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しおりを挟むわたしはソフィを呼び、姉を預けて部屋を出た。
庭に向かうと、クレモンはわたしが来ると分かっていたのか、その場で待っていた。
「シャルリーヌ様!グレース様はどうされたのですか!?」
「少し興奮しただけです、安心して下さい」
「そうでしたか…」
クレモンがそっと、安堵の息を吐いた。
わたしは冷たい目を彼に向けた。
「クレモン、正直にお答え下さい、あなたと姉はどういった関係だったのですか?
ランメルト様に隠れ、二人は会っていたのですか?
ずっと、ランメルト様を裏切っていたのですか!?」
クレモンは顔色を失くし、項垂れた。
「一目見て、恋に落ちました。
殿下を裏切るつもりはなく、想いは隠し通すつもりでしたが、
殿下とグレース様の伝令使をする事が多く…顔を合わせる内に親しくなりました。
想いを口にした事はありません、ですが、私たちは同じ気持ちだったと思います…」
「どうして、同じ気持ちだと分かるのですか?」
「目を見れば分かります」
クレモンは静かに答えた。
姉の様子からも、クレモンを特別に思っている事は分かる。
二人が互いに想いを秘めていたのなら、責める事は出来ない…
「ランメルト様は、この事をご存じなのですか?」
知る筈がない___!わたしはそう高を括っていた。
知っていれば、ここにクレモンを来させてはいないだろう。
しかも、三日に一度も!自分を裏切った者たちを会わせたりはしない!
クレモンは自分の想いをランメルトに隠し、命令を盾にして姉に会いに来ているのだ!
これでは、あまりにランメルトが可哀想だ!
そう思っていた。
だが、クレモンからは予想外の答えが返ってきた。
「殿下はご存じでした。
いつからかは存じませんが、グレース様が正気を失ったと知った時、私に謝罪をして下さいました。
勿論、そんな必要はありませんし、謝罪をするのは寧ろ私の方でした。
ですが、殿下は酷く罪悪感を持たれている様で、私を見舞い役にして下さったのです」
わたしは《罪悪感》という言葉に、ギクリとした。
もし、ランメルトが二人の事を知り、姉を責めて強硬手段に出ていたら…
そこから引き起こされた現状を、酷く悔いている筈だ___
「シャルリーヌ様?お顔が真っ青ですが…」
クレモンに訝しげに見られ、わたしは反射的に「いいえ!何でもありません…」と答えていた。
「クレモン、話は分かりました。
ですが、今暫く、姉に会わせる事は出来ません、もう少し時間を下さい」
「構いません、ですが、ここに来る事だけはお許し下さい」
クレモンの誠実な姿に、胸が痛む。
ランメルトの意向を汲めば、姉とクレモンを会わせるべきだろう。
姉にとっても、クレモンに会う事は良い事かもしれない。
だけど、姉がまた何かを…あの事を口走ったら…
姉はクレモンには知られたくないだろう。
それに、もし、陵辱をしたのがランメルトだったら…
クレモンが知れば、ランメルトが相手でも、一矢報いようとするのではないか…
「ああ!駄目よ!!どうしたら良いの!!」
◇
その夜、寝室にランメルトの姿は無かった。
わたしがクレモンと姉の事を知ったと、聞いたのかもしれない。
あの日、わたしは王宮の姉を訪ね、縁談が来た事を伝えた。
喜んでくれるとばかり思っていたが、姉は慎重だった。
『シャルリーヌ、良く聞いてね、早急に答えを出すのは避けた方がいいわ。
結婚は一生を左右するものですからね、良く相手を知る事よ。
それに、あなたはまだ若いもの、これから愛する人が現れるかもしれないわ…』
あれは、姉自身の事を言っていたのだろうか?
姉は喜んで縁談を受けた訳ではない、王室からの打診で断れなかったのだ。
それでも、二人は仲が良く、お似合いだったので、わたしは二人の間に何も問題は無いと思っていた。
姉はクレモンに出会い、《愛》を知ったのだろうか?
ランメルトとの婚約を後悔していたのだろうか?
自分の運命を憎んだのだろうか?
気持ちは伝えないまでも、心は裏切っていた___
「ランメルト様が可哀想だわ…」
ランメルトは姉の心が自分に無いと知りながら、見ている事しか出来なかったのだ。
「わたしと同じ…」
それがどれ程辛い事か、わたしは知っている。
そして、彼は姉が正気を失い、罪滅ぼしの様に、クレモンを見舞いに行かせている。
自分は一度も見舞いに行かずに…
「お姉様が必要としているのは、自分ではなく、クレモンだと知っていたから…」
ランメルトは今、どれ程辛い思いをしているだろう?
わたしは彼の心を癒したいと願いながらも、彼の事を全く分かっていなかった事に気付いた。
どうすれば、彼を癒す事が出来るだろう?
「癒す事なんて、きっと出来ないわ…」
愛する者が手に入らないのなら、何をしていても癒される事は無い。
虚しく胸が痛むが、それを救えるのは、たった一人、愛する者だけだ。
わたしがそうだから、良く分かる。
「ただ、支えるだけ…」
負担に思われない様に、気付かれない様に、そっと、支えよう。
彼が倒れてしまわない様に…
◇◇
姉とクレモン、ランメルトの事で頭が混乱していたので、
わたしが《それ》に気付いたのは、翌日、陽が高くなってからになる。
「…お姉様は、お相手を《高貴な方》と言ったのよね?」
ふと、大司教の話を思い出したのだ。
大司教は姉から相談を受けていた。
『悩みを聞いて欲しいと言われ、お聞きしました。
グレース様は、ランメルト殿下の他に愛する者がいると、悩んでおられました…
とても高貴なお方とだけ、聞いています』
話は合っているが、クレモンは《高貴な方》ではない。
クレモンは知力に優れていた為、ランメルトに見出されたが、
彼自身は伯爵子息であり、格下だ。
「どういう事なの?」
姉は何故、《高貴な方》と言ったのだろう?
信仰の篤い姉が、大司教に嘘を吐くとは思えない。
もしかすると、もう一人、いるのだろうか?
「まさか!」
わたしは強く否定した。
姉は生真面目で淑女だ、常識から外れた事はしない。
クレモンがいたというだけでも驚きなのだ。
それに加え、姉を陵辱した者がいる___
姉はクレモンの名に反応した。
それならば、犯人の名にも反応をするのではないか?
「駄目よ!そんな酷い事、お姉様に出来ないわ!」
手掛かりが全く掴めず、わたしは行き詰っていた。
この間も、姉を陵辱した者がのうのうと過ごしていると思うと、腹立たしい。
「もう一度、大司教様にお会いしてみようかしら…」
◇◇
ランメルトは三日ばかり、寝室に現れなかった。
わたしに会うのを避けているのだと思った。
婚約者が自分の側近と想い合っていたなど、ランメルトは誰にも知られたくなかっただろう。
独りで耐えていたというのに、わたしが強引に暴いてしまったのだ。
以前、「余計な詮索はするな」と言われた事がある。
それも、今は頷けた。
だけど、わたしは、知って良かったと思う。
知らずにいては、この先も彼を傷つけるかもしれない。
そして、わたし自身、彼の心が見えず、悶々としていただろう。
四日目、寝室の扉を開き、ベッドに座るその姿を見て、わたしは安堵していた。
「聞いたらしいな」
ランメルトが抑揚の無い声で、独り言のように言う。
わたしはベッドの側まで行き、それに答えた。
「はい、わたしが無理に聞き出しました」
ランメルトは鼻で笑った。
「クレモンはそんな事は言っていなかった、君が自分で気付いたと言っていた」
「その通りです」
「どこで気付いた?」
姉の態度から___と言えば、ランメルトは傷付くだろう。
わたしはクレモンの方に考えを移した。
「クレモンの視線でしょうか…姉の部屋の窓には、カーテンが引かれています。
クレモンは庭から、そのカーテンの引かれた窓を、じっと見ているんです。
三日に一度、会う事も許されない、顔も見られないのに…
特別な想いがなくては出来ません」
「そうか…」と呟いたランメルトの顔は暗いものだった。
姉を想うランメルトに胸が痛む。
叶わない想いは、わたしにも分かるから…
「姉に代わり、お詫び致します…」
「そんな必要はない、詫びるべきは、私の方だ…」
ランメルト様が詫びる?どうして?
わたしは問う様に見たが、ランメルトは答える気は無いのか、ベッドに入り背を向けた。
わたしを抱く気にはなれないのだろう…
悲しくもあったが、気持ちは痛い程に分かった。
わたしは夜着のままベッドに入り、彼の後頭部を見つめた。
抱き締めて、慰めてあげたい…
だけど、わたしでは叶わない…
ああ、お姉様、どうか、これ以上、彼を苦しめないで___!
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