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しおりを挟む顔の怪我が治るまで、ランメルトはわたしを抱こうとはしなかった。
触れ合う事もない___
それは、ランメルトよりも、わたしの方が堪え難かったに違いない。
甘い抱擁を求めて、体が疼く…
わたしは早く怪我が治る様に、毎夜祈ったのだった。
丁度、わたしの怪我が治った頃、王宮で他国の要人たちを招き、パーティが開かれた。
わたしは王室が用意した豪華なドレスを纏い、ランメルトと共に出席した。
ランメルトは礼儀正しくわたしをエスコートしていたが、
やはり、その瞳がわたしに向けられる事は無かった。
ランメルトは一曲踊った後は、外交に務めていた。
わたしも傍で控えていたが、何人かからダンスに誘われ、それを受けた。
これも外交の一環なので、わたしは愛想良くしていた。
「これは美しい、噂には聞いていましたが、お会い出来て光栄ですよ」
わたしと姉を間違えている者もいた。
わたしは無難に、「ありがとうございます」と微笑と共に返した。
知らないのであれば、わざわざ言う必要はない。
「次は僕と踊ってくれる?」
声を掛けて来たのは、隣国ロックレゴン王国の王太子だった。
二十代前半だろう、若く活気に満ちていた。
誘いを断られた事は無いのだろう、自信が漲っている。
わたしは「はい」と微笑を返し、彼の手に自分の手を重ねた。
流石王太子で、堂々としていて、ダンスも申し分なく、上手だった。
「君、中々いいね、向こうで話そうよ」
曲が終わり、王太子が軽い調子で誘ってきた。
わたしは驚きながらも、受けない方が良い気がし、断りの文句を探した。
「申し訳ございませんが…」
だが、王太子は察しが良く、わたしの言葉を遮った。
「そうそう、君の姉君だけど、変な噂を聞いたよ」
噂?まさか、あの事が知られたというの?
血の気が引き、背筋が凍った。
「どの様な噂ですか?」
平静を装いたかったが、難しかった。
王太子は大きな笑みを見せると、わたしの背中を押した。
「聞かれたくないよね?向こうで話そう___」
王太子は途中で飲み物を取ると、テラスに出た。
パーティ会場とは違い、静かで人気も無い。それに安心し、わたしは口を開いた。
「姉の噂というのは、どの様な事ですか?」
「まずは、乾杯しようよ、僕たちの出会いに!」
王太子は持っていたグラスの一つをわたしに持たせ、自分の持つグラスと合わせた。
そして、のんびりと喉を潤す。
わたしはそんな気にはなれず、彼が話してくれるのをじっと待っていた。
「君の姉君は絶世の美女だったそうだけど、本当?
美女は見慣れてるから、興味はないけど、絶世の美女ともなれば別だよねー、
流石の僕も心を奪われたかもしれないなー、それで、姉君は今どうしてるの?
正気を失うなんて、想像もつかないからさー、裸で走り回ったりするの?」
軽薄だし、あまりに無神経で、わたしは唖然としていた。
だが、王太子はニヤニヤとして、全く悪びれない。
「僕の持ってる情報を知りたいなら、君も僕の知りたい事に話してくれなきゃ、
それが取引ってもんだろう?」
わたしは小さく息を吐いた。
「絶世の美女がどういうものかは知りませんが、姉は美人です」
わたしにとっては、姉はいつも完璧だった。
「夢の中にいる様な感じでしょうか…言葉を交わす事は出来ません。
走り回ったりはしません」
「ふうん、つまらないね」
わたしは聞こえなかった振りをし、促した。
「それで、姉の噂というのは?」
「ああ、自害だったって聞いたよ」
自害!?
ルシアンもその様な事を言っていた。
両親は姉がショックから身を投げたと思っていると…
「あれ?何か思い当たる事があるの?」
王太子に覗き込まれ、咄嗟にわたしは「いいえ!」と強く言っていた。
「それより、どうして《自害》と言われているのですか!?」
「侍女が見たそうだよ、転落する少し前、様子がおかしかったとか…」
「その侍女というのは誰ですか!?」
「残念だけど、そこまでは知らないよ、随分、興味があるみたいだね?
僕もだよ、君に興味がある…」
王太子が笑みを見せ、わたしの顎を掴んだ。
近付いて来る顔に、わたしが悲鳴を上げ掛けた時、強い力で引き離された。
「!?」
腰を抱く固い腕…
それを辿ると、端正な横顔が見え、わたしの胸は大きく跳ねた。
ランメルト様!!
「戯れは控えて頂きたい、ダミアン」
「まぁ、そう怒るなよ、ランメルト。
彼女が寂しそうだったから慰めてやろうと思っただけさ、親切だろう?
それはそうと、前の婚約者は相当美人だったらしいじゃないか、
残念だったな、ランメルト、けど、彼女も悪くない、飽きたら僕の国に寄越すといい。
僕が国中を案内してあげるよ」
王太子はウインクを残し、テラスを出て行った。
ランメルトはわたしの腰から腕を放した。
「王子妃、軽率な行動は慎め!
人は見ていない様で見ている、気を抜くな!」
わたしの方を見ず、厳しく言い付けたかと思うと、後頭部を掴まれ、強く唇を押し付けられた。
「んっ!?」
キスをされたのは初めてだった。
だが、それはキスというよりは、戒めだったのかもしれない。
口の中に舌が入って来たかと思うと、好き勝手に蹂躙した。
息苦しくなり、理性も遠くなる。
わたしは抗う事なく、舌を絡めていた___
「ん…ふぅ…っ」
唇が離されると唾液が零れた。
慌てて指で拭う。
今更だが、羞恥心で赤くなった。
「はぁ、は、はぁ…っ」
息苦しく、呼吸も荒い…
ランメルトの方は、少し上気していたが、冷静に見えた。
「王子妃が娼婦であっては困る、慎みを持て」
その冷たい言葉は、わたしの熱を一瞬にして下げた。
わたしは寸前の淫らな自分を恥じた。
「も、申し訳ございません…」
だが、ランメルトは既にわたしに背を向け、テラスを出ていた。
◇◇
「転落する前に姉を見たという侍女に、詳しく話を聞きたいのだけど…」
わたしは侍女やメイドたちに声を掛け、情報を集める事にした。
皆が何を知っていて、何を噂しているのかも知りたかったし、
もしかしたら、《あの事》で何か知っているかもしれないと思ったのだ。
幸い、姉が陵辱を受けたという話は聞かなかった。
「ジェーンです、今ここにはいません、あれから直ぐに別邸の方に変わったんです」
「いつもと様子が違っていたと言ってましたけど…詳しくは分かりません」
「ランメルト殿下は全く相手になさいませんでした」
ランメルトはどうして、ジェーンの証言を無視したのだろう?
それに、ジェーンを王宮から出し、別邸に行かせるなんて…
もし、陵辱したのがランメルトであれば、《自害》と言われては困るだろう。
疑惑が自分に向けられるかもしれない。
だから、ジェーンを別邸に?彼女が何も話さない様に?
嫌な考えが浮かび、わたしは頭を振った。
「ランメルト様ではないわ!」
わたしはランメルトを疑いたい訳ではない。
ランメルトへの疑惑を晴らしたいのだ!
今、ランメルトを疑っているのは、わたしの家族だけだが、この先は分からない。
そうならない為にも、疑いを晴らしておかなくてはいけない。
翌朝、わたしは実家に戻り、「乗馬をしたいから」とルシアンに服を借りた。
少し大きいが、ドレスとは比べ物にならない程、動きやすい。
長い銀髪はシニヨンに結い、帽子を深く被った。
それから厩舎へ行き、乗り慣れた馬を借り、館を出た。
別邸までは馬を飛ばして三時間程度で、一日あれば十分に行って帰れる距離だった。
「デラージュ公爵の娘、シャルリーヌです、ジェーンに会わせて頂けますか?」
男の装をしていたので、使用人たちは「女かい?」と驚いていたが、直ぐにジェーンを呼んでくれた。
二十歳位で、髪をきちんとシニヨンに結い、メイド服に乱れもない。
真面目で控えめな娘の様だった。
「転落する前の姉を見たと聞いて、その時の事を詳しく教えて頂けますか?」
ジェーンはおどおどとし、視線を下げた。
「はい、陽は随分傾いていましたが、まだ沈みきってはいませんでした。
私は晩餐の準備があり、グレース様の部屋を出ました。
廊下に人気はなく、グレース様が歩いて来られるのが見えました。
私は脇に避けて頭を下げましたが、グレース様は気付いておられない様でした。
お優しい方ですので、いつもであれば、声を掛けて下さるので不思議に思いました。
お部屋に戻られるのだと思っていましたが、フラフラとテラスの方に行かれて…
独りになりたい時もありますから、そっとしておいた方が良いと思い…
でも、直ぐに何か音がして、騒々しくなって…
ああ、あの時、私がお声を掛けていたら!申し訳ありません!」
ジェーンがしくしくと泣き出し、わたしはハンカチを握らせた。
「あなたの所為ではありません、話して下さってありがとうございます。
姉は部屋にはいなかったのね…何処へ行っていたのかしら?
いつもその時間には出掛けているのですか?」
「お部屋にいらっしゃる事が多いです。
出られる事もありますが、行先まではお聞きしないので…すみません」
「あの日、わたしが姉に会いに来た事は覚えていますか?」
わたしが姉と会ったのは、姉の部屋だ。
あの時、姉に変わった様子はなかった。
わたしが帰り、姉は何処かへ行った…
そこで、陵辱されたのだろうか…?
何か手掛かりになるものがあれば…
わたしは期待してジェーンを見た。
「はい、シャルリーヌ様が来られた時は、私たちは控えの部屋に下がっております」
姉はわたしと二人で話せる様に、いつも人払いをしてくれていた。
「わたしが帰った後、姉はどうしていましたか?」
「シャルリーヌ様が帰られて、暫くして、ランメルト殿下が訪ねていらっしゃいました」
ランメルト様が!?
わたしは緊張し、膝の上で手をギュっと握った。
「二人はどんな様子でしたか?」
「お茶を出した後、私たちは控えの間にいましたので、詳しくは分かりませんが、
ランメルト様は少しいらしただけで、直ぐに部屋を出られました。
その後、少しして、グレース様もお部屋を出られたんです…」
「その後、姉を見た人はいるかしら?」
ジェーンは「分かりません」と頭を振った。
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