【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音

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伯爵夫人の足の怪我が治り、歩けるまでに快復すると、伯爵が快気祝いのパーティを企画した。
親戚、近隣の貴族たちを呼び、盛大に行う様で、使用人たちは準備に追われる事となった。

豪華なパーティと聞き、姉はこれまでになく、活き活きとしていた。
そして、伯爵夫人の快気祝いだというのに、伯爵にお強請りをした様だ。

「伯爵、パーティ用に、ドレスを新調して頂けませんか?
急なので、間に合うかどうか心配ですけど、伯爵の名を出せば可能ですわよね?
手持ちのドレスは幾つかありますが、こちらに来て一月半ですし、
レオナール様の婚約者候補として、相応しいドレスにした方が良いかと…」

「それなら、信頼出来る仕立て屋に頼んでおこう、それでいいかな?」

「ええ、勿論ですわ、伯爵!」

姉は自分の要望が通り、嬉々としていた。
だが、仕立て屋の持って来た図案を見て、姉の態度は一変した。

「私は伯爵子息、レオナール様の婚約者候補なのよ!?
こんな地味なドレスの図案を持って来て、馬鹿にしてるの?
まさか、流行も知らないんじゃないでしょうね?
私に相応しいのは、豪華で派手なドレスよ!
分かったら、さっさと帰って、相応しい図案を持って来なさいよ!」

姉は不満を爆発させ、仕立て屋を追い返した。
仕立て屋の方から、正式にお断りが入り、姉は再度、伯爵に強請る事にした。

「仕立て屋が言う事を聞きませんの!他の仕立て屋にお願いしたいのですが…」

「君は『婚約者候補に相応しいドレスを』と言った筈だ。
仕立て屋にはそう要望をし、私自身、図案を確認したが、問題は何もなかった。
君が気に入らなければ無理に仕立てる必要は無い、この話はこれで終わりだ」

取り付く島もなかった様だ。
姉は部屋に戻ると、散々に悪態を吐いていた。

「人のドレスの図案を勝手に決めるなんて!非常識だわ!横暴よ!!
伯爵の癖に、ケチ臭いったらないわ!!
パーティで私が目立たなくなっても良いって言うの?」

姉は諦めきれなかった様で、今度はレオナールに強請りに行った。

「レオナール様、パーティ用に宝飾品を贈って頂けませんか?」

「君は十分に持っていると思うよ、僕たちより余程豪華にしているじゃないか」

「ですが、これは、普段使いの物で、目新しくはありませんでしょう?」

「それなら、伯爵夫人に言っておくよ、代々から受け継いだ宝飾品の中には、
君に似合う宝飾品もあるだろう」

「代々?そんな古臭いじゃありませんか!その時々で流行は違いますのよ?」

「宝飾品は代々受け継がれている物を身に着ける、我がヴェルレーヌ伯爵家の慣わしであり、誇りだよ。
婚約者候補の君にもそうして欲しい」

「ですが!私は婚約者候補であって、婚約者ではありませんわ!」

「今の内に自覚しておくといいよ」

レオナールには相手にされず、伯爵夫人には「宝飾品を選びましょうか?」とにこやかに寄って来られ、
姉は「自分の手持ちにしますわ」と逃げ帰ったのだった。

ドレスも宝飾品も新調する事が出来なかった為、姉は手持ちのドレス、宝飾品を並べ、吟味し、選んでいた。
当日はわたしとメイドで、姉が望むままに飾り立てた。
姉の装いは、いつも通り、いや、いつも以上に華やかで豪華だった。

姉を送り出して直ぐに、メイドから呼ばれた。

「クラリス、今夜の衣装を渡すから、こっちに来て貰える?」

わたしはパーティの給仕用にとメイド服を作って貰っていたので、それに着替える為、メイドに付いて行った。
だが、入った部屋にはメイドが三人控えていて、顔を輝かせてわたしを取り囲んだ。

「さぁ!急がなくちゃ!」
「パーティが始まってしまうわよ!」
「あの…これは、一体?着替えでしたら自分で…」

メイド服に着替えるのに手は要らない。
だが、メイドたちは自信満々、得意気に言った。

「あら、クラリス一人では無理よ!」
「ええ、絶対に!」
「ここは、あたしたちの手がなくちゃね!」
「そうよ、クラリス!このドレスを見てもそう言える?」

見越したかの様に、メイドが二人、ドレスを掲げて入って来た。

淡い黄緑色を基調に、スカートにはたっぷりと白いレースが使われている。
小さな淡い桃色、黄色の花の飾りが散りばめられ、息を飲む程に美しく可愛らしいドレスだった。
それは、当然、メイド服ではない、パーティ用のドレスだ___

「このドレスは、一体?わたしは給仕をするのだと…」

「クラリス、今夜、あなたにお願いするのは、給仕ではないの。
伯爵夫人の付き添いよ、それには相応しいドレスが必要でしょう?
このドレスは、伯爵夫人が用意して下さったのよ」

わたしは驚き、声も出なかった。
その間にも、メイドたちはわたしを着替えさせ、髪をセットし、化粧をしてくれた。
そして、伯爵夫人が用意していた、派手ではない、上品で趣のある宝飾品を着けてくれた。

メイドたちの腕は確かで、あっという間に全てが整った。

「さぁ、クラリス、急ぎましょう!」

わたしはメイドたちに案内され、会場である大ホールに向かった。
本当に大丈夫かしら?
お姉様は怒らないかしら?
不安だったが、以前のパーティとは違い、相応しい装いをしている事に勇気付けられた。

わたしの役目は、伯爵夫人に付き添う事だもの!


大ホールには大勢の招待客が集まっていた。
皆、上品で洗練されていて、怯みそうになったが、大勢いるという事は、その分、目立たないという事でもある。
変な恰好ではないし、きっと大丈夫…
わたしは人混みに紛れる様にし、前方に向かった。

「見掛けない令嬢だな…」
「どちらの令嬢かしら?」

周囲がざわざわとし、わたしはその視線が自分に向けられている事に気付いた。
何か失態をしたのだろうか?
ドレスが不相応だと思われたのだろうか?
わたしは逃げる様に前に進んだ。
その先に、伯爵、伯爵夫人の姿を見て、わたしは安堵した。

伯爵、伯爵夫人の所には、大勢の招待客が集まっていた。
皆が伯爵夫人にお見舞いを言い、回復を喜んでいた。
伯爵も伯爵夫人も和やかに、そして丁寧に応対している。
わたしは邪魔をしない様に、少し離れて様子を伺っていたが、
伯爵は気付いた様で、伯爵夫人に何か耳打ちをした。
伯爵夫人が顔を上げ、わたしを見る___
伯爵夫人は微笑むと、「クラリス、いらっしゃい」とわたしを呼んだ。

周囲は一斉にわたしを見た。
わたしは緊張しつつも、伯爵夫人の側に向かった。
伯爵夫人は優しい表情でわたしを迎えると、わたしの腕を取った。

「紹介しましょう、クラリス=マイヤー男爵令嬢、私のお友達です。
私の療養中に一番お世話になったの、話し相手になってくれ、我儘を聞いてくれたのよ。
彼女がいなかったら、きっと辛い日々だったわ、感謝していますよ、クラリス」

伯爵夫人は微笑み、わたしの手を包む。
わたしは胸がいっぱいになった。
こんな風に感謝された事はなかったし、何より、伯爵夫人の気持ちがうれしかった。
だけど、わたしはどう言って良いか分からず、
「いえ、わたしなんて…」ともごもごと言うだけだった。

「まぁ、良かったですわね、伯爵夫人!」
「こんな可愛らしいお友達がいらしたなんて、羨ましいわ」
「優しいご令嬢だな、感心したよ」
「人の良さは顔を見れば分かる」
「伯爵夫人は私たちにとっても大切な方だ、私からもお礼を言うよ___」

それを皮切りに、わたしは沢山の招待客から礼を言われた。
わたしは返事に困り、ただ赤くなり微笑むしか出来なかったが、
伯爵夫人が満足そうな笑みで頷いてくれたので、安堵した。
その波が過ぎた頃だ、伯爵夫人がレオナールを呼んだ。

「レオナール、クラリスをダンスに」

わたしは伯爵夫人の言葉に驚いた。
当然、断ろうとしたが、それよりも早く、伯爵夫人が言葉を継いだ。

「私からのお礼よ、レオナールと楽しんできてね」

そう言われては、断る事は出来ない。
わたしの目の前で、レオナールが微笑み、大きく綺麗な手を差し出した。

「クラリス、母の願いを聞いてくれるかな?」

「はい、お願いします…」

わたしはその手に、そろそろと自分の手を乗せた。
レオナールはいつかの様に、スマートにわたしをダンスフロアにエスコートし、踊り始めた。
軽やかに、そして自然に…
夢の様な一時に、わたしはうっとりとしていた。

レオナールは二曲踊ってくれ、それからわたしを伯爵夫人の元に送ってくれた。
その途中、わたしの耳に入ってきたのは…

「まぁ、それじゃ、あの方が噂の婚約者候補?」
「きっと、そうよ、婚約者候補だから正式には言えないだけでしょう?」
「レオナール様とお似合いね…」
「伯爵夫人も気に入っているし、他の令嬢が入る隙間は無いわね…」

わたしを婚約者候補と間違えている様だ。
わたしは否定したかったが、レオナールは足を止める事無く進んだ。

レオナールはわたしを伯爵夫人の元に返すと、給仕の者に「彼女に飲み物を」と頼み、
自分は他の貴族たちの元へ行った。
わたしの目は、つい、レオナールを追っていた。

「クラリス、あなたダンスも上手なのね」

伯爵夫人に声を掛けられ、わたしは我に返った。

「い、いえ、わたしなんて…レオナール様がお上手だからです」

「あら、謙遜しないで、息も合っていたわよ」

サラリと言われ、わたしは顔が熱くなった。

ああ、どうしよう!
こんなんじゃ、伯爵夫人に気持ちを知られてしまうわ!

内心で焦っていた所に、こちらに向かって来る令嬢に気付いた。
周囲を圧倒する、大仰なドレスを纏い、その上、派手な宝飾品で飾った…姉ディオールだ。

姉は豪華な装いに反し、恐ろしい顔つきをしていた。
伯爵夫人の前に来ると、胸を反らし、ツンと顎を上げ、見下す様に伯爵夫人を見た。

「伯爵夫人、皆様に私を紹介するのをお忘れではなくて?
私はレオナール様の婚約者候補ですもの、
侍女なんかを紹介するより、私を紹介すべきではありません事?」

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