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しおりを挟むレオンから話が伝わったのか、陽が傾いた頃、ユーグが寮を訪ねて来た。
男子生徒は寮の中に入る事は出来ないので、わたしたちは外で話す事にした。
「話はレオンから聞いた。
エリザ、おまえからも話を聞かせてくれないか?」
レオンはアンジェリーヌを信じた。
ユーグもアンジェリーヌを信じるだろう…
そう思うと、虚しさが込み上げたが、泣き寝入りはしたくなかった。
わたしはなるべく冷静になろうと努め、それを話した。
「寮に帰る途中で、悲鳴を聞いて駆けつけたの。
泉の側でアンジェリーヌがずぶ濡れになっていたから、声を掛けたんだけど、
彼女は錯乱してたみたいで、悲鳴を上げて…そこにレオン様が駆け付けてきたの。
アンジェリーヌはわたしが突き落としたと言って、レオン様は最初信じなかったけど、
わたしがドロレス様の取り巻きだと聞いて、信じたみたい。
わたしの話なんて聞かずに、わたしを詰って行ってしまったわ」
「ドロレスの取り巻きをしているというのは、本当なのか?」
「取り巻きとは少し違うの、言うならば、アドバイザーかしら?」
「アドバイザー?」
「わたしは美容と健康に詳しいから、助言をしたり、実際にメイクや髪のセットをしてあげていたの。
わたしは断ったんだけど、報酬も貰っているわ。その価値はあるって。
いつも一緒にいる訳じゃないの、教室で会ったり、放課後に寮の部屋を訪ねるだけよ。
誓って言うけど、ドロレス様と一緒の時に、アンジェリーヌと会った事は無いわ」
「そうか…」
ユーグが息を吐く。
「信じられない?」
わたしが上目に見ると、ユーグは視線を返し、「いや」と頭を振った。
「だが、どうしてアンジェリーヌが嘘を吐いたのかが、分からない…」
「そうね、良い人そうだったのに…やっぱり、錯乱していたのかしら?」
「そういう事もあるだろう、誰かとおまえを見間違えたのかもな」
本気でそう思っているとは思えなかったが、ユーグはわたしの肩に手を置き、優しく撫でた。
慰められている気がし、少し泣きたくなった。
「アンジェリーヌは、わたしみたいに太っている女子生徒は他にいないから、見間違えたりしないって」
「おまえは太っていないよ、それに、見間違いは良くある事だ」
もう!義兄馬鹿なんだから!!
それでも、優しく微笑まれると、心が震えてしまった。
「そ、そんな事言うの、お義兄様だけなんだから!」
「エリザ、おまえが卑怯な真似などしない事は、俺が良く知っている。
おまえが意地悪な子じゃない事もな。
ドロレスにしている事も、彼女やエミリアンを思っての事だろう?
おまえは胸を張っていればいい___」
ユーグがギュっとわたしを抱擁した。
その温もりに、わたしは泣きたくなり、想いのままに、ギュっと抱きしめ返した。
◇◇
三日が過ぎても、アンジェリーヌの件は、大事にはならなかった。
アンジェリーヌの正体はまだ知られていないし、わたしはドロレスの取り巻きと思われている様で、誰も口にしないのだ。
このまま沈下し、忘れ去られる事を期待していた。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「エリザ、少し付き合ってくれるか?エミリアンには俺から断りを入れた___」
放課後、図書室の前でユーグが待ち伏せていた。
ユーグが向かった先は、例の場所、アンジェリーヌが落ちた泉だった。
そこには、レオンとアンジェリーヌの姿があり、少し離れて、学院生ではない男女二人が立っていた。
レオンは固い表情をしているし、アンジェリーヌは不機嫌そうだ。
例の話をするのだと思うと、どっと疲れた。
「言った」「言わない」の話になるのが目に見えていたからだ。
アンジェリーヌさえ嘘を吐かなきゃ、何も問題は無かったのに…
アンジェリーヌの表情を見る限り、彼女はわたしに敵意を持っている様だ。
「レオン、待たせたな、始めよう。
アンジェリーヌの話では、エリザに突き落とされたという事だが…」
「あたし、嘘なんて言ってないわ!あたしを信じてくれないの?
ユーグ様がそんな人だなんて!あたし、ショックでどうかなりそう!」
アンジェリーヌが大袈裟に騒ぐ。
何処か芝居染みているんだけど…
レオンにはそうは見えないのか、「落ち着け、大丈夫だ」と彼女を励ましていた。
「アンジェリーヌ、その日はどうして《ここ》に来たんだ?」
「手紙で呼び出されたんです。
放課後、泉に来いって、ドロレス様の名だったわ」
「その手紙を見せて貰っていいか?」
「手紙は無いの、燃やせと指示されていたから…」
「そんな不審な手紙を貰い、誰にも相談しなかったのか?」
「レオン様に相談したかったけど、ドロレス様が悪く思われるんじゃないかと…
レオン様の婚約者ですし、可哀想で…」
アンジェリーヌが殊勝な事を言い、レオンが「アンジェリーヌ」と彼女を支える。
レオンは騙されているんじゃないかしら?と不安になってきた。
アンジェリーヌはヒロインだし、レオンが好きになるのも仕方ないんだけど…
彼女はヒロインとしての魅力に欠ける気がする。
平気で嘘を吐くんだもの!信用出来ないわ!
「ここに来た時、エリザがいたのか?」
「誰もいませんでした、暫くして、エリザが来て、あたしを突き飛ばしたんです!」
嘘よ!!わたし、そんな事してないわ!!
叫びたくなったが、ユーグが手で止めた。
「それは正面からか?顔を見たのか?」
「正面からです!凄い勢いで突き飛ばされたの!」
「それで、泉に落ちた…他には誰もいなかったのか?」
「はい、エリザだけです!
ユーグ様が義妹を庇いたいお気持ちは分かります、
ですが、あたしはこの名に掛けて、嘘は申しません!」
この名に掛けて?
わたしは違和感を持った。
もしかして、アンジェリーヌは自身の出生を知っているのかしら?
チラリとそう思ったが、わたしはそれを打ち消した。
まさか!だって、それが知れるのは、もう少し先だ。
それに、まずは王室に報告がされ、王室から迎えの馬車が来た筈___
「エリザから聞いた話では、悲鳴を聞いて駆けつけた時には、アンジェリーヌはずぶ濡れだったそうだ。
声を掛けたが、悲鳴をあげられ、そこにレオンがやって来た。
そうだったな、エリザ?」
わたしはキッパリと、「はい!」と答えた。
勿論、アンジェリーヌは「そんなの、嘘よ!!」と、叫んだ。
「どちらが真実か見極める為、人を使って調べさせた。
報告をしてくれ___」
ユーグが見知らぬ男女に促した。
もしかして、この人たち、《探偵》だったの?この世界では、《密偵》かしら??
「はい、事件が起きた時間に通り掛かった生徒を探した処、何人か見つけました。
アンジェリーヌが一人で泉の方へ向かうのを目撃した者もいます。
程なくして、悲鳴が上がったそうです。
悲鳴の後、エリザが泉の方に走って行き、再び悲鳴が上がり、レオン殿下が向かったと」
その通り!!ブラボー!!
こんな場でもなければ、拍手喝采を送っていただろう。
一方、アンジェリーヌは見る見る顔色を失くした。
「嘘よ!皆であたしを陥れようとしているのね!?
幾ら、平民の娘だからって、酷いわ!
あたしは努力して、特待生になったのに!あたしには、学院生の資格がないというの!?」
そんな事、誰も言ってないし!話をすり替えないで欲しいわ!
わたしは腰に手を当て、アンジェリーヌを睨み見た。
この状況だというのに、レオンは「そんな事は誰も思っていない」と慰めている。
いい加減、その金色の頭を殴りたくなってきた。
「レオン、おまえはどうなんだ?」
ユーグがレオンを促した。
レオンも青い顔をしていた。
「ユーグからエリザの話を聞き、思い出したんだが…
一度、悲鳴を聞いた気がしたが、気の所為だと思った。
次に、はっきりと聞こえ、駆けつけた。
あの時は頭に血が上っていて、冷静ではなかった…
エリザの話を嘘だと決めつけ、責めて悪かった」
レオンに陳謝され、わたしは機嫌を直した。
間違いを認める事は、勇気ある行動だもの!
「間違いは誰にでもあるわ。
わたしは分かって貰えたらそれでいいから、この事は水に流しましょう!」
「エリザ、ありがとう…」
らしくなく弱々しい笑みを見せるレオンに、わたしは力強く頷いた。
だが、一方、アンジェリーヌは嘘を認める気がない様だ。
「でも、誰もここから出て来た人を見ていないのでしょう?
だったら、エリザしかいないわ!彼女しかいなかったんだから!」
「ああ、そうなんだ、だから不思議なんだよ。
一度目の悲鳴の時、誰もいなかった事になる___」
ユーグがじっとアンジェリーヌを見つめる。
これが、チェックメイトだった。
誰の目にも明らかだったが、アンジェリーヌは尚も食い下がった。
「違うの!確かに、突き飛ばされたのよ!きっと、茂みの中に隠れたんだわ!
きっと、ドロレス様よ!あの人に決まってるわ!
あたしは泉に落ちていたから、見てなかったの!
泉から上がった時、エリザがいたから…勘違いなの!」
あんなに自信満々に証言しておいて、今更「勘違い」??
わたしは嘘を重ねるアンジェリーヌに苛立った。
仇を取ってくれたのは、またもやユーグだった。
「ああ、ドロレスの名が出たから、一応、調べておいたよ。
君たちが泉にいた時、ドロレスは既に寮に帰っていた。
寮のメイドが証言している、彼女の着替えを手伝い、紅茶を運んだそうだ。
勿論、彼女の制服には草一つ付いていなかった」
完璧なアリバイに、アンジェリーヌは今度こそ沈黙した。
そして、突然、レオンに抱き着いた。
「あたし、ドロレス様の他にも、誰かに恨まれていたのね!あたし、怖い!!」
「アンジェリーヌ、君は休んだ方がいい、寮まで送って行こう…」
レオンはアンジェリーヌの肩を抱き、立ち去った。
レオンってば!!絶対に騙されてるんだから!!
わたしが憤慨していると、ふと、レオンがこちらを振り返った。
それに対し、ユーグが頷く…
どういう事?
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