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しおりを挟む朝食を食べ終わり、洗濯物を集めに向かった。
洗濯は一日では無理なので、場所により曜日が決まっていて、今日は一階だった。
洗濯物を抱えて洗濯場に向かっていた処、館にその人が現れた。
ジュール=ボワレー男爵___
だが、彼は「ナターシャの従弟、フレデリク」と名乗った。
それは使用人たちにも浸透している様で、メイド長は愛想良く迎えた。
「ようこそ、フレデリク様、直ぐに奥様をお呼び致します___」
脇にいたメイドたちは、彼を見て色めき立っている。
「フレデリク様がいらしたわ!」
「直ぐにお茶の支度を!」
「朝食を召し上がるわよ!」
洗濯場のわたしには関係ないが、メイドたちと調理長は大忙しだ。
ニナも手伝いに行ったので、わたしは洗濯物を洗濯場に放置し、覗きに行く事にした。
幸い、皆客を迎える準備で忙しく、洗濯場の見張りなどする暇はない。
わたしはすんなりと場を抜け出す事が出来た。
二階に上がると、丁度、ナターシャが自室にジュールを連れ込む処だった。
遠目だったが、ジュールの着ている服は、わたしが贈ったものだと分かった。
その手にあるワインも、昨夜の言動から、わたしが贈った物だと察せられた。
こんな事に使われる為に贈ったのではないのに…!!
また、ふつふつと怒りが沸いてきた。
「奥様とフレデリク様は仲が良いわねー」
「頻繁にいらっしゃるし、いつも二人で、部屋で何をしているのかしら?」
「館の改装の相談ですって、本当かしら?」
「その割に、いつもベッドが乱れているじゃない?」
メイドたちがいやらしい笑いを上げる。
わたしは柱の陰に隠れ、顔を顰めた。
「伯爵も気の毒ねー、奥様があんなアバズレだなんて」
「馬鹿ね!聞かれたら首処じゃないわよ!」
「そうだった!奥様は直ぐに使用人を首にするし、横暴だから…」
「そういえば、東屋の掃除がされていないって、奥様が怒っていたわよ!」
「新人にやらせれば?」
思い掛けず、こちらに飛び火してきたので、わたしは慌てて洗濯場に戻った。
「ジュールは頻繁に来ていたのね…
使用人たちとも顔見知りなんて、しかも、従弟ですって!」
他人に成りすますなど、なんて、小賢しい!
わたしは怒りのまま、洗濯棒で乱暴に洗濯物を掻き混ぜた。
わたしは昼食を食べた所で、館を出る事にした。
だが、別棟に戻ろうとしていた所、バタバタと足音荒く、ニナが追って来た。
「ちょっと!新人!勝手に何処に行くの!」
「ああ、わたし、首になったんです、直ぐに館を出て行きますね」
「ええ!?いつの間に!?何をやらかしたの!?」
「奥様を怒らせたんです」
わたしは平然と答えたが、ニナは顔色を失くしていた。
「怒らせた!?で、でも、急に辞めたら給金は出ないわよ?
何も持たずに、何処へ行くっていうの?」
「親戚を頼る事にします、平気です、この館の仕事よりは楽だと思いますから。
給金はいりません、働いたのは精々二日だし、食事は十分に頂きましたから」
多少、皮肉を込めて言ったが、ニナはポカンとするばかりだった。
わたしはニナを放って部屋に入り、着替えをして少ない荷物を鞄に入れて部屋を出た。
「ねぇ、もう少しだけ、働いてみたら?ここ、給金は悪くないのよ?
首にしたって、奥様は直ぐに忘れるし…」
ニナに引き止められた。
今まで聞いた中で、一番優しい言葉だ。
だが、それも当然だ。
メイドは元々少ないというのに、一人減るのだから、仕事は更にキツクなるだろうし、
嫌な仕事を押し付ける新人がいなくなれば、自分たちがするより他ないのだ。
まぁ、床磨きなんて、毎日しなくたって死にはしないわ。
訪ねて来る客も、愛人だもの、館が汚かろうと気にしないわ。
「いいえ、こちらには優秀なメイドが沢山いらっしゃいますもの、
わたしなどでは、とてもお役に立てませんわ!」
わたしは晴れやかに言い、別棟を出たのだった。
◇◇
ナターシャの館を出て、わたしが向かったのは、デュランド伯爵の館だ。
「伯爵に呼ばれました、メイドのポム=コットンです」
わたしが名乗ると、老執事は直ぐに取り次いでくれた。
だが、案内されたのは、パーラーではなく、書斎だった。
「旦那様、ポム=コットンをお連れしました」
老執事が扉を開き、わたしは中に入った。
セヴランは大きな机に向かい、書き物をしていたが、ペンを置いた。
「二日、三日か?早かったな、報告を聞こう」
セヴランはわたしをソファに促し、自分は向かいに座った。
直ぐに扉が開き、お茶とサンドイッチ、スコーンが運ばれて来た。
久しぶりに見る、サンドイッチとスコーンに、わたしのお腹は鳴った。
「キュークルクル…」
セヴランは驚いた顔をした後、「ふっ」と笑った。
いつもの、ニヤリとした笑みとは違い、子供の様に可愛く、思わずマジマジと見てしまった。
「どうした、食べないのか?食べなければ私が貰うが___」
「勿論、食べます!」
わたしは食い気味に言い、スコーンを手に取った。
半分に割り、ジャムとクリームをたっぷりと付ける…
「ううう~~ん!!美味しい~~~!!!」
あまりの美味しさに、わたしは一つをペロリと平らげ、二つ目を掴んでいた。
「ふっ、随分酷い目に遭った様だな?」
「ええ!想像を絶する過酷さでしたわ!」
「それで、おめおめ、逃げ帰って来たのか?」
「まさか!調査を終えたので帰って来たまでです!」
「確かめたのか?」
意外そうな顔をされ、わたしは「見縊らないで欲しいわ!」と胸を張った。
両手にサンドイッチを掴んでいるから、あまり威厳は無いかしら?
「確かめました、結果はご想像通り、ジュールとナターシャは不貞を働いていました。
わたしの贈り物の服を着て会いに行き、わたしが贈った高級ワインを二人で飲んで、
わたしを馬鹿にしていたんです!
ああ、それから、あなたは悪運が強くて、殺そうとしても死ななくて困っているそうです。
わたしの方は、財産を全て巻き上げた後で始末するそうです」
どうよ?
わたしは得意気にセヴランを見た。
彼は黙って聞いていたが、やはり、微妙な顔をしていた。
「君はあの男を心の底から信じていただろう?愛してもいた。
真実を知れば、落ち込むかと思っていたが…」
「確かに、無条件に信じていました、彼を愛していましたから…
でも、彼が嘘を吐いていたと知った時、愛は消え失せました。
仕方ありません、わたしは彼の見せる幻を愛していたんだから…」
「彼がどうなってもいいんだな?」
わたしは「ふっ」と笑った。
「どうなってもいいだなんて!勘違いなさらないで下さい、デュランド伯爵。
ジュール=ボワレー男爵に報復するのは、わたしの役目ですわ!」
◇◇
わたしはステファニーとリリアンにお礼を言い、ブーランジェ伯爵家に帰った。
わたしはセヴランと話し、彼が動く前に、少し猶予を貰う事にした。
わたしの手で、ジュールを痛い目に遭わせなくては、気が済まない。
セヴランはわたしの思いを汲んでくれ、「好きにしろ」と言ってくれた。
以降、わたしたちは手紙でやり取りをする事にした。
勿論、念には念を入れ、差出人には偽名を使う事にした。
わたしは、ポム=コットン。
セヴランは、ブール=ノブレスだ。
◇◇
わたしは早速、旅の土産を持ち、ジュールの館を訪ねた。
案の定、ジュールは留守にしていたので、「三日後にまた来ます」と執事に伝えて館に帰った。
三日あれば、知らせを受け、ナターシャの処から、館に帰る事は十分に出来た。
三日後と言っていたが、わたしが訪れたのは、五日後だった。
その日、ジュールは館にいて、満面の笑みでわたしを出迎えてくれた。
「アリス!旅から帰って来たんだね、君に会えるのを楽しみにしていたよ!」
厚顔無恥。
そんな言葉が頭を過りながらも、わたしはにこやかに返した。
「わたしもです!でも、ジュール様もお出掛けだったのですね?
訪ねたのに、いらっしゃらなくて、残念でしたわ…」
「ああ、少しね、親族の者が病に掛かってしまって、そのお見舞いに…」
「まぁ!大変だったのですね!今度、わたしも一緒に、お見舞いに行かせて下さい」
「いや、君が見舞う程じゃないから…それより、旅に出ていたんだよね?」
ジュールのチョコレート色の目が、チラチラとわたしの持つワインの瓶に注がれている。
わたしは思い出したかの様に、ワインの瓶をジュールに差し出した。
「はい、お土産です、地方の美味しいワインだと伺いました。
ジュール様はワインがお好きなので、気に入って頂けると思って…」
「ありがとう!僕がワイン好きな事を良く知ってるね!流石、婚約者だね!」
わたしは、「そんなぁ」と恥ずかしがって見せた。
『わたしから』という事で、ジュールは全く疑っていないが、
このワインは、セヴランの館からの帰路にある、小さな町で仕入れたもので、
高級処か、捨て値で売られていた安物のワインだ。
ワインの味の分かる者なら、口に入れた瞬間、吐き出すだろう。
だけど、こんなものじゃ済まさないわよ!
この、アリス=ブーランジェ伯爵令嬢を虚仮にしてくれたんだもの!
覚悟しなさい!ジュール=ボワレー男爵!
応援ありがとうございます!
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