彼女は、魔力は普通だが、真面目で努力型の秀才で、Bクラスだ。
負けず嫌いで、男子生徒とも同等に張り合っている。

「メロディは、嘘は言わないわよ~それで、その方はいつ来られるの?」

目をキラキラとさせたのは、クララ=ボワレー伯爵令嬢。
彼女はのんびり屋で、魔力も強くは無く、Dクラスだ。
魔法学園には、親から熱心に勧められて来ただけで、彼女のモットーは『楽しい学園生活を送る事』だ。
自分が興味のある…調香や美容薬の授業にしか興味が無く、他の勉強は大嫌いで、
特に危険で野蛮な魔法等は毛嫌いしている。

「実は、もう来てるの!でも、お疲れの様だから、今日はそっとしておきましょう」
「分かるわ~、引っ越しは大変だもの~」
「それより、どうして、この時期なの?編入生って事?」

ジェーンの質問に対し、メロディは笑みを浮かべ、頭を振った。

「いいえ、彼女はこの学園の生徒で、同じ二年生よ」
「勿体ぶってないで、早く教えて~」

クララに強請られて、メロディは笑い、頷いた。

「あたしたちの新しいルームメイトは、ド・ブロイ公爵令嬢、ヴィオレット様よ!」

瞬間、二人の目は丸くなった。

「嘘でしょ!?それこそ、あり得ないわよ!!」
「ええ~!あのヴィオレット様ぁ!?どうしよう!私、虐められないかしらぁ…」
「そうよ!メロディ、あなた彼女から虐められてたんでしょ?大丈夫なの?」

二人の心配は尤もだったが、今のメロディにしてみれば、寧ろ嘆息しかなかった。

「二人共、落ち着いて!ヴィオレット様はそんな人じゃないから!
本当は、とっても良い方なの!賢くて、行動力もあって、堂々とされていて、
美しくて…それに、可愛いだなんて…完璧!」

メロディはうっとりとする。
ジェーンは嫌な顔を隠さず、ブルネットの頭を振った。

「信じられないわ…メロディ、あなたまで彼女の信者になったの?
喜んで奴隷になるつもり?ああ、恐ろしい…」

「違うのよ!でも、ジェーンにも直ぐに分かるから!クララは信じてくれるでしょう?」

メロディは期待を持ってクララを見る。
クララはゆったりと笑みを見せた。

「メロディが言うなら、そうかも~、私は皆が虐められず、楽しく過ごせればいいわぁ」
「ヴィオレット様の歓迎会をしましょうよ!」
「歓迎会~!?素敵~♪賛成よぉ」
「そうね、最初が肝心よね…いいわ」


食事の時間になっても、ヴィオレットの部屋は静かだった。
メロディはお腹が空いてはいけないと、居間のテーブルにサンドイッチとビスケット、
紅茶を用意しておいた。

だが、朝になっても、そのまま手は付けられておらず、流石に心配になった。

「部屋の中で死んでないわよね~??」
「まさか!!」

だが、気になると心配が拭えず、メロディは管理人を呼び、部屋を見て貰った。

「良く眠っていますよ、お疲れなんでしょう…家で色々あった様ですし…
大丈夫ですよ、安心して学園に行って下さい」

メロディたちは安堵し、新たに食事を用意し、メモを残して寮を出た。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,057pt お気に入り:13

【完結】追放の花嫁は溺愛に不慣れです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:2,812

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:878

とある小さな村のチートな鍛冶屋さん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:8,505

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:139

処理中です...