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晩餐の折、わたしはオーギュストにフロコンの事を報告した。

「オーギュスト様、使用人が犬を連れて来て下さいました!
捨てられていた様で、酷く痩せていますし、足には怪我を負っていました。
でも、きっと直ぐに太ります!良く食べていましたし、
好き嫌いもないみたいですから!
使用人たち皆、フロコンの愛らしさに心を奪われています。
きっと、フロコンにも伝わっているわ…」

心が癒されれば、これからは良くなるばかりだ___

わたしはフロコンのこれからに思いを馳せ、うっとりとしていた。
対するオーギュストは、いつも通りで落ち着き払っていた。
料理を食べ進めながら、サラリと聞く。

「足の怪我を治したのか?」

何故、分かったのだろう!?
わたしはヒヤリとなった。
誤魔化しても分かってしまう事なので、この上は正直に頷いた。

「はい…いけなかったでしょうか?」

「勝手に力を使うなと言っておいた筈だ」

その声は殊更冷たく聞こえ、わたしはフォークとナイフを置いた。
この程度の事でも許可が必要なのかと疑問だったが、
それを言うと更に怒らせてしまう気がし、大人しく謝る事にした。

「すみません…」

「まぁ、良い、次からは必ず許可を取る様に」

叱られなかった事には安堵したが、モヤモヤとするものはある。
大怪我をし、目の前で死に掛けていたらどうするのだろう?
王様から許可を取る前に死んでしまうわ!
わたしの不満が伝わったのか、オーギュストが青灰色の目を鋭くし、わたしを見た。

「厳しく管理するのは、おまえを利用しようとする者が現れるからだ。
ここはファストーヴィ王国の様な、呑気で平和な国ではない。
おまえなど、良い鴨だ。気を付けて足りない事はない、良く覚えておけ」

わたしは全く信用が無い様だ。
それに、今のオーギュストは《夫》ではなく、《騎士団長》の顔をしている。
わたしは「はい…」と項垂れた。

「それから、あまり入れ込み過ぎるな、犬は人間よりも早く死ぬ」

飼ったばかりで、《死》の話なんて!
オーギュストは悪い方に考え過ぎなのだ。

「後悔しない様、その日まで、愛情を注ぎますわ」

わたしが返すと、オーギュストが目を上げた。
それは何処か責めている様に見え、彼が機嫌を損ねた事が分かった。

「すみません、生意気な事を申しました…」

「勝手にしろ、泣くのはおまえだ」

冷たく、突き放された気がした。
悲しくなり、わたしは呟いていた。

「ええ、きっと、泣きます。
でも、それは、愛があるからです、愛は悪いものではないわ…」

オーギュストは何も答えず、食事を進めた。


◇◇


フロコンは見違える様に元気になり、餌をペロリと食べ、使用人たちにも直ぐに懐いた。
犬の世話は全て使用人に任せ、わたしはたまに触れさせて貰うだけで、
その様子を遠くから眺める事にした。
それだけでも十分だった。

夢が叶った___

これは、オーギュストのお陰でもある。

彼が許可をしてくれたから…

わたしは『お礼に』と、これまで作り溜めていた手芸品を渡す事を思い付いた。
メラニーとナタリーの助言から、作ってはみたものの…
クレマンの時の苦い思い出が蘇り、中々渡せずにいた。
だが、これなら良い口実になるし、《お礼》ならばオーギュストも捨てたりはしないだろう___

夜、オーギュストが寝室に入って来るのを待ち、わたしはそれを差し出した。

「これは、犬を飼う許可を下さったお礼です。
こちらは、勝手に怪我を治してしまい、ご迷惑をお掛けした事へのお詫びです…」

数枚の刺繍のハンカチ、マフラー、手袋を前に、
オーギュストは口を開け、そして、閉じた。
それから、呆れた様に嘆息した。

わたしはどうして彼がこんな態度を取るのか分からず、
先程まであった楽しい気持ちは、みるみる萎んでいった。

「気に入らないのでしたら、他の物にします…
キルトのベッドカバーはいかがですか?それとも、クッション…」

「いや、特に必要ではない。
犬を飼う許可や迷惑に対する、謝礼やお詫びもだ。
その程度の事で一々こんな事をするな。
それは、誰か必要としている者にでもやれば良い___」

誰かに…?

本当は全て口実で、ただ、贈り物をしたかっただけ…
全てオーギュストを想って作った物たちだ、誰にあげろというのか…

目の前が暗くなり、胸に嵐が吹き荒れたが、わたしは何とか平静を装った。

「はい、承知致しました」

わたしはそれを手に、内扉から部屋へ戻った。
それらをクローゼットの奥に押し込めた所で、気力はプツリと途切れ、
涙が一筋零れた。

もう、泣かないと決めたのに…
こんな事位で、どうして涙が出るのだろう?
酷く胸が痛み、後から後から、涙が溢れてくる…

「ひっ…く…」

受け取っても貰えないなんて…

わたしはそれ程に、価値が無いのか___!

わたしは必死でそれを拭いながら、唇を噛み、声を殺した。


オーギュストが変に思わない様、わたしは涙を止めると、
しっかりと心を落ち着かせ、寝室に戻った。
オーギュストはもう眠っている様だった。
わたしは窓辺に置かれたランプの灯りを消し、ベッドに入った。
そして、彼に背を向け、丸くなると、何も考えない様にし、眠りについた。

考えれば考える程に、きっと、泣いてしまう…


◇◇


それから数日も経たない内に、わたしは王都を立つ事になった。
各地の要所を周り、土地を浄化し、邪気を祓い、結界を張る為だ。

長旅になる為、準備をしていた所、ナタリーがクローゼットの奥の物に気付いた。

「聖女様、こちらは…騎士団長様にお渡しされていなかったのですか?」

わたしの体は一瞬強張ったが、何とか笑みを浮かべた。

「はい、必要無いと言われて…
わたしがいけなかったんです、どう言ってお渡ししたら良いか分からなくて…
《お礼》だなんて言って、オーギュスト様は高潔な方ですもの、
気を悪くするのも当然です…」

「そんな、騎士団長様は、高潔なんかじゃありませんよ!」

「そうです、あれは、ただの偏屈、朴念仁です!
聖女様のお気持ちを知ったら、泣いて喜びますよ!」

そんな事は絶対に無いだろう。
彼はわたしの事など、何とも思ってはいないのだから…
わたしは苦笑し、頭を振った。

「いいんです、この事は忘れて下さい」

二人はまだ何か言いたそうにしていたが、わたしは気付かない振りをし、
準備を進めたのだった。

もう、辛い思いなんてしたくないもの___





翌朝、わたしは久しぶりに聖女の衣装を身に着けた。
頭にも白いベールを被る。

小宮殿を出る前に、フロコンに挨拶をした。
頭や体を撫でてやり、「暫く留守にするの、館をお願いね、フロコン」と声を掛けると、
フロコンは大きな尻尾を忙しく振り、元気良く「オン!」と吠えた。

「聖女様、こちらを…」と、料理長が大きな袋を渡してくれた。
中には小さな瓶が幾つか入っていた。

「干した林檎です、お口に合わないかもしれませんが…
長旅ですし、甘い物は滅多に手に入らないでしょうから…」

「まぁ!ありがとうございます、心遣いに感謝します」

わたしがお礼を言うと、料理長は照れた様に頭を掻いた。


メラニーとナタリーを引き連れ、用意されていた馬車に乗る。
輿入れの際の派手な馬車とは違い、造りは立派だったが、余計な飾りは無かった。
馬車内も座席のクッション良い物だが、金が張られていたりはしない。
尤も、こちらの方が落ち着くので、わたしとしては良かった。

馬車は小宮殿から表門に向かい、待っていた騎士団の一行と合流した。
騎士団長は勿論、オーギュストだ。
窓のカーテンの隙間から、そっと覗いてみたが、遠いので姿は見えなかった。
だが、指揮を執る、彼の凛々しい声は耳に届いた。
それは、不思議と安心出来た。





まず向かったのは、王都郊外の土地だ。
広範囲に荒れ地が広がり、そこは草も生えていなかった。
馬車から降りると、風が吹き抜けた。
砂が舞い、埃っぽい。

「まるで、生気を感じないわ…」

何て、寒々しいのだろう…

わたしは両手を天に掲げ、力を集中させた。
わたしの足元は金色に輝き、それは波紋の如く、広がる…
そして、いつしか、その光は消えていた。

「浄化が終わりました」

わたしは後ろで見守っていたオーギュストに声を掛けた。
オーギュストはいつも通り、表情の無い顔で、「ご苦労!」と頷いた。

彼らしいのだが、わたしたちを見て《夫婦》と思う者はいないだろう…
わたしは自嘲した。

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