【完結】わたしの愛する白豚令息☆

白雨 音

文字の大きさ
2 / 17

しおりを挟む
カルロスが見つからず、わたしはパーティ会場を出て、中庭に回った。
すると、良く知る声が聞こえてきた。

「ふふ、君といつまでもこうしていたいよ、ローラ」

「駄目よ、婚約者が探しているわよ、カルロス」

カルロス!?
わたしは息を飲んだ。
足を止め、無意識に全神経を、耳に集中させていた。

「探させておけばいいさ、一曲踊れば十分だ、これ以上の御守は遠慮したいね」
「御守は大変?」
「ああ、彼女の声を聞くだけで、うんざりするよ…」
「そんなに嫌な女なの?」
「ああ、可愛げが無くて、面白みもない、話す事と言えば成績の事ばかりだ」
「まぁ!あなたみたいな素敵な人といて、何故そんなつまらない話をするのかしら?」
「自慢したいのさ!」

カルロスは、忌々しいとばかりに吐き捨てた。
わたしは信じられず、茫然としていた。

試験が終わり、久しぶりに会ったカルロスに、わたしは会えなかった事を詫びたし、
埋め合わせもあり、彼に優しくしたつもりだった。
5番になった事も報告したが、彼は喜んでくれていた___

あれは、嘘だったの?

わたしの指先は冷たくなり、唇は震えていた。

「理屈っぽいし、あれはまるで男だよ!」
「可哀想なカルロス様…何故、婚約などなさったの?」
「父の命令だよ、ほら、彼女と結婚すれば、爵位を継げるから」
「爵位の為だけに結婚するの?爵位なら、私があげるわ…」
「ローラ…愛してるよ…」
「カルロス…ん…私もよ…」

ベンチに座る二人は、誰に憚る事なく体を重ね、熱いキスを始めた。

なんて、破廉恥なの!!

カッとしたわたしは、考えるよりも早く、その場に踏み込んでいた。

「カルロス、これは、どういう事かしら?」

頭は混乱しているというのに、自分でも驚く程、冷静な声が出た。
わたしは腕組をし、仁王立ちとなり二人を睨み付けていた。

カルロスは余程慌てたのか、彼女から勢い良く体を離し、
その勢いでベンチから滑り落ちそうになった。
ローラの方は慌てた様子は無く、それ処か、嘲笑う様にわたしを見ている。
わたしは、カッとした。
悪い事に、わたしはカッとなると、饒舌になる。

「婚約者がいる者として、これは誠実な行いとは言えないわよね?
一体、どういうつもりで、こんな事をなさっているのか、説明して頂ける?
先の言葉が本心だと申されるのであれば、わたくしも考えなければいけませんわ。
バーレイ伯爵はこの事をご存じなのかしら?」

「全く君は!だから嫌なんだ!理屈っぽいし、命令ばかりする!もう、うんざりだ!
君の様な女が婚約者なら、誰だって逃げ出すさ!
ローラの様に可愛い女性なら、僕も心変わりなんてしなかったよ…」

「ああ、カルロス…」

二人は熱く見つめ合っている。
わたしは唖然とし、カルロスの正気を疑った。

「心変わり?カルロス、本気で言っているの?」

「ああ、本気さ、僕はローラを愛しているんだ。
愛する者がいるのに、他の者と結婚は出来ない。
誠実さを求める君なら、分かるだろう?」

誠実…?

「この際、はっきり言っておくけど、オードリー、君とは結婚出来ない。
悪いけど、君との婚約は破棄させて貰う___」

カルロスはローラを抱きしめ、毅然と言い放った。
わたしは唖然としたまま、立ち尽くしていた。

神聖な婚約を交わしたというのに、一年も経たずに、心変わりをするなんて…
それを、当然だなんて、誠実だなんて…

わたしが悪いというの___?


◇◇


あの学園パーティから、悪夢に魘されたまま、夏休暇に入った。
学院寮を出て、ブルック伯爵家に帰ると、
既にバーレイ伯爵家から、婚約破棄の話が回って来ていた。

「婚約破棄は、お相手の一方的な都合によるものですって、
慰謝料は満額頂けるし、よしとしましょう」

母のアリアンナは、驚く程、あっさりとしていた。
わたしのこの性格は、きっと、母譲りだわ…
もっと言えば、祖父譲りだろうか?
母の代も、男子がおらず、父を伯爵家に迎えたのだ。
その為か、この家の陰の支配者は、母のアリアンナだった。

わたしが悲しみに沈んでいるというのに、お構いなしだなんて…

「お母様…この度は、わたくしの不徳の致すところ、婚約破棄となり、
ブルック家の名を汚してしまいました事、重ねてお詫び申し上げます…」

「安心なさい、オードリー、この程度の事で、ブルック家はビクともしませんよ。
先にも言ったでしょう、婚約破棄は相手の都合、恥じるべきは、
カルロスであり、バーレイ伯爵家よ」

「いいえ、わたしの所為です…カルロスはわたしに不満があったのです。
思えば、婚約者よりも、勉学を優先しておりました…」

婚約者を蔑ろにしておきながら、わたしは5番という成績に歓喜していた。
ああ、自分が恥ずかしい___!

「名門王立ラディアンス学院女子部一年生で5番の成績を取るには、必要な犠牲でしょう」

「でも!わたしが、もっと努力していれば、この様な事態は避けられましたわ!
わたしが悪いんです!恥ずかしくて、お祖父様に顔向け出来ません!」

これまで我慢してきた思いが溢れ、わたしは「わっ」と声を上げ、泣いてしまった。
母はわたしを抱き寄せ、背中を擦ってくれた。

「そう自分を追い詰めるものではありませんよ、オードリー。
世の中、努力をしてもどうにもならないものもあるの。
カルロスとあなたは、運命の相手ではなかった、それだけの事よ」

「その様な事、お祖父様は言われませんでしたわ!」

「お祖父様は言わなかっただけよ、あなたがまだ小さかったから。
現実の厳しさを知るには、まだ早過ぎたの」

「どうにもならないなんて、運命だなんて、そんなの、ただの言い訳だわ…」

自分に甘えているだけよ!
わたしは、そんな風にはならない!なりたくない!
わたしは、「キッ」と顔を上げた。

「どうにもならない事を、努力して、どうにかするのが、ブルック家でしょう!」

「だけど、終わった事をくよくよするのも、ブルック家らしくないわ」

うう…
わたしは口を噤み、肩を落とした。

「今回は上手くいかなかった、だけど、それは無駄じゃないわ、あなたの経験になったの。
そうやって、人生は続いていくのよ。
大丈夫よ、あなたは必ず欲しいものを手に出来るわ、ブルック家の娘ですもの!」

母の、そのオリーブグリーンの目は、強い光を見せていた。
不思議と、荒廃していたわたしの胸に、熱いものが沸き上がってきて、
わたしは無意識に頷いていた。

「はい、お母様…」

そうよ、わたしはブルック家の娘よ!くよくよなんてしない!
諦めず、粘り強く戦い、必ずや栄光を…幸せを手にしてみせるわ!!


◇◇


「くよくよなんてしない!」と決めたものの、ふと訪れる空白の時間には、
つい、学園パーティに戻ってしまう。
カルロスの言葉が蘇り、わたしは自分の愚かさに身悶えした。
上掛けを被り、ジタバタとし、もんどり返る。
その波が収まると、幾らかは冷静になり、「いけない、いけない!」と頭を振った。

「お母様も言ったじゃない、これは、わたしの経験よ!
反省をして、次に生かすのよ!」

自分に言い聞かせ、励ました。
気を紛らわせる為に、本を読み、刺繍をし、ピアノを弾く…
だが、隙を突き、また、思いは学園パーティに引き摺られていく…

そんな事を繰り返し、一月が過ぎた頃、両親がわたしを書斎に呼んだ。

「オードリー、アリアンナと一緒に、明日から旅行へ行きなさい。
夏休暇だ、楽しんで来るといい」

大きな机の向こうで、父はいつも通り、落ち着いた口調で言い、微笑んだ。
だが、『明日から』とは、あまりに急過ぎる。
疑問に思い、詳しく聞こうとしたが、隣に立つ母に遮られた。

「オードリー、一週間程度の旅行よ、女二人でのんびりしましょう」

両親の言葉は、決定事項といって良い。
わたしは口を挟む間もなく、追い立てられ、準備をさせられた。

「お姉様!旅行に行くって本当!?お姉様とお母様だけなんて、狡いわ!
あたしも連れて行って!!」

十歳の妹、キャロラインも行きたがり、駄々を捏ねたが、
母が「従弟のセドリックが来る」という餌を出すと、あっさり家に残る事に決めた。


翌朝、馬車に荷物を積み、いよいよ出発するという時になり、キャロラインが飛んで来た。
わたしたちの見送りに来てくれたのかと思いきや…彼女の目的は別にあった。

「お土産忘れないでね!お菓子がいいわ!」

子供なんて、こんなものだ。

「お菓子なんて、太るわよ?」

「つまんない事言わないで!お姉様は、面白味がないのよ!」

キャロラインの無邪気な言葉は、わたしの胸を深く抉った。
うう…折角、忘れ掛けていたのに…
いいえ、忘れては駄目よね…失敗は次に生かさなきゃ!
わたしは気力を振り絞り、笑顔を見せた。

「ごめんなさい、キャロライン、あなたが豚になろうと、あなたの勝手よね。
それで、お気に入りのドレスが着られなくなっても、セドリックに嫌われても、
わたしには関係無い事ね、お菓子、楽しみにしていて」

「お姉様の意地悪!!」

キャロラインが怒りの声を上げたと同時に、馬車は出発した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

全てから捨てられた伯爵令嬢は。

毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。 更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。 結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。 彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。 通常の王国語は「」 帝国語=外国語は『』

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

魔女の祝福

あきづきみなと
恋愛
王子は婚約式に臨んで高揚していた。 長く婚約を結んでいた、鼻持ちならない公爵令嬢を婚約破棄で追い出して迎えた、可憐で愛らしい新しい婚約者を披露する、その喜びに満ち、輝ける将来を確信して。 予約投稿で5/12完結します

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

こんな婚約者は貴女にあげる

如月圭
恋愛
アルカは十八才のローゼン伯爵家の長女として、この世に生を受ける。婚約者のステファン様は自分には興味がないらしい。妹のアメリアには、興味があるようだ。双子のはずなのにどうしてこんなに差があるのか、誰か教えて欲しい……。 初めての投稿なので温かい目で見てくださると幸いです。

処理中です...