【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音

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それからわたしは、誰にも気付かれない様、花瓶の花の様子を見て、花や水を換える様にした。
姉が出掛けると、厩舎に行き、ジョーイに餌をやり、撫でてやる。
それから、伯爵夫人の部屋に行き、お喋りをしたり、歩けない夫人の手や足になった。

背中のクッションを膨らませたり、伯爵夫人が望む物を渡したり、
体勢を変える手伝いをしたり、神を梳かしたり…
本を読んだり、一緒に刺繍をしたり、ピアノを弾いたり、ボードゲームの相手をしたり…

伯爵夫人は姉と違い、暴言を吐いたり、物を投げつけたりしない。
意外にも、軽口を言うのが好きで、朗らかで良く笑う為、一緒にいると楽しい相手だった。
それに、知識も豊富で、色々な事を教えてくれた。
刺繍や編み物の指南、紅茶の淹れ方、礼儀作法、社交での会話の仕方…

わたしは毎日、伯爵夫人の所へ行く事を楽しみにしていた。

伯爵は勿論だが、レオナールも毎日、伯爵夫人の所に来ていた。
レオナールが来るのは、朝かお茶の時間、晩餐の前か後なので、わたしが会う事は無かったが、伯爵夫人が話してくれた。

「今朝、レオナールが来てくれたの、退屈だろうって、本を置いていったわ」
「お花はレオナールからよ」
「レオナールは昔から優しいのよ、それに頼りになるの」
「最近はアンドリューに似てきたわ…」

わたしは話に聞き入り、心の中で何度も頷いた。


◇◇


一週間が経ち、伯爵夫人はベッドから出る事を許されたが、足にはまだ添え木がされていた。

「少し動いた方がいいんですって」

わたしはメイドと共に、伯爵夫人を支えてテラスに連れて行った。
伯爵夫人は久しぶりに外に出られ、喜んでいた。

「ああ、やっぱり外は気持ちがいいわね!」

「紅茶をお持ちしますね」

メイドがお茶の準備を始める。
わたしは「少し離れます」とメイドに告げ、館を出た。
厩舎に向かって走り、ソラルを捕まえた。

「ソラルさん!今、伯爵夫人がテラスにいらっしゃいます、
もし、良かったら、ジョーイを連れて来て頂けませんか?
伯爵夫人に会わせてあげたいんです」

「ああ、いいとも!誰かに行かせよう…」

「僕が行くよ」

すっと、進み出て、ジョーイの手綱を取ったのは、レオナールだった。
彼がいる事に、全く気付かなかった___
驚き、ポカンとするわたしに、レオナールが自然な調子で促した。

「クラリス、行こう」

「は、はい!」

わたしは急いでレオナールの後を追った。
レオナールはジョーイを連れ、テラスの方に歩いて行く。

「クラリス、母から話を聞いているよ、母の相手をしてくれているんだね。
母はじっとしていられない人だから、酷く塞ぎ込むんじゃないかと心配していたけど、杞憂だったよ。
母が母らしく、楽しそうにしていられるのは、君のお陰でもある、有難うクラリス」

わたしは頭が真っ白で、「いえ、そんな…」ともごもごと答えた。
お礼を言われるとは思ってもみなかったし、望んでいた訳でも無い。
だけど、それは、わたしの胸深くに染み渡った。

伯爵夫人の力になれていたなら、うれしい。
その上、レオナールが喜んでいるなら、これ程うれしい事は無い___

「ジョーイ!」

気付くといつの間にか、テラスの前まで着ていた。
伯爵夫人が笑顔で迎えた。

「クラリスが、母さんにジョーイを会わせたいと言うので、連れて来たよ」

「ああ!クラリス、ありがとう!あなたは私が望むものが分かるのね!」

伯爵夫人はジョーイの顔を抱き、愛情深く撫でた。
伯爵夫人を見つめるレオナールの優しい表情…
優しい空気に包まれ、わたしは幸せを感じていた。


◇◇


この日、珍しく、姉とジョルジュは、お茶の時間よりも早くに帰って来た。

「レオナールじゃないか!おまえの婚約者候補を借りて悪いな!
これからお茶する処だけど、おまえも来るか?」

ジョルジュは隣に姉を連れ、悪びれずにレオナールを誘った。
これではどちらが婚約者候補か分からないし、どちらが客かも分からない。
脇で目撃したメイドたちは憤っていた。わたしも勿論、同じ気持ちだった。
だが、レオナールはすんなりと、「そうしよう」と受けていた。

「クラリス、お茶を持って来なさい!」

この館に来てからは、お茶を運ぶのはメイドの役目だったが、姉は何故かわたしに命じた。
わたしはメイドたちと一緒に、テラスにお茶を運んだ。
テラスの白い丸テーブルには、姉、ジョルジュ、レオナールが一堂に会していて、何か不穏な空気を感じた。

メイドがケーキスタンドを置き、わたしが紅茶を出すと、姉は徐にわたしを紹介した。

「そうそう、ジョルジュには紹介していなかったわよね?私の妹のクラリスよ」

ジョルジュの目がわたしに向かう。
彼はニヤニヤと笑っていた。

「全く似ていないじゃないか!姉妹でこうも違うと悲惨だな!本当に妹か疑うよ!」

不躾だが、言われ慣れている事で、今更傷つく事は無かった。
だが、レオナールがいれば、別だ___
惨めさと恥ずかしさで圧し潰されそうになる。

わたしが黙っていると、二人は調子付いた。

「ほほほ!良く言われるわ、両親ですら、子が取り換えられたと疑っているのよ!」

「こうも似ていなければ、仕方ないさ。それにしても、
少しでもお姉さんに似ていれば、メイドになんかならずに済んだだろうに」

「そうなのよ、この子、デビュタントを終えてから、一度も縁談が来た事がないんだから!」

姉が大声で言うので、きっと、筒抜けだろう。
だけど、それより、わたしが耳を塞ぎたかったのは、目の前のレオナールだ。
レオナールに聞こえない筈はなかったが、彼は誰とも視線を合わせずに、黙って紅茶を飲んでいた。

きっと彼はわたしを、つまらない娘だと思っただろう。
わたしに縁談の打診をした事を、後悔しているんだわ…
胸が痛んだ。

「不器量だけならまだしも、愚図だし、頭も悪くて、メイドとしても役立たずなの!
それなのに、男性には人一倍興味があって、妄想ばかりしているのよ、姉として恥ずかしいわ!」

「へー、君、男性に興味があるの?意外だなー」

ジョルジュが面白そうにわたしを見る。
わたしは視線を落とし、重ねた手をギュっと握った。

「クラリス、あなたが書いた物を見せてあげなさいよ」

そんな恥ずかしい事が出来る筈がない!わたしは恐ろしく、頭を振った。
だが、姉は諦めなかった。大きな声でメイドを呼び付けた。

「メイド!クラリスの部屋から、手帳を持って来なさい!直ぐによ!」

流石にメイドは困った顔をし、わたしを見た。
わたしは勿論、「止めて」と言いたかったが、そんな事を言えば、姉を怒らせると分かっていた。
緊迫する中、レオナールがカチャリと音を立て、紅茶のカップを置いた。

「主人であっても、使用人であっても、他人の部屋に許し無く入る事は無礼な行為だ。
その上、物を持ち出すなど、論外。
幾ら婚約者候補とはいえ、大切な使用人たちに、盗人の様な真似は命じないで貰いたい。
勿論、そんな命令に従う必要はない___」

その感情の無い冷たい声に、場が凍った気がした。
それを破ったのは、ジョルジュだった。
彼は吹き出すと、大きく笑った。

「おいおい!冗談だろ!レオナール!
おまえ、真面目過ぎなんだって!場が白けちまうだろう!
そんなんじゃ、大事な婚約者候補に愛想尽かされるぜ!」

冗談にすり替えるつもりだ。
姉もその思惑に乗った。

「そうよ、冗談に決まっているでしょう?
そんな盗人の様な真似、本当にさせる訳ないじゃない___」

必死で取り繕うと、姉は一転、冷たい目でわたしを睨んだ。

「邪魔でしょう、早く下がりなさいよ!」

わたしは急いでテラスを出た。
わたしは解放された事に安堵していた。

助けて下さったのかしら?

そんな風に思えて、胸に喜びが溢れた。
だが、一瞬後に、打ち消した。

勘違いしては駄目よ!
わたしだからじゃないわ、レオナール様はお優しい方だもの、誰にでも同じ事をした筈よ…

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