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◇◇ メロディ ◇◇

「ヴィオレット=ド・ブロイが、学園に来てるらしいぜ!」
「あれだろ?断罪令嬢」
「アラン王子の怒りに触れて、婚約破棄されたんだよな」
「それで、修道院送られたんじゃなかったか?」
「おまえ、知らないのか?賊に攫われたんだよ…」
「異国に売られたって噂になってたじゃん…」
「うわ、悲惨!」

メロディはヴィオレットが学園に来ていると耳にし、喜んだが、心無い噂には胸を痛めた。
皆、酷いわ…何も知らないのに!

「食堂にいるってさ!行ってみようぜ!」
「ああ、没落令嬢の顔を見てやるか」

昼休憩に入った処で、丁度メロディも食堂へ向かう処だった。
メロディは食堂へ駆けつけた。

昼休憩の食堂はいつも人が多いが、それ以上に今日は人垣が出来ていた。
皆、集まり、遠目にヴィオレットを眺めていたのだ。
メロディは、ヴィオレットを見ようと、人垣の隙間から顔を覗かせた。

そこに、ヴィオレットは居た。
美しい金髪の髪は豊で、ゆるやかにカールし、後ろに流れる。
ピンと正した背、その堂々とした歩み…気品高く、眩しい程のオーラがあり、
まるで、女王の様に見えた。
思わず見惚れていたが、不意に彼女の紫色の目が自分と合った。
驚き息を飲むメロディに、ヴィオレットはうれしそうな笑みを見せ、手を振った。
瞬間、メロディの頭は弾けた。
緊張、驚嘆、歓喜…そんなものが溢れ出て、反射的に頭を下げる位しか出来なかった。

「ああ…あたしの馬鹿…」

折角、ヴィオレットが自分に手を振ってくれたというのに…
あんな態度は無いだろう…
不甲斐なさにメロディは自分に失望し、肩を落とした。
ヴィオレットは席に着き、食事を始めてしまった。

声を掛けては失礼かしら…
一緒に食事が出来たらいいのに…

メロディは食事を取りに行き、トレイを抱えて戻りながら、逡巡していた。
だが、そうしている間に、ヴィオレットの両隣は埋まってしまった。

仕方が無いわ、ヴィオレット様は人気だもの…

そう思い、眺めていたが、不穏な会話が聞こえて来た。

「ヴィオレット様、賊に襲われたと伺いましたわ、本当ですの?」

こんな、皆が注目している場所で、そんな事を聞くなんて!
メロディは信じられなかった。
話しているのは、ヴィオレットの取り巻きの令嬢たち…オリヴィア、スザンヌ、マーゴだ。
彼女たちは、以前はヴィオレットと共にメロディを虐めていて、
あのパーティの日以降、ヴィオレットが学園に居なかった時も、メロディを言葉巧みに責め続けていた。
メロディにとって、良い印象は無かったが、それでも、ヴィオレットにとっては、
取り巻き…友達だと思っていた。

だが、今のオリヴィア、スザンヌ、マーゴからは、ヴィオレットに対し、
友の親しみや尊敬の念は見えなかった。

「賊に襲われるなんて、お可哀想なヴィオレット様!」
「ならず者たちに、酷い事をされたのでしょう?」
「アラン様とも婚約破棄になり、これでは…ヴィオレット様が可哀想で!」
「私なら、そんな辱め、とても耐えられませんわ!」
「ええ!恥ずかしくて学園になど顔を出せませんわ!ねぇ?」
「学園処か、家から一歩も外には出られませんわ!」

酷い事を大きな声で捲し立てる。

酷いわ!!

憤ったが、メロディは動けなかった。
助けに入らなければと思いながらも、怖くて足が動かない。
以前、ヴィオレット、オリヴィア、スザンヌ、マーゴに囲まれた時の記憶が蘇った。

『薄汚いわね、下卑た臭いがするわ、洗って差し上げたら?』

ヴィオレットの言葉で、メロディは三人に引っ張って行かれ、池に突き落とされたのだ___

いや!!

メロディが目を瞑り、身を竦めた時だ、周囲が大きく騒めき、我に返った。
何かが起こったらしい。
メロディはヴィオレットの方を見る。

「あーら、すみません、ヴィオレット様!」
「まぁ!スザンヌ、ヴィオレット様が汚れてしまいますわ!」
「ああ、こんなに汚れてしまわれて…お可哀想に…」

三人がヴィオレットに何かしたのが分かった。

酷いわ!こんな、皆が見ている中で、ヴィオレット様を辱めるなんて!
自分であれば、耐えられただろうか?
とても無理だ、今も怖くて堪らない___

だが、当のヴィオレットは、さっと席を立ちあがると、三人に向かい、言い放った。

「許して差し上げてよ、オリヴィア、スザンヌ、マーゴ。
でも、わたしをただの公爵令嬢と、甘く見ない方がいいわよ?
わたしは賊に襲撃されても、無傷で戻って来た、腕の立つ魔法使いよ、
同じ事があなた方に出来るかしら?
あなた方なら、そうね、さっき言っていた様な可哀想な事になっているかもしれないわね…
十分に気を付けてね、オリヴィア、スザンヌ、マーゴ」

周囲は唖然としていた。
三人もだ、彼女たちは一言も言い返せずにいた。
周囲が静まり返る中、ヴィオレットは堂々と進み、トレイを返しに行く。
メロディは食事のトレイをテーブルに置くと、慌ててヴィオレットの元に駆けつけた。

「ヴィオレット様!大丈夫ですか!?」

メロディは心配したが、振り返ったヴィオレットの顔には、余裕の笑みがあった。

「ええ、大丈夫よ、心配してくれてありがとう、メロディ」
「あたし、助けられなくて…すみません」

見ていたのに、助けないなんて…最低だ。
ヴィオレットに嫌われないかと不安になったが、彼女は全く気にしていない様だった。
それ処か、彼女は回避出来た事を、態と回避しなかったと言う…

「気にする事無いわ、本当は避けられたんだけど、あなたにした事だもの、自業自得でしょう?」

これを聞き、メロディは咄嗟に声を荒げていた。

「そんな!止めて下さい!」

ヴィオレットが自分と同じ目に遭えば良いなど、考えた事は無い。
そんな事をされても、うれしくなど無い。
ただ、どんなに辛いか、知って貰いたい、酷い事だと分かって欲しい、
こんな事は止めて貰いたいとは思っていたが…

「ヴィオレット様がその様な目に遭われる事はありません!そんなの、あたし、嫌です!」

誰も何も救われない。
それに、そんなヴィオレットを見るのは、自分が嫌だった。
メロディの訴えに、返って来たのは、抱擁だった___

「メロディ、ありがとう!大好きよ!」

ヴィオレットに強く抱きしめられ、メロディはまたも、頭が爆発した。

「えええ?あ、あの、ヴィオレット様??
あ、あ、あたしも、ヴィオレット様が大好きです…」

何とか、そう言えた自分を褒めたくなったが、ヴィオレットはパッとメロディを離した。

「ああ!遅くなっちゃう!メロディ、帰ったら、寮で会いましょう!」

ヴィオレットは明るく言うと、勢い良く食堂を出て行った。
何て、アグレッシブな方なのかしら…
まるで、竜巻の様だ。
メロディは「ふっ」と笑いを零していた。

「ヴィオレットだが、変じゃないか?」

不意に聞かれ、メロディは驚き顔を上げた。
いつの間にか、アランとイレールが側に並び、ヴィオレットが出て行った方を見ていた。

「変…でしょうか?」
「ああ、何か企みがあるかもしれん…あいつにはまだ気を許すな、メロディ」

アランの言葉に、メロディはカッとなった。

「例え、アラン様でも、あんまりなお言葉です!疑うなんて、酷いです!
あたしはアラン様よりも、自分の目を信じます!
ヴィオレット様は素敵な方です、あたしはヴィオレット様が大好きです!
アラン様に、あたしの行動を制限する権利はありません!」

今やアランは、卒倒しそうな程顔色を失くしていたが、メロディは怒っていたので、
それに気付く事は無かった。

「メロディ、アランはおまえを心配しているだけだ…」

イレールがアランを庇う様に言ったので、メロディは更に頭が沸騰した。

「お義兄様まで、ヴィオレット様を疑うの!?酷いわ!ヴィオレット様が可哀想よ!」
「そうは言っていない、あくまで、アランの弁明をしただけだ」
「それなら、お義兄様はヴィオレット様を疑ってない?」
「少なくとも、アランが言う様には考えていない」

イレールの答えに、メロディは「ほっ」と息を吐いた。
何と言っても、イレールはヴィオレットの想い人なのだ、彼に誤解される事が一番傷つく筈だ。

「お義兄様、ヴィオレット様はとっても良い方なの!本当よ?
あたし、彼女の事が大好きなの、自分でも驚く程よ」

おこがましいが、『友』になれたら良いと思っている程に…
メロディの真剣な訴えに、イレールは表情には出さなかったが、
「分かった」と頷き、メロディの頭をポンと叩いた。
メロディはそれに満足し、笑顔を見せた。
義理の兄妹だが、一緒に育った二人には、これだけで通じ合えた。

「それでは、俺が悪者みたいじゃないか…」

アランが不満を漏らし、メロディは一転、厳しい目を向けた。

「ヴィオレット様を悪く言う方は、あたしにとっては悪者です!
例え、貴族でも王子様でも、同じです!」

メロディに圧されつつも、アランはそれを撥ね退けた。

「例え嫌われても、僕は自分を曲げたりはしない!
そんな事を恐れていては、学園の平和は守れない!」

「アラン様が、そんな分からず屋だとは思いませんでした!」

「フン、分からず屋で結構だ!俺は王子だからな!」

「王子様でも、お間違えになる事はありますわ!
あのパーティの日の二の舞にならない事を願います!」

痛い処を突かれたアランは「ぐっ」と口を曲げた。
それからアランは「はぁっ」と息を吐き、「外で話そう」と二人を連れ出した。


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