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本編
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しおりを挟むローレンス・ターナー伯爵から、わたし宛にカードと薔薇の花束が届けられた。
深紅の薔薇の花束で、両手に溢れる程だ。
カードは、ターナー伯爵家への招待状だった。
お互いを知り合う為に、一週間程、館に滞在しないかという事だ。
わたしは乗り気だったが、父は渋り、「ミゲルと一緒なら許そう」と条件を付けた。
母ならばまだしも、どうして、義弟を連れて行かなくてはいけないのか…
ミゲルだって、気まずいだろう。
「ミゲルは仕事で忙しいでしょう?」
わたしはそれとなく助け舟を出した。
だが、ミゲルは素っ気なく、「別にいいよ」と答えた。
最近、ミゲルはこんな調子で、何処か不機嫌そうにしている。
ミゲルが不機嫌だと、軽口を言い合う事も出来ないので、正直、つまらない。
早く機嫌を直してくれたらいいのに…
◇◇
ターナー伯爵家までの道中も、ミゲルは不機嫌続行中の様で、
受け答えはするも、軽口は言わず、只管読書に勤しんでいた。
馬車内はわたしとミゲルだけなので、酷く重々しく感じ、
ターナー伯爵家に着き、安堵した位だ。
ターナー伯爵の館は、大きな街の郊外にあった。
古い煉瓦造りではあるが、大きく荘厳な館だ。
館を中心に、なだらかな芝生が広がっている。
館の近くには厩舎も見えたので、馬もいるのだろう、乗馬には良い土地に見える。
「素敵な所ね___」
わたしが思わず言うと、ミゲルは「そうだね」と小さく答えた。
「ヴァイオレット様、ミゲル様、お待ちしておりました___」
わたしとミゲルは直ぐにパーラーへ通された。
お茶と菓子が運ばれ、暫くして、伯爵が現れた。
「良く来てくれましたね、ヴァイオレット、そちらが義弟のミゲルですか?」
「はい、義弟のミゲルです。
義弟も一緒に招いて下さり、ありがとうございます、伯爵」
「私の事はローレンスでいいですよ」
わたしたちは挨拶をし、お茶をしてから、部屋に案内された。
わたしの部屋とミゲルの部屋は、同じ階ではあるが、端と端だった。
隣同士で良かったのに…と思うが、
「近くの方が安心出来るでしょう」
ローレンスからすると、この距離は『近い』様だ。
わたしは無難に、「はい、ありがとうございます」と返した。
「伯爵の部屋はどちらですか?」
ミゲルが露骨に聞くので、わたしは顔が赤くなった。
「私の部屋は上の階です、お二人の部屋には鍵も掛かりますよ、安心しましたか?」
「はい、結構です」
ミゲルは真顔で答えている。
普段、こんな風では無いのに…
「ミゲルはローレンス様を警戒しているの?疑うなんて失礼だわ!」
ミゲルと二人になった時に、わたしは言ってやった。
だが、ミゲルは真顔で素っ気なく返した。
「何かあってからでは遅いでしょう、疑って掛かる位で丁度良いよ。
何かあれば、まず僕に言って。
それから、部屋に居る時には、必ず鍵を締めてね、義姉さん」
「何も無いわよ、自意識過剰だわ」
「いいから、約束して、そうじゃなきゃ、このまま連れて帰るよ」
ミゲルに睨まれ、わたしは「約束するわよ」と唇を尖らせた。
◇
ローレンスに館内を案内して貰ったが、広くて迷いそうだった。
それに、美術品や金細工も多く、随分裕福な事が見て取れた。
「両親が十年前に亡くなり、伯爵を継ぎました。
伯爵家は潤っていますし、妻とも良い関係でしたが、子供には恵まれませんでした…」
ローレンスは悲しそうだった。
後継ぎの問題もあるだろうが、きっと、子供が好きなのだろう。
「これからでも、遅くはありませんわ」
励ましたくて言ったのだが、自分の立場を思い出し、赤面した。
ローレンスは「ありがとう」と笑った。
「あなたは優しくて素敵な女性ですね、ヴァイオレット。
私はあなたの様な人を望んでいます。
ここに居る間に、私との事を真剣に考えて欲しいと思っています」
ローレンスがわたしの手を取り、甲に口付ける。
わたしの赤くなった顔は、中々熱が引かなかった。
ローレンスこそ、理想の王子様だ___!
わたしは彼との結婚に、うっとりと思いを馳せた。
だが、ふと、遠くからこちらを見ている人に気付いた。
ミゲルだ___
わたしは声を掛けようとしたが、ミゲルはわたしが気付いたと知ると、
ふいと顔を反らし、何処かへ行ってしまった。
何よ…
声を掛けてくれてもいいのに…
「ヴァイオレット、この先は図書室です、ターナー伯爵家は歴史も古いので…」
わたしはローレンスの説明に耳を傾けながら、彼に続いた。
◇◇
ターナー伯爵家での滞在は、わたしが想像していた以上に、楽しく有意義なものだった。
ローレンスは、わたしとミゲルに、館内や敷地を案内してくれた。
考え抜かれて造られた庭園の花畑は、絨毯の様で美しく、目を奪われた。
乗馬もしたし、街にも連れ出してくれた。
毎日の様に、観劇や夜会にも連れて行ってくれた。
目新しいものばかりで、わたしは大いに楽しんだのだった。
ミゲルが楽しんでいたかは、謎だ。
ミゲルはわたしとローレンスの会話には入らず、一歩引き、無口になっていた。
遠慮しているのか、それとも、わたしたちを観察しているのか…
きっと、両親から、見張る様、頼まれているのだろうと、わたしは気にしない様に努めた。
この日は午後から天候が崩れ、空一面が黒い雲に覆われた。
わたしたちは乗馬に出ていたが、直ぐに引き返す事になった。
雨が降り出す前に戻る事が出来、わたしたちは部屋で過ごす事にして、
カードをしたり、チェスをしたりして過ごした。
わたしが自慢のピアノを披露すると、ローレンスは喜んでくれた。
だが、夜になり、部屋に引き上げると、風が強くなったのか、ヒューヒューと鳴り出し、
窓をガタガタと震わせた。それは、恐ろしい獣の声にも思える。
わたしは手早く寝支度を終えると、ベッドに潜り込んだ。
布団を被り、音を聞こえなくすれば、大丈夫___
だが、収まる所か、雨が激しくなり、窓を叩き付けてきた。
ゴロゴロ…
不穏な音にわたしは体を小さくし、耳を塞ぐ。
ああ、アレが来るわ!!
ドゴォォン!!ドゴォォン!!
部屋を揺らす程の音に、わたしは身を竦め、息を止めた。
「義姉さん?」
不意に、呼びかけられ、わたしは布団から顔を出した。
ベッド脇に、ランプを手に、夜着姿のミゲルが立っていた。
ドゴォォン!!
「____!!」
再び起こった激しい音に、わたしは悲鳴を上げ、ミゲルにしがみ着いた。
「ヴィー、大丈夫だよ」
優しい手が、わたしの頭や背中を撫でてくれる。
ミゲルの体温やその手は、わたしを安心させてくれた。
「落ち着いた?ベッドに戻って」
ミゲルに優しく言われ、わたしは頷いたが、ミゲルの手は離さなかった。
雨は激しく、窓はガタガタと揺れ、風も恐ろしげに鳴っている。
ゴロゴロ…と、遠くで不穏な音もする。
「一緒に寝てくれる?」
いつも、してくれた様に…
ミゲルは一瞬、困った様な顔をしたが、「いいよ」と一緒にベッドに入ってくれた。
わたしは安堵し、ミゲルに擦り寄った。
ミゲルは息を飲み、体を固くしたが、わたしを拒んだりはしなかった。
雷が落ちる度、身を竦めるわたしを、ミゲルは「大丈夫だよ」と背中を撫でてくれた。
この優しい温もりに、いつも安心する…
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