【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音

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「私はレオナール様の婚約者候補ですもの、
侍女なんかを紹介するより、私を紹介すべきではありません事?」

伯爵夫人の目がスッと細くなった。

「あなたを紹介する気はないわ、ディオール。
今夜は私の快気祝いのパーティですからね。
あなたの事は、『同じ館にいながら、一度も見舞いに来なかった者』としか紹介出来ないわ」

「まぁ!伯爵夫人は酷い誤解をなさっていますわ!
私は伯爵夫人が他人に惨めな姿を晒すのをお気の毒だと思い、お見舞いに行きたい気持ちを抑えていたんです。
それに、私の様に若く美しい令嬢を目にして、伯爵夫人に嫉妬させてはいけませんでしょう?
全ては、私の優しさからですわ、分かって頂けまして?」

姉は得意気な笑みを見せた。
姉は自分の考えが正しいと疑っておらず、皆から称賛されるとさえ思っている様だが、
伯爵夫人は勿論、周囲の者たちも呆れていた。

「あなたの気持ちは良くわかりましたよ、ディオール。
やはり、あなたを紹介するのは止めておきましょう。
その所為で、今後あなたが良縁に恵まれなくなっては、気の毒ですからね」

伯爵夫人が静かに言うと、流石の姉も青くなった。

「伯爵夫人!それは一体、どういう意味ですか!?
まさか、私を婚約者候補から外すなんておっしゃらないでしょう?
よくお考えになって下さい!私よりも美しい令嬢なんて、他にいませんわ!」

「ディオール、あなた自分が美しいとでも思っているの?」

伯爵夫人から真顔で言われ、姉は引き攣った。
「伯爵夫人の頭がおかしくなった」と言わんばかりに、凝視している。
だが、伯爵夫人は構う事無く、辛辣に言った。

「そんな濃い化粧で、場違いのドレスを着て、下品に飾り立てて、
恥ずかしいと思うならまだしも、それを美しいと思っている様なら、
はっきりと申しましょう、ヴェルレーヌ伯爵家には相応しくありません」

周囲がどよめいた、だが、姉は気付いておらず、伯爵夫人に食って掛かった。

「そ、それは、あなたの意見でしょう!元男爵令嬢のあなたに、何の権限があるって言うの!
どうせ、私に嫉妬して、嫌がらせしてるんでしょう!
若くて美しい私が隣にいたら、自分が憐れになりますものね!」

「君は勘違いしている様だな、ディオール」

割って入ったのは、伯爵だった。
伯爵は伯爵夫人の腰を抱き、姉に冷たい視線を送った。

「私とロゼールは一心一体だ、
伯爵夫人の意見は、私の意見であり、私の意見は、伯爵夫人の意見だ。
それは何にも揺るがされる事はない、出生など論外だ、そうだな、ロゼール」

伯爵は伯爵夫人をうっとりと見つめ、その頬に口付けた。
その愛ある姿に、周囲は感嘆の声を漏らした。

「ディオール、この事はパーティの後、改めて話そう、この場では君が気の毒だ。
それに、皆の楽しい時間を奪ってはいけない___」

伯爵に促されて周囲は散って行ったが、やはり気になる様で、
暫くはチラチラと様子を伺い、小声で噂をしていた。
姉もそれに気付いたのか、踵を返し、足早に会場を出て行った。

わたしは姉の後を追いかけようとしたが、伯爵夫人に止められた。

「行かない方がいいわ、もう、彼女からは離れなさい、それがあなたの為よ。
もっと自分を大切にしなさい、クラリス」

伯爵夫人に言われ、わたしは胸を押さえた。

姉から離れたい。
マイヤー男爵家から離れたい。
それを望まなかった訳ではない。

だけど、怖いのだ。

独りになるのが…
捨てられるのが…

わたしには行き場が無いから…

「大丈夫よ、悪い様にはしないから___」

伯爵夫人はわたしの考えが分かるのだろうか?
安心させるかの様に、優しく肩を撫でてくれた。





パーティが終わり、招待客たちが館を出て行くと、伯爵はパーラーにわたしたちを呼んだ。
伯爵、伯爵夫人、レオナール、そして、姉とわたしだ。

「ディオール=マイヤー男爵令嬢、君をレオナールの婚約者候補として見て来たが、
この度、婚約者に相応しくないと判断した。
予定の三月には届かないが、明日にでも館を出て貰う。
尚、マイヤー男爵家には既に伝えている事で、この決定は覆らない___」

伯爵は淡々と告げたが、やはり姉は納得しなかった。

「こんなの、納得出来ませんわ!私の何を見て判断したと言うの!?
伯爵夫人の相手を文句も言わずにしたし、
刺繍をしろと言われれば刺繍をし、ピアノを弾けと言われればピアノを弾いた!
伯爵夫人の所為で体を壊した事もあったというのに、あんまりだわ!」

姉は大声で喚き散らしたが、伯爵夫人は毅然としていた。

「そこまで言うのでしたら、試験をしてみましょう。
私はあなたに、使用人たちを紹介したわね、
そうでなくても二月近くも館にいるのだから、使用人の名を当てる位、簡単でしょう?」

扉が開き、使用人たちが十人、並んで入って来た。
ズラリと並んだ使用人たちを前に、姉は顔を青くしていた。
姉は使用人を見下していて、名を覚える所か、碌に顔を合わせる事も無かったのだ。

「さぁ、ディオール、答えて」

「使用人の名なんて!伯爵夫人になるのに、必要じゃないでしょう!」

「勿論、必要だ」と答えたのは伯爵だった。
伯爵夫人では姉が軽く見るからだろう。

「雇ったからには、責任を持たねばならない。
それぞれ皆、事情が違う、皆に気持ち良く働いて貰える様に、知る必要がある。
名を覚えるなど、その入口に過ぎない、それさえ出来ないのであれば、やはり、ヴェルレーヌ伯爵家に相応しくない」

姉は唇を噛み、震えた。

「それでは次に、刺繍の試験をしましょうか、これは、あなたが刺した刺繍だったわね?」

わたしが姉の代わりに刺した、薔薇の刺繍だ。
姉も思い出したのか、「はい」と自信満々に答えた。

「それでは、この刺繍に使った糸を選んで頂戴___」

刺繍糸の詰まった箱を出され、姉は顔を青くした。

「どうして!?私を疑っているの!?」

「そうね、疑いを晴らして欲しいわ、糸を選ぶよりも、同じ刺繍をして貰った方がいいかしら?
今夜は遅いから、明日の晩餐まででいいかしら?」

「い、糸を選ぶわ!」

姉はわたしを睨んだが、わたしが手助けする事は出来ない。
そんな事をすれば、この場にいる全員に、わたしが刺したと分かってしまう。
姉は刺繍糸を選び始めたが、刺繍をしない姉には分からず、選んだ糸は数本だけだった。
それに、糸の扱い方も知らず、ぎこちない。

「これです」
「ディオール、全然、足りないわよ」
「私はこれで刺したのよ!刺した本人が言っているんだから、本当に決まってるわ!」
「これだけの糸でこの刺繍が刺せるなら、やっぱり、もう一度刺してみて貰いたいわ、
私の目の前で___」

姉は黙り込んだ。

「ピアノだけど、新しい曲を覚えて欲しいと楽譜を渡したわね?
何度か練習していた様だけど、それを弾いて貰えるかしら?
確か、この曲だったわね、楽譜を見てもいいわよ___」

練習をしていたのはわたしで、姉は一度も練習をしていない。
だが、楽譜を見て良いというので、初見でそれを弾いた。
たどたどしいピアノではあったが、姉は「弾いたわよ!」と意気揚々としていた。

「練習の時より随分腕が落ちた様ね。
花を活けて貰った事は覚えている?」

「ええ、覚えていますわ」

「花畑が何処にあるか言えるかしら?
あなたはどうやって花を切ってきたの?どうやって水を換えたの?」

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