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「結婚式は三週間後だ、今更変更をしたくないのだろう。
それに、グレースの事で王室に批難の矛先が向けられのを恐れている、
妹のおまえが代わりならば、軋轢が生まれる事もないと思っている様だ。
おまえとグレースでは雲泥の差だというのにな!」
父が憎々し気に吐き出す。
姉は優秀で、両親は姉を溺愛していたが、だからと言って、わたしを蔑ろにしていた訳ではない。
だが、口に出さないだけで、内心ではそんな風に思っていたのか…
悲しくはあったが、自分でも分かっている事なので、受け止める事は出来た。
「おっしゃる通りです、わたしに王子妃など務まりません、どうか、お断りして下さい…」
だが、父は烈火の如く怒り、拳を机に叩き付けた。
「断れるものなら、とっくに断っておる!
王室の決定は絶対だと、おまえは知らないのか!
そうでなければ、グレースだって王宮に上がらずに済んだのだ!
あんな男に嫁がせようなどしなかったんだ!!」
父の剣幕にも驚いたが、それ以上に、その暴言に唖然とした。
「お父様、どうしてランメルト様を責めるのですか?
お姉様の事故はランメルト様の所為ではないのに…」
「あいつの所為だ!!グレースをあんな風にしておいて…絶対に許さんからな!!」
その目には強い憎しみが籠る。
わたしは父が正気を失っているのではないかと不安になった。
「シャルリーヌ、おまえも気を付けろ、おまえもグレースの様にされるんだ。
いや、もし、グレースではなく、おまえだったら…どうして、グレースなんだ!!」
父が頭を抱えて怒号する。
溺愛している姉があんな風になった事で、父の悲しみは大きいのだろう。
だけど、ランメルト様の所為にするなんて…
それに、もし、正気を失ったのがわたしならば、父は良かったみたいだ…
これには胸が痛み、涙が滲んだ。
深い失望に苛まれる。
◇◇
父がどう返事をしたのかは知らないが、わたしとランメルトの縁談は進み、
わたしは三日の内に王宮に上がる事となった。
わたしは姉の所に行き、挨拶をした。
「お姉様、明日、この館を出る事になりました…」
姉は正気を失っているが、ランメルトと結婚する為に王宮に上がるなどとは、とても言えなかった。
わたしは姉の右手を取り、両手で包んだ。
「お姉様、ごめんなさい…」
王室の決定では、断る事は出来ない___
だが、わたしには、喜ぶ気持ちもあった。
ずっと想っていた、諦めていた、愛おしい人と結婚出来る___
姉に対して罪悪感を抱きながらも、それを消す事は出来なかった。
わたしを恨んでくれてもいい…
だけど、わたしは、お姉様を愛している…
これからも、ずっと…
わたしはその細く綺麗な指先にキスをした。
翌日、わたしは一枚だけ持っていた白色のドレスに着替え、
王宮からの迎えの馬車に乗り、館を出た。
両親は体調不良を理由に、王宮へ行く事を断った。
弟のルシアンは「若い」という理由で、両親が代わりに断っていた。
ルシアンはわたしが姉の代わりと知ると、「気を付けてね」と言ってくれた。
馬車が王宮に着くと、侍女たちが迎え、わたしを礼拝堂に案内した。
結婚まで三週間も無いので、直ぐに婚約式を挙げ、そのまま王宮に住む手筈になっていた。
「こちらでお待ち下さい」
侍女に言われ、礼拝堂の扉の前で待っていると、幾らかして、隣に並ぶ者がいた。
ランメルト様___!
あの日以来、初めて顔を見る。
わたしは緊張し、そっと目を上げた。
「!!」
ランメルトは見て分かる程に、憔悴していた。
白い肌は蒼褪め、頬はこけ、菫色の目は暗く、光はない。
黄金と見紛う金色の髪も、光を失って見えた。
ランメルトの姉への想いの深さを知り、体が震えた。
わたしはとんでもない事をしているのではないか?
恐ろしさに身が凍り、息が出来なくなる。
わたしたちは言葉を交わす事なく、開けられた扉の向こうへと進んだ。
婚約式が終わっても、ランメルトはわたしを見る事は無く、声を掛ける事もなく、去って行った。
わたしは結婚までの棲み処となる部屋に案内されたが、そこは姉が使っていた部屋だった。
持ち物もそのままにされている。
この部屋で姉に迎えて貰った事を思い出し、堪らず、泣いていた。
姉は幸せそうだった。
ランメルトも幸せそうだった。
その全てが壊れてしまったのだ___!!
「わたしは馬鹿だわ!」
少しでも、この結婚を喜ぶなんて!
ランメルトは愛する人を失い、苦しんでいるというのに…
「わたしはどうしたら良いの?」
わたしに一体、何が出来るというのだろう?
◇◇
翌日からは、教育係が付けられ、王子妃教育が始まった。
わたしは姉の様に賢くは無いので、教育係は苛立っていた。
「先に教えましたでしょう?何故出来ないのですか?」
「一度で覚えて頂かなくては困ります、結婚式まで二週間しかありませんのよ?」
「全く!何度言えば分かるのですか!」
「グレース様はお姉様と聞きましたが、これ程出来の違う姉妹も珍しいですわね」
「王太子妃もとても優秀な方でしたよ、これでは、ランメルト殿下がお気の毒ですわ…」
教育係は頻繁に姉の名を出して比較したり、ランメルトの名を出して深く同情を見せる。
その度に、わたしは自分が惨めに思えた。
それに、デラージュ公爵家やランメルトの顔に泥を塗る気がし、いたたまれなくなった。
自分で自分を追い詰め、泣いてしまう。
だが、教育係は「この程度で泣いていて、王子妃になれるとでも?」と更に詰るのだった。
「どうして、あなたみたいな不出来な娘が選ばれたのかしら!
ランメルト殿下は反対なさったそうですが、それも頷けますわ___」
教育係が吐き捨てた言葉に、わたしは愕然とした。
あまりに強い衝撃で、涙も止まっていた。
王室の決定は王子であっても意見出来る事では無い。
それなのに、ランメルトは反対したのだ。
それがどういう事か、考えずとも分かる。
ランメルト様は、わたしと結婚したくなかったのね…
ランメルトが愛しているのは姉だ。
だけど、反対する程に、嫌だったなんて___!
「全く!しっかりなさい!私が叱られるんですからね!」
教育係の怒号も耳に届かない。
その日のわたしは全くの抜け殻で、役に立たなかった。
一夜、寝て起きれば、幾らか傷も和らいていた。
「きっと、誰が相手でも、ランメルト様は反対なさったわ。
お姉様を愛しているのだもの___」
わたしが嫌われている訳ではない___
そう思う事で、何とか立ち直ったのだ。
それからは、余計な事を考えない様、わたしは王子妃教育に集中した。
どんなに叱られても、侮辱されても、わたしは放り出して逃げ帰る事は出来ない。
それこそ、家名に傷を付ける事になる。
誰もわたしには期待していないし、どんなに頑張っても、姉には及ばないだろう。
侮辱されても、貶されても、それでもいい…
わたしはランメルトの妃となり、彼を支えたい!
ランメルトの想いを尊重出来るのは、二人を愛するわたしだけだから___
わたしは必死に勉強した。
教育係がいない時間も、習った事を復習し、必要な文献を読んだ。
分からない箇所や、疑問があれば書き出し、教育係に聞く事にした。
わたしが真剣だという事が伝わったのか、次第に教育係の苛々も収まり、
皮肉や嫌味も減っていた。
「結婚式、披露パーティはなんとか大丈夫でしょう。
最初はどうなる事かと思いましたけど、途中からは良くなりましたね。
ですが、まだ十分とは言えませんので、結婚後も暫くは来させて頂きます」
結婚前日、教育係はそう言い残して部屋を出た。
わたしは少しだが、認めて貰えた様な気がし、安堵した。
◇◇
結婚式用に用意された純白のドレスは、元は姉の為に作られたものだった。
わたしと姉では体格も違うので、直すのにも苦労しただろう。
姉は細身で背も高い。
一方、わたしは姉程身長が高くないし、少しぽっちゃりだ。
採寸をされた時、仕立ての女性たちが困った顔をしたのを知っている。
体のラインに沿うスカート部分は、布が足され、フワフワとしたAラインに変わっていた。
わたしはドレスを纏い、豪華に着飾って貰うと、侍女たちを引き連れ、礼拝堂へ向かった。
今日ばかりは、両親、ルシアンも出席しているだろう。
それにランメルトに会うのは、婚約式以降、初めてだ___
礼拝堂の扉の前まで来て、わたしは緊張に息を飲んだ。
ランメルトはわたしを訪ねて来る事は無かったし、わたしもランメルトの事を聞いたりはしなかった。
聞いてしまえば、気になり、王子妃教育に集中出来なくなると分かっていたからだ。
ランメルトの妃として認められる方が先だと自分に言い聞かせてきた。
だけど、本当は、ただ、彼に会うのが怖かっただけかもしれない…
婚約式の日、ランメルトはわたしを見なかった。
教育係からは、わたしが妃候補に挙がった時、ランメルトは反対したと聞いた。
もし、嫌われていたら、疎まれていたら…
それを考えると怖くなった。
彼を支えたいなんて、わたしの思い上がりではないか?
不安と迷いに襲われ、愕然となる。
だが、引き返す事は出来ない___それだけは確かだ。
ゆっくりと扉が開かれる。
聖壇に向かい、真直ぐに伸びる白い絨毯。
わたしは意を決し、一歩踏み出した___
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