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本編
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しおりを挟む義弟のミゲルが、王都の名門、王立貴族学院を卒業し、戻って来る___
ミゲル自身が「伯爵を継ぐ為の勉強がしたい」と高い教育を望んだのだが、
正直、この地は長閑で平穏なので、王都まで行く必要があるのか、わたしには疑問だった。
父は領地にある貴族学校の出身だが、十分過ぎる程、上手くやっている。
わたしだって、領地の貴族女子学校を出て、父を手伝っている。
「どうして、王都なのよ!」
王都までは、馬車で二週間近くも掛かるのだ!
「しかも、『勉強に集中したいから』って、四年も帰らないなんて!あの、薄情者!!」
わたしは思いをぶつけるかの様に、枕を磨かれた床に投げつけた。
◇
ミゲルは7歳の時に、我が伯爵家に迎えられた、養子だ。
ミゲルの母アンジェラ・クロフト男爵夫人は、わたしの母アイリスの遠縁に当たる。
後々で聞いた話だが、アンジェラが病で亡くなると、
夫のクロフト男爵は時を待たずに、愛人と愛人との間に出来た子らを館に呼び寄せ、住まわせた。
愛人とその子供たちは、ミゲルを嫌い、酷い仕打ちをした。
男爵は庇う所か、愛人たちに加勢し、助長させたという___
こうなる事を予測していたアンジェラは、死の間際に、アイリスに助けを求める手紙を書き、
自分が亡くなった後、届ける様に手配していた。
アイリスとロバートは直ぐに出向き、男爵家と上手く話を付け、ミゲルを連れ帰って来たのだった。
一人娘のわたしは、《兄弟》というものに憧れていた。
ついでに言うと、メイドたちの噂話から、わたしは《赤ちゃん》がやって来ると思っていた。
想像とは違って、随分育っていたが、気を取り直し、仲良くしようとした。
だが、ミゲルは父ロバートと母アイリス以外には、打ち解け様としなかった。
誰とも目を合わせず、誰とも話さない。話し掛けても頷く程度。
ずっと、部屋に閉じ籠っていて、出て来るのは、晩餐と家庭教師の時間位で、
わたしはつまらなかったし、苛々させられた。
今になって思えば、突然、他所の家に連れて来られ、怯えていたのだろう。
家で酷い仕打ちをされていた事もあり、心を閉ざしていたのだ。
実際、ミゲルの体を見たが、酷く痩せていて、骨と皮だったし、体中に痣があった。
余程の仕打ちを受けたのだろう…
だが、そんな事に、8歳のわたしが気付く筈もなく、随分空回りをした。
そして、とうとう、衝突したのだ___
ある日、パーラーに入って行くミゲルの姿を見て、わたしは後を付けた。
ミゲルが向かったのは、パーラーの隅に置かれたピアノだった。
ミゲルはピアノに興味があるのね!
ピアノならば、五歳の時から習っているので、得意だ。
わたしはミゲルの元に飛んで行き、声を掛けた。
「ミゲル!ここに居たのね!何してるの?ピアノ、弾きたいの?」
だが、ミゲルは激しく頭を振った。
「習いたいなら、教えてあげるわよ!」
わたしは親切に申し出たが、ミゲルはやはり頭を振った。
「じゃ、弾いてあげるわ!」
わたしは返事を待たずに椅子に飛び乗ると、鍵盤の蓋を開けた。
そして、得意の曲を弾いた。
明るく軽やかな曲だ、きっとミゲルも楽しい気分になるだろう___
わたしは自分の演奏に満足し、「どう?」とミゲルを振り返った。
だが、何と、ミゲルは何も言わずに逃げ出してしまったのだ!
「もう!何なのよ!!」
わたしは当然、ミゲルを追い駆けた。
わたしはミゲルよりも随分大きかったので、捕まえるのは簡単だった。
「わたしのピアノ、下手だった?それとも、嫌いな曲だった?
あなたの好きな曲を弾いてあげるから、言いなさいよ!」
ミゲルはまた頭を振った。
「あんたって、いつもそう!頭を振るだけで分かって貰おうって、狡いわよ!
それとも、わたしと喋りたくないの?」
「ピアノなんか嫌い!」
ミゲルが口を開き、叫んだ。
「お母様のピアノを忘れちゃう!僕が忘れたら、お母様が可哀想だよ!」
ミゲルは声を上げて泣き出した。
わたしは、ミゲルの母親が亡くなった事を聞かされていたので、凄く悪い事をした気になった。
わたしの両親は元気で、親を亡くす事がどんな風なのか、想像出来なかったのだ。
「ごめんなさい…」
わたしは自分にガッカリし、謝ったが、ミゲルは「違うよ!」と頭を振った。
「ヴァイオレットは悪く無いよ、僕が、嫌なだけだから…」
『悪く無い』と言ってくれ、わたしは少し感動していた。
わたしの知っている同年代の男子…主に従兄弟だが…は、意地悪で粗野で馬鹿だ。
だから、こんな子がいるのかと、感動したのだ。
それに、綺麗な目をしているな、とも…
やっぱり、《弟》っていいな…
「それじゃ、仲直りね」
わたしたちは仲直りに、調理場に行き、一緒にホットミルクを飲んだ。
わたしが口の周りにミルクを付けると、ミゲルは声を上げて笑った。
「口にミルクが…!あはははは!」
そう!ミゲルが初めて笑ったのだ!
それは、天使の様に可愛らしい顔だった。
この時だ、わたしはミゲルを、『護る』と決めた___
天使の様に可愛く、繊細で純粋な男の子。
こんな子はきっと、護ってくれる人が必要だ!
わたしはミゲルの《姉》なのだから、わたし以外にはいない!
「ミゲル、わたし良い事を思い付いたわ!
お母様の事をわたしに話すのよ!そうしたら、絶対に忘れないでしょう?
もし、ミゲルが忘れても、わたしが思い出させてあげるわ!
わたし、覚えは良いの!皆から《賢い》って言われてるわ!」
それから、二人きりになると、ミゲルは母アンジェラの話をする様になった。
ミゲルは黙って頭を振る事はなくなり、笑顔も見せる様になった。
そして、いつしかわたしたちは、本当の姉弟の様に、仲良くなっていた。
◇
わたしたち家族は、上手くいっていたのだ。
父はミゲルを高く評価し、伯爵を継がせたがっていた。
父がわたしの才覚よりも、ミゲルを買った事は悔しかったが、
ミゲルが伯爵家に残るなら、それも良いと思った。
ミゲルは男子なので、家を離れたら、滅多に帰って来ないかもしれないが、
伯爵を継げば、いつでも会いに行ける___
そう、思っていたのに…
ミゲルはわたしに内緒で、勝手に王都の王立貴族学院の受験を決めてしまった。
そして、最難関にも関わらずに、受かってしまい…
『行ってくるね!』と、爽やかな笑みを残して行ってしまった…
その時の事を思い出すと、未だ、悲しい気持ちになる。
「もっと、別れを惜しんでくれたっていいじゃない…」
意気揚々、行ってしまうなんて…
尤も、わたしとは違い、父と母はうれしそうだった。
「男の子はそんなものだよ」
「ミゲルも頼もしくなったわね…」
両親は、全然、分かっていない!
「ミゲルは頼もしくなんかないわ!世間知らずなのよ!泣き虫だし!
いつも、わたしの後ろにいたんだから!」
わたしがいなきゃ、駄目なんだから!
きっと、泣いて帰って来るに決まっているんだから!!
だが、結局、ミゲルは泣いて帰る所か、四年間、一度も帰って来なかった。
「薄情者…」
わたしは投げつけた枕を拾い、埃を払うと、胸に抱きしめた。
◇
王都から二週間近い馬車旅ともあり、ミゲルがいつ伯爵家に着くかは分からず、
その間、館の者たちは皆、ソワソワとし、ミゲルを迎える準備に勤しんでいた。
わたしはそれを遠目に、冷めた目で眺めていた。
「皆、どうしてそんなに張り切っているの?
相手はミゲルよ、家族なんだから、いつも通りでいいじゃない」
家族に見栄を張る必要は無いのだ。
だが、メイドたちは目を吊り上げ、反論してきた。
「そうはいきません!四年ぶりにお帰りになるのですから!」
「それに、ミゲル様は王都にいらしたんですよ?」
「野暮ったく見えない様、ピカピカに磨き上げておかなくては!」
「それにしても、あの王立貴族学院を優秀な成績で卒業なさるなんて!」
「旦那様も奥様も、鼻が高いでしょうね!」
「ミゲル様がいれば、伯爵家は安泰ですね!」
ミゲルを褒めちぎる始末だ。
「わたしも貴族女子学校を首席で卒業したわよ?」
「ええ、勿論、ヴァイオレット様はご自慢のご令嬢ですわ!
ですが、ヴァイオレット様は伯爵家を出られるのですよね?」
「そうよ、だけど、ミゲルが継がないと言えば、出て行けないわ」
「だからですよ!ここを気に入って頂ける様にしなくては!」
メイドたちは、きゃっきゃと声を上げ、掃除に戻った。
ふぅ…
わたしは嘆息した。
わたしは、父がミゲルを後継者にしたいと言っているのを耳にしてから、
両親には「伯爵家を出て、他所へ嫁ぐ」と宣言していた。
ミゲルが伯爵家を継ぐには、わたしがここにいてはいけない___
それ位、承知している。
わたしの計画では、ミゲルが卒業し、帰って来るまでに、適当な家に嫁ぐつもりだった。
出来れば《爵位持ち》か《跡取り》が良い。それだけで両親は安心するだろう。
そして、オークス伯爵家から近い場所が良い。
わたしは学校を卒業してから、父の手伝いをしている。
ミゲルが伯爵を継いだら、ミゲルの手伝いをするつもりだ。
近くに住んでいれば、十分に可能だろう___
だが、いざ、婚活に打って出ると…
条件に合う男性がいない所か、誰からも声を掛けられない。
縁談の話すら来ない。
先日、良いと思っていた相手…スチュアートもキャロラインに攫われてしまった。
「こんな筈じゃなかったんだけど…」
悲しいかな、現実は結婚等、程遠かった。
もう一つ、溜息を吐こうとした時、メイドがバタバタと走って来た。
「ミゲル様の馬車が到着しました!!」
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