6 / 22
6
しおりを挟む「わたしを見初められたのは、フェリクス様ですか?」
「はい、僕です、慣例に則り、伯爵である祖父から縁談の打診を出させて頂きました」
「でも、どうして、わたしなのですか?
わたしは身長が高く、フェリクス様と然程変わりはありませんので、釣り合いは取れないでしょう。
お美しく華奢なご令嬢はごまんといらっしゃるのに…」
フェリクスは目を伏せ、紅茶を一口飲むと、ゆったりとした笑みを見せた。
「あなたのハンカチを拾った時に、決めました」
「ハンカチ?」
「あの刺繍はあなたがされたのでしょう?」
「はい…」
「そうだと思いました」
どういう意味よ!!
わたしは睨み付けたが、彼は微笑んだままで…
「あの刺繍には、愛が溢れていました。
猫好きで、思いやりのある優しい方だと、感じました」
猫じゃなくて、犬だけど!
あの刺繍で、そんな事が分かるものなの??
家族からは、塵だの毛玉だのとしか言われなかったのに…
いやだ…
ちょっと、うれしい…
ああ、白馬の王子様って、悔しいけど、女心を分かっているわ!!
「あれは、猫じゃなくて、犬なの…」
「犬?ああ、それは大変に失礼を致しました、僕とした事が、お恥ずかしい」
「いいのよ、あれが《生き物》に見えた方は、あなたが初めてだから…」
ああ!うれしくて、つい余計な事を言ってしまったわ!!
わたしは自分の舌を噛みたくなった。
「あなたは、犬がお好きですか?」
「犬に限りません、猫も好きだし、動物は全部、可愛いわ!
フェリクス様もお好きなんですか?」
調子に乗ったわたしは、つい、気軽に聞いてしまった。
だが、フェリクスは咎める処か、うれしそうに笑った。
「はい、僕の家族を紹介しましょう…ダイアン!」
フェリクスが声を掛けると、暖炉の側に置かれていた茶色いファーがムクリと起き上がった。
てっきり、クッションだと思っていたそれは、毛の長い大型犬だった。
のろのろとこちらにやって来る、どうやら、老犬の様だ。
フェリクスは優しく犬の体を撫でた。
「ダイアンは老犬なんです、ダイアン、僕の婚約者候補のオリーヴだよ、挨拶してくれるかい?」
ダイアンがわたしを振り返る。
わたしは緊張しつつ、ニコリと笑みを見せた。
実の処、動物は大好きだが、家族がアレルギー持ちの為、飼った事は無く、あまり触れた事がない。
ダイアンがのろのろとこちらに来きたので、わたしは危うく歓喜の声を上げる処だった。
ダイアンはわたしの膝に鼻を近付け、臭いを嗅いだ。
「可愛い~~~!!」
ああ!声が漏れてしまったけど、仕方ないわよね??
「わたしはオリーヴよ、ダイアン、よろしくね!
触っても良いかしら?」
「大丈夫だよ、ね、ダイアン?」
手がうずうずとし、わたしはそのふさふさとした毛に触れた。
「やわらか~~~~い!!天使の羽根みたい!!
勿論、天使には触った事ないけど、きっと、こんな感じだわぁ!」
求めてきた手触りに、わたしは感激し、悶えたのだった。
ダイアンがわたしの膝に顎を乗せてくれたので、わたしは優しくその頭を撫でた。
「ああ、可愛い子!」
「老犬だけどね」
「そうだったわね!だけど、本当に可愛い!連れて帰りたいわ~~!」
流石に嫌だったのか、ダイアンは顔を上げ、フェリクスの元に帰ってしまった。
ああ、ダイアン~~~!いけず~~~!!
「オリーヴ、君の館では何を飼っているの?」
フェリクスの口調が、随分親しみのあるものに変わっている。
同じ、動物好きの親近感かしら??
わたしも少しだけ、彼に親しみを感じた。
「残念ながら、父が毛アレルギー、母が猫アレルギー、兄が犬アレルギーだから、館では飼えないの。
厩舎に馬がいる位よ、それと馬屋番が犬を飼っているけど、触ると着替えをして、手を洗わなくてはいけないの、
毛を持ち込んだら大変な事になるから!
これまでに飼った事があるのは、トカゲや亀くらいよ、それも、自分の部屋の中でね。
家族が嫌がるの…」
わたしはこれまで誰にも言えなかった愚痴を、吐き出していた。
貴族学校に通っていた時、友達に話した事があったが、
皆、特に動物が好きという訳でも無かった為、共感は得られず流されるだけだった。
それに、トカゲ、亀なんて言葉が出ただけで、引かれたものだ。
だが、この目の前のキラキラ王子は、嬉々としている。
「トカゲや亀を飼っていたの!?凄いなー、僕も飼ってみたいなー。
今まで考えた事もなかったな、トカゲや亀は何処で買うの?」
「別邸が田舎にあるから、小川とか、森を散策すると出会えるわよ」
「そうか、思いつかなかったな、でも、持ち帰ると可哀想かな?
餌付けするのはどうかな?」
「どうかしら?毎日餌やりは出来ないでしょう?翌年には忘れているかも」
「その時だけの友だね、儚いけど、素敵だね」
素敵かどうかは微妙だが、トカゲや亀と聞いて、引かなかった人は初めてだ。
「フェリクス様は、トカゲや亀を触れるの?」
「滅多に見掛ける事が無いから、数える程しかないよ、
でも、友にはなれる気がする」
「分かる気がするわ、わたしも、ダイアンと友になれる気がするもの!」
「僕と結婚したら、家族になれるよ」
フェリクスが甘い笑みを浮かべている。
それは、これまでで一番、魅力的な誘いで、
悪くないかも…
つい、そんな事を思ってしまった。
わたしがぼうっとしていると、扉が開き、五十歳位の男女が入って来た。
フェリクスがスッと立ち上がったので、わたしも習い、立ち上がった。
「オリーヴ、紹介するね、僕の父、フォーレ伯爵子息ドミニク、母のベアトリスです」
ドミニクは品の良い、シンプルな貴族服を着ているが、
ベアトリスの方は、光沢のある紺色の生地を宝石で飾った、見るからに派手なドレスを着ていた。
化粧も濃いし、まるで娼婦みたい…なんて、流石に失礼よね?
唖然とするが、こういった趣向の者は一定数いるので、深くは考えない事にした。
きっと、この部屋の悪趣味な物は、ベアトリスが選んだのね…
「よく来てくれたね、オリーヴ」
ドミニクは柔和な笑みで、太い手を差し出した。
笑顔がフェリクスに似ていて、良い人そうだ。
わたしは「オリーヴです、よろしくお願いします」とその手を握った。
ベアトリスの方は、「よろしく」と薄い笑みを見せただけだった。
気位の高そうな人…
きっと、実家の格が高いのだろう。
そこからは、フェリクスの両親を交え、話をした。
主には、フェリクスの売り込みで、彼がどれ程優秀かという話ばかりだった。
幼い頃から賢くて、十四歳で王都に行き、学び…二十歳で王都貴族学院を卒業。
王宮の官職にも就けたが、伯爵家の跡取り候補の為、戻って来て、
今は伯爵の祖父を父親と共に手伝っている。
人柄も良く、誰に対しても優しく、家族思いである…等々。
「フェリクスは社交界でも人気ですのよ、良い縁談も沢山ありましてね…」
ベアトリスが言い出した時、ふっと、わたしはそれに気付いた。
もしかして、この縁談に反対なんじゃないかしら??
同じ様に感じたのか、ドミニクが遮った。
「我々が口を出すものではないよ、ベアトリス。
自身の結婚相手は、自身に決めさせる、
後継ぎとなる者、人を見る目が必要になる、女性に騙される様では未熟だとね。
それが我がフォーレ伯爵家の慣わしだ。それで、私たちも結婚を許されたじゃないか…」
ドミニクが優しい眼差しで妻を見つめ、その手を握った。
だが、ベアトリスの方はチラリとも笑っていない。
「あなたはしっかりしていますでしょう、でも、フェリクスはまだ若いですからね、
判断を誤ってしまいがちなのよ、そうでなきゃ、何でこんな大柄な人を?」
侮蔑する様にわたしを見る。
慣れているとはいえ、まさか、縁談の打診をしてきた家の者から、
こんな風な扱いをされるとは思ってもみず、油断していた。
強烈な痛みを喰らうも、頭の片隅には、違う声も聞こえていた。
『いいじゃない、こんな縁談、破談になったって…』
『そうよ、これこそ、わたしの望みよ!』
そうよ…
先方から断って貰えたら、丸く収まるもの…
ここは、話に乗り、そう仕向けるのよ!
「家族の方が反対なのでしたら、やはり、考え直した方が良いでしょう…
ベアトリス様の言う通り、わたしは大柄ですし、伯爵家の皆さんに恥ずかしい思いをさせてしまうでしょう…」
泣き崩れるのは流石に大袈裟なので、暗い声で静かに話す程度に止めた。
少しは悲愴感を出せたかしら?
ベアトリスは当然の様に、「ええ、そうしましょう」と言ったが、フェリクスの声が掻き消した。
「この通り、オリーヴは優しく、賢く、謙虚な女性です。
母の失礼を責めず、僕たち家族に亀裂が入らない様に、執り成してくれたんです。
その様な事が出来る、聡明で勇気ある女性が、他にいるでしょうか?
僕はオリーヴが素晴らしい女性であると、皆に証明してみせます」
「フン、どうかしらね、でも、そうね…
証明出来るまで、結婚は許さないというのはどう?
自信があるなら、良いわよね?」
ベアトリスは挑戦的に言い、嘲る様にわたしたちを見た。
フェリクスは感情的になる事無く、
「構いません、それに今の僕は、オリーヴの返事を待つ身ですから」
にこりと微笑み返した。
白馬の王子様らしく、穏やかな人だけど…
どうしてかしら?その笑みは、少し怖く見えるわ…
「まぁ!フェリクスの求婚を断るなんて、随分、《賢い娘》なのね!」
ベアトリスは高らかに笑う。
唯一、人の良いドミニクは困惑している様で、「やめなさい」と窘めていたが、
ベアトリスは無視し、「あなた、戻りますよ!」と席を立ち、さっさと部屋を出て行った。
「妻がすまなかったね、体調が悪いらしくてね、最近ずっと機嫌が悪い…
私たちの事は気にしなくて良い、二人の事だ。
オリーヴ、フェリクスの事を考えてやって下さい」
ドミニクの眼差しは優しく、わたしを歓迎してくれているのが分かった。
良い人そう…
どうして、ベアトリスみたいな人を妻に選んだのかしら?
きっと、良い人過ぎて、押し切られたのね…
105
あなたにおすすめの小説
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました
鷹 綾
恋愛
「――完璧すぎて、可愛げがない」
王太子アルベリクからそう言い放たれ、
理不尽な婚約破棄を突きつけられた侯爵令嬢ヴェルティア。
周囲の同情と噂に晒される中、
彼女が選んだのは“嘆くこと”でも“縋ること”でもなかった。
差し出されたのは、
冷徹と名高いグラナート公爵セーブルからの提案――
それは愛のない、白い結婚。
互いに干渉せず、期待せず、
ただ立場を守るためだけの契約関係。
……のはずだった。
距離を保つことで築かれる信頼。
越えないと決めた一線。
そして、少しずつ明らかになる「選ぶ」という覚悟。
やがてヴェルティアは、
誰かに選ばれる存在ではなく、
自分で未来を選ぶ女性として立ち上がっていく。
一方、彼女を捨てた王太子は、
失って初めてその価値に気づき――。
派手な復讐ではない、
けれど確実に胸に刺さる“ざまぁ”。
白い結婚から始まった関係は、
いつしか「契約」を越え、
互いを尊重し合う唯一無二の絆へ。
これは、
婚約破棄された令嬢が
自分の人生を取り戻し、
選び続ける未来を掴むまでの物語。
静かで、強く、そして確かな
大人の溺愛×婚約破棄ざまぁ恋愛譚。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる