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二月が経ち、この日は王城でパーティが開かれ、来賓も多く呼ばれた。
この席上、王から「婚約の意」を聞かれる事になっていた。
勿論、わたしの返事は既に決まっていた。

今夜、クレマン様と婚約するのね___

わたしは逸る気持ちを抑えつつ、パーティ会場に入った。

こんな日ではあるが、わたしたちに用意されたのは、白い聖女の装いだ。
いつもよりも豪華ではあるが、代わり映えはしないだろう。
来賓たちの豪華で華やかなドレスの中では、異質に映る。

一度位、ドレスを着てみたい…
常々、そんな事を思っていたが、今日は気にならなかった。
ドレスを着るという願いよりも、クレマンと結婚する方が、わたしには魅力的だったからだ。

わたしとアンジェリーヌが王の元に向かうと、クレマンとマリユスが控えていた。
わたしはクレマンに微笑んだ。
クレマンも微笑み返してくれ、わたしは勇気付けられた。

「それでは、聖女よ、聞かせて貰おう。
聖女セリーヌよ、クレマンと婚約の意はあるか?」

わたしは小さく息を吸い、それを答えた。

「はい、わたしの愛を、クレマン様に捧げると神に誓います___」

これは、婚約の意がある場合に答える、決められた言葉だったが、
わたしの心からの言葉でもある。

「これにより、聖女セリーヌと第三王子クレマンの婚約___」

「お待ち下さい、王様!」

婚約と成す___

その言葉を遮ったのは、他でもない、クレマンだった。
一体、クレマンはどうしたのだと言うのか?
わたしは呆気に取られ、彼を見ていた。

「私は聖女セリーヌとは、結婚出来ません!」

クレマンの声が高らかに響き、わたしは茫然となった。

「どういう事だ、クレマン!」

王の厳しい声が飛ぶ。
クレマンがわたしの前を素通りし、アンジェリーヌの隣に立ったのを見て、
わたしはそれに気付いた。

アンジェリーヌ!?

わたしが見ると、アンジェリーヌはニヤリとわたしに笑って見せた。

まさか、アンジェリーヌが、クレマンを誘惑して…?

嫌な考えに襲われる。
だが、クレマンはその考えを肯定する様に、王に言った。

「私は聖女アンジェリーヌを愛しています!
聖女アンジェリーヌも、私を愛してくれています!
どうか、私と聖女アンジェリーヌの結婚をお許し下さい!」

「なんだと!?」

王が声を荒げ、側近たちが慌てて取りなしに掛かった。

「王様、聖女アンジェリーヌと愛し合っているのならば、それでよろしいかと…」
「無事に結ばれたのですから…」
「相手が聖女ならば、どちらでも良いでしょう…」
「しかし、聖女セリーヌはどうするのだ!」
「聖女セリーヌの方は、他の者を…」

その相談は、わたしたちの所まで届いていた。
アンジェリーヌはニヤニヤと笑い、周囲の来賓たちも噂を始めた。
その上、結論を待たずに、クレマンが声を上げた。

「この場を持ち、聖女セリーヌの悪行を告発させて頂きます!」

わたしは頭が真っ白で、何も考えられなかった。
突然の断罪に、ただただ、茫然とするばかりだ。

「聖女セリーヌは普段より聖業を怠り、その全てを聖女アンジェリーヌに押し付けてきました。
その為、聖女アンジェリーヌは倒れ、先日まで病に臥せっていました。
その間も聖女セリーヌは神殿を抜け出し、遊戯に興じていたのです!
私は彼女の口から、どれだけ楽しく過ごしていたか聞かされていたので、確かです!」

周囲で、「まぁ!」と批難の声が上がった。

わたしは確かに、クレマンに旅での発見を話した。
それは、クレマンに面白いと思って貰いたかったからだ。
クレマンもわたしの話を笑顔で聞いてくれていたのに…
わたしは自分が何を責められているのかも分からなかった。

「私は、この国の王子として、彼女の様な者を《聖女》とは認められません!
愛する事など、到底出来ません!」

クレマンの叫びに、共感する声があちこちから聞こえた。

「聖女セリーヌよ、クレマンが言った事は事実か?」

王の声に、わたしは「はっ」とした。
王を見ると、見た事も無い恐ろしい顔をしていて、わたしは震えた。

「わたしは…聖業を怠った事はございません。
神殿の外に出ていたのは、聖業の為です。
必要であれば、記録しておりますし、供の者たちもおりますので、詳しくお話致します。
アンジェリーヌが臥せっていた事は、存じませんでした…」

アンジェリーヌとクレマンが会っていた事も…

「知らないとは言わせないぞ!王様、二人は双子です!傍にいれば分かる筈です!
知っていて、聖女セリーヌは聖女アンジェリーヌを助けなかったのです!」

助け…治癒の事だろう。
勿論、知っていれば助けた筈だ。
だけど、わたしは知らなかったし、十中八九、アンジェリーヌのは仮病だ。

今見ても、肌は艶々とし、顔色だって悪くない。
その青色の目は、活き活きと輝いている。
だけど、わたしにアンジェリーヌの嘘を暴く事は難しい…

きっと、誰も信じてはくれないわ…

これまでも、両親はわたしよりもアンジェリーヌの言う事を信じたし、
大司教、修道女長もアンジェリーヌの味方だ。
その上、クレマンまでもが…
一体、わたしに何が言えるというのか!
わたしは唇を噛むしかなかった。

「聖女アンジェリーヌ、第三王子クレマンの婚約を認める!
尚、聖女セリーヌについては、後日、沙汰を下す!」

王が怒りを持った声で告げると、衛兵たちがわたしを捕らえに来た。
わたしは助けを求め、咄嗟にクレマンを見たが、クレマンはアンジェリーヌを抱き寄せていた。
衛兵たちに引き摺られて行く中、わたしが目にしたアンジェリーヌの顔は、殊更満足気だった。

衛兵たちはそのままわたしを大神殿まで連れて行き、「閉じ込めておけ!」と命じて去って行った。

どうしてこんな事になってしまったのだろう…
クレマン様と婚約するのは、わたしだった筈なのに…
どうして、アンジェリーヌが!!

その答えなら、考えるまでもなかったが、わたしは受け入れられなかった。
アンジェリーヌがわたしの目を盗み、密かにクレマンと会っていたなど…
クレマンがアンジェリーヌを選び、わたしを捨てたなど…

「止めて!!」

そんなの、信じられない!信じたくない!!

「クレマン様は、いつだって、わたしに優しかったわ…」

今日のクレマンは、わたしが知っているクレマンではなかった。
クレマンはいつも優しく、笑っていた。
あんな風に顔を顰める事も、声を荒げる事も、誰かを責めた事も、一度として無かった。
まるで別人だ、クレマンはあんな人ではない!

「クレマン様は、わたしを可愛いと言って下さったわ…」

いつだって、わたしを受け入れてくれた。
会えないのを残念がってくれ、身を案じてくれた…

「そうだわ!クレマン様からの手紙が___」

手紙を読めば、わたしたちが思い合っていた事が、誰の目にも分かるだろう。
わたしは一縷の望みに賭け、部屋へ入った。
だが、幾ら探しても、手紙は見つからなかった。

「どうして!?引き出しに入れていたのに…!」

クレマンからの手紙の代わりに出て来たのは、引き裂かれたマフラーだった。
一目で、わたしがクレマンに贈ったマフラーだと気付いた。
同様に贈った、手袋、刺繍のハンカチ等も、引き裂かれていた。
わたしはそれを手に、茫然となった。

クレマンが引き裂き、送り返してきたのだろうか?
喜んで受け取ってくれたのに…
本当は、気に入らなかったのだろうか?

「それなら、そう言って下されば良かったのに…」

音も無く涙が零れた。


◇◇


わたしは謹慎を言い渡された事で、部屋に鍵を掛けられ、隔離された。
修道女は食事を運んで来る位で、誰に会う事もない。
だが、今のわたしにはその方が良かった。

酷く気落ちし、何もやる気になれず、ただ、ベッドに横になっていた。
思い出せば、涙が零れてくる。
アンジェリーヌへの憎しみもあるが、クレマンを失った悲しみ、後悔が大きかった。

アンジェリーヌは最初からクレマンを狙っていたのだ!
アンジェリーヌはわたしを神殿から追い払い、まんまとクレマンを手に入れた。

もっと、気を付けるべきだった…
アンジェリーヌの事を良く知っていた筈なのに…
わたしはアンジェリーヌを疑いもしなかった。

「馬鹿だったわ…」

そして、クレマンの言葉を、全て信じてしまった。

「きっと、全部嘘だったんだわ…」

真実だったなら、これ程簡単に、アンジェリーヌに乗り換えたりはしないだろう。

わたしが可愛いなんて嘘よ!
だって、わたしは可愛くなんてない!
地味なわたしより、美人のアンジェリーヌの方が良かったんだわ!

「皆、そう!」

いつも、選ばれるのはアンジェリーヌ___

物心着いた時から、知っていたのに、都合良く忘れていたのだ。
いや、忘れたかった、信じたかったのだ。

クレマンこそ、わたしの運命の相手で、
クレマンだけは、アンジェリーヌよりも、わたしを選んでくれたのだと___

わたしは独り、声を上げて泣いた。


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