【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!

白雨 音

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わたしとフェリクスを結婚させ、好きな画家と縁続きになりたい…
そんな父の野望など、無視した処で、誰にも責められはしないだろう。

だが、父は痩せた体と顔色の悪さを利用し、泣き落としに掛かった。

「私も老い先短いやもしれん…ジョルジュ=フゥベーに一度で良いから、お会いしたかった…」

わざとらしいし、質が悪い。
だが、母と兄は父の味方だった。

「ああ、可哀想なサロモン!私に出来る事ならば、何でもしますのに…
オリーヴ、お父様は、あなたが生まれる時には、百度参りをなさってくれたのよ?
あなたがこんなに健康でいられるのは、お父様のお陰なのよ?」

この身が人並みなら感謝出来たけど…
規格外過ぎて、感謝に繋がらないわ…

「そうだぞ、オリーヴ、良いじゃないか、結婚してやれよ。
こんな良い話を蹴るのは、余程の馬鹿位だぞ?
おまえは愚か者なのか?」

次期伯爵の兄は、打算的、合理主義だ。
わたしが渋る理由が、心底理解出来ないらしい。
真顔で言われると傷つくわ…

「オリーヴ、頼む!一度で良い!会ってくれ!
早々に、望みを断ち切らないでおくれ…」

散々、泣き付かれた結果、わたしは渋々だが、フェリクスと会う事にした。

どう考えても、この縁談が上手く行くとは思えない。
どんな経緯があったのかは知らないが、《わたし》に縁談の打診をしてくるなんて、まともとは思えないもの!

「そうよ…変だわ…」

そもそも、フェリクスは令嬢たちの憧れの的だ。
誰でも選び放題の彼が、わたしを選ぶなんて…

「きっと、何か、手違いがあったのね…
それとも、これは罠?
わたしが縁談に食いつくかどうか、仲間と賭けでもしているの?」

陰で笑われて来た事もあり、嫌な想像をしてしまう。
でも、それ位、あり得ない事なのだ!

もし、意地悪だったら、絶対に許さないから!!
返り討ちにしてやるわ!!

わたしは足音荒く自室に戻ると、壁に掛けていた大剣を捥ぎ取った。
鞘を抜けば、手入れの行き届いた銀刃が、艶めかしい光を見せた。

「みていなさい!フェリクス=フォーレ伯爵子息!」

わたしは力を込め、剣を振ったのだった。


◇◇


「いざ!決戦!!」

縁談の打診が来た日から一週間後、
わたしは気合を入れ、胸を張り、フォーレ伯爵の館に乗り込んだ。

「我が名は、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢である!」

「オリーヴ様、お待ちしておりました、どうぞ、こちらへ」

迎えてくれた、白髪の細い目の老執事は、わたしを見ても表情一つ変えず、
微笑みを持ち、すんなりと通してくれた。
一目見て、「ギョッ」とされる事も珍しくないわたしにとって、これは好印象だった。
脇に控えているメイドたちも、ジロジロと見て来たりはしない。

流石伯爵家の執事、使用人ね…

わたしは感心しつつ、執事に従い、玄関ホールから程近い部屋に入った。
部屋は広く、置かれている調度品はどれも重厚で、良い物だと分かった。
だが、赤い絨毯に金糸の刺繍や周囲に置かれた金細工は、派手だし、あまり趣味が良いとは思えなかった。
ソファに置かれたクッションの模様も金糸だ。

派手好きなのね…
意外だけど…

「絵画だわ…」

わたしは壁に掛けられた、何枚かの絵に目を留めた。
何やら模様のような、人物のような、建物のような…どれもはっきりとは形作られていない。
無意識に頭を横にしていたが、見方を変えた所で、やはり、絵具の塊だった。

「多分…林檎、かしら?髭の肖像画は伯爵だと思うけど…
もしかして、これが、お父様の言っていた画家の絵?」

名前は忘れてしまったけど。
お父様の趣味は理解し難いわ…

わたしは顔には出さず、ソファに座った。
やはり、座り心地は良い。
わたしは満足し、出された紅茶に手を付けた。

薫り高い、紅茶の甘い匂いが、鼻をくすぐる。
一口飲めば、旅の疲れも吹き飛んだ。

これなら、二日も掛けて来た甲斐があるわね…

うっとりとしていた所、部屋の扉が開き、彼が入って来た。
長めの金色の髪、濃い碧色の瞳、スマートな体躯は、それだけで美しいが、
優しげな微笑を湛え、優雅な身のこなしで歩いて来ると、目を離すのは無理というものだ。

「良く来て下さいました、オリーヴ」

甘い笑みを浮かべ、礼儀正しく挨拶をする。
正しく、彼こそ、《白馬の王子》だ___

わたしはポカンとしていたが、彼が時間を止めたかの様に動かないので、それに気付いた。
わたしは手に持ったカップを慌てて皿に戻し、さっと立ち上がった。

「し、失礼致しました、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢です、
この度はお招き下さりありがとうございます、フェリクス様」

いやだわ!わたしとした事が!
こんな人に見惚れて、礼儀を忘れるなんて!!
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「そんなに緊張しなくても良いですよ、どうぞ掛けて下さい、オリーヴ」

「はい、失礼致します…」

わたしはすごすごとソファに腰を下ろした。

先手必勝!で、相手よりも優位に立つつもりだったのに!!
これでは、フェリクスに主導権を握られたも同然だ。
わたしは恨みがましく、向かいのソファに腰を下ろすフェリクスを見た。

フェリクスは顔を上げると、わたしににこりと微笑んだ。

「!!」

彼はわたしの好みではないというのに…不覚にも、ときめいてしまった。
わたしの内なる本能が反応したのかもしれない。
悔しいけど、客観的に見て…魅力的だもの…母性を擽られる感じかしら?
そんなわたしの胸中など、気付いてはいないだろう、フェリクスが話し出した。

「縁談の打診の返事を、父から聞きました。
お互いを知り合うまでは、返事は出来ないと…」

父の望みとわたしの望みを加味した結果、引き延ばす形となった。
フェリクスに、『令嬢の誰もが結婚したい相手』との自覚があれば、快諾以外は自尊心を傷つけるものだろう。
怒りに任せて暴言を吐かれる位は覚悟をしていたが…

「至極的を得ており、正直、驚かされました」

へぇ???

「つい、先走ってしまい、慣例に則って事を進めましたが、
《結婚は家同士のもの》など、古い考えでしたね、お恥ずかしい限りです。
先駆的な考えを持つあなたに、感心しました。
僕も見習わなければいけません」

先駆的??
良い方に取って貰えるのはうれしいけど、少し後ろめたいわ…
それに、感心されても困るわ…
まさか、本気で気に入られているとは思えないけど…

「いえ、わたしはそんな立派な考えは持っていません!
わたしは地方の貴族学校しか出ていませんし、頭を使うより、体を使う方が得意ですし…」

わたし、何を言っているのかしら??

「ただ…結婚となれば、一生共に暮らす訳ですから…価値観とか、好みは大切かと…」

「あなたのおっしゃる通りだと思います。
結婚に大切なのは、家柄などではなく、価値観、好み、それに、《愛》でしょう」

にこり。

それは、どんな令嬢をも、愛の沼に落とし兼ねない笑顔だった。

くうぅ…流石、白馬の王子様…
一筋縄ではいかないわ…

「しかし、僕はあなたを逃したくはありません」

ん??

「僕への返事をするまでは、他の男性との付き合いは控えて頂けますか?
この場で約束して頂けたら、僕はどれ程か安心する事でしょう___」

この人、本気で言っているのかしら??
自慢じゃないけど、パーティで声を掛けられた事なんて、一度しか無いのよ?
その貴重な一回は、あなたよ!それだって、落とし物を拾っただけだったし!
どうしたら、そんな余計な心配が出来るの??
やっぱり、罠??後で仲間と大笑いする気???

思わず睨み見してしまったけど、彼は動じる事無く、じっとわたしを見つめている。

「約束、致します…ですが、当然、あなたも《同じ》ですよね?」

「僕?」

「わたしがお返事をするまで、若しくは、あなたからお断りをして来るまでは、
他の女性とのお付き合いは控えて頂けますか?」

どう?これは難しいんじゃない??
一矢報いた歓びに、わたしはここに来て初めて、本心から笑顔になれた。

だが、相手は流石、白馬の王子様で…

「男女平等という訳ですね?素晴らしい考えだと思います。
勿論、お約束致します」

甘い笑みと共に、あっさりと承諾したのだった。

変な人…

だけど、思っていたよりも、悪くない。
わたしが生意気を言っても、嫌な顔をしなかったし、それ処か認めてくれた。
懐の大きさは、流石、白馬の王子様だわ…

尤も、どうして、《わたし》なのか、未だに納得出来ないんだけど…

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