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しおりを挟むわたしは別邸を出て、公爵家に寄り、馬を返し着替えをしてから、
何事も無かったかの様に王宮に戻った。
誰もわたしの事など気にしないと思っていたが、部屋に戻り、幾らもしない内に、その扉は開かれた。
バン!!
急に扉が開いたので、わたしは酷く驚いたが、
険しい顔でズカズカと入って来るランメルトの姿には、それ以上に恐ろしいものを感じた。
彼がこんな風に礼儀を無視する事は珍しい…
一体、何があったのかと固まるわたしを、ランメルトは威圧的に見下ろして言った。
「男装までして、別邸に行ったそうだな?」
気付きもしないと思っていたので、彼が知っている事に驚いた。
何処で見られたのだろう?
公爵家でも、わたしを疑う者はいなかったのに…
「男装などはしていません、乗馬用に弟の服を借りただけです。
少し、気晴らしがしたかったんです。
別邸があると聞いたのを思い出して、行ってみようかと…」
誤魔化そうとして、余計な事まで言ったのがいけなかった。
ランメルトは「君は嘘吐きだな」と目をギラリとさせ、不満を露わにした。
「君が侍女に会い、あの日の事を聞いたと報告を受けている。
余計な詮索はするな!」
有無を言わせぬ強い口調だったが、わたしは負けずに言い返した。
「余計な詮索ではありません!わたしの姉の事です!
自害しようとした可能性があるなら、放ってはおけません!
ランメルト様だって…」
ランメルトにとっても姉は大事な人の筈だ。
姉に何があったのか、気にならない筈がない。
だが、ランメルトはわたしの言葉を遮る様に吠えた。
「自害ではない!絶対に違う!」
ランメルトはわたしを強く睨み付けると、踵を返し、部屋を出て行った。
ランメルトは何故、「自害ではない」と言い切れるのだろう?
ジェーンの話を聞き、わたしはその可能性も十分にあると思えた。
それなのに、彼は最初からジェーンの話を聞こうとしなかった。
その上、ジェーンを別邸に就けた。
それに、あんなに感情的になるなんて…
自害であっては困るの?
あの日、わたしは帰り際にランメルトに会った。
わたしと別れた後、ランメルトは姉に会いに行き、少しの時間を姉と過ごした。
その後、姉は部屋を出て、何処かに行った…
ランメルトと会った後なのだから、姉が会いに行った相手がランメルトだとは考え難い。
違う場所で落ち合う事も考えられるが、二人は婚約者だ、
しかも、結婚を一月後に控えている、そんな必要があるだろうか?
可能性は薄いというのに、当のランメルト自身が疑惑を晴らさせてくれない。
姉が事故に遭って以降、ランメルトは変わってしまったし、
今の彼の態度も、明らかにおかしかった。
神経質で頑固で…
「あんな人では無かったのに…」
以前のランメルトであれば、姉に起きた事を知れば、
彼は率先して犯人を捜していただろう…
それを考えると、ランメルトは知らない様に思える。
不名誉な事なので、医師も両親にだけ話したのだろう。
それを知れば、協力してくれる気もしたが、
ランメルトは今以上にショックを受けるだろう…
今以上に変わってしまうのではないか?
「とても言えないわ…」
それに、姉自身、愛する者にだけは知られたくないだろう…
だから、身を投げたの?
わたしは自分を抱き締めた。
◇◇
わたしは姉の侍女やメイドだった者たちや、衛兵に話を聞いて回った。
あの日、部屋を出てから、誰に会いに行ったのか…
だが、ランメルトの事で思わぬ証言を得る事になった。
「ランメルト殿下は少しいただけで、出て行かれました」
「でも、いつもとは少し違っていて…」
「沈んでいるというか、怒っているというか…」
「喧嘩でもなさったのかと思いました」
「お二人はとても仲がよろしかったので、心配しました」
喧嘩をした?
ランメルトも姉も穏やかで優しい人柄なので、二人が喧嘩をするとは考え難かった。
気になったが、ランメルトに聞いても答えてはくれないだろう…
「そういえば、大司教様とお会いになっているのを見ました」
衛兵の一人が思い出したのか、それを話してくれた。
「あの日、大司教は晩餐会に出席する予定でした。
その前には、いつも宮殿を周られ、声を掛けて下さるんです。
悩みを聞いて下さったり、告解をして下さいます___」
姉が悩んでいたなら、大司教に話を聞いて貰ったかもしれない___
わたしは漸く糸口を見つけられた気がした。
次の晩餐会まで待つ事は出来ず、わたしは翌日には大神殿を訪ねていた。
大神殿は王都の東の高台にあり、祭事や祈祷が行われる事もあり、
広く美しい造りをしている。白い柱が何本も立ち、神殿を支えている。
「大司教様にお会いしたいのですが」
神殿の警備に伝えると、修道女を呼んで来てくれた。
「王子妃様、どうぞ、こちらへ___」
修道女に案内されて入り口を通ると、二十人近くの修道女たちが、掃除に精を出していた。
あまり目にしない光景に、わたしはつい目を向けていた。
その内、一人がわたしを見ている事に気付いた。
不思議な事に、目が合った気がした。
わたしは考える前に、修道女の元に行っていた。
だが、わたしが近付くと、彼女は怯える様に顔を伏せてしまった。
「王子妃様、どうかなさいましたか?」
案内役の修道女が追って来た。
「いえ、随分若い方もいらっしゃるのですね、感心致しました」
わたしは優しく声を掛けたが、彼女は顔を伏せたまま、小さく震えていた。
わたしは昔の自分を思い出した。
内気で、いつも姉の後ろに隠れていた。そんなわたしを姉はいつも庇ってくれた…
「辛くはありませんか?」
「勿論です、全ては神への奉仕ですから」
答えたのは目の前の若い修道女ではなく、案内役の修道女だった。
わたしは俯いている彼女の手を取り、そっと包んだ。
「素晴らしい事ですね、あなたが幸せでありますように」
「王子妃様、お早く___」
案内役の修道女に急かされ、わたしは大神殿の回廊を通り、部屋に入った。
こじんまりとし、応接セットが置かれているだけだった。
急がされたが、大司教の姿は無い。
「こちらでお待ち下さい」
案内役の修道女は出て行き、わたしはソファに座った。
暫くして、扉が開き、大司教が入って来た。
大司教は老年で、顔には深い皺、そして、白く長い髭があった。
若い修道女が大司教の手を支えて座らせる。
そして、他の修道女たちがお茶を運んで来た。
こういった仕事は若い修道女がするものなのか、皆、二十歳前に見えた。
大司教は人払いをし、わたしに向き直った。
「王子妃様、よくお出で下さいました」
「急に訪ねてしまい、申し訳ありません」
「構いませんよ、神を求めていらっしゃるのでしょう…」
形式的な挨拶を交わした後、わたしは紅茶を一口飲み、それを切り出した。
「大司教様にお聞きしたい事があります。
わたしの姉、グレース=デラージュを覚えておられますか?」
大司教は目を細めた。
「グレース様…勿論、覚えています、信仰心が篤く、素晴らしい方でした」
過去形で話され、訂正したかったが、
機嫌を損ねて話して貰えなくなっては困るので、目を瞑る事にした。
「姉が転落事故に遭った日に、大司教様と会っていたと聞きました。
姉は大司教様に何か言ってはいませんでしたか?
もしかしたら、何か悩み事があったのではないかと思ったのですが…」
「はい、悩みを聞いて欲しいと言われ、お聞きしました。
告解ではないので、お話しましょう…
グレース様は、ランメルト殿下の他に愛する者がいると、悩んでおられました…」
「!?」
驚きに思わず声を上げ掛け、慌てて手で口を覆った。
「まさか…そんな…信じられません!
姉がそんな裏切りをするなんて…絶対にありません!」
姉はいい加減な女性ではない。
真面目で優しく、他人が悲しむ姿を嫌う、心優しい人だ。
婚約者を裏切るなんて、絶対にしないだろう___
でも、だからこそ、その事で悩んでいた…?
あの日、ランメルトにそれを気付かれたのなら…
二人は喧嘩になった…?
彼が沈んでいた、怒っていたという、メイドの証言も頷ける。
「相手は、誰ですか?姉は話しましたか?」
「とても高貴なお方とだけ、聞いています」
高貴なお方?
ランメルト以上に高貴な者などいるだろうか?
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