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しおりを挟む縁談の打診。
それは、年頃の令嬢たちにとって、吉報である。
裕福な令嬢、美しい令嬢たちには、多くの縁談の打診が来る。
逆に、貧しく、不器量な令嬢には、縁談の打診は来ない。
来たとしても、何かしら問題を抱えた者たちだ。
故に、縁談の打診が多く来れば来る程、家族は鼻高々になる。
わたしはこれまで、一度も縁談の打診は無かったので、両親が喜ぶのも無理は無いし、
喜ばせてあげられた事自体はうれしかった。
だけど、冷静に考えて…
「相手はどんな方?年齢はお幾つ?十歳以上、年の離れている方はお断りよ!
それから、頭のてっぺんに髪が生えていない方もね!」
「二十二歳だ、勿論、頭皮に問題は無い」
二十二歳!?
結婚するには、若い位だ。
そんな方が、どうして、わたしなんかを選ぶの??
きっと、他に問題があるんだわ…
「爵位は?」
「伯爵子息だ、しかも、跡継ぎだぞ!」
「体が不自由とか?動けないとか?」
「五体満足、健康体だ」
「女好き?ギャンブル狂とか??」
「そういった悪い噂は無い」
家が揉み消しているのかもね!
「それじゃ、頭が悪いんじゃない?」
「王都の貴族学院を二十歳で卒業している、しかも、優秀な成績でな」
王都の貴族学院は、優秀な者たちにしか入学が許されていない。
幾ら爵位が上でも、寄付金が多くても、忖度は無い。
二十歳で卒業したという事は、飛び級をしている…
つまり、正真正銘、エリートだ!
「変よ!どうしてそんな人が、わたしに縁談の打診をするのよ!
お父様が何かしたの?縁談の打診をしろと脅したの?」
「馬鹿を言うな!その様な事、伯爵の私がする筈がないであろう!
おまえの事は可愛いが、家の名を穢す様な真似はせん!」
堂々と言い切った父の姿に、嘘は見えなかった。
「分かったわ、きっと、わたしを知らないのよ。
何処かの綺麗な令嬢と間違えているんだわ___」
わたしは答えを見つけた気がしたが、両親には一笑された。
「そんな事があるものか!」
「そうよ、オリーヴ、そんな間の抜けた方はそうそういないわよ!」
ええ、でも、ゼロではないわ!
「おまえはもっと自分に自信を持ちなさい、オリーヴ!」
「そうよ、あなたは私たちの自慢の娘よ、美しくて…とっても立派な」
体格が、でしょう!
だが、言い返しても、両親はわたしが規格外だとは絶対に認めないので、
無駄な抵抗は止め、「はい」と頷いておいた。
「それじゃ、オリーヴ、この縁談を進めていいんだな?」
わたしは「パッ」と顔を上げた。
「待って下さい!確かに、縁談の打診は有難いですが…
わたしにも相手を選ぶ権利はあるでしょう?」
「伯爵の跡取り子息、年も若い、しかも優秀、悪評らしい悪評も無い。
いや、社交界ではかなり人気があるらしいぞ、おまえは一体、何が不満だというのだ?」
「わたしにも理想があります、その為にパーティに通い、相手を見定めているんです」
途端、両親は「うんざり」という顔をした。
十八歳になる頃から、ずっと言い続けているからだ。
『わたしの理想の男性は、
逞しくて、剣術が得意で、わたしよりも身長が二十センチは高い人!
くっきりとした太い眉に、滅多に開かない口!寡黙な人!
賢くて教養があって、少しばかり無作法なのは許容範囲!
一目惚れなんて信じない、わたしという人間を知って、好きになってくれる人の方が良いもの!』
「教養があって賢いというのは合格だけど…」
他はどうかしら?
《理想の男性ではない》と、わたしは高を括っていたが、父も引く気は無い様だった。
「それなら、一度会って来なさい、自分の目で確かめて、判断するんだ。
全てが理想に当て嵌まる者など、この世にはいないぞ、オリーヴ。
それに、おまえに合うのは、剣を振る猛々しい男よりも、落ち着いた男性だと思うがね?」
「そんな事はありませんわ!」
「案外、自分の事は自分では分からないものだよ。
おまえならきっと、彼の良さが分かるだろう」
「お父様はお相手をご存じなの?」
父は「いや…」と目を反らす。
全く!いい加減なんだから!!
「兎に角、一度会って来なさい、一度も会わずに断る事は、私が許さんからな!」
父の言い分は一理ある。
わたしなんかに縁談の打診をしてくれたのだから、礼儀として一度会う位はしても良いかも…
「分かりました、それで、お相手の名は?」
父は一転、にこやかな笑みを浮かべ、意気揚々、その名を告げた。
「フェリクス=フォーレ伯爵子息だ!」
フェリクス…?
「ああ!!」
わたしの頭に、あの夜のパーティが蘇った。
キラキラと華やかで、美しい令息___
「フェリクスは駄目よ!
あの人、全然、わたしの好みではないもの!
ええ、一度会っているわ、話もした事ある、だから、この縁談はお断りします!!」
わたしは自分でも驚く程、強く拒否していた。
きっと、あの恥ずかしい誤解まで思い出してしまったからだ!
「彼!わたしの犬の刺繍を見て、《猫》と言ったのよ!」
わたしは「これが証拠よ!」と、両親にハンカチを見せた。
「オリーヴ、あなたは自分の刺繍の腕を分かっていないのね…」
「ああ、塵と言わなかったなら、優しい男じゃないか」
「そうよ、こんなの、良くても茶色い毛玉だわ…」
「全く酷いものだ、精神を病んでいるのではないかと心配するぞ」
そこまで言わなくたって、分かっているわよ!!
だけど、犬が飼えないから、せめて、刺繍が欲しかったのよ…
散々探したが、好みの刺繍が見つからないので、自分で刺繍をしたのだ。
それを、《猫》だなんて…
確かに、塵だとは言わなかったし、下手だと笑ったりもしなかったけど…
それに、拾ってくれたわ…
優しい人である事は認めるけど、それは、わたしの理想とは違うわ。
黒騎士様なら、無言でハンカチを拾い、無言で突き出すわね!
そして、名も告げずに去って行くの!
わたしは彼の事を知りたくて、追い駆けるんだわ…!
どう?これがわたしの理想よ!
わたしは内心で胸を張ったが、両親に伝わる事は無かった。
「良い人そうだな、フェリクスは」
「ええ、オリーヴにピッタリだわ!」
「早速、良い返事をしよう___」
わたしは両親の会話を耳にし、大声で止めに入った。
「待ってーーーー!!!」
両親がわたしを振り返る。
わたしは仁王立ちでキッパリと言った。
「この縁談は、お断りします!」
両親は、気の毒な者を見る目でわたしを見たが、引く気は無かった。
だって、フェリクスは好みじゃないもの!
絶対に上手くいきっこないと分かっていて、受ける者はいない。
「オリーヴ、どうしても、嫌か?」
「はい、どうしても嫌です!」
父は「はー」と嘆息と共に、肩を落とした。
母はそんな父の傍に行き、支えた。
「そうか、おまえには、この事はどうしても話したく無かったが…」
父の神妙な面持ちに、わたしはヒヤリとした。
「実はな、私が心底惚れこんでいる画家、ジョエル=フゥベーが、
フォーレ伯爵の親戚らしいという話を聞いてな…」
「はぁ?」
「おまえがフェリクスと結婚すれば、私たちも親戚になるだろう?
そうしたらだ、誰よりも早く、ジョエル=フゥベーの作品を見る事が出来る!
しかもだ、競争する事無く、欲しい絵を手に入れる事が出来るのだ!
実際に会う事さえ、叶うやもしれん…」
「はぁ…」
「ジョエル=フゥベーは六十歳だ、老い先短い、今会わねば、金輪際、会えなくなってしまうだろう!
彼に会い、思いを伝えたい…もし、彼の手に触れる事が出来たら…
ああ!私はもう、思い残す事はないだろう!」
父は美術品が好きで、特に絵画には目がないけれども…
絶対に、他にも思い残す事はある筈よ!
お母様が不憫だわ!
母を見たが、母は聖母の様な眼差しで父を見ていた。
駄目だ、こりゃ…
「オリーヴ!頼む!私の夢を叶えてくれ!!」
「嫌よ!!結婚は一生を左右するものなのよ!?
『好きな画家に会いたい』程度の事で、決められないわ!
そんなの、お父様がフォーレ伯爵と懇意になれば良いだけの話じゃない!」
「幾ら親しくなろうが、縁続きにでもならなければ、会わせてなどくれないさ!
相手は巨匠だぞ!」
「ええ、それに、この縁談を断ったら、伯爵も良い気はしないでしょうね…」
母がチラリとわたしを見る。
父もそれに気付き、縋る様にわたしを見て来た。
駄目駄目!絶対に、駄目だからーーーー!!!
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