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20 オーギュスト/王

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◇◇ オーギュスト ◇◇

《仮面夫婦》の疑いを晴らす為に、《夫婦》を装う事にした。
最初は手探りだったが、毎日の繰り返しともあり、それは直ぐに身に付いた。
《妻》の元を訪ね、声を掛け、握手をし、キスをして別れる…
習慣であり、礼儀作法に近い。
だが、効果はあるもので、「愛妻家ですねー」等と言われる様になった。

「私が愛妻家だと?馬鹿馬鹿しい…」

全く相手にしなかったが、それでも、作戦が上手くいっている事には満足していた。
これならば、「仮面夫婦だ」と訴えられる事も無いだろう。
後は、子が出来ない理由を探せばいい___
オーギュストはこの苦境を乗り切る事しか頭になかった。

それなのに…

一体、何時からだろう?
完璧だった作戦に、僅かな綻びが生まれた。

ああ…
きっと、あの夜からだ…



「オーギュスト様、大丈夫ですか?お疲れでしょうし、お忙しいのですから、
わたしなどの事で、無理をなさらないで下さい…」

セリーヌは普段から、やたらと体調の事を言って来る。
オーギュストは大の大人で、泣く子も黙る騎士団長だ。
体調管理位出来ている___という自負もあり、放っておいて欲しいという思いが強かった。

「この位、どうという事は無い。
君の方こそ、そんな心配はせず、休むんだ、顔色が悪いぞ」

セリーヌの顔色は無く、今にも倒れそうに見えた。
そうだと言うのに、当のセリーヌは毅然とした態度を見せる。

「きっと、灯りの加減です、わたしはいつも通りですので、ご安心下さい」

最近、オーギュストにも分かってきたが、
セリーヌはこうして毅然としている時程、信用ならない。
彼女のは虚勢に過ぎない。
ヘラヘラと笑う彼女に、オーギュストは厳しい目を向けた。

「多くの団員たちを見て来ている私が言うんだ、間違いない、君は疲れている。
疲れが取れぬ内は、ここから出さない、分かったら大人しく寝ろ。
君に何かあれば…」

「本末転倒ですね」

オーギュストの言葉を、セリーヌが攫った。

「勿論、わたしは平気ですが、そこまでおっしゃるのでしたら、先に休ませて頂きます。
わたしの力が必要な時には、直ぐに起こして下さい」

あくまでも強がるセリーヌに、オーギュストは呆れて頭を振った。

「《聖女》というのは、頑固者だな」

セリーヌが静かになり、オーギュストは嘆息した。

「大人しく寝ていれば良いものを…」


それにしても、あの時、自分は何を言い掛けたのか…

『君に何かあれば』

本末転倒?
ああ、そうだ、この旅は土地の浄化、邪気祓いを主としている。
我々騎士団だけでは何も出来ない___

だが、言いたかった事は、そんな事では無い気がした。


夜も更けた頃、「オーギュスト様」と呼ばれた気がした。
だが、オーギュストは気付かない振りをした。
また、煩く言われるだろうと思ったからだ。

だが、彼女は続けて何か言う事は無かった。

ただ、それまであった疲労が、一瞬で消えたのが分かった。
頭が妙にスッキリとしている。

これは___!

オーギュストは思わず振り返った。
寝具の中で彼女がもぞもぞと動く。

全く、休めと言ったのに…

「お節介なヤツだ…」



面倒に思いながらも、同時に、奇妙な感覚に囚われる。
これ程、自分を気に掛けてくれた存在があっただろうか?

両親から愛される兄たちを遠目に眺め、羨ましいと思いながらも、
自分には手に入らない、そんな資格は無いのだと、事ある毎に思い知らされた。
傷を重ね、いつしか、何も感じなくなっていた。

セリーヌといると、諦め、捨て去ったものを思い出す。

苦しく苦く、傷を抉られる…

それなのに、うれしくもある。

求めていたものを手に入れた、そんな気がするのだ。

そんな筈はない。
疾うの昔に諦めたのだ。
自分には必要ではない___

オーギュストは考えない様にし、忘れる事にした。
だが、《夫婦》として毎日顔を合わせ、傍にいるのだから、それも難しい。

気付けば、気に入りの場所に彼女を誘っていた。
気付けば、眠れない彼女に、ホットショコラを淹れてやっていた。
気付けば、彼女の事を見つめている…

「気の迷いだ…」

オーギュストはそれを振り払う。

もうすぐ王都に着く。
セリーヌは一旦役目から解放され、館で過ごす事になる。
そうなれば、団員たちの目もなくなり、今程《夫婦》を装う必要もなくなる。
そうなれば、全て元通りだ___

だが、どういう訳か、それを惜しんでいる自分がいた。


◇◇


王都に着き、オーギュストは直ぐに報告に向かった。
謁見の間ではなく、小会議を行う場所で、人払いもされた。
集まったのは、王、宰相、側近数名、それに加え、珍しく第二王子ガブリエルの姿があった。

第二王子ガブリエルは、オーギュストの異母兄だ。
異母兄たちは、側室の子であるオーギュストを蔑んでおり、忌み嫌っていた。
必要でなければ顔を合わせる事は無く、碌に話した事もない。

そのガブリエルが、何故いるのか…

オーギュストは不審に思いながらも、報告をした。

「計画通りに進んでおります。
牧草地帯では、浄化により一体が豊かな草原に変わりました。
牛、羊等の餌は十分でしょう___」

皆、一様に満足していたが、何処か手放しでは喜んでいない、
重い空気を感じた。
その理由が判明したのは、報告を終え、王から労いの言葉を貰った後だった。

「それでだ、オーギュスト、聖女の子はまだ授からぬのか?」

オーギュストは、『その事か』と口元を引き締めた。
いつかは聞かれるだろうと思っていたが、まだ先の事だと思っていた。
オーギュストは苦々しく思いながらも、言葉を選んだ。

「はい、この道中は、計画を遂行する為、聖女の体調を最優先しておりました」

「確かに、聖女が働けぬとなれば本末転倒だ、致し方あるまい。
だが、一旦は片付いた、これから暫くは休養し、子作りに励むが良い」

オーギュストは「御意」と答えたが、王は続けて警告をした。

「一年の内に子が授からないのであれば、離縁させる」

「馬鹿な事を!」

オーギュストはカッとして言っていた。
オーギュストは普段より、然程感情を見せる人間ではない。
だが、今のオーギュストは、その目を怒らせ、王を凝視している___
予想と違った反応に、一同は恐れを抱いた。

「王に対し、何という暴言を!」と、側近たちが蒼褪めた顔で責める中、

「フン、馬鹿はどっちだ、聖女など、子を産まねばただの役立たずではないか!」

言い放ったのは、第二王子ガブリエルだった。
オーギュストはガブリエルをギロリと睨んだ。

「彼女は子を産む道具などではない!心を持っているんだ!」

「落ち着け、オーギュスト、おまえらしくもない。
道具とは言っておらん、だが、聖女には沢山子を産んで欲しい。
それだけ我が国が力を得られるのだ、おまえにも分かるであろう?」

王は冷静に話していたが、その言い分は、オーギュストの怒りを鎮めるものでは無かった。

「いいえ、分かりません。
ただ『産めば良い』というのは間違いでしょう。
何人生まれ様と、その子が不幸なら、この国にとって有益にはなりません。
私がそうだから、良く分かります」

王は最後の一言に引っ掛かりを覚えた。

「何を言うのだ、おまえの事を《王子》と認めたではないか、
他に何の不満があるというのだ?」

全く分かっていない王…父親に対し、オーギュストに他の怒りが沸き上がった。
オーギュストは冷たく怒りを含んだ目を、王に向けた。

「あなたは《認めた》だけです、家族にはなってくれなかった。
愛された事がない、愛し方も分からない者が、まともな家庭を持てるとでも?
ましてや、自分の忌むべき土台を作った祖国を愛せるとでも?」

王は愕然としていた。

「王様!この様な者とでは、碌な子は生まれませぬ!」
「一刻も早く、聖女様と離縁をさせるべきでしょう!」
「王様!我が国を思うのであれば、オーギュスト様は相応しくございません!」

側近たちが色めく中、王は静かにオーギュストに聞いた。

「それでは、おまえは、聖女と離縁したいと言うのか?」

「いいえ、逆です、離縁はしません。
彼女は私の《家族》ですから、誰にも手は出させない___」

オーギュストはキッパリと言い、部屋を出た。
廊下を突き進み、大股で回廊を歩きながら、漸く頭の熱が冷めてきた。

「余計な事を言った…」

不意に後悔に襲われた。
父に対して思う事はあったが、それを口に出すつもりは無かった。
自分は何も気にしていないと振る舞う事は、強がりだったが、相手にもそう思っていて欲しかった。
それを、あんな宰相、側近、それにガブリエルの前でぶちまけてしまった。

「まるで、子供だ…」

余計に自分が惨めに思えた。

結婚しない事、子を作らない事は、自分に《夫》や《父》になる自信が無かったからだが、
父と母への復讐でもあった。
自分という存在を、葬りたかった。
それを受け継ぐ者など、必要ではない___


◆◆ 王ヴィクトル ◆◆

「オーギュスト様は当てになりませんな」
「次の候補を考えるべきかと…」
「王室の側室になさるのが妥当かと…」

宰相、側近たちが王に進言するのを、王は黙って聞いていた。
いや、聞き流していた。
ややあって、王は厳しい顔を上げ、命じた。

「この件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用である!」

「王様!これは国の事ですぞ!」

「聖女はまだ二十歳だ、二、三年、くれてやっても良い。
それに、聖女は十分な働きをしておる、良いではないか」

王は毅然としていたが、内心では憂いていた。

自分としては十分にしてやったつもりでいた。
オーギュストは、上の二人の王子よりも余程善良で優秀で信頼出来る、王の自慢だった。
その自慢の息子が、まさか、自分に対し、不満を抱いていたとは…

「家族か…」

親として、オーギュストにしてやれる事は、これ位なのだろう…


◆◆◆
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