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本編
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しおりを挟むわたしの名は、ヴァイオレット・オークス。
二十一歳、名家、オークス伯爵家の長女である。
艶のある長い黒髪、少し釣り目ではあるが、珍しい紫色の瞳、
鼻筋は通り、大き過ぎないふっくらとした赤い唇をしている。
肌は少し焼けているが、血色が良く、健康体だ。
自分で言うのもだが、美人の部類に入るだろう。
二年前に、領地の貴族女子学校を優秀な成績で卒業し、
現在は伯爵である父の手伝いをしている。
正に、令嬢の中の令嬢とも言えるわたしだが、
二十一歳にして、未だ、婚約者の陰さえない。
その理由を、わたしは「この体型にある」と考えている。
わたしは幼い頃から、同じ年頃の子たちよりも、頭一つ分背が高かった。
そして、それはいつまでも伸び続け、十八歳で漸く止まったが、
その時には、既に185センチにもなっていた。
その為、令嬢たちと話す時は、いつも見下ろさなくてはならず、視線が合う事はない。
手足が長いのはまだ良いが、全体的に細く、胸やお尻のボリュームに欠ける為、
悲しいかな、子息たちの中にいても、全く違和感がなかった。
これは、男性にとって、魅力的とは言い難いだろう。
幼い頃から、従兄弟たちに散々意地悪を言われて来た。
「大女!」「男女!」「出来損ない!」
「何喰ったら、そんなにデカクなるんだよ!」
「小さくて可愛くなけりゃ、女じゃねーんだよ!」
「おまえ、絶対に結婚出来ないぞ!」
言われた時は当然反発し、言い返したものだが、
時が経ち、それは現実として迫って来た。
十八歳を過ぎても、縁談は一つも来ない。
《年頃の伯爵令嬢》と聞き、品定めに来る客は、
わたしの姿を見た途端に顔を引き攣らせ、そそくさと帰って行く。
パーティの招待は沢山来るが、エスコートを引き受ける男はいない。
猫を被り、教養や知識を駆使し、会話を盛り上げても、誰からもダンスに誘って貰えない。
故に、パーティではいつも壁の花である。
今日も、その覚悟で来たのだが…
「ヴァイオレットかい?」
パーティ会場に入った所で声を掛けられた。
驚いて周囲を探すと、そこには見知った顔があった。
薄い金色の髪を綺麗に整え、繊細な顔立ちに、細い眼鏡を掛けた細身の男…
「スチュアート!こんな所で会うなんて、驚いたわ」
彼はスチュアート・モットレイ男爵子息。
オークス伯爵家とモットレイ男爵家は取引関係にあり、時折、男爵が館を訪ねて来ていた。
ここ近年は、男爵が足を悪くし、代わりに息子のスチュアートが来る様になり、知り合った。
スチュアートはわたしよりも五センチは背が低いが、嫌な顔などせず、
普通に接してくれる為、わたしは好感を持っていた。
「パーティはあまり好きではないんだけど、父に頼まれてね…」
スチュアートが苦笑する。
彼は二十三歳だが、若者特有の軽薄さは無く、
繊細で何処か頼りなく、世話を焼きたくなってしまう雰囲気がある。
「そう、災難だったわね」
「でも、君と会えて良かったよ、良ければ、踊って貰えない?」
わたしは思わず、スチュアートを凝視していた。
今、スチュアートは何て言ったの?
わたしに、踊ってくれと言った??
「駄目かな?」
「駄目だなんて!勿論!喜んで___」
わたしはこれまでの練習の成果で、微笑み、優雅に手を差し出した。
スチュアートは安堵した様に微笑み、わたしの手を取り、ダンスフロアへと向かった。
ああ!待っていて良かった!
わたしは、知っていたの!
いつか、わたしを見初めてくれる、王子様が現れるって!!
夢心地のまま、わたしは久しぶりのダンスを楽しんだ。
だが、曲が終わった途端に、現実に引き戻された。
「彼、ヴァイオレット様のお知り合いですかぁ?」
大きな青色の目を更に大きくして覗き込んで来たのは、
キャロライン・タスカー男爵令嬢、十九歳。
身長はわたしよりも二十センチ以上低く、手の指なんかは細いが、
肌は白くふっくらとし、胸も大きい。
豊かな金髪をふわふわとカールさせ、大きなリボンを飾っている。
ドレスはいつも淡い色のもので、フリルとリボンが多い。
小さくて可愛らしく、これぞ、《真正の令嬢》だ___
わたしとは正反対なのだが、去年、パーティで知り合って以来、
どういう訳か懐かれてしまっている。
「ヴァイオレット様ぁ!ヴァイオレット様ぁ!」と、可愛らしい声で呼び、
纏わり付いて来る姿は、子犬の様で、悪くは無いのだけど…
「え、ええ、こちらは、スチュアート・モットレイ男爵子息。
家同士の付き合いで、良く家に来られるの。
スチュアート、こちらはキャロライン・タスカー男爵令嬢、わたしの友人です」
「スチュアートです」
「初めましてぇ、キャロラインですぅ」
キャロラインは猫撫で声で挨拶をすると、わたしを手招きし、こっそりと耳打ちした。
「とっても素敵な方ねぇ!ヴァイオレット様はぁ、彼に気があるんですかぁ?」
ズバリと聞かれ、わたしは固まった。
キャロラインは少々、常識の無い所がある。
もし、「気がある」と答え、キャロラインの口から、スチュアートの耳に入ったら…
わたしは引き攣った。
「とても素敵な方だと思うわ…」
無難に、どちらとも取れる答えをしたのだが…
「それじゃぁ、あたしが好きになってもいいですよねぇ~」
どうして、『それじゃぁ』になるの!??
駄目よ!!彼だけは止めて!!やっと現れた、わたしの王子様なのよ!!
わたしは胸の奥で叫んでいたが、やはり、それは言えなかった。
「え、ええ…良いんじゃないかしら?」
「うふふ!応援して下さいねぇ!ヴァイオレット様ぁ!」
はしゃぐキャロラインに、わたしは引き攣った笑みを返すしかなかった。
そんなわたしには目もくれず、キャロラインはふわふわのスカートを揺らし、
とびきりの笑顔をスチュアートに向けた。
「スチュアート様ぁ、あたしとも踊って頂けますかぁ?」
「はい、勿論___」
スチュアートはすんなりと、キャロラインを連れて行ってしまった。
わたしの高揚していた気持ちは、地に落ちていたが、
二人の後ろ姿を眺め、更に減り込んだのだった。
ダンスの後も、二人は一緒に居て、楽しそうにしていた。
わたしは壁の花となり、その光景を、ぼんやりと眺めたのだった。
「ああ…やっと、王子様が現れたと思ったのに…」
わたしは、貴族女子学校では優等生だったし、父を手伝う程有能だが、
こういった駆け引きは苦手だった。
男女の事に関しては、声が大きく、我儘で図々しい者が勝つ様に思えるが、
優等生のわたしは、学校で習った事に縛られ、常識から外れたり、
品性を疑われる言動はどうしても相容れなかった。
男に媚び、追い回す様な自尊心の無い、浅ましい女にはなりたくない!
伯爵令嬢たるもの、誰からも後ろ指を指されてはならない!
そう、凛とし、壁の花となる方がましだ___
そんなわたしを、きっと、王子様は見つけてくれる筈…
だが、そう思って、早や、三年…
「三年間待って、現れたのは、たった一人よ?」
その貴重な王子様候補を、見す見す目の前で攫われるとは…
わたしは戒を破り、キャロラインを排除すべきだっただろうか?
一晩中考えても、その答えは出ないだろう。
◇
わたしは、いつから王子様を待つようになったのだろう?
幼い頃のわたしは、王子様になれると思っていたのに…
あの頃のわたしは、物語の《王子様》に憧れていた。
王子様はいつも強くて恰好良い。
竜を倒したり、悪者を成敗したり、お姫様を助けたりする。
お姫様は一目で恋に落ちるのだが、それも当然というものだ。
『ヴィーは、このお話が好きなの?』
『そうよ、王子様が竜を倒すの!カッコイイでしょう!』
『ヴィーは、王子様が好きなんだね、僕、王子様になる!』
そう言ったのは、わたしよりも頭二つ分は小さい男の子だった。
柔らかい金色の髪に、子犬の様な濡れた碧色の目を持つ、わたしの白い天使。
可愛らしい顔で、そんな可愛らしい事を言うので、わたしは笑ってしまった。
『王子様より、お姫様の方が似合うわ!』
『見て!このお姫様、似てると思わない?金髪だし、可愛いの!』
わたしが王子様になって、護ってあげる!
わたしはそう決めていた。
あの子が、わたしの前で泣いた時から…
それなのに、あの子は、わたしを置いて行ってしまった___
◇
わたしが貴族女子学校に入ったのは、十六歳の年だ。
生徒たちは、皆、お姫様みたいに可愛らしく、お洒落で、
教わる事は、立派な貴婦人になる為のものが多く、
わたしは自分が《はみ出し者》の様な気がしていた。
わたしも、頑張らなきゃ…!
わたしは元来負けず嫌いだったし、《劣等生》なんて、自尊心が許さなかった。
それに、わたしには成し遂げるべく目標があった…
「わたしは結婚して、伯爵家を出るの!
その為には、見初められる様な、お姫様にならなくちゃ!」
わたしは必死に学び、鍛錬を重ね、自分を磨いた。
そして、デビュタントを終え、意気揚々、パーティに臨んだ。
当初のわたしは、自分に絶対の自信を持っていた。
顔は輝き、目にも自信が溢れていただろう。
だが、現実は辛く厳しいものだった…
わたしは、数多の屈辱を味わう中、いつしか、王子様を夢見る様になっていた。
わたしの前に現れ、わたしを選び、何処かに連れて行ってくれると…
「他人を当てにするなんて、情けない…」
自分にガッカリする。
今の自分は嫌い。
あの子に負けない様、頑張ってきた筈なのに…
あの子の為に、頑張ってきたのに…
わたしは、お姫様にもなれないでいる…
「ああ、会いたくないな」
「でも、会いたいよ」
わたしの可愛い義弟___
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