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しおりを挟む『自分がフェリクスを引き付けておけば、エリザベスも自由に出来るだろう…』
などと、仏心を出したのが間違いだった!
パーティの日、エリザベスはわたしを見るなり、悪態を吐いてきた。
「デュボワ伯爵家は没落したの?」
没落??する訳無い!
「それじゃ、ケチなのね!
その装いは何?貧乏臭いったら無いわ!
お兄様に恥を掻かせるおつもり?全く、お兄様の婚約者候補として、なってないわ!」
エリザベスの言い様に、唖然とするばかりだった。
洗練された令嬢たちに見下されるのは分かるが、相手が、あの悪趣味極まりない、
ベアトリスの指南を受け、正しく継承しているエリザベスなのだ!
あなたの装いの方が、余程恥ずかしいわよ!
口から出掛かった言葉を、どうにか止めたものの、心の中では、ふつふつと黒いものが沸いていた。
だから、会場に入り、エリザベスから
「あたしの事は気にせず、お兄様もオリーヴと楽しんでね!」と言われた時には、大いに怪しんだ。
それは、フェリクスも同じだった様だ。
だが、エリザベスが続けて言った事はと言えば…
「まぁ、オリーヴなんかとじゃ、悪目立ちしかしないと思うけど!
それでなくたって大女なのに、そんなに地味なドレスじゃ、男性と間違われるわね!」
「エリザベス!」
フェリクスは窘めたが、エリザベスは更に大きな声で言った。
「ああ!まさか、お兄様、オリーヴと踊ったりしないでしょう?
嫌だわ!あたし、絶対に見たくない!!」
こんな事を言われれば、礼儀正しく、女性を尊重するフェリクスが、わたしを誘わない筈はない。
彼はスッと、わたしに手を差し出した。
「勿論、踊るよ、オリーヴ、僕と踊って貰える?」
その碧色の瞳には、愚かな妹への怒りは無く、優しさがあり、わたしは自分の手を重ねた。
ダンスフロアに向かいながら、フェリクスが小さく、「妹がごめんね」と謝ってくれた。
わたしはエリザベスが、わたしたちの縁談を壊そうとしているのを知っていたし、
わたし自身、以前は彼女たちを頼みの綱にしていた事もあり、逆に申し訳ない気持ちになった。
「そんなの、全然、気にしないで!
エリザベスが、はっきりと物を言う所、元気で良いと思うわ!」
「ありがとう、君は本当に、寛容で聡明な人だね。
エリザベスは君と一歳しか違わないのに、どうしてこうも軽率なのか…」
フェリクスが重い息を吐く。
彼がこんな風に心配するのは、動物たち以外は、エリザベスだけではないか?と思えた。
少し、羨ましい…
「!!」
浮かんだ感情に、わたしは「はっ」とし、頭を振った。
「オリーヴ?」
フェリクスが不思議そうにわたしを見る。
なんだか、顔がじわじわと熱くなってくる…
「その!思ったのよ、わたしは例えば、番犬のジョイみたいよね?落ち着いているし、鋭いわ!
エリザベスは猫のヴァニーみたい!気まぐれだし、中々懐いてくれないし、やんちゃなの!
でも、そこが可愛いわ!」
フェリクスは、「成程、確かに…」と呟いた後、「ふふふ」と笑った。
それから、その煌めく碧色の瞳をわたしに向けた。
「君はジョイの様に賢く、しなやかで、美しいよ。
特に、テラスの手摺を飛び越えた君は、ジョイにそっくりだった!」
フェリクスが楽しそうに笑うので、周囲が「何事か?」とわたしたちを振り返っていく。
わたしは赤くなる顔を隠そうと、「早く行きましょう!」とフェリクスを急かした。
◇
フェリクスと三曲踊った後、わたしは「花摘みに」とフェリクスの傍を離れた。
踊っていた時、エリザベスが何処かの若い令息と踊っている姿を見たが、今はその姿が見えない。
フェリクスに言って余計な心配をさせてもいけないので、自分で探しに行く事にした。
「お花摘みかもしれないけど…」
逢引かもしれない。
今夜のエリザベスは何処かぼうっとしていたし、妙にご機嫌で、わたしへの嫌味も少なかった。
そわそわとし、何かに気を取られているのは確かだったし、
もしかしたら、好きな令息がいるのかも?という気もしていた。
もし、逢引だったら…
フェリクスが見たら、怒って二人を引き離すかもしれない___
「ちょっと、想像出来ないけど」
フェリクスなら、静かに怒りを放って、相手を引かせるかしら?
それで引く相手であれば良いが、下手をしたら、フェリクスの方が大怪我をするだろう。
「勿論、わたしが護ってあげるけど!」
わたしはそんな事を言った自分に、笑った。
彼は、わたしの理想の黒騎士ではない。
だけど、白馬の王子でも無かった。
彼は、そう、ただの《フェリクス》だ___
だけど、わたしは彼に、好意を持っている。
それ以上に、惹かれている気がする。
彼の隣は、居心地が良くて、ずっと、昔から、そうしていた様に思える。
こんなの、変、かしら?
ぎゃはははは!
物思いに耽っていた所、何やら品の悪い笑い声が聞こえて来て、現実に引き戻された。
「嫌な目覚めだわ…え?」
目を向けると、見覚えのある後ろ姿があった。
遠目にも分かる、悪趣味で時代錯誤なあのドレスは…
エリザベスだ!
「あんな所で何をしているのかしら?」
柱の陰から様子を伺っている姿は、まるで、密偵だ___
逢引では無かった事には気が抜けたが、エリザベスの様子は明らかに不審だった。
わたしはなるべく足音を消し、そちらに近付いた。
テラスに数人いる様で、会話が漏れ聞こえてくる。
「彼女、正気じゃないわねー、あんな時代遅れのドレスに、厚塗り化粧!」
その一言で、わたしは噂をされているのがエリザベスだと知った。
全く同意だが…流石にエリザベスが気の毒になった。
わたしは慣れているけど、エリザベスには免疫ないわよね?
自覚があれば、あんな風に、自信家ではいられないだろう。
「なんか、カーテンみてーなドレスだったな!」
「ああ、豚がカーテン巻いて、パトリックと踊ってた!」
「ぎゃはははは!」
彼等の下品な笑い声が響く。
エリザベスは身動ぎ一つせずに、テラスの方を伺っている。
ショックで動けないんじゃないかしら?
心配になるが、暴言は更に続いた…
「兄の方はあんなに洗練されてるのにさー、妹がアレじゃ、フェリクス様も浮かばれないよなー」
「まー、フォーレ伯爵家とお近づきになれるなら、我慢するさ」
「ねぇ、パトリック、エリザベスと仲良くなって、フェリクス様を紹介してよー」
「ばーか、おまえなんか相手にされる訳ねーだろ」
「あんたはどうなのよ、エリザベスに結婚を迫られたらどうする?」
「ヤメロよ!んな、恐ろしい事言うのは!」
ここで、エリザベスの正気が、遂に途切れた。
「うわああああああああああん!!」
突然、エリザベスが子供の様に大声を上げ、泣き出した。
わたしも驚いたが、彼等はその比では無かっただろう。
だが、彼等は号泣しているエリザベスに、更に酷い言葉を浴びせて来た。
「おい!豚が鳴いてるぜ!」
「やだ!みっともない!自慢の化粧が落ちちゃうわよ!」
「全く、見れたもんじゃねーな、行こうぜ!」
わたしの正気も断ち切れた。
わたしは近くの甲冑の置物から、剣を抜き取り、
エリザベスの脇を通ろうとしていた彼等の前に立ちはだかった。
「え?」
間抜けな声を出す令息に、わたしはスッと、刃を突き出した。
首元に付けてやると、令息は顔を真っ青にし、「ひっ!」と声を上げた。
「な、なんだよ!賊か!?」
「彼女に対する暴言を詫びなさい!
それとも、ここで成敗されたいか?」
自分でも驚く様な低い声が出ていた。
彼等は顔色を失くしたが、一人、体格の良い令息が前に出た。
意志の強そうな太い眉をし、大きな茶色の目をしている。
鷲鼻も男らしい…
「フン!どんなものか、俺が相手をしてやるぜ!
俺にも剣があればな!幾ら女でも、丸腰相手に剣は使わねーよな?」
「ならば、剣を抜け!」
わたしは踵を返し、近くの甲冑の置物に促した。
令息は剣を抜き、こちらに向けて構えた。
自信満々らしく、その口元には大きな笑みがあった。
「いや!止めて!」
叫んだのはエリザベスだ。
泣き止んだ事に安堵しつつ、わたしは剣を構えた。
眉毛の令息は油断していた。
わたしが女だという事で、見下していたのだ。
だけど、わたしは、普通の令嬢ではない!
十歳の頃から、護身術として剣術と武術を習い、今もって、稽古に勤しんでいる!
そんじょそこらの、お遊びで剣を振っている令息と、同じにしないで欲しいわ!
わたしは石の床を蹴ると、令息の懐に入り、一瞬にして、彼の首元に剣を当てた。
「ひっ!!」
先までの威勢はどうしたのか、彼は剣を放り、尻もちを着いた。
ゴン!カラン!
音が無情に響く。
「ま、参りました!」
「謝罪は?」
「ぶ、無礼な事を言って、すみませんでした…」
その言葉を聞き、わたしは剣の矛先を下ろした。
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