13 / 22
13
しおりを挟む「こ、このヤローーー!!」
剣が無ければ大丈夫だと思ったのか、姑息にも仲間の令息二人が、わたしに突撃してきた。
勿論、わたしはスッと横に移動し、足を掛けてやった。
「ぎゃー!」
「わー!」
情けなく床に突っ伏す令息たちを、わたしは鼻で笑う。
「まだ懲りていない様だな?」
見下す様に見て威圧してやると、彼等は鼠の様に震え、謝罪をした。
「す、すみません!」
「許して下さい…!」
「謝るなら、エリザベスにだ!」
「は、はい!すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「謝りますから…!」
一緒にいた令嬢たちも恐れをなし、謝っていた。
わたしはジロリと彼等を見回すと、最後の脅しを掛けた。
「おまえたちの顔はしっかり見た、今後、エリザベスを侮辱する事があれば…」
「は、はい!もう、絶対にしません!許して下さいーーー!!」
彼等が走って逃げて行き、わたしは剣を甲冑に戻した。
全く、手応えの無い連中ね!
だけど、少し楽しめたわ、実戦は中々出来ないから…
そういえば…と、そこでエリザベスの事を思い出した。
他の者ならまだしも、わたしなんかに助けられたら、嫌な気になるわよね?
しかも、わたしはエリザベスの痴態を見てしまっている…
エリザベスは母親に似て、自尊心が高く、傲慢なので、さぞ屈辱に感じている事だろう。
エリザベスが憤死したら困るわ!
「あの、ごめんなさいね、余計な口出しをして…」
言い訳しつつ振り返ると、化粧が崩れた酷い顔面があり、一瞬、ギョッとした。
だが、当の本人は、泣き腫らした目でじっと、こちらを直視している。
両手の指を組み、崇める様に…
「エリザベス、大丈夫?」
「カッコいい…」
「は?」
ポカンとした隙に、エリザベスがズイとわたしの懐に入った。
「っ!?」
あの令息よりも余程、距離の詰め方が上手い!
思わず、後退ってしまったわ…
化粧が崩れて、酷い顔だが、そのヘーゼルグリーンの瞳は、異様にキラキラとしている。
何か分からないけど、凄い《気》だわ…
油断していたけど、この娘、只者じゃなかったのね?
わたしは息を止め、身構えた、のだが…
「オリーヴ様…いいえ、《お姉様》とお呼びしてもよろしいですか!?」
は??お姉様??
「で、でも、まだ、フェリクスとは婚約もしていないし…」
驚き過ぎて、頭に浮かんだ事をそのまま口走っていた。
「構いません!貴族学校では、尊敬し、お慕いする上級生を、《お姉様》とお呼びするんです!
あたしにはこれまで、そんな方はいなかったし、馬鹿にしてたけど…
それは、オリーヴ様と巡り会っていなかったからなのね~~~!」
は???
「オリーヴ様!お姉様!あたし、生涯、お姉様をお慕い致します!」
エリザベスに抱き着かれ、わたしは固まった。
これって、どんな状況??
まさか、ベアトリスの仕掛けた、壮大な罠だったりする??
落ちた化粧で、ドレスを汚されたのだから、嫌がらせには違いないわ…
「エリザベス、ちょっと、落ち着いて…!」
「お姉様~~~♡♡♡
ああん、細くて、胸が小さくて、逞しくて、素敵ですぅ~~~♡♡♡」
胸が小さいのは余計よ!!
擦り寄らないで~~~!!
「オリーヴ、それに、エリザベス、二人共、こんな所で何をしているんだい?」
振り返ると、フェリクスが笑顔で立っていた。
いつも通り、キラキラとしているけど、何処か、その目が怖い…
「エリザベス、離れた方が良いんじゃないかな、オリーヴが困っているよ?」
「お兄様ったら、妬いてるの~?
いいでしょー、あたしだって、お姉様と仲良くしたいんですー!」
これまでわたしを嫌っていたエリザベスが、急にそんな事を言うのだから、
フェリクスは当然、驚いていた。
伺う様に見られたが、わたしは笑って誤魔化した。
エリザベスに思い出させて、悲しい思いをさせてはいけない。
「えっと、二人共、今日はもう帰らない?
エリザベスの化粧が崩れてしまったし…」
そこで漸く、フェリクスはそれに気付いたらしい。
真剣な顔でエリザベスに迫った。
「エリザベス、何かあったのか!?」
「意地悪を言われたのよ、でも、お姉様が助けて下さったの!
も~~~カッコ良くてぇぇぇ♡♡♡
どこの王子様かと思ったらぁ~、お姉様だったのぉぉぉ~~~♡♡♡」
黄色い声を上げ、くねくねと悶えるエリザベスを目にし、フェリクスの毒気も抜けたらしい。
彼は力を抜くと、「帰った方がいいね」とわたしに言った。
この日から、わたしは謀らずも、エリザベスから慕われる様になった。
これまでは、顔を合わせる度に、顔を顰められたり、嫌味を言われてきたが、
今は、見掛ければ、遠くからでも笑顔で駆けて来るし、
「聞いて下さい!お姉様!」と他愛のない話を嬉々として、してくる。
凄い、手の平返し…
だけど、不思議と可愛く見えるのよね…
フェリクスに、エリザベスが猫のヴァニーに似ていると言った所為か、
懐かれるとうれしく感じてしまう。
それに、可愛く見えるのは、エリザベスがあの厚化粧と悪趣味なドレスを止めた事も、大きな要因だろう。
同じ年頃の令息令嬢たちから、散々貶された事で、
流石のエリザベスも自分の方が悪趣味だと気付き、ベアトリス教に反旗を翻した。
これに対し、ベアトリスは相当にキレていたが、それはそれ、わたしには楽しめた。
「お母様は時代遅れよ!あんな化粧をしている令嬢なんて、一人も見なかったわ!
たった一人もよ!?これがどういう事か、お母様には分からないの!?」
「皆は貧乏だから、化粧が出来ないだけよ。
他の者と同じにするのは、ただの惰性ですよ、自分を卑下しているだけ。
私たちは伯爵家を背負っているのよ、常に皆の前を行かなくてはいけませんよ」
「そんなの、詭弁よ!だって、誰もお母様の真似なんてしないじゃない!」
「何を言うの!パーキン夫人、マーベル夫人、サッキー夫人…他にも沢山いるでしょう?」
「全部、お母様の仲間でしょ!
あたし、お母様の人形になるのは、もう嫌なの!!」
「エリザベス!勝手は許しませんよ!!
ああ!何て事なの!こんな事なら、パーティーになんて行かせるんじゃなかったわ!!
あれだけ可愛がってあげたのに!母よりも下級貴族の子息や娘たちを取ると言うの!?
メリッサ!出掛けますよ! 買い物せずにはいられないわ!」
ベアトリス教から解き放たれたエリザベスは、まずは厚化粧を止めた。
それから、連日の様に、わたしの所にやって来ては、化粧やドレス、装いに意見を求める様になった。
薄い、今風の化粧に変えたエリザベスは、可憐な令嬢に大変身した。
フェリクス程美しくはないものの、ヘーゼルグリーンの瞳は大きいし、
小さな鼻、小さな口は可愛らしく、そこらの令嬢たちでは太刀打ち出来ないだろう。
これまで厚化粧をしていた為、肌が荒れていたので、手入れが必要になった。
それから、エリザベスが一番気にしているのは、体型だ。
《太っている》、《豚》と言われたからだろう。
確かに、肉付きは良いが、胸も大きいので、好みだという令息は少なくない気がした。
「胸が大きいのは良いじゃない」
「あたしは、お姉様みたいに、恰好良い女になりたいんですぅ!
あたしにも、剣を教えて下さい~~~!!」
無謀な事を言い始め、わたしは頭を抱えたくなった。
エリザベスはこれまで、運動一つしてきていない。
時々、恐ろしく俊敏にはなるが、大抵の場合、牛の様だ。
可能性は感じなくもないけど…
怪我をさせる訳にもいかないし…
「分かったわ、でも、剣術を習うには、まずは、体力作りが必要よ!
これを一月、続けられたら、考えるわ___」
わたしは館内で出来る、トレーニングメニューを作り、エリザベスに渡した。
体操、ストレッチ、腹筋、階段の上り下り…
「はいぃぃ!頑張りますぅぅぅ!!」
エリザベスは紙を握りしめ、目をキラキラとさせている。
可愛いんだけど、やっぱり、向いてない気がするわ…
「エリザベスが怪我をしたら困るし…
あなたの方から、諦める様に言って貰えない?」
わたしはフェリクスに相談してみた。
だが、彼は何を思ったのか…
「それなら、僕も一緒に習うよ。
僕が付いていて、無理をさせない様にする、それなら良い?」
「あなたにも剣を教えるの??」
「うん、僕もエリザベスも、護身術は必要だと思うんだ。
また、危ない目に遭わないとも限らないし…」
「それも、そうね…あれだけ可愛いと、変な男が寄って来そうだわ」
寧ろ、これまでは、厚化粧と時代遅れのドレスで、悪い虫を排除出来ていたのだ。
あれはあれで、役に立っていたのね…
「僕も、君を護れるようになりたいから…」
フェリクスの小さな呟きに、わたしは顔が熱くなった。
わたしを護るだなんて…
こんな事を言われたのは初めてだ。
気恥ずかしいのもあり、つい、軽口の様に返してしまった。
「そう簡単には守らせないわよ!」
105
あなたにおすすめの小説
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
完璧すぎる令嬢は婚約破棄されましたが、白い結婚のはずが溺愛対象になっていました
鷹 綾
恋愛
「――完璧すぎて、可愛げがない」
王太子アルベリクからそう言い放たれ、
理不尽な婚約破棄を突きつけられた侯爵令嬢ヴェルティア。
周囲の同情と噂に晒される中、
彼女が選んだのは“嘆くこと”でも“縋ること”でもなかった。
差し出されたのは、
冷徹と名高いグラナート公爵セーブルからの提案――
それは愛のない、白い結婚。
互いに干渉せず、期待せず、
ただ立場を守るためだけの契約関係。
……のはずだった。
距離を保つことで築かれる信頼。
越えないと決めた一線。
そして、少しずつ明らかになる「選ぶ」という覚悟。
やがてヴェルティアは、
誰かに選ばれる存在ではなく、
自分で未来を選ぶ女性として立ち上がっていく。
一方、彼女を捨てた王太子は、
失って初めてその価値に気づき――。
派手な復讐ではない、
けれど確実に胸に刺さる“ざまぁ”。
白い結婚から始まった関係は、
いつしか「契約」を越え、
互いを尊重し合う唯一無二の絆へ。
これは、
婚約破棄された令嬢が
自分の人生を取り戻し、
選び続ける未来を掴むまでの物語。
静かで、強く、そして確かな
大人の溺愛×婚約破棄ざまぁ恋愛譚。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる