13 / 21
本編
13
しおりを挟むあれは、何歳の頃だっただろう?
大きな音と共に、庭の大樹に雷が落ち、黒い残骸になったのを見て以来、
わたしは雷に強い恐怖を抱く様になった。
ミゲルが家を出て王都に行くまでは、
ゴロゴロと不穏な音がし始めると、必ず、ミゲルの部屋に行っていた。
両親を頼らなかったのは、わたしの自尊心だ。
「まぁ、あなたもまだ子供ね」と言われるのが嫌だった。
ミゲルならば、笑ったりしないし、誰にも言い付けないので、安心して頼る事が出来たが、
それでも、「怖いから一緒にいて」とは言えなかった。
「ミゲルが怖くない様に、一緒にいてあげる!」
わたしは、『ミゲルの為』という姿勢を崩さなかった。
ミゲルは「ありがとう」と言ってくれていたけど…
きっと、わたしが怖がっていた事に気付いていたのだろう。
でも、いつも何も言わずに、一緒に寝てくれた…
わたしはミゲルがいてくれる事に安心し、眠る事が出来た。
例え、雷がわたしたちを焼いても、独りでは無い___
それが、わたしを安心させてくれたのだ。
深い眠りから覚めた時には、嵐は過ぎ去り、
朝の柔らかい陽が、部屋をぼんやりと明るくしていた。
わたしの傍にあった温もりは消えていた。
それが酷く寂しく感じられた。
だが、ふと、傍にあるものに気付いた。
ベージュ色の継ぎ接ぎされた、うさぎの人形…
「ハッピー?」
ベッドから体を起こし、まじまじと人形を見た。
継ぎ接ぎの跡ははっきりと分かる。
赤いボタンの目に、黄色いリボン、紫色のワンピースを着ている。
それは、わたしの記憶通りだった。
「おはよう、ヴィー」
ミゲルの声にドキリとした。
目を向けると、長ソファにその姿があった。
「ミゲル!そこで何してるの?」
頭が回っていないのか、酷い台詞が飛び出した。
ミゲルは苦笑し、咎める様に言った。
「義姉さん、昨夜、鍵を掛けてなかったでしょう?
不用心だから、居てあげたんだよ」
嵐が気になり、鍵の事は頭に無かった。
だが、そのお陰で、ミゲルは部屋に入れたのだ。
感謝しているし、うれしいのに…
「嵐の夜に、賊なんて来ないわよ」
何故、こんな事を言ってしまうのだろう?
わたしは自分自身にガッカリし、頭を抱えたくなった。
だが、実際に頭を振ったのはミゲルの方だった。
「賊より警戒しなくちゃいけない人がいるでしょう」
「ローレンス様の事?だったら、それこそ、嵐の夜になんて来ないでしょう?」
わたしは肩を竦めて見せた。
すると、ミゲルは嘆息し、ソファから立ち上がると、わたしの方までやって来た。
お説教でも始まるのかとうんざりしたが、ミゲルはベッドに手を付くと、
ぐいっと、わたしの方に身を乗り出した。
「僕は来たよ、そして、付け込もうと思えば付け込めたんだ」
その暗い碧色の目と、低い声に、わたしはゾクリとした。
「何、言ってるのよ、ミゲルは義弟じゃない」
「…そう、だったら、これからはローレンスに、僕の代わりをして貰えばいいよ」
ミゲルが体を引き、踵を返す。
どうして、そんな冷たい事を言うのよ…
「ミゲル!!これ…」
わたしはミゲルを呼び止め、ハッピーを見せた。
「ああ、返すのが遅くなってごめんね。
今度は、義姉さんを護ってくれるよ___」
ミゲルは薄く笑うと、部屋を出て行った。
暫くの間、わたしは閉じられた扉をぼんやりと見つめ、ハッピーを撫でていた。
ハッピーは、両親からの贈り物で、わたしの初めての友であり、宝物だった。
意地の悪い従兄弟に切り裂かれてしまったが、ミゲルが繕ってくれ、
服まで作って着せてくれた。
王立貴族学院への入学が決まり、いよいよ、ミゲルが館を立つという日、
わたしはハッピーをミゲルに渡した。
「お守りよ!王都なんて遠い所に行ったら、わたしは護ってあげられないから、
わたしの代わりよ」
わたしの大切な義弟。
わたしがずっと護ってあげると決めていたのに、
ミゲルは勝手に決めて、家を出て行こうとしている。
わたしはショックで、感情もぐちゃぐちゃになっていた。
その中でも、最も強い思いは…
わたしを忘れないで___!!
ミゲルはハッピーを受け取ってくれた。
そして、わたしの頬にキスをし、馬車に乗り込んだ。
「ありがとう、行ってくるね!」
ミゲルは晴れやかな笑顔で館を去って行った。
わたしの事など、まるで小さな事の様に…
わたしは悔しくて、寂しくて、悲しくて、その夜はずっと泣いていた。
これ程時間が経ったというのに、想いが蘇り、胸が痛んだ。
こんな、古い人形を渡され、ミゲルは困ったのではないか?
直ぐに捨ててしまったのではないか?
そんな風に思い、ミゲルが帰って来てからも、ハッピーの事は言い出せなかった。
だけど、ちゃんと、持っていてくれたのだ。
それに、何処も傷んではおらず、大事にしてくれていたのだと分かる。
「やっぱり、ミゲルは変わっていなかった!」
わたしはうれしさに包まれ、ハッピーを抱きしめた。
◇◇
翌日には、ターナー伯爵家を立つという日、ローレンスがわたしの部屋を訪ねて来た。
「明日には帰るのですから、今日は二人で過ごしませんか?
ピクニックをしましょう___」
ピクニックならば、大勢の方が楽しい。
ミゲルが一緒でも良いのに…
だが、ローレンスから縁談を申し込まれている事を思い出し、
わたしは余計な事は言わず、「はい」と頷いた。
「承諾して頂けて良かったです、ミゲルには伝言をしておきましょう」
ローレンスが言ってくれたので、わたしはお願いする事にした。
着替えや準備をするつもりだったが、ローレンスは「そのままで構いません」と、
わたしを追い立て、館を出た。
馬車を走らせ、街を抜け、郊外に向かう。
辿り着いたのは、山脈を背にした、小高い丘の上だった。
そこは、草原が広がり、見晴らしも良く、正に、ピクニックに最適だった。
「まぁ!素敵な所ですね!」
「そうでしょう、是非、君に見せたかったんです。
どうぞ、景色を楽しんでいて下さい、その間に私は準備をしましょう」
「わたしも手伝います!」
「大丈夫ですよ、ここは男の仕事です」
ローレンスは余裕の笑みを見せる。
言うだけあり、ローレンスは慣れた様子で敷物を広げ、
持って来ていたバスケットを置いた。
食事を楽しみ、寛いでいると、見るからにみすぼらしい恰好をした、
ならず者の男が三人、丘に上がって来た。
そして、わたしたちに気付くと、早速絡んで来た。
「おい、女がいるぜ!」
「丁度いい、俺たちと遊ぼうぜ!」
「嫌だっていうなら、金品で勘弁してやるよ!」
質が悪そうだ。
わたしはならず者たちをどう追い払おうかと頭を巡らせた。
だが、わたしが動くよりも早く、ローレンスがわたしの前に立った。
「ここは、私に任せて下さい、君はここに居て下さい___」
ローレンスは伯爵なので、きっと、言い掛かりを付けられる事には慣れているのだろう。
わたしは、ローレンスが上手く言ってならず者たちを煙に巻くか、
交渉をするのだと思い、見物する事にした。
だが、驚く事に、ローレンスはならず者たちに向かって行くと、男の腰にある剣を奪い、
大立ち回りを演じたのだった___
まさか、ローレンスがこの様な事をするとは思わず、わたしはポカンとしてしまった。
「おい、逃げろ!!」
「お、覚えてろ!!」
ならず者たちが、声を上げて逃げて行く様は、無様だった。
ローレンスは剣を持ったまま、戻って来た。
「大丈夫でしたか?怖い思いをしたでしょう」
ローレンスがわたしを気遣ってくれ、わたしは正に、か弱い令嬢になった気分だった。
「ローレンス様のお陰で助かりました、ありがとうございます」
「君を護る為なら、私は危険など恐れません___」
ローレンスのその姿には、威厳があった。
正に、騎士、王子様と言える。
「光栄ですわ」
ローレンスは微笑むと、わたしの手を引き、立ち上がらせた。
わたしたちは見つめ合う。
ローレンスの灰色の目が光り、顔が近付いてくる…
わたしはそれを察し、咄嗟に頭を下げていた。
キスは頭に落ち、わたしは「すみません」と謝った。
「構いません、私の方こそ、性急過ぎました。
君があまりに魅力的で、つい、君が若い事を忘れてしまう様です。
許して頂けますか?」
わたしは「勿論です」と微笑んだ。
17
あなたにおすすめの小説
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる