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魔法学園一年生
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栞を落とすとしたら、昨日、ダニエルに抵抗した時だろう。
わたしは放課後、ダニエルに会わないかと怯えながらも、昨日ダニエルと会った場所へ向かい、それを探した。
床を這う様にして探していると、「落し物?」と、声を掛けられた。
その馴染みのある声に導かれ、わたしは顔を上げていた。
目の前には、やさしいアクアマリンの瞳と微笑みがあり、
わたしは思わず涙ぐんでしまった。
「う、ウィリアム様ぁ…」
「酷い顔だね」
ウィリアムにからかう様に言われ、わたしは手の甲で涙を拭った。
「止めなさい、綺麗な目に傷が付くよ」
ウィリアムが膝を付き、わたしにハンカチを握らせた。
『綺麗な目』
その言葉にドキドキし、涙は止まってしまった。
わたしは高価だろう真っ白なハンカチで、濡れた頬を拭った。
「今度はどうしたの?」
これではまるで、わたしがいつも何かをやらかしているみたいだ。
だが、わたしの心はすっかり弱っていて、それを訴えるので精一杯だった。
「大切な、栞を、失くしてしまったんです!
とっても綺麗で、絶対に汚したくなかったのに…
汚す処か、落としてしまって!!」
また涙が零れてきて、わたしは必死にハンカチを当てた。
ウィリアムがわたしの頭をポンポンと叩いた。
「泣かないで、僕が一緒に探してあげるよ」
ウィリアムの言葉に驚く。
最近の冷たかった彼では無い、目の前に居るのは、わたしが知っている、
わたしが好きなウィリアムだ___
わたしは安心し、頷くと、ハンカチで涙を拭った。
「どんな栞なの?」
「白地に、薄い水色のリボンが付いていて、
ノアシエル様の水彩画が描かれているんです…」
「ノアシエル、好きだったね?」
ウィリアムが覚えていてくれた事がうれしく、わたしは笑顔になっていた。
「はい!大好きですわ!それに、とても素敵な絵なのです!
ノアシエル様の優美さが、背景と調和していて、壁に飾っておきたい程です!
入学祝いに、大切な人が贈ってくれたもので、
わたしにとって、三つの意味で、特別な物なのです…」
「大切な人…男性?」
「いえ、以前お話ししたと思いますが、わたしの名付け親で、
とっても素敵な女性です、敬愛する、大好きな小母様です!」
「そう、素敵な名付け親だね、はい、エバ」
ウィリアムがわたしの目の前に、栞を掲げて見せた。
白地に薄い水色のリボン、そして、優美なノアシエル___
「!?」
「君が大事にしてくれるから、戻りたかったんだね」
驚き、目を丸くするわたしに、ウィリアムはやさしく微笑んだ。
「見付けて下さって、ありがとうございます!!」
わたしはそれを両手で大切に受け取った。
良かった…!!
「汚れを防止する魔法もある。
だけど、僕はお薦めしないよ、この栞も、君の手に触れて…
君と共に、時を重ねたいと思っている筈だよ___」
ウィリアムがわたしの頭にポンと手を乗せた。
「それを寂しいと思わないで、エバ」
「はい…!」
わたしは力強く答えていた。
ウィリアムの言葉は、わたしの内にスッと入って来る。
そして、わたしの世界を眩しいものにしてしまう___
魔法を使っているのでは?と思う程に…
「あの、ウィリアム様は…
わたしの事、嫌いになられたのかと…思っていました」
「何故?」と、ウィリアムが瞬きする。
わたしはもじもじとし、それを言った。
「ウィリアム様とシャーロットが会われている時、わたしが邪魔をするのを、
良く思われていないのかと…」
ウィリアムは表情を消し、何処か遠い目をした。
「オーロラが君に命令している事は分かっている。
それに関しては、婚約者であるなら、当然の行動だとも思う。
だが、君を巻き込み、迷惑を掛けてしまった事については、不本意でね…
君に少しでも気まずい思いをさせたくなくて、あんな態度しか取れず…
悪かったね」
わたしはウィリアムの言葉に安堵した。
だが、次の…
「君を嫌う理由は無いよ、君は、僕の友だからね」
その言葉は、心臓を貫いた。
◇◇
オーロラ・モラレスの15歳の誕生日___
あれから一年が経ったという事だ。
あれから一年が経っても、わたしは『エバ』だった。
「オーロラ様!お誕生日おめでとうございます!」
「オーロラ様!今日は特別輝いて見えますわ!」
「オーロラ様!」
生徒たちがオーロラを囲み、誕生日を祝っている。
オーロラ・モラレスは、学園でも評判が良かった。
美しく、才女で、心優しく、寛大…
ウィリアム王子の婚約者は、まるで聖女の様な方だと___
どうしてそんな風に言われる様になったのかは知らない。
気付くとオーロラは、生徒たちからそんな風に崇拝されていた。
わたしではない『オーロラ』が作り上げられていく…
生徒たちに囲まれ、幸せそうに微笑む彼女を見ていると、
彼女はもう、元に戻る気が無いのではないかと思えてきて、
わたしは不安になった。
昼になり、食堂へ行くと、そこでもオーロラが噂されていた。
「今日、オーロラ様のお誕生日ですって!」
「お屋敷の方でパーティが開かれるとか」
「ウィリアム様も招待されてますのよね?」
「当然よ!婚約者だもの!」
「王族もいらっしゃるのでしょう?」
「ああ、憧れますわ~!!」
ウィリアムがオーロラの誕生日パーティに…
14歳の誕生日は、誕生日プレゼントだけだったのに…
ウィリアムもオーロラに惹かれ始めているのだろうか?
だが、それは『今のオーロラ』で、『わたし』では無い___
わたしは気落ちし、皿の上の料理をフォークで突いた。
行儀は悪いが、食欲が無い。
「オーロラ様のお誕生日ですって、教室でも朝から大騒ぎよ!」
隣のシャーロットが、騒いでいる生徒たちを煩そうに見て零す。
「ねぇ、エバ、オーロラ様って、そんなにいい人なの?」
そんな事を聞かれ、わたしは返答に困った。
何をどう答えればいいのか…戸惑っていると、
シャーロットは自分の中で納得してくれた。
「まぁ、雇い主の事は話せないわよね、ごめんなさい。
でも、あたしはちょっと胡散臭いと思ってるのよね…
『聖女様』って言われてるけど、あの人、言葉だけだもん、
言葉で周囲を操るっていうの?演技が上手くて賢いのは確かね…
ああ、ごめんなさい、今のは聞き流していいから」
シャーロットは肩を竦めた。
シャーロットの見解は当たっていなくも、遠からずで…
わたしは益々食欲が無くなってしまった。
「エバ、あなたの誕生日はいつなの?」
「…今日です」
わたしはぼんやりと零した。
「そうだったの!?早く言いなさいよ!こうしちゃいられないわ!
エバ、お先に!」
シャーロットは料理を口いっぱいに詰め込むと、席を立った。
放課後、シャーロットとマデリーンが揃ってわたしの教室に来た。
そして、「一緒に帰りましょう!」と、わたしを教室から引っ張り出した。
寮に帰るのかと思えば、学園を出て、近くのカフェに入って行く。
学園生御用達のカフェだ。
テーブルに着くと、シャーロットとマデリーンは顔を見合わせ、「せーの」で…
「「エバ、お誕生日おめでとう!」」
わたしに小さな花束を差し出した。
わたしは驚き、目をパチパチさせてしまった。
「お誕生日プレゼント…わたしに、ですか?」
「そうよ!今日、誕生日なんでしょう?」
「は、はい…でも、まさか、お誕生日プレゼントを頂けるなんて、思わなくて…」
こんな素敵なお友達から…
「ありがとうございます!わたし、とっても、とっても、うれしいですわ!」
思わず涙ぐみ、わたしは花束を握っていた。
「喜んで貰えて良かったわ!」
「さぁ!ケーキを選んで、エバ!私たちの奢りよ!」
「今日だけだからね☆」
わたしたちは、それぞれに好きなケーキを注文し、分け合って食べたのだった。
こんな素敵な誕生日は初めてだ___
オーロラだった頃は屋敷でも盛大に祝って貰っていたし、沢山のプレゼントを貰っていた。
だけど、こんな風に、身近に自分への愛を感じたのはいつぶりだろう?
それが酷く遠い昔の事の様に感じられた。
寮に戻ると、もう一つ、わたしを喜ばせるものが待っていた。
サマンサからの誕生日のプレゼントだ___
花束と、繊細で綺麗なネックレス、緑色の宝石が付いている。
『エバ』の、緑灰色の目によく似合うだろう。
「素敵だわ!」
《社交の場が増えるでしょうから、持っておくといいわ》
その気遣いがうれしい、きっと、母もプレゼントしてくれただろう…
それから、もう一つ…
小さな額に入った油絵の絵画で…
そこには、美しく優美なノアシエルが繊細に描かれていた。
「ああ…!」
わたしは感動に震え、言葉が出て来なかった。
わたしが入学祝いの栞を気に入り、使うのが勿体ない、額に入れて飾りたい程だと書いたのを、サマンサは覚えていてくれたのだ!
「ああ!大好きよ!わたしの小母様!!」
わたしは部屋の花瓶に花束を飾り、机上に絵画を置き、便箋を取り出した。
思い掛けず、幸せな誕生日になった。
シャーロットとマデリーン、そしてサマンサのお陰だ。
少なくとも、三人は『わたし』を愛してくれている…それが心強かった。
わたしは喜びに包まれ、その事を手紙に綴った。
十分に幸せだったが、夜、寝る時になり、急に悲しみが襲ってきた。
両親はどうしているだろう?
『わたし』ではないオーロラの誕生日を、何も知らずに祝っている…
それは、『わたし』ではない___
そう言えたらいいのに…
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