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しおりを挟む晩餐の後、パーラーでお茶をする際にも、一悶着あった様だ。
「ディオール、ピアノを御願い出来るかしら?」と伯爵夫人に頼まれるも、
姉は「指を痛めていますので」と断った。
伯爵夫人がピアノを弾き始めると、ジョルジュは姉を誘い、二人は踊り始めた。
普通であれば、踊るにしても、レオナールに一言断るだろうが、そんな配慮は無かった。
しかも、姉は「もっと、ムーディな曲にしてよ!」と曲の要求までした。
二人は下品な笑い声を上げて踊っていた。
曲が終わると、伯爵は伯爵夫人を連れて、早々に部屋を出ようとした。
「叔父さん!待ってよ!一緒に酒を飲もう!」
ジョルジュは誘ったが、伯爵は「今夜は止めておく」と、相手にせず出て行った。
ジョルジュは次にレオナールに絡んだ。
「レオナール、悪かったって!婚約者候補と踊った位で、怒るなよ!
けど、おまえが悪いんだぜ、ディオールを退屈させちゃ、可哀想だろ?」
「僕は婚約者候補を楽しませる気はないよ」
「そういう事を言ってると、愛想尽かされるぜ!」
ジョルジュがそんな事を言い、笑っていても、姉はレオナールを庇う所か、ニヤニヤとして見ているだけだったらしい。
後で見ていたメイドが教えてくれた。
「あんな人が婚約者候補だなんて!」
「レオナール様が可哀想だわ!」
メイドたちも怒っていた。
わたしも気持ちは同じだが、相手が《姉》という事もあり、一緒になって責める事は出来なかった。
それに、わたしがすべき事は、謝罪だろう___
「これまで言っていませんでしたが、ディオール様は、わたしの実の姉で…
姉が伯爵家の皆様に、失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした…」
これまで、わたしは自分が《ディオールの妹》という事を隠してきたが、
妹として、見て見ぬふりは出来なかった。
わたしが陳謝すると、メイドたちは慌てた。
「お姉さんだったのね…」
「でも、クラリスは悪くないわよ…」
「そうよ、あの人を婚約者候補に選んだのは、伯爵だし…」
「あの人、誰の話も聞かなそうだもの…あなたも苦労するわね」
メイドたちはわたしを励ましてくれ、その後は姉を悪く言う事は無かった。
姉妹と知り、わたしの前では言わない様にしたのかもしれない。
だが、メイドたちは、わたしが《ディオールの妹》と知っても、態度を変えなかった。
これまで通り、気さくに話してくれ、わたしはそれに安堵したのだった。
◇◇
姉は伯爵夫人から言われていた事を無視し、翌日も昼前からジョルジュと共に館を出て行った。
だが、その昼過ぎ、事件が起こった。
乗馬に出ていた伯爵夫人が、馬から転落したのだ。
館が騒々しくなり、階下に様子を見に行った所で、メイドが教えてくれた。
「伯爵夫人が落馬をなさって!足を怪我されたんです!」
伯爵夫人は一階の客間に運ばれていた。
伯爵とレオナールが駆け付け、その直ぐ後、使用人たちに急かされて、主治医が玄関から入って来た。
わたしはメイドたちと一緒に、診察が終わるのを廊下で待っていた。
ややあって、扉が開き、主治医とレオナールが出て来た。
「先生にお茶を___」
レオナールに言われ、メイドたちが弾けた様に動き出した。
レオナールは主治医を連れて、パーラーへ向かった。
メイドたちから後で聞いたが、伯爵夫人は落馬した際に足を痛め、
添え木をされ、動かす事を禁じられた。少なくとも、一週間はベッドから出られないという話だ。
わたしは帰宅した姉に、その事を伝えた。
姉も伯爵夫人を心配するだろうと思っていたが、姉の反応は予想とは違っていた。
「落馬したですって!?あははは!罰が当たったのね!ざまぁ!
いっその事、死んでくれたら良かったのに!」
「そんな!酷いわ!」
わたしは思わず言っていた。
だが、姉はわたしを恐ろしい目で睨み付けた。
「何よ、あんた如きが私に意見して良いと思ってるの?
誰が良い暮らしさせてやってると思ってるの?あんたを連れて来てやったのは、私よ?
私に逆らうなら、ここから追い出してやるから!」
姉なら本気でやるだろう___
わたしにはそれが分かり、視線を落とした。
◇◇
姉は見舞いに行こうとはしなかった。
そんな姉に憤りつつも、わたしにはどうする事も出来なかった。
姉はわたしの言う事など聞かないだろう。
わたし自身が見舞に行くにも、自分の立場…ただの侍女では、それは許されない気がした。
悶々としていたが、ふっと、それを思い出した。
玄関、パーラー、回廊等の花瓶に花を活けているのは、伯爵夫人だという事を___
伯爵夫人がベッドから出られない今、花を換える者はいないのではないか?
姉がジョルジュと館を空ける様になり、わたしに仕事はなかった。
部屋の掃除をしたり、読書や刺繍を刺すだけだ。
姉に咎められる事も無いので、わたしは部屋を出て、それらを見て周った。
やはり、花瓶の花は枯れ始めていた。
わたしは枯れた花を抜き取り、水を換え、新しく花を切って来て、挿していった。
それから、見舞い用に花を切り、メイドに渡した。
「お庭に咲いていた花ですが、伯爵夫人のお見舞いに…
気持ちが明るくなるかと思って…」
「それなら、ご自分でお渡しなさった方がいいわ!」
わたしは遠慮したが、メイドは強引にわたしを部屋に連れて行った。
「伯爵夫人、クラリス様がお見舞いに来られています」
メイドはいつもわたしを「クラリス」と呼ぶ。
それに、いつもはこんな風に畏まった口調は使わないのに…
余所余所しく感じて不安になったが、メイドがわたしにウインクをしたので、悪い意味ではないと分かった。
わたしは小さく微笑み返し、部屋に入った。
わたしはいつも姉の後ろに居たし、碌に紹介もされていないので、
伯爵夫人と面と向かって会うのはこれが初めてだった。
緊張したが、ベッドでクッションに背を預けて座っている姿を見た瞬間、それも忘れていた。
「クラリス、見舞いに来てくれてありがとう、こちらに来て頂戴」
伯爵夫人に促され、わたしはベッドに近付いた。
「まぁ、綺麗なお花ね、ありがとう」
「庭に咲いていたものですが…」
「勿論、知っていますよ、何処に咲いているかもね、ああ、いい匂い…」
伯爵夫人の笑顔に安堵し、わたしは花瓶に花を活け、ベッド脇のスツールに座った。
「伯爵夫人、ご容体はいかがですか?」
「酷く痛みましたけどね、薬を貰ったから大丈夫よ。
でも、暫くは動かせないし、ベッドからも出られないの、退屈で仕方ないわ。
だから、お見舞いは大歓迎よ、クラリス」
伯爵夫人が柔らかく笑う。
話すのはこれが初めてだが、そんな事は全く感じさせなかった。
優しくて穏やかで、懐かしい感じがし、安心させてくれる。
素敵な方…
どうして姉が嫌うのか、わたしには全く分からなかった。
「ディオールはまた出掛けているのかしら?」
伯爵夫人に聞かれ、わたしはギクリとした。
「は、はい…ですが、姉は、伯爵夫人の怪我を心配していました」
わたしは伯爵夫人を喜ばせたくて、付け加えていた。
伯爵夫人は「そう」と言っただけだったので、信じていないかもしれない。
「クラリス、私は酷く退屈しているの、あなたさえ良ければ、
ディオールが出掛けている間、私の相手をしてくれないかしら?」
「はい、わたしで良ければ、喜んで務めさせて頂きます」
「あら、そんな事を言って、後で後悔する事になるかもしれませんよ?」
伯爵夫人は悪戯っぽく笑った。
後悔なんて___
姉の世話と比べれば、どんな仕事も大して苦ではない様に思えた。
尤も、「それじゃ、早速お願いがあるのだけど…」と、それを聞いた時には、流石に直ぐには返せなかった。
「私が乗っていた馬、ジョーイなんだけど、どうしているか心配なの…
見て来て貰えないかしら?」
マイヤー男爵家にも、数える程だが、馬はいる。
ただ、わたしは乗馬を習った事はなく、馬に近付いた事も無かった。
「はい、様子を見て来ます」
困った事になったが、伯爵夫人を悲しませたくなかったので、わたしは快諾し、部屋を出た。
厩舎に向かったわたしは、ソラルを見つけて声を掛けた。
「ソラルさん!伯爵夫人を乗せていた馬、ジョーイはどうしていますか?
伯爵夫人が心配されていたので、様子を伺いに来ました」
「ああ、ジョーイなら、こっちだよ…
可哀想に、あいつ、すっかりしょげちまってな…」
案内されたのは、厩舎の奥で、一頭の栗毛色の馬がいた。
想像していたよりも大きく、わたしはポカンと見上げていた。
「こいつが、ジョーイだよ、ジョーイ、クラリスだ」
ソラルは慣れた様子でジョーイに触れ、撫でている。
「わたし、馬に触った事がないのですが…」
ソラルはわたしに馬の扱いを教えてくれた。
わたしはジョーイに人参をやろうとしたが、欲しくないのか、顔を背けた。
「あれから、すっかり食欲もなくてね…」
「ジョーイ、伯爵夫人があなたを心配していたわ…そんなに落ち込まないで、
伯爵夫人はお元気だから、あなたも元気を出してね。
あなたが食べてくれたら、きっと伯爵夫人も喜ぶわ」
ジョーイが人参を咥え、齧った。
わたしは「いい子ね」と撫でてやった。
伯爵夫人には、あまり心配させられないので、
「少し元気はありませんでしたが、人参を食べてくれました。
ソラルさんも大丈夫だと言っていました」と伝えた。
伯爵夫人は幾らか安心した様だった。
「また、会いに行ってやって貰えるかしら?」と頼まれ、わたしは快諾した。
「はい、わたし、馬には触れた事が無かったのですが、とても可愛いですね」
「そうでしょう!私の足が治ったら、あなたに乗馬を教えてあげましょう」
乗馬!?わたしに出来るかしら…
わたしは不安だったが、伯爵夫人が「そうと決まれば、早く治さなくちゃね!」と張り切っていたので、覚悟を決める事にした。
乗馬を嗜む令嬢は珍しくはない。
きっと、わたしにも出来るわ…
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