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20 /アンジェリーヌ
しおりを挟むユーグが密偵の二人に礼を言うと、彼等は「お安い御用です」と頷いた。
立去る素振りを見せたので、茂みに飛び込むか、木の枝に飛び乗るか…
素早く消えると思って期待したのだが、普通に歩いて去って行った。
きっと、奥義は人には見せないのね…
「お義兄様、わたしの疑いを晴らして下さって、ありがとうございました!」
わたしは改まり、丁寧に礼をした。
「義妹に疑いが掛かれば、当然だよ。
おまえがあんな真似をする筈はない、後はそれを証明すれば良いだけだ」
「お義兄、大好き!!」
わたしは甘える様に、ユーグに抱き着いた。
何より、わたしを最初から最後まで信じてくれた事がうれしい___
ユーグはわたしの背を擦ってくれた。
「実は俺の力だけではないんだ、ドロレスが協力を申し出てくれた」
意外な名を耳にし、わたしはパッと顔を上げた。
「ドロレス様が??」
「ああ、ドロレスはおまえに疑いが掛かっていると知り、直ぐに密偵を雇ってくれた。
自分にも疑いが掛かるだろうからと、自分の事も調べさせていた。
表向き、自分が出れば、『仕組まれた、金で言わせた』と言われるだろうから、内密にと。
彼女のお陰だな、これまで、俺たちは彼女を誤解していたかもしれない…
おまえの人を見る目は確かな様だ、エリザ」
ユーグが微笑む。
ドロレスに対する嫌な感情は欠片も見えなかった。
わたしはそれがうれしく、またユーグに抱き着いた。
今度は思い切り、強くね☆
「問題があるのは、彼女の方だな…」
ユーグが零す。
アンジェリーヌの事?
「彼女には近付かないでくれ、エリザ」
◆◆ アンジェリーヌ ◆◆
「あたし、ドロレス様の他にも、誰かに恨まれていたのね!あたし、怖い!!」
アンジェリーヌが涙ながらに訴えると、レオンは信じた様だった。
「アンジェリーヌ、君は休んだ方がいい、寮まで送って行こう…」
いつもの様に優しいレオンに、アンジェリーヌは安堵した。
どうやら、上手く誤魔化せたみたいね___
あの日、アンジェリーヌはレオンが来るのを見計らい、悲鳴を上げ、自ら泉に飛び込んだ。
それは、レオンの気を惹く為であり、レオンのドロレスへの悪感情を増幅させる為だった。
這い上がった時に駆けつけて来たのは、レオンではなくエリザで、アンジェリーヌは酷く驚いた。
だが、瞬時に頭を巡らせ、計画を変更した。
エリザを排除する為の計画に___
最初は上手くいっていた。
レオンはアンジェリーヌの言葉を信じ、エリザを責めた。
レオンは普段は寛大だが、正義感が強い為、曲がった事が許せない。
怒ると感情的になり、相手に容赦しなくなる処がある。
レオンは早速、この事を親友でありエリザの義兄でもあるユーグに訴えた。
これで、ユーグとエリザの仲も壊れるだろうと、アンジェリーヌはほくそ笑んでいたのだが、結果は逆だった。
ユーグは人を雇い、件を調べさせ、アンジェリーヌの嘘を見抜いてしまった。
エリザに罪を擦り付けるのが無理と察し、ドロレス犯人説に切り替えたが、それも叶わなかった。
まさか、ドロレスの動向まで調べ上げているとは、思ってもみなかった。
立場が悪くなったアンジェリーヌは、新たな説を持ち出し、泣いて誤魔化すしか無かった。
幸いだったのは、レオンとユーグが自分を責めなかった事だ。
「当たり前よ!レオンもユーグも、あたしの事が好きなんだから!
こんな事位で、愛は揺らいだりしないわ!」
アンジェリーヌは顔を引き攣らせて笑った。
◆◆
アンジェリーヌが前世を思い出したのは、学院入学式の後、
上級生の女子生徒たちに裏庭に連れて行かれ、散々に詰られた挙句、
突き飛ばされて木に後頭部をぶつけ事が切っ掛けだった。
『君、大丈夫か!?』
抱え起こしてくれた男子生徒の顔を見て、アンジェリーヌは《それ》を悟った。
それは、ここが前世で読んでいた小説、【溺愛のアンジェリーヌ】の世界で、
彼は第三王子レオン、そして、自分は主人公ヒロインの《アンジェリーヌ》だという事を___
以降、アンジェリーヌは小説の通り、レオン、ユーグ、アンドリューとの交流を深めてきた。
皆、自分に好意を持ち、気に掛け、優しくしてくれた。
アンジェリーヌはそれを「当然」と受け止めていた。
悪役令嬢であるドロレスも、小説の通り、アンジェリーヌが一人でいる時を狙い、あれこれと言ってきた。
「私はカントルーブ公爵の娘、ドロレス、第三王子レオン様の婚約者です」
「レオン様に馴れ馴れしい態度を取るのはお止めなさい」
「あなたがしている事は、自らの評判を落とす行為ですよ」
「このままでは、レオン様の評判を落とす事にもなるでしょう」
「ご自分の立場を弁えるのね___」
アンジェリーヌ自身は、『小説の通り、嫉妬してるのね!』と半ばそれを楽しんでいた。
ドロレスが何かを言ってきた時には、アンジェリーヌは大袈裟にレオンに泣きついた。
「あたし、ドロレス様に睨まれたかも…」
「レオン様には話し掛けてはいけないと、あたしの事を淫らな女だと言うんです!」
「平民女はレオン様の友には相応しくないと…」
「あたしには、レオン様しか友達はいないのに…」
「あたし、どうしたらいいの!?」
元々レオンは、冷たく感じの悪いドロレスに、良い感情を抱いていなかった事もあり、
アンジェリーヌの期待通りに、同情してくれ、自分への愛を深めていった。
程なく、ドロレスの取り巻きたちが嫌がらせをしてくる様になったので、
全てを「ドロレスがやった事」と、レオンに話した所、これもすんなりと信じ、
レオンはドロレスへの憎しみを募らせていった。
アンドリューも同じで、ドロレスの事を訴えると、怒ってくれ、
壊された物があれば、「俺が買ってやる!」と、元よりずっと良い物を買ってくれた。
アンジェリーヌは欲しい物があれば、「ドロレス様に壊されて…」とアンドリューに泣きつくようになった。
ユーグはレオンの親友でもあるので、レオンに遠慮している節があり、
あからさまでは無かったが、二人きりの時には優しかったし、熱い目で見ている事もあった。
全てが上手くいっていた。
それが、綻び始めたのは、二年生になってからだ。
そして、その原因が《エリザ》である事に、直ぐに気付いた。
ユーグの意識と関心は、《エリザ》に向かい、登校時には女子部棟まで送り、
昼食も席に呼び、女子部棟まで送り届ける始末だ。
猫可愛がっている事は誰の目にも明らかで、学院生の間で「重度のシスコン」と異名が付くまでになった。
レオンもエリザを気に入っている様で、ユーグから話を聞いては、声を上げて笑っている。
「おまえの義妹は逞しいな!何処でもやって行けるだろう。
ユーグ、おまえは少し過保護過ぎるんじゃないか?」
「いや、これでも我慢しているんだ、最近はすっかり除け者にされて、寂しいよ…」
「自立心が強いのは良い事だぞ、義兄なら喜ぶべき事だ」
「俺だって喜びたいよ、だけど、寂しくてな…
いつも俺の後ろに隠れていたあのエリザが…
こんな事なら、学院を受験させるんじゃなかったよ…」
「横暴な義兄だな!」
そんな二人の話を聞く度に、アンジェリーヌは耳を塞ぎたくなった。
女子部棟と男子部棟は別れていて、それでなくても、顔を合わせる事は少ないのに、
その貴重な時間を、ユーグのシスコン話で潰されるのだ、アンジェリーヌとしては堪ったものではない。
だが、自分に集中させる話題を提供する事は、アンジェリーヌには難しかった。
アンジェリーヌの前世は、コミュ障で、人との付き合いが苦手…というよりも、嫌いだった。
いつも独りでいて、それで満足していた。
人と関わっても、碌な事はない、面倒な事ばかりだ___
今世でもコミュ障は健在で、「平民、首席、特待生」という事で、近付く者がいない事を良い事に、独りを満喫していた。
「あたし、いつも独りで・・」
「寂しいけど、声を掛けても、避けられて…」
「平民娘とは仲良く出来ないって…」
そんな事を言っておけば、レオンたちは納得したし、同情してくれた。
だが、逆に言えば、アンジェリーヌの出せる話題は、同情を引くものしか無かった。
レオンやユーグが話す事に、適当に相槌を打っているだけに過ぎない。
昼食事、エリザを中心に話が盛り上がっているのを、アンジェリーヌは憎々しく思っていた。
ああいう子、大嫌いなのよね!
嫌われている分、ドロレスの方が可愛く見える程だ。
前世でも似た子がいたけど…
本当に、邪魔でしかないんだから!!
「でも、《エリザ》って、あんな子だったかしら?」
【溺愛のアンジェリーヌ】での《エリザ》は、暗い、地味、影が薄い、
義兄への恋心を拗らせている…そんな印象だった。
結末も惨めなもので、義兄に毒を盛り、無理心中をして果てるのだ。
「違い過ぎる…」
ここにいる《エリザ》は、ユーグを惹き付け、レオンにまで妹の様に見られ、エミリアンを手懐け、アンドリューにも臆さない…
馬鹿みたいに能天気で、明るく、逞しく、無理心中なんて絶対にしそうにない___
「こんなの、《エリザ》じゃないわ!」
「まさか、彼女も転生者なの?」
何度か違和感を覚えた事がある。
アンジェリーヌとエミリアンが親しくなる筈だったのに、その座をエリザが奪ってしまった。
無理矢理エミリアンと二人きりになっても、碌に話は無く、エミリアンの心を奪う事は出来なかった。
パーティの際には、アンドリューに豪華なドレスを仕立てさせる筈だったのに、
エリザが口を出した事で、後日、「あの時は頭にきててさー、けど、レオン殿下が弁償するのが正しいよなー」と、無かった事にされてしまった。
だが、確かめようとは思わなかった。
確かめた所で、知った処で何になるというのか___
「幾ら邪魔をされても、あたしはヒロインだもの!負けたりしない!
あたしには、《切り札》があるんだから___!」
アンジェリーヌの緑色の瞳は、爛々と輝き、唇は大きな弧を描いていた。
◆◆◆
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