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8 /オーギュスト

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食物が育たないとか、料理が美味しくないとか…
何やら聞いてはいたが、確かに、パンは固く味気ないものだった。
だが、密度があり腹持ちは良さそうだ。

「聖女様は、普段何を召し上がっていらっしゃるのですか?
こちらでご用意出来ると良いのですが…まだ、冬も終わっていませんし、
我が国は食糧に乏しく…」

ナタリーが申し訳なさそうに言う。

「修道女には色々と制約がありますが、聖女には特に制限はありません。
皆さんが食べる物と変わりは無いと思います。
わたしは修道女と同じ物を食べる事が多かったので、パンと水があれば平気です」

わたしは然程、食べる事に執着が無かった。
食事は生きる為のもので、楽しむ事はほとんど無かった。
アンジェリーヌなどは逆で、食べる物には煩く、
「今日は骨肉の気分なの!」とか、「パスタが食べたいって言ったでしょう!」とか…
毎日の様に我儘を言い、周囲を困らせていた。

ナタリーとメラニーは安堵した面持ちになった。

「聖女様、お好きな食べ物は何ですか?」

わたしは頭を巡らせる。

「アップルパイ…」

ポツリと漏れた。

「アップルパイですか!美味しいですよね!高級で滅多に食べられませんけど…」
「パイは難しいですが、林檎は良く取れるんですよ!」
「そうそう!少し小ぶりで貧弱ですが、味は良くて…」

盛り上がる二人を眺め、わたしはもう一つ零した。

「毎年、誕生日に母が焼いてくれていたんです…」

毎年、誕生日には、母がわたしとアンジェリーヌ、
二人に一ホールずつ焼いてくれ、差し入れてくれていた。
わたしは毎年、それを楽しみにしていた。

今年は無かったけど…

二十歳の誕生日は特別なもので、両親からは絹のスカーフと手紙が送られてきた。
祝福の言葉と、良い人と出会える様に、婚約式、結婚式には出席する…
と書かれていた。
わたしはクレマンに出会えた事で、両親の期待に応える事が出来ると喜んでいた。
でも、まさか、こんな事になるなんて…
両親は考えもしなかっただろう。
部屋の物も持ち出せなかったので、スカーフも手紙もそのままだ___

ふと、二人が気まずそうにしているのに気付いた。

「ごめんなさい、今のは忘れて下さい」

「いえ…あたしたちこそ、思い出させてしまって、申し訳ありません…」

「いいえ、わたしが良くなかったんです。
これからは、この国に居るのですから、好きなものは、この国で見つけます」

二人を安心させようと明るく言うと、
ぎこちないながらも、二人は笑みを返してくれた。



◇◇ オーギュスト ◇◇

「それで、聖女はどうだ?不審な点は無いか?」

オーギュストはメラニーに訊く。
メラニーとナタリーは、見た目こそ普通の二十代の女性だが、特殊訓練を受けた密偵だ。
彼女たちの役目は、聖女を探る事と同時に、聖女の護衛でもあった。

「今の所、不審な点は見当たりません。
令嬢の様に淑やかで、高貴な雰囲気がありますが、普通の年頃の娘の様に繊細で…
もし、あれが演技であれば、相当の手練れだと思われます」

オーギュストは内心、『確かに』と頷いた。
自分が接してみた限り、繊細でか弱い小娘だった。
子供と接した事は無かったが、守ってやらねばならない気にさせられ、つい、抱きしめていた。
マントを握って離さないのには苦労した。

メラニーに「騎士団長様にお返しする様に申し付かりました」と返された時には、
少々ばつが悪く、「夜は冷える、何か用意してやれ」と素っ気なく返したのだった。

「何か隠している様にも見えません、尋ねれば、躊躇なく答えますし、
国に口止めをされている様子もありません」

「何を聞いた?」

「聖女の食事には制限は無いそうです。
聖女様は修道女と同じ物を食べる事が多く、パンと水があれば平気だとか…」

「聖人の様だな…」

贅沢三昧かと思っていたので気が抜けたが、質素過ぎるというのも、困りものだ。
一緒に食事をする者は気を遣うだろう。

「聖女様ですから」

メラニーが真面目に返してきたので、オーギュストは一旦口を結んだ。

「尤も、ご本人は、力があるだけで、中身は普通の娘だと申しておりました」

「力があるだけ…か」

その力を、どれだけの者が欲しているか…
争ってでも手に入れたい者は多いだろう。
だからこそ、ファストーヴィ王国は安泰していても尚、軍事力に力を入れている。

「好きな食べ物を聞いた時には、アップルパイだと言っていました」

「アップルパイか、貴重だな…」

ブラーヴベール王国では、林檎は良く採れるが、パイ生地を作る原料は高価で揃わない。
故に、林檎は大抵、コンポート、ジャム、果実水、酒等にされる。

「そうではありません、ただのアップルパイではなく、
誕生日に母親が焼いてくれるアップルパイなんですよ!
聞いていたら、なんだか、可哀想になってしまって…」

特殊訓練を受けた密偵だというのに、同情しているらしい。
オーギュストは呆れ、嘆息した。

「あまり入れ込むな、目が曇るぞ」

「分かっていますけど…氷壁と名高い騎士団長様とは違います」

メラニーは文句を言う。
オーギュストにこの様な生意気な態度が取れる者は滅多にいない。
若さ故の怖い者知らず、又は、オーギュストを良く知っているかだ。

「聖女様は、『これからはこの国に居るのだから、
好きなものはこの国で見つける』とおっしゃっていました。
とても悪い方には見えません」

「おまえの意見は言わなくていい、それより、もう少し突っ込んだ質問をしてみろ。
食事事情など、わざわざ隠す情報でもない」

「突っ込んだ質問は難しいです、何気ない会話の延長線上でなければ変に思われます。
密偵だとバレたら首にされるじゃないですか!」

「分かった、上手くやれ。
こちらが主として聞きたい事は、ファストーヴィ王国が何を企んでいるかだ。
聖女を手放すには、それなりの理由がある筈だ___」

「彼女が知っているとは思えません。
知っていれば、あんな風に泣いたり、悲しんでいたりはしないでしょう?」

オーギュスト自身、『聖女は利用されただけ』と感じていたが、
それでも、調べない訳にはいかなかった。
国に損益を出す訳にはいかない、危機的状況を招く訳にはいかないからだ。

「知らなくても、何か見聞きしているかもしれない。
何気ない会話の中で、無意識に情報を漏らす事もあるだろう」

メラニーは納得したのか、「承知致しました」と大人しく頭を下げ、馬車を出て行った。

独りになったオーギュストは、息を吐いた。
その脳裏に、蒼褪め涙に濡れた顔が浮かぶ。

「この国に居るのだから、好きなものはこの国で見つける…か。
どうやら、もう、大丈夫そうだな…」

ふっと、笑いが零れた事に、オーギュスト自身は気付いていなかった。

「しかし、あの小娘が、結婚か…」

まだ子供だというのに、国の駒にされるとは…

「気の毒にな…」


◇◇◇
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