5 / 22
5
しおりを挟むわたしとフェリクスを結婚させ、好きな画家と縁続きになりたい…
そんな父の野望など、無視した処で、誰にも責められはしないだろう。
だが、父は痩せた体と顔色の悪さを利用し、泣き落としに掛かった。
「私も老い先短いやもしれん…ジョルジュ=フゥベーに一度で良いから、お会いしたかった…」
わざとらしいし、質が悪い。
だが、母と兄は父の味方だった。
「ああ、可哀想なサロモン!私に出来る事ならば、何でもしますのに…
オリーヴ、お父様は、あなたが生まれる時には、百度参りをなさってくれたのよ?
あなたがこんなに健康でいられるのは、お父様のお陰なのよ?」
この身が人並みなら感謝出来たけど…
規格外過ぎて、感謝に繋がらないわ…
「そうだぞ、オリーヴ、良いじゃないか、結婚してやれよ。
こんな良い話を蹴るのは、余程の馬鹿位だぞ?
おまえは愚か者なのか?」
次期伯爵の兄は、打算的、合理主義だ。
わたしが渋る理由が、心底理解出来ないらしい。
真顔で言われると傷つくわ…
「オリーヴ、頼む!一度で良い!会ってくれ!
早々に、望みを断ち切らないでおくれ…」
散々、泣き付かれた結果、わたしは渋々だが、フェリクスと会う事にした。
どう考えても、この縁談が上手く行くとは思えない。
どんな経緯があったのかは知らないが、《わたし》に縁談の打診をしてくるなんて、まともとは思えないもの!
「そうよ…変だわ…」
そもそも、フェリクスは令嬢たちの憧れの的だ。
誰でも選び放題の彼が、わたしを選ぶなんて…
「きっと、何か、手違いがあったのね…
それとも、これは罠?
わたしが縁談に食いつくかどうか、仲間と賭けでもしているの?」
陰で笑われて来た事もあり、嫌な想像をしてしまう。
でも、それ位、あり得ない事なのだ!
もし、意地悪だったら、絶対に許さないから!!
返り討ちにしてやるわ!!
わたしは足音荒く自室に戻ると、壁に掛けていた大剣を捥ぎ取った。
鞘を抜けば、手入れの行き届いた銀刃が、艶めかしい光を見せた。
「みていなさい!フェリクス=フォーレ伯爵子息!」
わたしは力を込め、剣を振ったのだった。
◇◇
「いざ!決戦!!」
縁談の打診が来た日から一週間後、
わたしは気合を入れ、胸を張り、フォーレ伯爵の館に乗り込んだ。
「我が名は、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢である!」
「オリーヴ様、お待ちしておりました、どうぞ、こちらへ」
迎えてくれた、白髪の細い目の老執事は、わたしを見ても表情一つ変えず、
微笑みを持ち、すんなりと通してくれた。
一目見て、「ギョッ」とされる事も珍しくないわたしにとって、これは好印象だった。
脇に控えているメイドたちも、ジロジロと見て来たりはしない。
流石伯爵家の執事、使用人ね…
わたしは感心しつつ、執事に従い、玄関ホールから程近い部屋に入った。
部屋は広く、置かれている調度品はどれも重厚で、良い物だと分かった。
だが、赤い絨毯に金糸の刺繍や周囲に置かれた金細工は、派手だし、あまり趣味が良いとは思えなかった。
ソファに置かれたクッションの模様も金糸だ。
派手好きなのね…
意外だけど…
「絵画だわ…」
わたしは壁に掛けられた、何枚かの絵に目を留めた。
何やら模様のような、人物のような、建物のような…どれもはっきりとは形作られていない。
無意識に頭を横にしていたが、見方を変えた所で、やはり、絵具の塊だった。
「多分…林檎、かしら?髭の肖像画は伯爵だと思うけど…
もしかして、これが、お父様の言っていた画家の絵?」
名前は忘れてしまったけど。
お父様の趣味は理解し難いわ…
わたしは顔には出さず、ソファに座った。
やはり、座り心地は良い。
わたしは満足し、出された紅茶に手を付けた。
薫り高い、紅茶の甘い匂いが、鼻をくすぐる。
一口飲めば、旅の疲れも吹き飛んだ。
これなら、二日も掛けて来た甲斐があるわね…
うっとりとしていた所、部屋の扉が開き、彼が入って来た。
長めの金色の髪、濃い碧色の瞳、スマートな体躯は、それだけで美しいが、
優しげな微笑を湛え、優雅な身のこなしで歩いて来ると、目を離すのは無理というものだ。
「良く来て下さいました、オリーヴ」
甘い笑みを浮かべ、礼儀正しく挨拶をする。
正しく、彼こそ、《白馬の王子》だ___
わたしはポカンとしていたが、彼が時間を止めたかの様に動かないので、それに気付いた。
わたしは手に持ったカップを慌てて皿に戻し、さっと立ち上がった。
「し、失礼致しました、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢です、
この度はお招き下さりありがとうございます、フェリクス様」
いやだわ!わたしとした事が!
こんな人に見惚れて、礼儀を忘れるなんて!!
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「そんなに緊張しなくても良いですよ、どうぞ掛けて下さい、オリーヴ」
「はい、失礼致します…」
わたしはすごすごとソファに腰を下ろした。
先手必勝!で、相手よりも優位に立つつもりだったのに!!
これでは、フェリクスに主導権を握られたも同然だ。
わたしは恨みがましく、向かいのソファに腰を下ろすフェリクスを見た。
フェリクスは顔を上げると、わたしににこりと微笑んだ。
「!!」
彼はわたしの好みではないというのに…不覚にも、ときめいてしまった。
わたしの内なる本能が反応したのかもしれない。
悔しいけど、客観的に見て…魅力的だもの…母性を擽られる感じかしら?
そんなわたしの胸中など、気付いてはいないだろう、フェリクスが話し出した。
「縁談の打診の返事を、父から聞きました。
お互いを知り合うまでは、返事は出来ないと…」
父の望みとわたしの望みを加味した結果、引き延ばす形となった。
フェリクスに、『令嬢の誰もが結婚したい相手』との自覚があれば、快諾以外は自尊心を傷つけるものだろう。
怒りに任せて暴言を吐かれる位は覚悟をしていたが…
「至極的を得ており、正直、驚かされました」
へぇ???
「つい、先走ってしまい、慣例に則って事を進めましたが、
《結婚は家同士のもの》など、古い考えでしたね、お恥ずかしい限りです。
先駆的な考えを持つあなたに、感心しました。
僕も見習わなければいけません」
先駆的??
良い方に取って貰えるのはうれしいけど、少し後ろめたいわ…
それに、感心されても困るわ…
まさか、本気で気に入られているとは思えないけど…
「いえ、わたしはそんな立派な考えは持っていません!
わたしは地方の貴族学校しか出ていませんし、頭を使うより、体を使う方が得意ですし…」
わたし、何を言っているのかしら??
「ただ…結婚となれば、一生共に暮らす訳ですから…価値観とか、好みは大切かと…」
「あなたのおっしゃる通りだと思います。
結婚に大切なのは、家柄などではなく、価値観、好み、それに、《愛》でしょう」
にこり。
それは、どんな令嬢をも、愛の沼に落とし兼ねない笑顔だった。
くうぅ…流石、白馬の王子様…
一筋縄ではいかないわ…
「しかし、僕はあなたを逃したくはありません」
ん??
「僕への返事をするまでは、他の男性との付き合いは控えて頂けますか?
この場で約束して頂けたら、僕はどれ程か安心する事でしょう___」
この人、本気で言っているのかしら??
自慢じゃないけど、パーティで声を掛けられた事なんて、一度しか無いのよ?
その貴重な一回は、あなたよ!それだって、落とし物を拾っただけだったし!
どうしたら、そんな余計な心配が出来るの??
やっぱり、罠??後で仲間と大笑いする気???
思わず睨み見してしまったけど、彼は動じる事無く、じっとわたしを見つめている。
「約束、致します…ですが、当然、あなたも《同じ》ですよね?」
「僕?」
「わたしがお返事をするまで、若しくは、あなたからお断りをして来るまでは、
他の女性とのお付き合いは控えて頂けますか?」
どう?これは難しいんじゃない??
一矢報いた歓びに、わたしはここに来て初めて、本心から笑顔になれた。
だが、相手は流石、白馬の王子様で…
「男女平等という訳ですね?素晴らしい考えだと思います。
勿論、お約束致します」
甘い笑みと共に、あっさりと承諾したのだった。
変な人…
だけど、思っていたよりも、悪くない。
わたしが生意気を言っても、嫌な顔をしなかったし、それ処か認めてくれた。
懐の大きさは、流石、白馬の王子様だわ…
尤も、どうして、《わたし》なのか、未だに納得出来ないんだけど…
101
あなたにおすすめの小説
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました
鷹 綾
恋愛
「――完璧すぎて、可愛げがない」
王太子アルベリクからそう言い放たれ、
理不尽な婚約破棄を突きつけられた侯爵令嬢ヴェルティア。
周囲の同情と噂に晒される中、
彼女が選んだのは“嘆くこと”でも“縋ること”でもなかった。
差し出されたのは、
冷徹と名高いグラナート公爵セーブルからの提案――
それは愛のない、白い結婚。
互いに干渉せず、期待せず、
ただ立場を守るためだけの契約関係。
……のはずだった。
距離を保つことで築かれる信頼。
越えないと決めた一線。
そして、少しずつ明らかになる「選ぶ」という覚悟。
やがてヴェルティアは、
誰かに選ばれる存在ではなく、
自分で未来を選ぶ女性として立ち上がっていく。
一方、彼女を捨てた王太子は、
失って初めてその価値に気づき――。
派手な復讐ではない、
けれど確実に胸に刺さる“ざまぁ”。
白い結婚から始まった関係は、
いつしか「契約」を越え、
互いを尊重し合う唯一無二の絆へ。
これは、
婚約破棄された令嬢が
自分の人生を取り戻し、
選び続ける未来を掴むまでの物語。
静かで、強く、そして確かな
大人の溺愛×婚約破棄ざまぁ恋愛譚。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる